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息も詰まるようないい匂い 4

 わくわくしながら恋をする乙女のような視線を送るガレット。

 ハティさんは、『ガレットがそっちのほうがいいならいいよ』と2つ返事。

 喜ぶガレットに追い打ちをかけるように、『彫刻はまだ完成してないから今は渡せないけど、ガラス細工なら完成品がお店にある。よかったら今度一緒に選びに行く?』と畳みかけた。

 なんという嬉しい追い打ち。2つ返事でうなずき、わくわくが止まらない様子。

 続けて詩集作家志望のハイジと、白鯨の家具作りでアイザンロックの職人さんにお世話になったエリザベスさんが手を挙げる。

 そして意外にもシェリーさんが手を挙げた。それを見てマーガレットの腕が勢いよく天を穿つ。


「私というか、バストにもっと違う世界を見せてあげたいんだ。今までずっとひとつどころで過ごしてきたということだからな」

「妾も外の世界をもっと見てみたいぞ。プリマにとっても良い経験になるだろうしな」

「お供致します。どこまでもっ!」

「妹をどうかよろしくおねがいします」

「まだ行けるかどうか分からないぞ?」

「行く。すぐに行こうっ!」


 あ、このテンションはヤバいやつ。


「すぐにって、今から行くなよ? しっかり計画を立ててからな」

「はッ!」

「危ないところでしたね」

「もしかして、今、颯爽手を引かれそうになったのか?」


 本当に危ないところでしたよ。

 完全に旅行しに行く構えだった。暁の牽制がなければ連れ去られたに違いない。

 ダイナグラフへ赴いた際、アーディとユノさんにあれだけ窘められたというのに。

 想いが高まると心のままに、衝撃的に衝動的な行動をする。そこがまたかわいらしくもある。

 フィルターがかかってるんで、だいたい何をされてもかわいく見えた。


 しかしそうか、モチーフを自分で選ぶように言われたのか。これは非常に困ったことになった。特にこれというようなものはない。

 好意で作ってくれたものならなんだって嬉しい。それが超一級の職人さんの仕事によるものなら文句のつけようもない。常識の外にあるものならともかく。

 リスもうさぎもかわいらしい。他に作ってもらうとしたら――――やっぱり鯨かな。

 アイザンロックで思い入れのある動物と言われればそれしかない。


 欲しいものリストを作りながら、日頃の努力を見せようと、躍起になってメモ帳に筆を走らせるハティさん。

 一文字一文字を丁寧に、思い出しながら、頭の奥底からひねり出しながら、見たこともない形相で、文字通り一文字を、これで間違ってなかっただろうかと息を荒くして筆を握りしめた。強く握りすぎて筆が折れそう。

 プラスチックのボールペンが軋む音が聞こえるのは気のせいだろうか。


 間違ってもいい。ひとつずつこなしていけばいい。

 彼女の背中を見守る声が飛び交う中、ついにやり遂げたハティさんは満足感と疲労感を露わにした。

 その表情は達成感に満ち溢れており、さながらフルマラソンを走り切ったランナーを思わせる清々しさである。


 本当にかわいらしい女性だ。

 彼女と一緒なら毎日、退屈することはないだろう。

 それは暁や一緒に住むアルマちゃんたちを見ていてよく分かる。

 みんなハティさんのことが大好きで、ハティさんはみんなのことが大好き。

 素晴らしい景色だ。これが家族というものなのだろう。


 ひとつ微笑んで、なんの気なしに腰を浮かせた。

 ズボンの生地が椅子と太ももの間で2つ重ねになってしまい、どうにも落ち着かない。だから隙間を作って整えよう。

 多分そんな、どこにでもある些細な理由。そこに運の悪いことに、否、結果的にエクセレントな仕事になったわけだけど、ルクスと談笑していたアルマちゃんが慣れない酔いのせいで少しよろけた。

 だから何かを支えにしようとして僕の背中を押してしまったわけです。

 椅子に座っていたなら、きっとこのような幸運に巡り会うことはなかっただろう。

 今日一、いや人生で最も幸運な一瞬だったに違いない。

 一生分の幸運を使い果たしてしまったのではないかと思うほどの出来事が起こった。


 はからずも、そう、はからずも僕は前のめりに倒れ、彼女の胸に顔を埋めてしまったのだッ!

 わざとではない。ただし、【危ない】と思うと同時に【これはまさかのスーパーラッキー】と思ったとだけ正直に言っておこう。

 目の前は真っ暗になり、呼吸をするたびに息が詰まるほどのいい香りが脳天を貫通した。

 それこそ呼吸の仕方を忘れて思考が停止してしまうほどに、だ。

 なんていうか、えっと、なんていうかもうなんかすごいいいにおいでしたッ!


 ――――――嗚呼、ここは天国に違いない。


「なああああああああああああああああああにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ! あたしだってハティの胸に抱かれたことはないのにッ! (暁)」

「何言ってるんですか、暁さん。とりあえずアポロンさん……と私の場所を変わって下さい (桜)」

「桜ちゃん、本音をありのままに吐露しすぎ。それよりハティさんは大丈夫ですか? アポロンさんは、えっと、微動だにしないけど (ルクスアキナ)」

「大丈夫。シャングリラの子供たちにも、ぎゅっとする時はこんな感じだから (ハティ)」

「いやいや、そうじゃなくて。窒息してないですよね? (ルクスアキナ)」

「安心してください。どのみちあとでしばきまわしますんでッ! (スパルタコ)」

「何を安心すればいいのか分からないけど、とりあえず体を起こしますね (ルクスアキナ)」

「そっちはそっちで介抱してくれ。こっちは大号泣してるアルマをなんとかするから (暁)」

「大丈夫かアルマ。ヒくほど号泣してんなっ! はははははっ! (ミーナ)」

「なんでミーナは大爆笑なんだな? (ルーィヒ)」

「アルマは見栄っ張りな上にいい子いい子して欲しい性格なので、Likeな意味で好きな人に迷惑をかけた時は、その強すぎる自責の念によって死ぬほど泣き喚いて謝罪するんです。しばらくしたら元に戻るのでほっといてあげてください (桜)」

「彼女をよく知っているからそう言えるのだろうが、私はこんな状態のアルマをとても無視できないよ…… (シェリー)」


 途端、消えかけた意識が蘇る。

 背中に何か、子供の泣き声だろうか。とんでもなく大きな声で泣く子がいる。

 ということには気づいていたが、もはやそれどころではない。

 背中に、背中に何やら大きくて柔らかいものが押し付けられている。しかも2つ。


 なんだいったい。

 なんなんだこの感触は。

 どこかで触ったことのある質感。

 白目をむいて失神しかけていた僕の脳天に、さっきとは違う雰囲気の香りが直撃。

 なんというか、怪しくも美しい、それでいて優しく包み込んでくれるような包容力を感じるフレグランス。

 そう、これは多分、ルクスアキナのイメージ。肩に置かれた細めの手も、巨大なマシュマロの感触も、紫色のミステリアスな気配も彼女のもの。

 どういう理由かは分からないが、僕は今、2人の女性に挟まれているッ!


 訳がわからないけどなんかもうほんとうにありがとうございますッ!


「どうしよう! はやくしないと…………俺が、俺がアポロンをくびり殺しそうになるッ! (スパルタコ)」

「気持ちは分からんが黙ってろ (ペーシェ)」

「てめぇ好きな子がいるんじゃなかったのか? (ダーイン)」

「脈はあるけど息してない。人工呼吸? (ルクスアキナ)」

「呼吸を送ったところでほとんど意味がないわ。それどころか感染症のリスクがあるから、心臓マッサージだけで十分よ (ヘラ)」

「分かった。なんとかしてみるっ! (ハティ)」

「それじゃあまずは床に寝かせて…………って、全然話しを聞いてないッ! (ヘラ)」


 息が詰まりすぎて呼吸を忘れてしまった。

 息ってどうやるんだったっけ?

 たしか肺を動かして、鼻と口で空気を取り込んで、えっと……それから…………。

 思い出せ。思い出さなきゃマジでGo to Heven!

 そうだ、まずは口を、口から呼吸を取り込もう。呼吸するための穴は本来鼻だけど、今は緊急事態。

 ヘラさんの健康コラムの内容を一時忘れてもハチは刺さらない。


 口を開けて呼吸を、呼吸をするんだ。いいぞ、肺に息を取り込めている感覚がある。

 そして次は息を吐いて。

 同じことをするんだ。

 大丈夫。

 今までだってずっとやってきた。

 20年間かかさずだ。

 誰だってできる。

 意識のない夢の中でだって呼吸し続けてきたんだ。

 簡単さ。


 なのに、なのにどうしてだろう。全く息が吐ける気がしない。

 口が詰まっているのか。

 鼻で試そうにも何かに押し付けられていて何もできない。

 このままではマジで死ぬ。

 肺が破裂して死ぬ!


 途端、覚醒!


 失神を自力で解除。目の前の現状を打破して生存を計るのだ。が、事態は思わぬ方向へ進んでいたらしい。

 なんということだ。憧れの女性の顔が目の前にある。目の前っていうか、顔と顔がくっついている。

 口と口が……あれ、これって、キスしてるんじゃないでしょうか?

 束の間、なぜ息ができないのか理解できた。

 息をしていない僕を見て、ハティさんが人工呼吸を試みて下さったようだ。

 ただ、問題なのが、ずっと息を送り続けてるってことかな。


 Heven & Hell!


 さて、こんな時に僕自身の理性と欲望が葛藤し始めた。

 人工呼吸と称して彼女とキスしていたいという欲求。

 生き残るために彼女を突き放さなければならないという欲求。


 どちらも正しく。またどちらも間違っていた。そもそもこんな問答をしていること自体が間違っている。

 間違っていても、どうすることもできない。

 だってハティさんってば、もの凄い力で頭を押さえつけるんだもん。

 天然とは、かくもおそろし――――ありがとうございますッ!




~おまけ小話『ストライクゾーン』~


暁「よく死ななかったな」


スパルタコ「死ねばよかったのに」


アポロン「いやぁ、マジで死ぬかと思った♪」


ミーナ「そういうわりには嬉しそうだな」


ハティ「ごめんなさい。間違えちゃった」


ヘラ「『間違えちゃった』で済ませていい問題ではないのだけれど?」


アルマ「ううぇえぇええええええええええん! ごめんなさいあぽろんさーーーーん。あるまのふちゅういのせいでごめいわくおけかおぉうぇぇぇえええええええええええええええええええぇぇぇん!」


アポロン「大丈夫大丈夫。もう気にしなくていいからっ」


暁「まぁこれからは飲酒は適度にな。でも泣いてるアルマもかわいいなぁっ!」


アポロン「暁って実はSなの?」


ルクスアキナ「彼女は心が広いのでなんでも許容範囲に入るんです。でもストライクゾーンが広いというよりは、アウトコースが無いっていう表現のほうが正しいです。どんな暴投も追っかけて行って場外ホームランです」


マーリン「なにそれ逆に怖いやつ」


桜「気に入らないボールはピッチャー返し。ついでにバットで殴打です」


マーリン「なにそれ普通に怖いやつ。ともあれまぁ、アポロンくん()頑張ってね(チラッ」


アーディ「ぐっ…………」


ベレッタ「じろりっ」


アーディ「ぐぅ…………っ!」


ペーシェ「?」

結局、アポロンの恋心は実るに至らないまでもハティという大木の足元には及んだようです。

しかしこれからがたいへんです。恋愛という感覚のない相手にどうやって恋心を打ち明け、認めさせていけばいいのでしょう。それはアポロンの努力とハティの天然だけが知る未来です。


次回はソフィアが地獄と天国のギャップに涙し、ちょっぴりだけ報われる話しです。

そしてゆきぽんが覚醒します。ほわたっ!

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