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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 6

 わくわくと言えば空中散歩。ここからでも遠目に見える子供たちの笑顔。そして聞こえてくる楽し気な叫び声。

 楽しすぎてめっちゃ大きな声を出している。

 すっごい気になる。

 すっごいそっちに行きたい。

 もうそろそろいいだろうか。

 声のする方へダッシュしてもいいでしょうか?


 わくわくとそわそわでいてもたってもいられない私の前に、突如、1匹のスズメが現れる。

 なんてことのない野生のスズメ。エメラルドパークでなくても欧州でならどこにでもいるイエスズメ。

 小さくてかわいらしい小鳥ちゃん。

 だからこそ、かわいいものに近づきたいという欲求を持った少女が動きだした。


 こんなこともあろうかと、と言ってライブラから取り出したパンくず。どうやらガーリックトーストを食べている時、空を飛ぶスズメを見て少し残していたらしい。

 なんという抜け目ない子。

 既にやたらとオリーブの木に詳しいことといい、ハティの通訳をかって出るところといい、将来はきっととてつもなくしっかりとしたお嫁さんになるだろう。

 それにしてもなかなかどうして、その抜け目なさと欲求に忠実な姿がかわいらしい。


 基本的にスズメは警戒心が強いので人に寄ってはこない。

 ただし、餌を手の平に置いた時は別。受けるようにして待ち構えると、手の内に乗っかって餌を食べにくるのだ。

 そして食べ終わったら速攻でどこかへ行ってしまう。当然のことではあるが、餌以外に興味はない。

 餌があるから寄る。ただそれだけ。少し切ない子供心を思い出してしまった。

 それでもまぁ一瞬でも小動物と触れ合える瞬間は楽しい。きっと彼女もそうなのだろう。


 実に子供っぽくてかわいらしい。手に乗った瞬間に固まって、パンくずをついばむ姿を見て楽しんだ。と、そこまではよく見る光景。

 ここから先が普通じゃない。

 目を疑う言動をしてみせるヤヤちゃんとハティ。

 あまりの非日常的行動に思考が停止しそうになった。


「わぁ、いっぱい食べてます。ハティさんハティさん。通訳してもらっていいですか。エメラルドパークはいいところですか?」


 え、通訳?


「うん、わかった。――――――えっとね、『エメラルドパークはとっても綺麗なところで住みやすい。おいしいご飯もたくさんある。僕たちだけじゃなくて、森や山に住む動物たちもみんな幸せに暮らしてる。毎日がとてもハッピー』」


 ハッピー!

 私と兄の驚く姿に目もくれず、ヤヤちゃんは質問を続ける。


「エメラルドパークは動物さんたちにとってもすっごく素敵な場所なんですね。今日はご飯を食べにきたんですか?」

「『――――――今日はオリーブの木の下にいるミミズを食べにきた。オリーブの木の下のミミズは肉厚で食べ応え十分。味はまったりとして濃厚。夏になると柑橘系の木の下のミミズがオススメ。細身だけどさっぱりとした味わいが疲れた体を元気にしてくれる。いつの季節もおいしいミミズでハッピッピー』」


 ミミズの味!?


「なんと。作物の違いでミミズの味が変わるということは知りませんでした。勉強になりました」


 グルメかっ!

 いやいや、そうじゃなくて。

 この子たち、小鳥とおしゃべりしてるんですけど。

 その真偽は分からない。ハティが適当なことを言ってるのかもしれない。と思いながら、私の心の奥に潜む女の子の部分が真実だと信じたがっている。

 だってすっごいメルヘンじゃん。


 それに動物とおしゃべりができるのだとしたら、これはとてつもなく凄いことだ。

 今までどんな魔法でも、科学でも、動物との意思疎通は実現できていない。

 それが叶うなら、きっと人類が求めた願いの1つを叶えることになる。


 どうしよう。う~ん、どうしよう。

 どうやって動物と会話できることを証明しよう。

 ハティたちはエメラルドパークに来るのが今日が初めてだと言う。

 つまり小鳥さんにエメラルドパークのあれこれを聞き、それが真実だとすれば本当に意思疎通していることになる。

 が、きっとヤヤちゃんはある程度、エメラルドパークのことを下調べしてるだろう。

 レレッチが詳しく説明してるかもしれない。レレッチも知らず、ヤヤちゃんの調査も届かない情報。

 ぐぅ、ぱっと思いつかない。


 だってレレッチは私よりエメラルドパークのことに詳しい。

 ヤヤちゃんはエメラルドパークのホームページを見てきたりしてるんだろうけど、彼女のことだから年間行事から商業的に販売している野菜や果物の種類までも調べ尽くしてるに違いない。

 なんて質問すればいいのだろう。早く疑問を作らないとスズメちゃんがおさらばしてしまう。

 まぁ動物との会話はハティがいればいいわけだから、後日にでも確認できないこともないが。


 悩んで悩んで答えが出ない。天を仰げどスカイブルー。

 私の思考とは真逆と言っていいほど、空は青く澄み渡っていた。

 ああ、何も浮かばない。これは困ったぞ。


 1人、悶々する最中、おそるおそると地面を踏み進んで声を震わせる男がいた。

 固唾を飲み、前かがみになって必死の形相を呈している。

 兄にしては珍しく緊張していた。胆力のある兄が何かに怯えるように、しかし勇気を振り絞るようにしている。

 まるで泣きそうな顔で、ようやく口を開いたその言葉は、エメラルドパーク開業以来、兄がずっと気にかけていたこと。

 ずっとずっと、心の中にしまい込んでいた葛藤。


「動物たちは……エメラルドパークに住む動物たちは、みな幸せでいるのかな…………?」


 そうだ、兄はいつも言っている。人間の都合で森と山を開拓した。罪滅ぼしのように森を整備し、山を手入れし、樹医になって木々の成長を見守る。

 しかしそれも含めて人間の都合。森に住む動物たちはどう思ってるだろうか。

 酒が入るたびにこの話しを聞かされた。だけど咎める日はなく、私はいつも『どうだろうね』とはぐらかす。


 彼らと会話ができるなら、きっとその答えを聞ける日がくるかもしれない。

 だけど、もしも恨まれていたら。

 もしも憎まれていたら。

 そう思うと、とても言葉にはできなかった。

 それを、今、告白した。

 懺悔するように、彼は地に膝を着いて、かそけき命に問うた。


「『――――――当時はみんなすっごくびっくりして、怯えていたんだって。でも、人間のおかげで以前より森も山も豊かになった。だから動物たちはみんな感謝してる。みんなに代わってお礼を言わせてほしい。ありがとう。僕らの住処を守ってくれて。大事にしてくれてありがとう。ここの人間はみんないい人。だから祖霊はみな、人間と仲良くするように伝えているよ。嗚呼、感謝します。心より感謝します。獣の神にして我らの王よ。人間に感謝の意を伝えさせて下さって、誠にありがとうございます』。どういたしまして」


 兄は赦されたように涙を流し、天に感謝を捧げた。自分の信じた道は間違っていなかった、と。

 彼らの人生が幸福であってくれた、と。

 積年の鬱屈した不安から解放され、私も肩に手を置き、安堵の声をかける。


 本当に、本当によかった。ずっと悩んでいた。人間の都合で森の動物たちの住処を奪ってしまったこと。

 贖罪として山の手入れを行い、実りある大地にしたとはいえ、彼らからどう思われてるのか心配でならなかった。

 それが今、全ての不安から解放され、兄はとても晴れやかでいる。


 ――――――それが、真実であるならば。

 こうなったらいよいよもって証明しなくてはならない。

 彼の言葉が真実であることを。

 兄の赦しが本物であることを!


「1つ、私からも聞きたいことがあるんだが、いいだろうか」

「もちろん。何が聞きたい?」

「えっと……」


 逡巡して、兄に対する答えから質問を導き出す。

 自然と森と魔力が関係する事柄。ならばもう、これしかない。


「森が豊かで食べ物が豊富。龍脈も安定している土地では魔獣の発生件数が少ない。エメラルドパークはその際たる例と言われていて、魔獣の発生件数はほとんどない。その原因はやっぱり森が豊かだからかな?」

「『――――――他の土地のことは分からないけど、渡り鳥さんの言うところによると、エメラルドパークの動物は飢えを知らない。恵みの大地があって、豊かな森がある。なにより魔獣になる同胞がいない。だから安心して羽を休めることができる。きっと自分が渡り鳥でなかったら、エメラルドパークに永住するだろう。って言ってた』。って言ってる」

「ーーーーそうか。教えてくれてありがとう」


 …………この質問ではなかったかもしれない。

 良い答えにはまず良い質問が必要不可欠。

 あまりに衝撃的な光景のせいか、自分が思っていた以上に冷静ではなかったようだ。

 次の質問を投げかけようにも良い質問が思いつかない。このままでは去ってしまう。なんとか事実を確定させる情報はないものか。


 残された時間は思いのほか少なく、考えるよりも先に、ヤヤちゃんたちが手を振って見送るほうが早かった。

 もっと話したいことがあったのに。

 話したいことがあったはずなのに……今更になって聞きたいことが湧いて出る。


 自然のこと、動物のこと、魔獣のこと。特に魔獣になるきっかけを詳しく聞きたかった。

 そうすればこれから魔獣になる動物がいなくなるかもしれない。

 魔獣による被害者が出ることもなくなるかもしれない。

 今度、正式にハティに動物との会話の仕事を依頼しよう。

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