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みんなでがんばる 2

 場所を移してシェアハウス。なんと今日はマーリンさんとエマさんが厨房に立ってます。

 なんでも、マーリンさんは料理研究家ということで、とある教育機関で料理講師をしてるとのこと。

 面白そうな食材に食いついて、料理の腕を振るう代わりに晩御飯を一緒にすることになりました。エマさんは料理人になりたいという夢をすり足ながらも進めるためにプロの助手をかってでる。


 素人でも分かる手際のよさ。火入れや食材選びの勘所。特筆すべきは下処理の完璧さ。

 モツは癖が強くて子供には食べにくいお肉として勇名を馳せている。臭みのもとになる血が豊富。加えて、灰汁もたくさん出てきて取り損ねるとエグさが舌を汚染してしまうからだ。

 プロとはいえその辺は大丈夫だろうか。ダイニング越しに2人の様子を凝視。

 なるほど、どうやらアルマの心配は杞憂だったようだ。


 小一時間程度で調理終了。今日の晩御飯はあっさりモツ鍋と味噌モツ鍋。モツ煮込みとモツビーフシチューとあいなりました。ビーフじゃないけど。チキンだけど。

 それはともかくいただきますっ!


「あ、ちょっと待って。その前にねぇ~いいもの持って来たんだからぁ~♪」


 マーリンさんが自信満々で足元から取り出したそれは辛口芋焼酎。

 やっぱり鍋と言ったらお酒。

 モツみたいな味の濃い鍋となればなおさらかかせない。

 きゅっと蓋を開けると、お芋独特の香りが鼻を抜けていく。

 そしてモツ。

 お酒。

 モツ。

 お酒。

 この世はまさに天国か。

 幸せの無限ループかっ!


「正直、内臓と聞いてそんなの食べられるものかと思っていましたが、これほどとは。それにこのお酒がまたすごく合います」

「お酒ってあんまり飲まないし、甘いお酒ばかりで辛口は馴染みがありませんが、料理と合わせると飲みやすくなるんですね」


 お酒大好きのエマさんも、あんまりお酒を飲まないベレッタさんも賛辞の言葉が止まらない。

 モツ料理は世界一ィッ!


 でもお酒はちょびちょび飲みます。

 アルマは両腕がないせいか、元々の体質なのか、お酒にはあんまり強くないので嗜む程度にしておきます。アルマにとってお酒は、お酌をするためにあるようなもの。

 お酒の席に入れるようになったので、これで堂々と暁さんにお酒が注げるというものです。


 取り急ぎ本日は料理を供してくださったマーリンさんへ。感謝の言葉とともお酒を注ぐ。

 気分のよくなったマーリンさん。ほろ酔い気分でアイザンロックについて語ってくれた。


「みんなは明日、アイザンロック王国に行くのよね。鯨肉と一緒に飲むなら、酸味が強めだけどさっぱりしてる赤ワインがオススメよ。あそこのブドウは土地柄のせいで小ぶりで甘みは少ないけど、ミネラルたっぷりの雪解け水で育つから癖も少なくなって目が覚めるような爽やかさがあるの。ベレッタちゃんには氷酒をオススメするわ。アイザンロック王国原産の雪林檎の果実酒なんだけど、氷酒独特の甘みが重なって飲みやすい。デザートと合わせても甘みを殺し合わなくて、現地では好まれてる取り合わせよ」

「マーリンさんはアイザンロック王国に訪れたことがあるのですか?」

「えぇもちろん。アイザンロックと最初の漁に出たのは私なんだから。懐かしいわ~♪」

「そうなんですか!?」


 わいわいとマーリンさんの過去話で盛り上がって、モツを食べて、お酒を飲んで、おいしいものは人の輪を繋げるかのように連鎖していく。

 その光景はとってもキラキラしていて、ずっとこんな時間が続けばいいのにって思うほどに愛おしい。


 社交的なエマさんは誰にでも礼儀正しい。料理もお酒も好きなできる女。

 ベレッタさんはおっとりとして母性的。静かな笑顔がとってもキュート。

 マーリンさんは包み込むような優しさと大きな愛のある素敵な大人。

 ハティさんは言わずもがな。アルマの理想のかっこかわいい女性。

 すみれさんはかなり世間知らずだけど、表情がコロコロ変わって楽しい人。

 キキちゃんもヤヤちゃんも思うがままに生きていて、ある意味一番羨ましい。


 こんな情景を臨めるのは、荒んだアルマに手を差し伸べてくれた暁さんのおかげ。

 だからアルマはあの人のために尽くしたい。

 自分のできることで、彼女と彼女の愛する全てに人生を捧げたい。


 まぁそんな大層なことを本人の前で言ったらば、『ちゃんと自分が幸せになることも忘れるな』と諭されてしまいそうだけど。それは暁さんの座右の銘。近江商人の三良しの精神からきていた。


 自分良し。相手良し。世間良し。


 自分も、相手も、世間も良くなければ商売はうまくいかない。

 それは人生にも共通したものがあると、暁さんもアルマも信じてる。

 そして最も大事なのが、一番最初に“自分良し”がきているということ。

 まず自分が良くなくては、相手良しに辿りつくことはできないのだ。だから暁さんは自分がまず幸福になるように考えろと口癖のように言葉にする。

 そして次に相手。最後にようやく世間に届く。


 …………ん?

 今なんか、胸がちくっと、針が刺したような感覚に襲われた。

 なんでだろう?

 メリアローザを出立する時、『アルマは人に尽くしすぎるところがあるから、もう少し肩の力を抜いていけ』と忠告されたからだろうか。

 現状と照らし合わせると、1人で魔術回路の改修に勤しんでるというところか。いやしかし、マーリンさんと相談しながら進めてる。

 他のメンバーの知識や実力では協力はしてもらえても戦力にならないのは明白。


 ん~~…………。


『すみれさんもマーリンさんも、調味料って最低限しか使わなくて、全てと言っていいほど素材の味を生かす調理方法ですよね。でもどういうわけかおいしく出来上がるんです。鯛の焼き飯もモツ鍋も、お肉も野菜も入っているのに不思議と調和していて、どうしてですか?』


 モツ煮込みを食べながら考え事をしていたら、頭の中を通り過ぎるようにエマさんの質問が通り過ぎて行く。

 アルマは電車のホームでベンチに座り、通り過ぎる快速電車の風にあてられるように呆然と眺めながら、過ぎ去る光が無意識に思考の渦の中で混ざり合っていた。


 モツ料理と言えどお肉だけではくどくなるから、お野菜の甘みやおいしい渋み、砂糖に醤油、酒、みりん。味を整えておいしいモツ料理はできあがる。

 プロジェクトにしてもそうだ。食材は人。味を整える調味料は信頼や絆。鍋に放りこんで情熱という名の火にかけられておいしくなる。

 我々はどうか。今はそれぞれが必要な道具を作るためにバラバラに活動している。いわば、まな板のモツ。

 切ったり下ごしらえをしてる状態。プロジェクトとしては正常な流れ。


 それから鍋に入れてごった煮になるのは、担当していた物の準備ができてブラッシュアップをしてる段階。

 鍋のように煮詰めて煮詰めて、素材から味が出て来て、全体のバランスを整えながら食卓に並べられるように完璧を求めて作りこむ。


『シェアハウスだからだろうけど、みんな食器がバラバラで面白いわね。ハティちゃんは木製だし、アルマちゃんは鉄製。すみれちゃんなんて竹なのね。個性的で面白いわ』


 ハティさんが主人を務めるシャングリラは自給自足の黄金卿。

 だから畑も家畜も、普段使いの食器や衣服も自分たちで手作りした。時々は外からの物資を買い付けもするが、基本的には自分で作って自分で食べる。だから食器や家は木か土。服やカーテンも絹や麻から作られた。


 アルマたちの住んでるところでは食器は鉄製か陶器が主流。北部の農村地帯では木製のものも好まれるが、殆どはスティールか土を焼いて大量生産をされている。

 すみれさんの島では背の低い竹が生えていて、加工が容易で頑丈な竹の箸が使われていた。器はアルマたちと同じ陶器。だけど、それでも形や模様もそれぞれ違って面白い。


 う~ん…………食べる人がお客様だとして、食器は?

 器は使い捨てを提供するとして、直接的に扱うものはどうだろう。アルマたちは箸を中心にスプーン、フォーク、時々ナイフ。でもグレンツェンでは箸の文化がないという。

 箸を手渡してもグーで握って刺し箸をするに違いない。しかも世界中からお祭りを楽しみに人が来るという。

 だったらいっそマイ箸、もといマイスプーンを持参してもらった方が効率的。そもそも道具など使わず、手づかみで食事をする習慣の人もいるという。


『だから頑張りましょう。みんなでね』


 おやつの時間にマーリンさんがアルマに言ってくれた言葉が回帰した。

 この言葉に何か意味があるのだろうか。

 魔法の真髄とは魔術回路。連綿と受け継がれてきた経験と知識と論理によって成すことが許される人の業。そこに偶然は介在せず、あるのは必然だけ。だから魔術師の多くは虫の報せだとか直感とか、根拠のないものを嫌い遠ざける傾向にある。


 だけど何かにつけて“直感が働いた”と言っては成功を収めてきた人々をアルマは見てきた。

 暁さんはもとより、ドラゴンテイルの職人さんや、お祭りの警備に従事するミーケさん。技術開発を行うリンさんもそう。野菜の葉に病気を見つけた農家の人たちも。

 みんな一様に、具体的に言葉にはできないけれど、これが起こるときっとああなる。この感じならこうすれば思った通りのものが作れる、というのが感覚的に分かるのだという。

 理論武装のアルマには全く理解できない行動。けど、彼らを観察しているうちになんとなくわかったことがある。


 直感とは経験が元になっていて、それを感覚的に理解するものだと仮説を立てた。


 具体的な例を挙げると、すみれさんの大好きな麻雀がある。

 麻雀のプロ選手というのは何万何億という対局を観るというのだ。

 河と手牌を見て、過去に見た対局を思い出して類似している情報を引っ張りだし、次の流れを予測する。

 当然、思い通りにいかないこともあるけれど、数字や種類が違うだけで流れというものは似る傾向にあるのだから、攻防に使う戦術としては十分すぎる武器になる。


 だからアルマは不意に訪れた、これをそう呼んでいいのか分かるにはまだまだ経験が足りないのだけれど、マーリンさんの言葉に意味を感じた。


 頑張りましょう……頑張りましょう…………。

 う~ん、こっちはそれほど重要なことではないような気がする。


 みんなでね。みんなでね――――みんな(・・・)。みんなとはどこまでの範囲か。

 マーリンさんまでか。

 それともチームのメンバーまでか。

 それとも参加者を含めてみんななのか。

 マーリンさんは言った。『それぞれ違った見方がある』と。それはアルマの中だけでなく、同じ方向を向いて歩く仲間は勿論、体験してくれるお客さんにもあるはず。


 自分良し。相手良し。世間良し。


 思えば飛行の魔法の主導権は運営側であり、魔術回路を展開するアルマが操作するものと思った。でもそれだとアルマの意志で動くわけで、でも乗ってる人は自由にあっちにこっちに行きたいに決まってる。

 そうなると、参加者に飛行の魔法を行使する権限を委譲するわけだが、当然、必要となる魔力を参加者自身に要求することとなる。多分ここ。この部分が違う。


 …………いいんじゃないか?

 そもそも数百数千からなる人間を浮かせるために必要な魔力を子供7人で賄えるわけがない。

 いくら消費量を抑えた魔術回路を使用するとはいえ、さらにこれを3日間なんて無謀というか、もはや無理。


 いいんじゃないか?

 モツ鍋だってそれぞれがおいしい味を出し合って調和してる。鍋の中身をアルマたち運営側だけで満たす必要はないのではないか。

 参加者も一緒に煮込んでしまっていいんじゃないか?


 いいんじゃないか!?

 強度強化を付与した魔術回路と飛行の魔法を別々で切り分けてしまえば…………いや、それでは飛行の魔法を使って浮遊すればいいわけで。しゃぼん玉の中に入る付加価値というものが必要になってくるか。


 1つ問題を解決すれば新たな問題が浮上してくる。それでも、確かに前に進んでる自分に高揚を覚えずにはいられなかった。

 モツ鍋とおいしいお酒をちびちび飲みながら、温まる体と心に幸福を感じて笑顔になりました。




~おまけ小話『かもねぎ』~


マーリン「アルマちゃんはあんまりお酒を飲まないのね。ちょっぴり残念」


アルマ「ですね。アルコール検査をした結果、いい数値は出ませんでした。お猪口2杯までが適正値です。南無三。でも堂々とお酌して、付き合い程度で乾杯できるようになったので、それが一番嬉しいです」


ベレッタ「尊敬する大人と一緒にグラスを傾けられるっていいよね。わたしもシスターたちと乾杯することがあるんだけど、なんだか大人の仲間入りをしたみたいで楽しいの」


エマ「わかります。お酒=大人って印象がありますよね。私もお酒、大好きです!」


マーリン「貴女はなんだか、未成年のうちからお酒飲んでた疑惑あるけど」


エマ「そんなことはありません。成人になってすぐにお酒の魅力に気付いただけです」


マーリン「お酒好きの私としては嬉しいけど、お酒にハマるのがちょーっと早すぎる気が」


すみれ「大好きなものを見つけるのは早い方がいいってヘラさんがおっしゃってました。エマさんはお酒関係のお仕事を希望してるの?」


エマ「いいえ。できることなら自分のお店を持って、質素に静かに暮らせたらいいな、と思ってます」


ベレッタ「とっても素敵な夢。グレンツェンにできたら必ず遊びに行くね」


エマ「しょ、正直なところ、グレンツェンはハードルが高いので、今のままだと自信がありません。でもいつかきっと、夢を叶えてみせます」


マーリン「いいわね。今度、お酒仲間を紹介してあげる。それからお酒と料理に関してはぜひとも頼ってほしい。きっと力になれるから」


すみれ「私もです。一緒にご飯を作りましょう!」


エマ「みなさん、本当にありがとうございます!」


アルマ「マーリンさんはお酒も料理もできるんですよね。そのうえ魔法まで詳しくて。ぜひともマーリンさんの魔法をご教授いただきたく!」


マーリン「それは構わないけど、そうなるとスカーレット学園に編入するか、私の助手になってほしいな。私の魔法を間近で見て、知って、体験して、精進できる。私はアルマちゃんに雑務を任せる。お互いウィンウィン。まだグレンツェンに来たばかりだから、こっちで勉強することがいっぱいあるだろうけど、もしも助手になる気になったらいつでも言ってね。大歓迎だから♪」


アルマ「ありがとうございやすっ!」


すみれ「マーリンさん、かっこいい~♪」


ベレッタ「ですね。どうすればマーリンさんのような素敵なレディになれますか?」


マーリン「真正面から褒められると照れるー。そうねぇ。やっぱり自分の“好き”を見つけることじゃないかな。私だったらこれ。火薬草」


アルマ/すみれ/ベレッタ/エマ「「「「ッ!?」」」」


マーリン「あ、やっぱりそういう反応になるか。でも面白くない? 草なのに爆発するって」


アルマ「お、面白いかもねぎ!」


マーリン「全っ然面白くなさそうな顔!」

ハムスターボールみたいにぐるんぐるん回る、でっかい空気の玉みたいな遊具があります。

水に浮かべてその中で走り回る感じです。やってみたいと思いましたが、子供向けのイベントだったので、大の大人が一人でそんなんやってたら恥ずかしいなって思って見るだけでした。

大人もたまには童心に帰りたいもんです。


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