シャングリラ、真実の幸福が在るところ 1
フラワーフェスティバルが終わり、小話を除いて小説のタイトルが百話目となりました。
今回はオリーブの木が早く欲しくてしょうがないハティが相変わらずの行動力で周囲の人々を引っ張り回します。後夜祭で魔鉱石の話題が上がり、暁の計らいでオリーブの木と交換という話しに乗ったライラが前半の語り手で進みます。
是が非でも高純度のマジックアイテムが欲しいライラ。故郷のペルンノート農場に彼女たちを招きながら、彼女の意志、『後輩たちに何かを遺す』ことを実践しようとします。
後半は動物大好きマルタ主観で進みます。譲ってもらったオリーブの木と、オリーブを使った料理を楽しむためにシャングリラへ向かう一行。未知の世界を全力で楽しみながら、チーズ大好きエリストリアに振り回されまくるお話しです。
以下、主観【ライラ・ペルンノート】
事件は7日前に起こった。
それはフラワーフェスティバルも終わり、後夜祭を行った次の日の朝。惰眠を貪っていた姪っ子の前に巨人が現れる。
鼻息を荒くして前のめりでいる彼女は、豊かな金髪を三つ編みにしていた。風に揺れる金の束のなんと荘厳なことか。
見上げるほどの体躯にして、すらりと伸びた手足の美しさは神が造りたもうた芸術のよう。
プロのモデル顔負けの顔立ち。整ったプロポーション。全ての女性が目指す極地のひとつに数えられて相違ない。
魅力的な大人の女性の姿でありながら、女性らしいかわいらしさをも合わせ持つ。くわえて、我々も知らないような魔法すら使えるという超逸材。
ハティ・ダイヤモンドムーン。
暁曰く、彼女を超える魔法の才を持つ者を見たことがないという。
まさに究極の生物。
神々が創り出した芸術品。
その彼女の第一声とは――――。
「オリーブの木が欲しいっ!」
それは我が姪、レレッチがハティの故郷であるシャングリラに行った時、油の生る木の話しをしたことに始まる。
彼女たちの住む場所では油の生る木の種類が少ないらしく、植物油の供給が間に合っていない。
そこで、エメラルドパークで栽培しているオリーブの木が欲しい。是が非でも欲しいというわけ。
後夜祭ではオリーブの対価とした、彼女が所有している純度99.999%の人工魔鉱石と交換という話しで決着が着いた。取引について後日相談…………だったのだけど、早く欲しくてしょうがないのか、朝陽と共に現れる。
その行動力たるやどこから来るのか……。
と、いうわけで。我々も彼女の行動力と情熱に後押しされて――――というか急かされて、実家であるエメラルドパークへ赴いた次第であります。
なぜそこまでするか。
何としても魔鉱石が欲しいからだよ。
何かの拍子に気が変わって、取引がなくなってしまうことだけは阻止しなければならない。
魔導を研究する魔術師であれば垂涎の代物。このチャンスを逃すことは絶対にできない。
ありがたいことに彼女は私との約束を覚えてくれていた。
そこそこお酒を飲んでたようだったから、酔って記憶がないとかないよね、って心配したことは杞憂だったようでなにより。
勢いのままに商談を成立させたい。
そのためにエメラルドパークの農場主である兄にも無理を言って、会談の場を用意してもらったのだから。
そんな兄も兄で娘の友達を見てみたいという願望を持っていた。
なにせ手塩に育てた一人娘。愛しい我が子のお友達。引っ込み思案で人見知りの激しかったかわいい娘が友達を連れて我が家へやってくる。
なんと誇らしく嬉しいことだろう。
私も息子の友達が遊びにやってくると知ったらこんな顔をするのかな。今から楽しみです。
ベルンからはもう1人。シャングリラに行きたいマルタを助手に連れてきた。
手際がよくて気配りもできる頑張り屋さん。なんで彼氏がいないのか謎である。男どもは見る目がない。
彼女にはハティたちがワープして現れる際の目印として活躍してもらうつもりです。
「目印は私自身ということですが、本当に大丈夫でしょうか。それに、一応、私は空間移動の魔法が使えますが、その上位魔法と予測される時空間移動という魔法の複写に成功できるかどうか。魔法適正と耐性には自信はありますが」
「失敗したならしたで仕方がない。あくまでマルタのトレースは保険だ。本命はこっち。最新鋭の魔導複写装置。これでワープの魔法の魔術回路を解明する。さいあく、ハティから直接教えてもらう」
「直接教えてもらえるなら、私は必要ないのでは……?」
彼女の心配はもっともである。複写の魔法は発動された魔法を体験として認識できる魔法。
通常、魔法は教え手に触れることで魔術回路を伝え、いくばくかの訓練を経て自分のものにする。ただし、属性系の魔法の場合、訓練をしたところで体に合わない場合もあるからその限りではない。
そうすることであらゆる魔法の伝達と普及が可能なのである。
一方、トレースの魔法の場合は先にも述べたように、体験として会得することができるため、習熟時間が早まる利点があった。
放出系の補助魔法の殆どはトレースの魔法を使って伝達される。
ただし、魔法を受けなければ発動しないトレースの場合、攻撃魔法を覚えることは原則できない。
なぜならその身をもって直接的に攻撃を受けなければならないからだ。ドМ野郎ならともかく、命の危険を冒すような輩はいない。
また、体験して会得するトレースの場合、身の丈に合わない魔法を受けると、トレースの魔法が破壊されるばかりか、術者自身の身の危険も考えられる。
過去、己の魔法適正や魔力の練度を超える魔法を受けて絶命した魔術師もいたらしい。
その点においてマルタは大丈夫だろう。魔法適正は数多の魔術師が在籍するレナトゥスの中でもトップクラスの高さ。
魔力の練度も高く、攻撃力は高いが扱いの難しい雷系魔法をも使いこなす逸材。
この若さで宮廷魔導士見習いになったのもうなずける。
万が一に失敗しても、最新鋭の魔導複写装置を借りて来きた。
これはレンズを向けた先で発動する魔法の魔術回路を複写して記録するという優れもの。
さらに発動された魔法の情報がインプットされているならば、その魔法の情報を引っ張り出して照合してくれる優れものなのだ。
発動する魔法は魔術回路の構成によって効果が違う。ならば全ての魔法がそれ固有の魔術回路を持っているのか。
否、同じ効果を持つ魔法でも、人によって魔術回路の形が微妙に違うことが証明されていた。
さらには威力、効果、効能も勘違いほどのレベルで差異が生まれる。
その理由は定かではない。有力な説は、魔力の源泉が魂に起因すること。
ひとつとして同じものがない魂=魔力だからこそ、魔術回路にも影響が出る。
そういう理屈になっていた。
本日借用した魔導複写装置は客観的に、かつ、視覚的に魔術回路を見ることのできる優秀な装置。
他者の発動した魔法を比べ、必要な本質を抽出することができる。
必要最低限の部分を認識することで、より正確な魔法の発動を実現させようとしているのです。
レナトゥスきっての変態、エイリオス・フォン・バルクホルン。第四騎士団団長にして齢90歳になってもバリバリ現役最前線を行く彼が作った傑作のひとつ。
これをもってすれば、ハティが使うという時空間移動なる未知の魔法の秘密と真髄を暴けるかもしれない。
あと、もしも高純度の魔鉱石が手に入ることがあったら言い値で買うかどうか聞いたら、即答でYesを貰ってるので、金銭的な問題も解決済み。
できる女は根回し上手なの。
残りの心配といえば、マルタが最初に漏らした言葉。『目印』について。
我々の常識の範囲では、テレポートの魔法を使う場合、どこに転移するかを決めた魔方陣を敷いておく。そうでないと、転移先に障害物があった際、破損したり、最悪の場合、術者の肉体が障害物と合体したり歪に融合したりと、予期せぬ事故になりかねない。
かの有名な超ド級戦艦転送実験の結果もそう。
超巨大な戦艦を転送しようとして失敗。しかも質量が大きすぎたのか、魔術師の練度が低すぎたのか、転移に失敗した挙句、船員は船の内部にめり込んだり埋まったりと凄惨な状況だったという。
他にも魔方陣を用いないテレポートの失敗例は枚挙にいとまがない。便利ではあるがそれだけ危険を孕んでいるのだ。
今日のこの場合、目印は魔方陣と同義。であるが、今回はそれを用いない。
大きな声では言えないが、彼女はワープの魔法を使う前に千里眼の魔法を使って転移先の安全を確認するという。
千里眼の魔法は国際条約で使用が禁止されている魔法のひとつ。理由は単純明快。どこででもいくらでも覗き見し放題だから。
使用者の熟練度によって遠視できる距離が異なるものの、こんな魔法が日常茶飯事に使われてしまってはたまらない。
プライベートも無ければ局部を隠す衣服も無意味。いったい誰がこんな魔法を作ったのか。
ともあれ、この魔法については単純な魔法であるがゆえに対策も簡単。小さな村から大都市まで、千里眼対策の魔方陣や護符があるので覗かれる心配はない。
万一使おうものなら、内臓されている逆探知の魔法で個人が特定されてお縄である。
ただ今回は千里眼を使って移動先の安全を確保してもらわないと困るので、千里眼対策の施されていない場所にマルタを立たせている。
こちらの準備ができ次第、合図のジェスチャーを送れば、ワープを使って移動してくれるというのだが、はてさて本当に千里眼で見えてるのだろうか。
いくら千里眼といえど、遠視できる距離は術者の力量いかんで大きく異なる。
魔法剣士にしては魔法適正が高く、魔力の練度の高いサンジェルマンがハイラックス国際友軍時代、ジャングルで失踪者を探す際に使った時は半径50kmまで見通せたらしい。
それでも十分凄いのだが、グレンツェンからエメラルドパークまでは300kmオーバー。この距離を越えられるのなら、彼女の魔法適正と魔力の練度は世界トップクラスであることを認めなければならないだろう。
ちなみに現在、魔導複写装置には千里眼の反応が出ている。魔法越しになんだかそわそわしている様子が感じられた。
つまりハティがマルタの合図を待ってるということ。
オリーブの木が手に入ることを待ち遠しくしてること、だと思う。
それにしても、この距離を千里眼でずっと見続けてるのか。あの子、本当に一般人なのか?
さて、そろそろ時間だ。
機材の準備よし。
マルタの準備よし。
それでは合図を送ってもらいましょう。
――――瞬間現れた。
あっけなく。いともたやすく転移してきよった。マジで凄いな……と、感心している場合ではない。魔導複写装置の出来栄えは、と画面を覗くよりも先にマルタの様子がおかしいことに気付く。
顔を真っ青にして倒れてしまったではないか。
走り寄りながら声をかけるも返事がない。まさか魔法に圧倒されて昏倒してしまったのだろうか。あのマルタが。とても信じられない。
魔法はおろか、モンスターカーを300キロのスピードで飛ばして高笑いしていられる胆力を持つ彼女がぐったりとするだなんて。
幸い、ハティの応急処置のおかげで意識は取り戻した。どうやら命に別状はないようだ。本当によかった。
そして事の経緯をアルマに説明するとめっちゃ怒られることになる。
ワープの魔法は使用魔力量も発動に必要な魔力の練度も桁違い。それをトレースするだなんて無謀すぎる、と。
まさかこれほどとは思ってなかった。
それと、子供にガチで怒られると結構へこむな……。




