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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 4

 魔鉱石を使ってどんなことができるだろう。

 まずは暁の話しにあった魔剣の製造を試してみようか。

 いやいや、武具に転用する前に魔術的な解析から始めなくては。

 魔術の始祖、錬金術の基本は分解・解析・再構築。これができて初めてその物を識ることができる。

 魔力の脱色化現象を試してみるのもいい。白色化した武具に持ち主と同じ魔力を注ぐことができれば、魔力の抵抗を一切受けず、魔力の出力がそのまま威力へと転用されるという仮説を証明したい。

 などと、まだ自分のものにもなってない代物を前に妄想を膨らませる私は阿呆だろうか。


 さぁ彼女の気が変わらない内に、契約を確定させてしまいましょう。

 ハティの常識がどんなものかは知らないが、我々としてはなんとしても高純度の魔鉱石が欲しい。喉から手が出るほど欲しい。

 魔法の研究職が集う第四騎士団エイリオスのおじいちゃんなんて、『純度99%の魔鉱石が存在したらいくらで買うか』という質問に対して『全財産を投げうっても構わない』という始末。

 あの人なら本当に全てを投げうってしまいそうで怖い。

 暁が作ったという魔鉱石に最初に出会ったのが私でよかった。


 さて、実際にオリーブの苗を渡すのは兄なので、兄主導で話しを進めてもらいたいと思います。


「それでは改めまして、ハティさんはオリーブの木を10苗、お求めでいらっしゃる。それは間違いございませんね?」

「うん、オリーブの木が欲しいっ! 油の生る木があれば、みんな嬉しいって言ってた」

「かしこまりました。ライラはハティさんの持っている魔鉱石を受け取ることで、オリーブの木の代金を肩代わりする。それは間違いないね?」

「うん、間違いない。ちなみにこっちは言い値で買うって言質をとってあるから、せっかくってことでブラックとグリーンのオリーブオイルを1リットル。それぞれ5本。塩漬けを5リットル。それから電動か手動の搾油機もお勧めするよ」

「ブラックとグリーンとは?」


 ハティのセカンドにヤヤちゃんがついた。彼女が疑問に思うブラックとグリーンの違いとは何か。

 単的に言うと収穫時期の違うオリーブオイルのこと。

 食べる分に言い変えると熟れ具合が違う。

 ブラックオリーブとは、しっかりと熟した果実のことであり、まろやかな味わいと栄養価の高さが特徴。また、種類にもよるが基本的には緑、黄、赤、黒の順番で熟れていく。

 黒は最後の段階であり、最も油分が多く含まれる。多くの場合は熟した黒色の実を絞ってオリーブオイルにする。


 グリーンオイルは早熟でフレッシュな味わいが特徴。ただし、油分が少なく、採取できる量はブラックオリーブの半分程度。ゆえにブラックオリーブより値段が高い。

 通常、こちらは塩漬けにされるのが一般的である。無論、ブラックオリーブの塩漬けも存在する。


 どの段階で収穫するかによって味の違うオリーブの実は、9月から翌年2月までが採取時期。

 ゆえに、5月半ばの現時点では実が成っていない。せっかくオリーブを楽しみたいということなのに、これではあまりにも味気ないということで、レレッチは父と私に頼んでオイルと塩漬けを用意してもらった次第なのです。

 いやぁ、友達思いのいい姪っ子になったもんだ。おばさんは鼻が高いです。


 ちなみに私からの提案は専用の搾油機。オリーブを収穫する文化が無いということは、オイルを採取する機械もないはず。

 一から人力で絞るのは骨が折れるのではないかとの指摘で、搾油機も買ってしまおうという算段です。


 まぁ支払いはレナトゥスが持つから、もっと盛ってもらっても構わないけどね。

 我々は何一つ、痛くも痒くもないからね。

 あるとすれば、仲介役としてハティに恩を売れるってことかな。

 後々、何かいいことが起こりそうな気がするもん。


 本音をありのままにぶちまけて、兄さんが話しの続きを綴ってくれる。


「そういうことで、オイルと塩漬けを用意させていただきました。それから搾油機なのですが、これは色々とサイズやタイプに違うものがありまして。私のおすすめはこちら。電動タイプと手動タイプです。電動タイプは全自動ですので搾油は簡単です。ただ、少し大型のものになります。また、強い力で絞るので熱が加わりやすく、少し風味が落ちてしまいます。故障したときも専門業者にメンテナンスを頼む必要も出てきます。手動タイプは人力ではありますが、小型のものもあり、メンテナンスも簡単です。最近のものは少しの力でしっかり絞れますので、熱も発生しにくくオリーブ本来の風味を楽しめます。特におススメなのが2人で回すタイプです。こちらでしたら子供でもハンドルを楽に回すことができます」

「手動にするっ!」


 ハティの言霊が木霊した。決断が早すぎないか?

 一応、確認しておこう。


「即決! 小型って言っても結構大きいよ? 部屋の間取りとかもあるし、搾油するのに適した作業場を整える必要とかあると思うんだけど。油でベトベトになりがちだし。それに収穫時期は早くても9月。まだ時間はあるから、機械を置ける寸法を測ってからでも遅くはないと思うけど。オリーブの木の輸送にも時間がかかるし」

「わかった。オリーブオイルを作るための小屋を作る」

「力業っ! 計画性って言葉は知ってるよね?」


 すげぇな。これがユノが噂してた行動力の片鱗か。

 諦めたように、ヤヤちゃんは私に向き直る。


「もう手遅れです。ハティさんは搾油機の置き場所がどうのこうのとか考えていません。ハティさんは子供たちと楽しく油を搾って、おいしいご飯を食べる景色しか頭にありません」

「マジか……いや、子供たちと一緒に同じ時間を共有したいという気持ちには好感が持てるけども……」


 好感が持てるけども、後々後悔しないか心配でならない。

 今からわくわくしていることは彼女の表情を見れば分かる。同時にこれ以上、何を言っても無駄だということも分かってしまった。

 まぁ失敗と成功を繰り返して人は成長するものです。

 彼女がそれでいいというなら、それでいいのでしょう。


 あとは輸送の問題かな。外国からグレンツェンへ来たということは船での輸送となる。外国に植物を運ぶというのは思いのほか手間がかかるもの。

 まず洗浄作業と検疫。

 認定を受けている種類の植物しか国外へ輸送することができず、病原菌や害虫などが付着していないかなどの検査を受けなければならない。

 少量でも病原菌の住む土が付着しており、輸入国で猛威を振るうだなんてことはあってはならない。


 万が一にもそんなことになれば、下手をすれば国際問題にもなりかねない。

 ただでさえ外来種が本来の生態系を破壊して環境問題を引き起こしている昨今、最悪の事態に陥れば輸出元の信用に関わる。

 徹底した検査ののち、安全に送り出してやる。それが売り手の義務である。

 なので実物が現地に届くのはもう少し先。わくわくしているところ悪いけど、そのわくわくはもう少しあとにとっておいてもらいましょう。


 しかし、はぁ~やれやれ。なんとか無事に商談が成立しました。

 これで晴れて魔鉱石ちゃんは我々レナトゥスの所有物。いっぱいかわいがってあげるからね~♪


 勢い余って頬ずりしてしまいそうな私に釘を刺そうというのか、ハティは何か大事なことを思いだしたかのように手を叩いた。

 なんだ。何事だ。まさか、やっぱり取引を中止したいだなんて言わないよな。

 それはさすがに酷いぞ。

 どうかそれだけは勘弁してくれ。

 頼むからっ!


「オリーブの木を譲ってくれてありがとう。それにすぐに食べられるオリーブオイルと塩漬けもありがとう。搾油機も本当に助かる。でも……えっと……」

「……え、何? 何か問題でもあったかな?」


 珍しく歯切れが悪い。なにかあるのだろうか?


「問題はない。そうじゃなくて、お礼がしたい。私からみんなにお礼」


 そう言って彼女は異次元書庫(ライブラ)から麻袋を取り出した。なにやらゴツゴツしたものが入っていそうな突起の見える袋。

 机に置くと重量のある音がする。鉱物だろうか。まさか追加の魔鉱石?

 だったら断る理由はない。あるなら追加で買い取りたい。


 袋を開けて中を見ると、緑色に輝く石が沢山詰まっていた。

 それぞれ種類の違う鉱石のようだが、総じて緑色をしている。

 ハティ曰く、『オリーブの実は畑のエメラルドって聞いた。だからお礼に緑色の石を渡してあげたらいいんじゃないかって、暁に教えてもらった』そうです。

 気持ちだけで十分だというのに、本当にハティはいい子だなぁ。

 裏を返せば魔鉱石を始め、手持ちの緑色をした石の価値を全く分かっていないことになる。


 正直に言うと、純度99%の魔鉱石とオリーブの木、諸々のアイテムではつり合いが取れてない。

 冷めトレードもいいところ。そこのところが心苦しい。

 もしかしたら彼女たちの文化圏では、高純度の魔鉱石なんて珍しいものでもなんでもないのかもしれない。

 だからこその取引なのかもしれない。

 かもしれないけど、私たちにとっては奇跡の産物。レナトゥスの人たちに今回の商談の内容を知られたら軽蔑されるかもしれない。

 そんなレベルなんです。


 自分で言うのもなんだけど、まるで悪質な詐欺でも働いてるのではないのかという罪悪感すらある。

 それに加えて……お礼に石をあげる、ですか。

 ――――――無知って怖いわぁ。


 だって貴女が持ってきた石って相当に高価なものばかりですよ。

 ぱっと見てヤバいなって分かるものが2つ。

 オリーブの実そっくりに加工された巨大なエメラルド。

 とろやかに輝く奇跡のような琅玕(インペリアル)翡翠(・ジェード)


 エメラルドは透明度の高い深緑色をしており、恐ろしいことにオリーブの実ほどの大きさがあるにも関わらず傷が全く見られない。

 エメラルドはその結晶構造上、外部はおろか内部にも傷が存在しやすく、恐ろしく脆い。

 指輪の台座に乗せようとするだけで割れてしまうほど、非常に脆い石なのだ。

 さらに背筋を凍らせたのは傷を隠す人為的な処理が行われていないこと。

 つまり、まるっとまるまる天然石。

 贋作も疑ったが、以前、エメラルドを発掘した兄はその時、本物のエメラルドの鑑定を受けたため、本物の情報を持っている兄は偽物か贋作か、はたまた紛い物であるかの区別ができる。判定は白。なんと本物。

 これ、本当にくれるんですか?

 ありがとうございますっ!


 なぁ~んて、とてもじゃないけどそんな言葉は出てこない。

 だってこんなの持ってたら命がいくつあっても足りないよ。

 私はもっと長生きしたいので、丁重にお断りいたします。

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