狩猟! 一角白鯨 1
鉄分いっぱい鯨肉。貧血に効きそうですね。
くじらのヒゲってよく聞きますけど、あれって髭じゃなくて、口の中にあって海水と小さな餌をこしとる器官なんですって。髭みたいな姿だからヒゲっていうだけでお鬚じゃないそうです。
ちなみに工芸品は光沢のある茶色っぽい色をしていました。全部が全部そんなじゃないかもしれませんが。
凄い硬いです。牙かなんかじゃないかってくらいかなり硬いです。
以下、主観【小鳥遊すみれ】
海の朝は早い。午前3時に目覚ましをかけて4時に集合。
眠気まなこをこすってあくびをする人もいる。陽も顔を出さぬうちから、春にしては異様に着込んでいる謎の集団が噴水の周りに集結する姿を、朝のランニングや犬の散歩を楽しむ人々が奇異な目を向けては遠ざかっていく。
春といえどグレンツェンの朝は寒いから。みなそう自分を納得させて過ぎ去っていった。
まさかこれから漁に出るだなんて思いもしない。内陸のグレンツェンから最短で海岸に出ようとすれば、北に1000kmの道のりを歩まなければならないのだ。
冷たい空気を吸い込んで、自分がいかにもふもふで暖かな服に包まれているかを実感する。
体の中が少し冷たくなっては、ゆっくりと暖かいものに変わっていった。
懐かしく、そして新鮮な空気。
島にいたころは朝日が昇ると同時に目を覚ましたものだ。物心がついたころからの習慣。
最近はふかふかの布団にくるまって健やかな夢に抱かれてるから、ベッドの中に長居してしまっている。
もう一度、体いっぱいに深呼吸をして大きく息を吐いてみた。
空気の味というか、空気に味があるのかどうかはわからないけど、故郷の空気とまるで違うのは確かだった。
ちょっぴりだけしっとりしていて、それでいて花のかぐわしい匂いが1日の幸福を予感させる。そんな印象です。
電灯が照らす暗闇の中、現れたのは最後の一団。
ベレッタさんと待ち合わせていたペーシェさんとルーィヒさんの登場です。
「おっはよぅみんな。さすがに朝は冷えるねぇ~。って、もしかしてあたしたちが最後?」
「おはようございます、ペーシェさん。これで全員集まりました」
「ごめんなさい。わたしが待ち合わせしようって言ったばっかりに」
「いやいや、ベレッタさんが謝る必要なんてないんだな。ちゃんと集合時間前なんだから問題ないない♪」
チャレンジャーズ・ベイにシェアハウスをするペーシェさんとルーィヒさん。
同じくベイのサン・セルティレア大聖堂の修道院に住むベレッタさんと教会前で待ち合わせをしていた。教会は図書館の次に大きな施設。それは孤児院としても機能している。
ベレッタさんとアーディさんはそこで育ち、今も子供たちの面倒を見るためによく通った。
話しによると、駄々をこねる子供たちをあやしていて少しだけ遅れてしまったがゆえに、2人は広い教会を1周してようやく落ち合ったのだそう。
アーディさんとユノさんは所用により欠席。
ゴーレムの改修が思ったより深刻だそうで、お祭り本番に間に合うかどうか怪しいらしい。
ユノさんは6時間の睡眠を除いて泊まり込みでお仕事をしてるとのこと。忙しいだろうけど、それだけ彼女の存在は重要度が高いことを示していた。
その代わりに今日はマーリンさんが飛び入り参加です。
お酒の席で盛り上がるがまま乗船する流れと相成りました。
もふもふな黒い毛皮のコートと帽子。女性的なラインと気品さを兼ね備えたレディの姿はまるで、銀河を旅する不思議な女のよう。黒く長い髪を揺らして、ふとどこかへ消えてしまいそうな儚さを感じる。
全員が揃い、マーリンさんの自己紹介も終えて、いざ出発。
ハティさんの時空間移動ののち、辿り着いた景色は朝焼けの空。
凍った噴水。
丘にそびえる巨大なお城。
そして屈強な海の漢たちと仁王立ちするアッチェさん。
…………と、ふんどし姿のマッチョメン。
陽に焼けて色黒く染まったガチガチのムチムチボディ。
威厳なのか、体中には入れ墨がびっしりと這い、それ以上に海の怪物たちと戦ってきたであろう勲章が刻み込まれていた。
オールバックのドレッドヘアーもさることながら、注視すべきは、快晴の朝とはいえこの寒空の下、ふんどし一丁で外にいること!
本来なら歓迎の挨拶をしてくれるアッチェさんの方を向いてないと失礼。なのだが、ナチュラルに壮絶な恰好をするマッチョメンから目が離せない。
ハイジさんは鼻血を噴いて倒れる始末。
「先に断っておくが、漁に出るのにふんどし一丁なのはこの人だけだ。他の漁師は普通に服を着てるから誤解をしたまま帰らないでおくれよ」
「「「「「よかったです」」」」」
我々のドン引きを気にするそぶりもなく、マッチョメンはすっごくいい笑顔で挨拶をした。
「よく来たなハティの仲間たち。俺は船長のデアヴォルブ・ガスダーヴィンだ。今日は1日、よろしく頼むぜ!」
声が大きく子供のような笑顔で笑う筋肉で装甲した漢。見た目は粗暴で豪放磊落な印象。だけど、どこか憎めないというか、さっぱりとしていてとっつきやすい雰囲気がある。
見た目だけ見れば、超寒そうな恰好なのに震えひとつ起こしてない。おそろしい耐寒体質。
私はアッチェさんに服を選んでもらったせいか、北国の春もなんのその。
他の人はあくまでグレンツェンで過ごす冬の装い。しばらくは寒さを我慢した。だけどやっぱり寒さが襲ってきた。
こんなこともあろうかと、アッチェさんは毛皮のロングコートを用意してくれている。もふもふの毛皮のコート。あったかもふもふです。
注意事項やら漁のざっくりとした説明やら、世間話しをしていると、水平線の陽も顔を出し、ようやく出航だろうかと思いきや、まだ少しばかり待つという。
30分もしないうちに人だかりができてきて、街の人々はもとより、正装をしてラッパや太鼓を手に持った楽器隊も現れた。
正面にそびえる巨大なお城。グレンツェンの図書館も壮大。比べるとこのお城は装飾が所せましと敷き詰められて威厳と風格と、歴史を感じさせるように佇んでいた。
なのに優しさを感じるのは、雪のように真っ白な外壁のせいだろう。厳しくも優しい女王のように街を見守ってる気がした。
そういえばおやつタイムの時に、鯨漁に出る時は国を挙げてお見送りをしてくれると言っていた。英雄の無事の帰還を願う大事な行事。アイザンロックにはかかせない、と。
自然な流れというか習慣なのか、アッチェさんとデアヴォルブさんはみんなより少し前へ出て、その後ろを船員たちが整列した。何も指示はない。彼らは当然のように、息をするのと同じように体を動かす。
多分、これから高貴なお方がお目見えするんだろうな。そう思ったので、船員さんたちと同じように後ろに並んで待機すると、粒が揃ったところを見計らって壮大なラッパと太鼓の音が体を包む。
すると正面の大きな扉が口を開き、お伴を連れた1人の女性が現れた。
金色の細い髪を揺らし、白いドレスを身にまとった姿は気品に満ち溢れ、ひと目で高貴な方であると思わせる。
薄紅色の唇。穏やかだが真っすぐに見つめる優しくも鋭い眼差し。
彼女はアイザンロック16代国王、エクレール・アイザンロック。
階段を降りる頃には全ての臣民が頭を垂れて地に膝をつく。
副騎士団長や鯨漁師の船長は当然として、芽を見せる春の街路樹も、朝露と落ちる雫も、空を飛んでいた鳥でさえ地上に降り、空に浮かぶ雲でさえかしずき、尊敬の意を示しているようだった。
所見で儀礼的なものがよく分かっていない我々もとっさというか本能というか、自然と敬服の念を込めて地に伏した。
私は正座をする。文化の違いである。なぜかハティさんだけ立ったままだった。
女王のひと言で背筋を伸ばし、御言葉が贈られる。
漁の成功と無事の凱旋を祈って手折られた真心に、どういうわけか心が熱くなった。
偉大な人なのだろう。彼女と出会うのは初めてで、言葉を交わしたこともないのに心の底から勇気が湧いてくる。それは彼女の想いが私たちのことを本当に思ってのことだから。
優しくて思慮深くて、愛に満ちた微笑みだから。
それから彼女は漁に出る英雄の一人一人に声をかけ、握手を交わし、お城の地下にある洞窟港まで付き添い、船が見えなくなるまで見送ってくれた。




