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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 3

 懺悔の念を抱きながら、過去の無知な私の姿と比べてよく配慮してるなと感心する。

 聞くと、託児所や未就学児、義務講義のアルバイト(サポート)をするルーィヒからご教授賜ったそうだ。

 なるほど、プロが近くにいたのか。つくづく思うがグレンツェンの人たちって本当にスペック高いな。年の割りに経験と知識量が半端じゃない。


 さすが学術都市グレンツェンと言われるだけはある。

 その点においてベルンも負けず劣らずと言いたいところだが、こっちは歴史と地理的、お国柄もあって対魔獣戦に特化した教育方針になっていた。

 8歳から基礎的な魔法や実践訓練を行うことになっていて、最低でも自分を守れるだけの力量を備えることを目標としている。


 ――――――と、まるでグレンツェンに比べてベルンのほうが戦闘能力が高そうに聞こえるが、恐ろしいことにそうではない。

 グレンツェンには幼少期に必修が義務付けられている基礎魔法学と護身術の講義がある。のだが、この内容が大人顔負けの内容で……正直、ヒいた。

 何が凄いって、子供たちにはまるでこれが当然の常識のように、高い技術力を身につけさせる指導力の高さですよ。


 それもそのはず。基礎魔法学はベルンが誇る才女ユノ・ガレオロストが担当。

 護身術の担当者はサン・セルティレア大聖堂の超人シスターズ。

 超人シスターズの長はエクスプレス合衆国でも有名な大学教授をしていた人物。教育の分野で多大な貢献をしてきた偉人。

 ヘラさんが口説き落とし、老後の余生にどうですかと誘ったのが移住のきっかけ。

 多くの子供たちを育てながら、新たな論文をぽんぽんと生み出す現役バリバリの教育者。

 当然、彼女の脇を固めるシスターズも教育に関して超一流である。


 さらに大聖堂の神父は謎多きエイボン氏。彼は国際魔術協会の最高顧問を務める魔法のエキスパート。

 彼の全容は謎に包まれ、本当に存在するのかどうかすら伝説の中にあるとされている。

 そんな超人集団がなんの偏見も固定観念もない、可能性の塊に土と肥料と水を与えるのだ。子供たちのレベルが低いわけがない。

 その子が得意とする魔法、その子の性格に合った魔法。これ1つをとったなら、魔法を得意とするベルン騎士団第三騎士団員にも匹敵すると思っている。

 むしろ、やりすぎ感すらあった。

 視察に行ったことがあるけど、その時に子供に教えていた魔法は……いやそれ、人が死ぬだろ。と、思うようなものばかりだったから。


 グレンツェンの教育方針はプロフェッショナル志向。基礎的な知識を網羅したうえで狭く深く。

 ベルンは基礎をしっかりしたうえで広く浅くといった具合。

 お互い一長一短。どっちが肌に合うかはその人次第です。


 魔法に限らず料理もしかり。肌に合いすぎるのも困りもので、長男が絶賛するなら次男は歓喜するだろうと、アルマはビーフシチューを準備した。


「フィオンくんもビーフシチュー、食べますかね」


 わくわくするアルマの隣で私もわくわく。おいしい料理を食べて喜ぶ息子の笑顔が見たい。


「まだ食べさせたことはないが、私の子だからきっと好きだろう」


 旦那のクリストファーもわくわく。


「根拠がちょっと不安だけど、とりあえずしっかり冷ましてからね。あつあつだと火傷しちゃうから」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと温度を計測してるから」

「ですです。お任せ下さいっ!」


 ちょっと心配性で保守的な旦那だけど、いざという時はしっかり家族を守ってくれる大黒柱。

 私の愛するマイダーリン♪。

 そんな旦那の遺伝子を受け継いでいるのか、次男もおいしいものを食べると体を使って全力で喜びを表現。そして長男よろしく奪ってがっつくという癖を発動。

 いやぁ親子ですなぁ。


「いやぁ本当に。小さい頃のお前そっくりだよ。なぁ、ライラ」

「――――えっ、私?」


 え、兄さん何言ってんの?

 続いて義姉さんが言葉を揃える。


「懐かしいねぇ。ライラちゃんは大好物のはちみつクッキーを見つけたら、みんなの分も全部持って1人で全部食べちゃったものね。リスみたいに頬にいっぱい詰めちゃって。かわいらしかったわぁ」

「――――――えっ、義姉さん、私そんなことしてた?」

「たしかその時の写真がアルバムにあったはず」

「ちょっ、まっ!」


 止めに入ろうとすると、アルマは魔術師とは思えない身のこなしで間に割り込む。


「子供時代のライラさん。見たいですっ!」

「ソレハヤメロッ!」


 なんか凄い変な声が出た。

 若い頃は外国へ留学。そこから剣闘士として世界を股にかけて大活躍。

 晩年にはベルン第二騎士団団長としての任務をこなし、今では二児の母。

 そんなふうにしている私も、時々は実家を訪れて家族との再会を楽しんだ。

 近況報告から将来の行く末。当然、幼かった頃の思い出話しも話題に上がる。が、しかし、アルバムを取り出してまで振り返るほどではなかった。

 それがこんな形で、こんな状況で、過去の醜態を披露することになるなんて思いもよらない。

 写真の中の小さな子供は、両頬にクッキーを詰め込んでどや顔でダブルピースをしている。満面の笑みで……。


 わぁ~~~~恥ずかしいっ!

 いくら純真無垢な子供の行動とはいえ、大人になってこういう悪癖を見ると羞恥心で顔が真っ赤になる。

 早くアルバムを取り上げないと、調子に乗った兄がアルマたちに昔語りを始めるに違いない。

 颯爽奪わねば、ならないというのに、踊るように私の腕をかいくぐりやがる。

 ビール腹のくせに、こういう時だけは運動神経が上がる。

 なにこれ超ムカツクんですけどッ!?


「実は子供の頃、ライラと同じで田舎を飛び出して剣闘士になろうと修練していたことがあったんだよ。いやぁ、ライラの動きについていけるくらいはまだまだ現役だな」

「こんな時にだけ機敏になるなよ。いいからさっさとアルバムを渡せ」


 奪おうとするも、紙一重で兄はアルマにアルバムをパス。


「えぇ~、ライラさんの子供時代のお話しならもっと聞きたいです」

「私ももっと伺いたいです。ちなみにずいぶんとお転婆だったんですか?」


 兄とヤヤちゃんがアルマと私の間に入ってガードする。なんでこんなにもチームワークがいいんだ!?

 義姉は私の必死な表情を見て、微笑ましく過去を暴露し始める。


「それはもう男の子顔負けのお転婆だったよ。頭もよくて魔法もできて、なんでもそつなくこなせる子だったねぇ。でもご両親は将来が心配だ、って。いっつも肩を落としていたよ」

「もぅやめてくれ~~~~っ!」


     ♪     ♪     ♪


 散々羞恥心をまき散らされて意気消沈。

 ため息をついて体の火照りを冷ましながら、ひと息つこうとするも、元気いっぱいな子供たちは当初の予定より早く遊びに出かけてしまった。

 なんでも、レレッチを通してエメラルドパークで空中散歩をするらしい。

 フラワーフェスティバルで話題になったアルマの空中散歩。

 その話題はお披露目前の準備段階から聞こえていた。広報と個人SNSの拡散力でベルンにも音速で伝わった。

 命題がファンシーで素敵なだけではない。参加者の1人に我らが騎士団長シェリー・グランデ・フルールの名前が連なってるのだから。


 もちろん、フラワーフェスティバルへの出店や参加は自由。騎士団長だって例外ではない。

 ただ、体裁をやたらと気にしながら、目立つのが苦手な彼女が空中散歩だなんてパワーワードを持った企画に参加してるだなんて想像だにしなかったのだ。

 ぶっちゃけ同姓同名の別人かと思った。

 ミドルネームに【グランデ】が入ってるからそんなわけないんだけど。


 結局、お手伝い程度でそこまで深くは関われず、企画の核芯は発案者のアルマが担当している。

 いやそもそもこんな少女があんなエクセレントな企画を立ち上げ、大成功に導いた時点で凄すぎるんだけどね。

 なんでベルン寄宿生になろうと思わないのかが不思議なくらい。彼女なら宮廷魔導士だって夢じゃないだろうに。


 本当に不思議だ。魔法は大好きなのにシェリーの推薦を断ったらしい。

 シェリーは彼女と一緒に仕事がしたいと言った。それだけの実力と愛嬌がアルマにはある。

 実際、後夜祭で一緒に言葉を交わした時の印象は非常に良かった。

 丁寧で誠実。目上を敬い尊敬する姿勢は好印象の典型例。

 この子のためなら背中を押してあげたくなる。そういう愛嬌も持ち合わせていた。


 今日のランチでもその評価は変わらない。むしろ上昇しつつある。

 常識があり、初めて出会う人々にも気さくに、丁寧に、礼儀を尽くして立ち振る舞った。

 ゲストであるにも関わらず、雑務をこなそうとする姿もエクセレント。我が子らへの接し方も手本にしたいほど。

 今のところの彼女の評価はパーフェクトガール。

 非の打ちどころのないかわいさである。


 そんな彼女主催の空中散歩。

 フラワーフェスティバル当日はベルンの警護に回ってたから参加できなかった。

 まぁ騎士団の仕事をサンジェルマンに任せっぱなしだったこともあり、その分の埋め合わせの仕事をしなくてはならないという義理人情に駆られてのことでもある。

 なによりサンジェルマンには、仕事を理由に別居する家族がグレンツェンにいた。

 家族水入らずの時間を作ってあげるのも上司の仕事というものです。

 サンジェルマンのほうがひと回りも年上だけどね。でも役職上は私が上司だからね。色々と配慮とかあるんですよ。

 彼はそういうの気にしない性格してるけどね。

 私は気にするんですよ。


 そんなこんなで、空に打ち上がる巨大なシャボン玉を遠目に眺めながら猛烈に思う。

 正直、私も空中散歩に行きたいっ!


「こらこら。ライラは商談の当事者なんだから、気持ちは分かるけど集中しなさい」

「くっ……早く終わらせて空中散歩に…………」

「本音がだだ漏れ」

「申し訳ございません。せかしてしまったようで……」


 10歳の少女に気遣われてしまった。

 いかんいかん。しっかりせねば。


「ああいや、2人が気にすることなんて何もないよ。空中散歩はベルンで開催されるワールド・モンスターカーレース・グランプリの催し物のひとつとして出されることは決まってるからね。私はその時に楽しませてもらうことにするよ。さて、本題なんだけど、オリーブの木と魔鉱石の取引だね。現物は持参してくれたかな?」


 はい、ここからが今日の本題です。

 後夜祭で聞いた魔鉱石の話題。質の良い研究材料が手に入ればと思ってダメ元で引き戸を開けてみたら、あらびっくり。とんでもない宝石が隠れていたではありませんか。

 どうやって作ったのかは門外不出だけども、とにかく手元にある白い結晶体のような金属はまぎれもなく純度99.999%の魔鉱石。質量に対して魔力の含有量がほぼ100%の奇跡の産物。

 世界中の魔導士が恋焦がれては夢想に終わる神代の業。それが目の前に鎮座ましましている。

 信じられない。

 ただそのひと言を呟いて、しかし目の前にある現実に高揚せざるをえない。

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