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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 5

 翡翠に関しても同様。琅玕(ろうかん)翡翠と呼ばれる最上級の宝石。

 高い透明度と鮮やかな緑色。

 翡翠独特のとろりとした質感。

 間違いなくこれも本物。

 しかもデカい。さっき食べたガーリックトーストよりデカい。具体的に表現すると、高さ約2cm×幅20cm×奥行き25cmほど。

 余裕で8桁後半はくだらない代物。表面は少し波打つようなくぼみがある。それこそ天然物の証拠。超巨大な翡翠の板。いったいどこでこんなものが採掘されるんだ?


 これをぽんと渡してくるハティ・ダイヤモンドムーン。いよいよ彼女の正体が分からなくなってきた。

 ああ~~ちょっとお腹が痛くなってきたかも。

 自動整調(オートファジー)の魔法を教えてもらっとくんだった。


 顔色をカラフルに変えた我々を察してか、ヤヤちゃんがことの経緯を説明してくれる。


「華恋さんがハティさんの話しを聞いて、それほど大切な物との交換であればと、採掘された貴石の中から最もいいものを選りすぐって下さったんです。ちなみに、宝石としての価値はそちらのエメラルドと翡翠が高いそうですが、こちらのグリーンファントムもなかなか赴きがあってオススメだそうです。真ん中に大きな金字塔。その周囲に鬱蒼と生い茂る木々が成っている様は、まるで未踏の地に踏み込んだ冒険家のような気分を味あわせてくれると、華恋さんイチオシの水晶です」


 ヤヤちゃんの言葉通り、見事な景色のグリーンファントムだ。


「たしかにグリーンファントムはそれほど高価なものってわけじゃないけど、自然が創り出したとは思えない見事な景色だ。パワーストーンとして重要な形であるピラミッド(金字塔)もはっきりしてる。それに緑色のファントムから透明な水晶が成長してる。なかなか見ごたえのある水晶だな。インテリアにぴったりだ。でもこういうの、ハティは興味ないのか?」

「綺麗な石だとは思うけど、石は食べられない」

「君の判断基準は常にそこなんだな……」


 彼女が何よりも重要視する部分は『食べられるか、そうでないか』ということ。

 それには彼女の幼い頃の経験が原因にある。

 物心ついた頃に世界中を旅し、時にはご飯にありつけない日々もあった。

 我慢の日々。

 空腹との戦い。

 食べ盛りの子供にとって、それはどんなに辛い苦痛だったろう。だから彼女はおいしいものがいつでも食べられる時代に生きていることを幸福に想っていた。

 辛い過去を振り返り、この幸福を絶やさないため、大切な家族たちに辛い思いをさせないために、ハティ・ダイヤモンドムーンは必死でいる。


 食べられないエメラルドよりも、食べられるエメラルド。

 1人で楽しむ貴石より、みんなで楽しめる食卓。

 それが彼女の優先順位。絶対に曲げられない強い信念。

 そう、彼女は彼女の大切な人たちのために行動する。


 それはとても素晴らしいことだ。

 素晴らしい……んだけどなぁ~…………行動力がぶっとびすぎて、どこからつっこめばいいか分からない。

 どうしよう。断ったら彼女の純粋な真心を無碍にすることになる。

 なによりこれ、あまりにも【純粋】すぎるところがキツイ。

 逆にキツイ。


 彼女の気持ちを優しく包んだまま、丁重にオウム返しをする方法はないものか。

 オリーブの木とそれらに付随するアイテムの数々は正当な対価として成立している。

 つまり私と兄を手段として利用することはできない。

 義姉が作ってくれた料理。って言っても招待したのは私たちのほう。ホストがゲストをもてなすのは当然の礼儀。となればこれも使えない。

 空中散歩のおかげで村のみんなが……っていうのも無理か。空中散歩はアルマのものだから、ハティとの直接的な関係は薄い。


 うぅむ、他に何かいい方法はないものか。マルタも特に何もしてない。いや何もしてないわけではない。むしろ無理なことをさせて迷惑をかけて申し訳ないすまん。

 それからレレッチか。あっ、そういえば、レレッチはオリーブを使った料理本を渡すって言ってたっけ。

 オリーブがない土地だから料理本があったほうが助かるだろうと用意したんだった。

 でかした姪っ子よ。

 さすが私の姪っ子よ。


「君の好意は本当に嬉しいけど、それはレレッチに向けてもらえると嬉しいな。実はシャングリラのためにオリーブを使ったレシピ本を用意してくれてるんだ。きっと君たちの役に立つと思うよ」

「オリーブのレシピ本? 本当に? ありがとう! あとでレレッチにお礼を言わなきゃ!」

「ああ、そうしておくれ」


 よかったー、納得してくれたー。

 これでもがっついてくるようなら正面からバッサリいくところだったー。

 でもごめんよ、我が姪っ子。なんか凄い変な役回りを押し付けてしまって。あと、最も価値が高いと思われるエメラルドと翡翠は選ぶなよ。

 これ、超弩級の地雷だからな。


 はぁ~~~~ひとまずはひと段落ですわ。

 安堵のため息をついて肩を落とす。交渉も無事に済んだことだし、さぁ空中散歩へ行きますかっ!

 そういうわけで特に疑問質問がないならこのまま席を立って空中散歩へ走り出そう。

 そんな私の心の内を知ってか知らずか、彼女は私に言霊をぶつける。

 彼女にとっては当然の言葉。

 私にとってはちょっとガッカリな状況になる言葉。


「オリーブの木を見てみたいっ!」


     ♪     ♪     ♪


 等間隔で整列した緑の森。

 木々の合間を過ぎれば、春色の温かな風が頬を打つ。

 見上げれば青空と、オリーブの葉が持つ銀色の裏地が輝いた。

 濃い緑色と銀色の裏地が風にたなびくたびに美しく煌めく。自然が創り出したこの輝きは多くの人々を魅了してやまない。

 絵画になり、神話に登場し、詩になり、時には恋人に安らぎと感動を与えるエッセンスになることもあった。

 それだけではない。オリーブの葉には抗酸化作用があり、古くから薬の代わりに葉を茶葉にして飲む習慣がある。

 この地域では最も親しい茶葉として伝統的に愛され続けていた。


 きっとこれからはシャングリラでも愛されるのだろう。

 多くの人々に元気と感動を与えてくれるに違いない。

 そう思うと、故郷であるエメラルドパークから多くの人の笑顔が咲くのだと思うと胸が熱くなる。

 実際に笑顔の花を見るのは難しいが、それはまたハティから聞くとしよう。

 さて、彼女はオリーブの木とは今日が初対面。いったいどんな感想を抱くのかな。


「すっごく綺麗っ! 緑色と銀色がきらきらって輝いてる。まるで昼間のお星さまみたい」

「昼間のお星さまとはロマンチックだな。でも確かに綺麗だよな。特にこの時期は葉が青々としていて一番美しい季節だ」

「葉も綺麗ですが幹も立派ですね。様々な品種があると聞いていましたが、葉っぱの形も様々です。実の大きさや味も違うんですよね?」


 随分とオリーブに詳しいヤヤちゃん。

 勉強熱心でなによりだ。


「おっ、もしや予習してきたな。古くからエメラルドパークにある木は幹が太いタイプで、自家結実性が高い。通年を通して一定の実が成るような平均的な種類だ。病気には強いが、その代わりに青虫が寄ってきやすい。それだけおいしい葉っぱをつけるということではあるがな。しかし葉を食べられると光合成がうまくいかないから、実の成長に影響が出る。ちなみにこの品種は実は小さいが熟しても果肉の弾力が強いから、塩漬けにして食べるとプチっと弾ける弾力が楽しめる」

「おおっ、ピッツァやパスタによさそうです。それから自家結実性が高いものと弱いものがあるんですよね。今回の取引ではこちらのリザーブドの札がかかってる木を10本ですか?」

「感心したよ。本当によく勉強してきたな。一般的な家庭の庭に植えるならこれ1つで事足りるんだが、ハティの実家の事情を聞く限り、1種類では危険だ」

「病気になった時、一斉に枯れてしまう可能性があるからですね」


 末恐ろしい知識量。ちょっと冷や汗がでてきたよ。


「ほ、本当に10歳か……? その通りだ。だから自家結実性の高い種類を2種類2本。計4本。自家結実性の低い種類を2種類3本、計6本、用意した。オリーブは別品種、なおかつ、花の開花時期が同じ品種をまとめて栽培するのが鉄則だからな。今回、ハティに渡すものは実を結ぶのに適した品種と組み合わせを選んでもらってる」

「さいあく、病気になってしまっても3種類は残りますし、数種類のオリーブの実を楽しめるということですね。とってもエクセレントですっ!」

「まぁね。渡すからには渡す側の責任ってもんがあるから」

「お、おいおい。それは私の台詞だろう?」


 気分がよくなって兄さんの台詞を奪ってしまった。

 ごめんごめんと苦笑いを交えて手を合わせると、なんだかおかしくって笑ってしまった。

 だって本当に故郷が好きだから。

 兄のことを尊敬してるから。

 ついつい出しゃばって自慢してしまったのです。そんな心情を悟ったのか、ヤヤちゃんもハティもまるで自分のことのように笑顔を作った。


 これから彼女たちは、私が子供の頃に味わったような感動を体験するのかと思うとわくわくしてしまう。

 日に日に色を変えていくオリーブの小さな実。

 籠一杯に収穫して、初めて搾ってオイルにした時は手がベトベトになってしまったものだ。

 そしてそれをいいことに顔に塗って遊んだっけな。

 服にもいっぱいついてしまって、めっちゃ怒られたっけ。


 だけど家族で食べたアヒージョとオリーブの実の塩漬けを使ったサラダは絶品だった。

 オリーブの木を見ると、遠いかの日を思い出す。子供たちがもう少し大きくなったら、手摘みさせて手動で搾って食べさせてあげよう。

 きっといい経験になるぞ。


 さぁ、シャングリラにいるという子供たちはどんな顔をするのだろう。

 今からとってもわくわくですな。

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