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うさうさ百裂拳 1

今回はソフィア視点で進む物語です。

彼女は甘いすい~つを食べながら、後夜祭に挑むまでの道のりを反芻することになります。

残念なことに、彼女は前回同様、マルタの暴走運転に強制乗車させられていたのでした。

今回、ソフィアはどんな目に遭ったのでしょうか。

そしてタイトルのうさうさ百裂拳とはいったい……っ!




以下、主観【ソフィア・クレール】

 時間はしばし遡り、夕飯の支度をしようと台所に立った頃だった。

 今日は妹でベルン騎士団員のフィーアが朝早くから国の護衛任務に着任。夕方には戻るということで、普段より少し早めの夕食を予定している。

 久方ぶりに顔を合わせたデーシィも仕事があるからと足早に帰国してしまい、少し物寂しさを感じていた。

 なにより寂しさを募らせるのは、隣街であるグレンツェンに行けば滅多に顔を見せることのないルクスアキナ。その気になればすぐにでも会いに行けるグリムが楽しそうに出店のアルバイトをしていること。

 せっかくなら誘ってくれればよかったのに。

 そんな愚痴を心の中で呟いて、さぁて今日はミートスパゲティとクリームコロッケでも作りますか。


 気合を入れ直してエプロンの紐を引くと同時に、何やら嫌な予感が背筋を走った。

 なんだろう。今日はもう何も予定なんてないはずなのに。

 自分以外で何かしでかすとすれば、グレンツェンのフラワーフェスティバルに赴いている姫様だろうか。

 とはいえ両親である国王様と王妃様、多数の護衛がいる中で普段のとんでも行動はしないだろう。

 常識で考えれば。


 嫌な予感というのはどういうわけか当たるわけで、呼び鈴が鳴るよりも早く扉を開けると、そこにはライラ騎士団長。

 ぐったりとして動かないユノ・ガレオロスト氏。

 そしてにこやかな笑顔が心底怖いマルタさんがいらっしゃった。


 概要はこうだ。

 これから姫様がキッチン・グレンツェッタの後夜祭に乗り込むから一緒に来て欲しい。


 乗り込むってどういうことでしょうか。

 不穏な空気が漂う中、有無も言わさぬという圧でライラさんに手を引かれて車へ押し込められてしまった。

 また地獄のドライブですか?

 なにが怖いって、時速数百キロでかっとばすマルタさんの運転がですよ。

 前回痛い目を見たので今回はシャトルバスでお願いします。

 はいはい、言って聞くなら苦労しませんよね。

 誰か助けてっ!


「大丈夫大丈夫。今回は脇道を使うから」

「いや、どの道を使われるにしても、暴走運転はするんですよね?」

「大丈夫大丈夫。私は暴走運転なんてしたことありませんから」

「それはマルタさん視点での話しですよねっ!」

「そんなことより、ユノをシートベルトで張り付けて動かないようにしておいてくれ。危ないからな」

「危ないんじゃないですかッ!」


 マルタさんが運転席。

 ユノさんが後部座席。

 その隣に私ことソフィア・クレール。

 そしてその隣にライラ騎士団長。


 いやいや、おかしいよね。4人乗りなんだからライラさんは助手席でしょ?

 そうすれば私は発進と同時にシートベルトを外してハリウッド映画さながらの脱出劇を繰り出しただろう。

 しかし、それをやると察してか、ユノさんで私をサンドイッチにするかの如く、ライラさんが立ち塞がる。

 狭いので助手席に移動を促すも、意味不明な根拠を持ち出して立ち退こうとしない。

 いやいや、乗車規定違反ですよね。4人乗りだからって後ろに3人はダメですよね!?


 言うより早くクロスシートベルトを装着させられ逃げられない状況に。

 重力に従って背中がシートにくっついて離れない。

 もう逃げられないことを確認すると、なんとライラさんは後部座席で立ち上がり(・・・・・・・・・・)、助手席を倒して滑るように着席。

 普通にあり得ないんですけど。

 常人が身動きの取れない空間で、物理法則を無視したかのような力業を難なくやってのける。

 これがベルン第二騎士団長の実力か。

 そんな謎スキルなんて身につけなくていいんじゃないでしょうか!


 お腹が痛くなってきた……。

 もう家に帰りたい…………。

 ――――でも、まぁ、キキちゃんたちに会えるなら頑張れるかも。

 ここさえ乗り切ればおいしい晩御飯が……って、私って部外者じゃん。そもそも後夜祭に参加する権利ないじゃん!

 はぁ~……姫様はきっとそんなことを考えてなんかないんだろうなぁ。

 そりゃ好かれてることは素直に嬉しいです。

 しかし少し衝動的にすぎるのではないでしょうか。

 姫様だけならともかく、マルタさんにライラさんまでノリノリだなんてどういう了見でしょう。

 もう少し体裁を気にしたほうがよいのではないでしょうか。


 そう思うと少し冷静になったというか、もはや1周回って諦めの極地と言いますか、もしかしたら2回目のドライブなので免疫がついたのかもしれません。

 いやぁ、慣れって怖いですね。


 あれ、そういえば……


「脇道っておっしゃられてましたけど、ベルンからグレンツェンに向かう道路にそんな場所なんてありましたっけ?」

「普段は一般に開放されてない道だから知らないのも無理はない。ベルン―グレンツェン間の北側には農業を営む牧場が多数存在してるのは知ってるだろう。そして南側は森林地帯だ。深く入るとベルンやグレンツェンのみならず、周辺国家も利用する大規模な演習場が存在する。極大魔法を撃ってもびくともしない強力な結界があって、大規模な演習が行える。なおかつ都市から近い場所という利便性もあってよく利用される。今回使う脇道っていうのは、ベルンから演習場へ向かうための道路だ」

「あぁ~、そういえばフィーアがそんな場所もあるって言ってたっけ――――いや、あの、全然舗装されてない道に見えるんですけど」


 獣道にしても酷い。

 戦車を使ってようやく通れるような道に見えるんですけど。


「そりゃあな、件数こそ少なかれ、ベルン騎士団も外国からの救援要請を受けて国外へ出向くことがある。当然、舗装された道路ばかりではない。軍用車両に乗り込んで、めちゃくちゃ揺れる車内に適応するための訓練も兼ねて舗装はしていない。くわえて、この道はいい感じに木の根っこが張ってデコボコしてる。搭乗訓練にはもってこいの場所だ。しかし、場所によっては車両での進行が困難な場合もある。こんなふうにッ!」


 こんなふうに。

 そう言ってライラさんは、得意の雷魔法を猛スピードで通り過ぎる木々にぶち込んでいった。

 雷に撃たれた大木よろしく、メキメキとか、ゴゴゴゴとか、地面に打ちひしがれて砕ける木々の音が木霊していく。

 木霊っていうかもう、騒音被害で訴えられても文句のつけようもないほどの轟音。

 まるで千の落雷のただなかに囚われたかのような錯覚さえ覚えた。


 後ろを振り向くと、新品のジェットエンジンの先に無残にもバラバラになった木々たち。

 可哀そうに……人間の都合でなぎ倒されていく彼らのなんと哀れなことか。

 同じ船に乗っている者として、罪悪感を覚えずにはいられない。


 なぜこんなことをするのか。

 それはこの道を訓練の一環として利用するから。

 彼女が叫んでいた、『進行が困難な場所』を想定した訓練を行うため、わざわざライラさんが環境を整えているのだ。

 今じゃなくてもよくないだろうか。そんな疑問が浮かんだけど、もう走り出してしまった手前、どうでもいいし、どうすることもできない。

 なによりいい女は余計なことを言わないのである。

 嗚呼、南無阿弥陀仏。


 バタバタとなぎ倒されていく大木。

 助手席で魔法を放ちまくり、楽しそうに嗤うライラさん。

 今年のモンスターカーレースの助手もよろしくお願いします、と楽し気な笑顔を見せるマルタさん。

 最初から失神しているユノさん、が羨ましく思える。


 なぜか。

 耳をつんざく落雷も、倒れ伏す木々の叫びも、甲高い音と野太い噴射音を奏でるジェットエンジンも、正直言ってどうでもいい。

 どうでもいいと思えるくらいの、死を予感させる浮遊感を味わっているからである。


 見たくないけど、うっかり見てしまったスピードメーターの速度は時速200kmを超えていた。

 だから、というかきっと相当のスピードを出さなくてもそうなのだろうけど、木の根っこをタイヤが踏むたび……いや『踏む』っていうか『躓く』って表現すればいいのかな。

 木の根にタイヤが引っかかるたびに数秒の間、車が宙を飛ぶのです。

 宙を飛んで浮遊感を感じながら、一緒に魂もどこかへ飛んで行ってしまいそうな感覚を味わっています。

 肉体に内包されてるはずのソウルが置いてかれて、その場にふっと消し飛んでしまいそうな、なんか自分でももうよくわかんないけどそんな感じ。

 強制的に、恐怖でエクトプラズムする感覚。

 やっぱり帰りたい……。


 なんだろう。

 涙も吹き飛ぶ虚空の中、不吉な擬音にも似た何かが聞こえる気がするけど、気のせいだよね。

 気のせいだと誰か言って欲しい。


「「Hurraaaaaaaaaa!!!!! Ich kann fliegeeeeeeeeeeeeeeeeeen!!!!!」」

(いえ~いっ! 私、飛んでる~~~っ!)


 気のせいじゃなかった。

 おかしいよこの人たち。

 モンスターカーレースが大好きな人って、こんな人たちばっかりなんですかッ!?

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