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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 2

 意識を取り戻したマルタの血色がよくなってる。

 事情を説明すると、なにごともなかったかのように立ち上がった。気分が悪いままじゃないの?


「ハティさんのヒールのおかげでだいぶよくなりました。ありがとうございます。ちなみに2つ目の魔法はなんていうものですか?」

自動整調(オートファジー)。お腹とかが気持ち悪いな~、って時に使う魔法」

「凄い便利そう。ぜひアルマにも教えて下さいっ!」

「すまない、マルタ。私の考えが甘かった。どうか許してくれ」


 首を垂れるも、彼女は問題ないと断った。

 問題ないほうが問題な気がするんだけど。


「全然気にしてませんので大丈夫です。それよりこれからお昼ご飯でしょう? 私はもう大丈夫ですから、みんなでおいしいランチにしましょう♪」


 まだ本調子でないことは声色からわかる。だというのに、彼女は気丈に振舞って場の空気がこれ以上、澱まないように努力してくれた。なんてできた子なんだろう。

 こんな後輩にして部下にして、友を得られたことに感謝しなくては。

 差し当たって今度、ケーキ屋さんで好きなスイーツを食べさせてあげたいと思います。


 それでは気を取り直してランチタイム。本日はオリーブの木が欲しいハティに合わせ、オリーブを使った料理を用意していただきました。

 兄の嫁、つまり私の義姉でありレレッチのお母さんの料理です。

 温厚で物静かな性格。兄とは幼馴染で子供の頃、私もよく遊んでもらったものだ。


 彼女はとても料理が上手。やはり農場育ちということもあって野菜を使った料理が絶品。

 旬の野菜を生ハムで包んだ野菜巻きは種類も豊富。アクセントの胡椒やソースといった調味料で味の印象がガラッと変わる瞬間は感動もの。

 伝統的な詰め物料理(ファルシー)は野菜に肉のみならず、野菜に野菜を入れることで強い食感と味の変化が楽しめる。

 見た目も鮮やかでおいしい逸品。私もよく義母に振舞ったなぁ。


 ちなみに私は、パプリカの中に荒く刻んだ玉ねぎをたっぷ詰め、胡椒を軽く振ったシンプルなファルシーがお気に入り。

 火を通したパプリカと玉ねぎの甘味。ピリッと痺れる胡椒がアクセントになって、シンプルながら素朴な味わいがたまらない。

 旦那は少し物足りないというけれど、私はこれだけで十分です。

 散々、ナマス国で味の濃いものを食べてきた反動かも?


 料理上手な義姉が用意してくれたメインディッシュはシンプルなペペロンチーノ。

 今回はオリーブオイルを楽しんでもらいたいということで、どストレートにシンプルなパスタです。

 ニンニクと唐辛子にオリーブオイルは鉄板の組み合わせ。あとはロングパスタを茹でて絡めて出来上がり。

 トッピングは塩漬けしたオリーブの実。わずかな塩味があり、フレッシュなオリーブの味わいを楽しめるため、ガーリックと唐辛子のパンチと合わせてシンプルなペペロンチーノが破壊力抜群のプレートへと変貌する。


 もう1つ、これもまたシンプルなものでガーリックトーストをチョイス。カリカリのトーストにガーリックペーストを塗り、オリーブを染み込ませるひと品。

 まろやかなオリーブオイルと刺激的なガーリックの香りが食欲をそそる。


 そしてそして、今回はすみれがいる。ぜひにと頼んでおいた、すみれ特製のビーフシチューが御降臨。

 後夜祭で食べて以来、また食べたいと思っていた料理にこんなにも早く再会できるとは思ってもみなかった。

 ありがとう、ハティ。

 そして、暁。

 奇跡的な出会いに感謝します。


「私のわがままを聞いてくれてありがとう。やっぱりすっごくおいしいわ!」


 肉ちょ〜やわらけぇ〜♪


「いやぁ~、そんなに喜んでもらえて私も嬉しいです」

「すみれさんのビーフシチューはフレナグランでも食べたことがないくらい絶品です。他の料理も全部おいしいです」

「ヤヤはいっつもすみれの料理を食べてるのか。それは本当に羨ましいな」


 本当に羨ましい。マジで。

 こんな料理を毎日食べられるだなんて誠に羨ましゅうございます。

 朝食は軽食で済ますとして、昼食はお弁当か外食だろう。

 外食だとしても、グレンツェンには多種多様な世界のグルメがひしめいている。それこそ毎日、昼食を外食にしても全店舗全種類コンプリートすることは不可能に近い。

 なにせ定番料理以外の季節料理は、毎年グレードアップをするか手を変え品を変えて提供されるからだ。


 進化こそが成長であり経営の真髄。

 それを分かっている玄人集団の街から発行される月刊誌の中身は、通年を通して同じ色合いであったことがない。

 千変万化する街、グレンツェン。

 息子たちがもう少し大きくなったら一緒に食べ歩きに出かけたい。


 昼食も万全であるにもかかわらず、晩御飯はすみれの料理が待ち構えてるという。

 食材から調味料まで扱えて、きちんと『料理』が出来る子は昨今、少なくとも、残念ながら、寄宿生や正規の騎士団員をはじめとして少なくなっている――――気がする。

 というのも、アナスタシアではないが、冷食のクオリティが上がると同時に、料理の話題が少なくなってると感じ始めたからだ。


 しかし、以前から家庭内の料理の話題というものが頻繁に行われていたわけではない。

 それでも、コイバナの際には男子の好きそうな料理の議題はあった。誕生日や記念日などのプレゼントに手作りのお菓子だとかなんだとか、それらしい話しはちらほら耳に聞こえた。

 だが、最近は、全く、一切、聞こえてこないっ!


 その正体がレトルト食品の普及。そりゃあ企業も必死になっていいものを作ってるに違いない。

 それを利用する利用者だって間違ってはない。

 だがやっぱり、農家の娘としては、なんだか少し寂しい気がするんです。

 そう思うと土から獲れる作物を丁寧に扱ってくれるすみれは、農家にとって嬉しい存在。

 どんな簡素な料理だっていい。もういっそ蒸かし芋でもなんでもいい。

 食材から料理する大切さと喜びを多くの人に知って欲しい。

 いっそ講義の1つに料理の議題をねじ込んでやろうか。


 そんな話しをすると、アルマが強く共感してくれた。


「マルコの話しだと、訓練中とか遠征の時には非常食(レーション)が基本って言ってましたね。でも、いざって時に現地調達して自力で料理できないといけないので、料理って大事なことだとアルマは思います。おいしいものを食べると元気が出ますし、モチベーションに繋がると思います。メリアローザのダンジョン攻略でも、野戦料理の大切さが問われていて、みんな必死に勉強してるみたいです」

「う~ん、その点に於いてはハイラックスでサバイバルを経験したサンジェルマンに伝授してもらうのがいいかもしれん」


 隣ですごく嫌な顔をしたやつが否定に入る。現代っ子のマルタだ。


「私を含め、現代のもやしっ子には荷が重そうですね。野草や食べられるキノコの見分け方や鑑定は必須科目ですけど、食べられる獣狩りとその場での調理は……度胸と経験でしょうか」


 不安を装って拒否をするマルタの前に、何も知らないキキちゃんが得意満面の笑みでマルタの下心に釘を刺す。


「それならキキたちなら大丈夫だ。ヤヤは固有魔法(ユニークスキル)があるから、食べられる野草と大丈夫なキノコとか、山菜とか見分けがつけられる。キキは鶏くらいなら絞められるよっ!」

「――――――えっ!?」


 思いもよらないところからの奇襲。まさかこんな小さな子が鶏を絞められると、自信満々に胸を張って言い放つとは思ってもみなかった。

 マジか。キキちゃんだって現代っ子だろうに。まだまだ小動物に愛着が湧いたり感情移入したりする年頃だろうに。

 もしかして、もうその認識が時代遅れなのですか。今の子供たちは思った以上にハード&ドライボイルドなんですか?


 続いてヤヤちゃん、手伝ってもらえれば猪も解体できるという。

 マジかこの子たち。どんだけワイルドなんだよ。そういえば、彼女たちを送り出した暁は刀で牛の解体をしたんだっけ。

 きっと彼女が教え…………普通教えるか、そんなこと。

 うぅむ、まぁ考えても仕方ないか。幼い頃からそういう光景に見慣れていれば抵抗はないだろうし。そういうもんなんだろう。文化の違いなんだろう。多分。


 当然、私は彼女たちが異世界から来た異世界人だなんて想像だにしない。

 キキちゃんたちはエメラルドパークのような山と畑と共に暮らしてたんだろうな、と勝手に妄想を膨らませて親近感を沸騰させていた。

 まさか魔法技術の発展した江戸時代のような世界から異世界渡航してるだなんて誰が思おうか。

 思うはずがない。

 だから全く気付かないし、特に気にも留めなかった。

 ただただ仲のいい2人を見て、やっぱり次に生むなら女の子だな。双子もアリだな。なんてのんきなことを考えました。


 さて、そんなことを考えながら連れて来た2人のかわいい息子に目を向ける。

 1人は今年で2歳になる長男ケイン。旦那のクリストファーに似た顔立ちで髪はブラウン。目は深いブルー。

 次男は生後十か月になろうとしているフィオン。髪は私と同じ紫地で桃色がかった輝くような色。瞳の色はスカイブルー。

 まだどちら似かまでは分からないが、おそらくフィオンは私似だろう。

 そんな気がする。

 そうであってくれ。


 長男は何にでも興味が湧く年頃。そして超素直。嫌いなものは絶対に食べないし、好きなものはこちらから渡さなくても力ずくで奪っていく。

 機嫌が悪くなれば必死に抵抗したりもする。

 道路の真ん中で大の字になってうつ伏せになられた時にはさすがに困った。

 だけどこれはこれでめっちゃかわいいのでどうしようもない。


 今日も今日とてすみれのビーフシチューがおいしすぎるせいか、ひと口食べてテーブルの周りを全力疾走。体全体でおいしさと喜びを表現。

 そして他の料理には目もくれることなく、ビーフシチューをお腹いっぱいになるまで平らげた。主に肉。とろとろになるまで煮込んだすじ肉。

 ママのぶんも残しておいてくれよ。


「すまないな……わがままに育ててるつもりじゃないんだが、好きなものには一直線で」


 節操がなくて申し訳ないと俯くも、すみれはそんなことはないと笑顔を向ける。


「全然問題ありません。むしろおいしそうに食べてくれて嬉しいです。小さいお子さんがいらっしゃるということで、脂身多めのすじ肉を選んできました。隠し味はリンゴのみなので食べやすいかと思います。あ、それとハチミツは入れてませんので安心して下さい」

「さすが、すみれ。よくわかってらっしゃる」


 幼児にはちみつは毒だからな。


「あ、それとシチューの具はフィオンくんには大き目なので、スプーンで潰して小さくしてあげて下さい。そもそも生後十か月の子には少し味が濃い目だと思うんですが、大丈夫でしょうか?」


 本当によく配慮して下さる。

 ぶっちゃけ思うけど、この年齢の子がよくそんなことを知ってるな。私なんて母親になってからようやく勉強し始めたというのに。

 そして何度もミスってここまできた。


 子供たちは覚えてないかもしれないが、私は色々とやらかしている。例を挙げるなら、泣く子をあやそうとした時。

 結論から言うと、腕に抱いて子供を揺らすのはダメ、絶対。

 正しい方法は、腕に抱いたままゆっくり歩くのが正解、らしい。

 少なくとも、体が弱く小さい子供を大人の力で小刻みに揺らすと想像以上の負荷がかかる。大人換算で説明するなら、ジェットコースターに縛られたまま、凄い勢いで前後に揺さぶられることに等しい。

 絶対に酔う。

 私なら吐く自信がある。

 テンションも下がる。


 そして当然、子供は言葉がしゃべれるわけではない。わけではないので、泣いて叫んでやめてくれとサインを送った。

 だがこうすれば泣き止むと勘違いしてるのだがら余計に揺する。揺するから泣くというのにッ!

 嗚呼~……本当にごめんよ、我が息子よ。

 ママにもっと知識があれば、苦労をかけずに済んだというのに。

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