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ノブレス・オブリージュ 2

 周囲からは乾いた笑いが木霊して、ニャニャが空気を変えようときらきら魔法の話題を振った。

 きらきら魔法の応用、光のお絵描きは誰でも使ってよい魔法なのか。

 基本的に新しく開発された魔法は国際魔術協会に登録される。著作権が発生する10年間は使用料を徴収。開発者は決められた利益を得、国際魔術協会は利益の一部を手数料として得る。

 まったくもってどぎつい商売である。


 また、自分だけの魔法にする場合は国際魔術協会に登録せず、オリジナルの魔法として使用を独占する人もいた。

 その場合は自分だけの魔法として扱うことができるが、公共性の高い魔法や魔方陣と言った技術は真似される恐れもある。

 そもそも利益も独占も考えない場合はSNSなどで自分の開発した魔法を公開する人もいた。


 だが、魔法を魔獣討伐のための道具だと公言し、魔法を市場だと考える節のある国際魔術協会は公には後者の2つを認めていない。

 魔法の全ては国際魔術協会が管理するべきだと考えているからだ。

 横暴な考え方ではある。だけど国際魔術協会の力は強い。

 これらの議論が積極的に行われていた時代には反対派もいたらしい。国際魔術協会の権威が高まっていくにつれ、反対を声高に叫ぶ者共はすっかり衰退させられて、今では見る影もない。


 ベレッタさんはどうするのか。

 安牌を切るなら国際魔術協会に魔法を登録して著作権料を徴収する道。

 彼女としてもお金は欲しいだろう。育ててくれた修道院やグレンツェンの人々に支えられてきた彼女は、いつか街に恩返しがしたいといつも言っていた。

 なればこそ、彼女は前者の道を行く。

 それが正道。

 努力が報われる最短距離。


「わたしは――――アルマちゃんに憧れて、大好きな魔法で誰かを幸せにしたくて、その一心できらきら魔法を作りました。だから、この魔法は、国際魔術協会に登録しません。誰でも使えるように流布したいと思います。あ、でも、光のお絵描きはヤヤちゃんのアイデアだから、そっちは彼女に聞いてみないと」


 そうか、ベレッタさんはアルマちゃんに憧れて、誰かを幸せにする魔法を編み出したのだった。

 なればこそ、利益よりももっと大事なものをとる。

 彼女にとってそれは守るべき矜持と同義なのだろう。


 そしてきらきら魔法はベレッタさんが作ったとはいえ、光のお絵描きを作ったのはヤヤちゃんだった。

 となれば彼女に聞くのも道理である。彼女の答えは――――ベレッタさんに任せるとのこと。元々、きらきら魔法があって、アルマちゃんのマギ・ストッカーがあって、自分の閃きで生まれた魔法。

 みんなが楽しく遊んでくれたことは誇らしい。

 だけど今後どうするかは、魔法で誰かを幸せにしたいというベレッタさんに任せたいと笑顔を向けた。

 ヤヤちゃん、マジフェアリーっ!


 温かな笑顔を向けられたベレッタさんは感動のあまり落涙。

 憧れたと聞いて頬を緩ませ、でれっでれの表情を浮かべるアルマちゃんも落涙。

 当初の考え方通り、光のお絵描きは誰でも使えるように発信していくという方針で決まった。

 つまりこれは世界中の人々が幸福になる1つの術を手に入れたということになる。

 なんと素晴らしいことか。

 場所が場所ならベレッタさんとアルマちゃんとヤヤちゃんを胴上げしたい気持ちである。

 となればさっそく世界中に飛ばしてやるぜ。

 スパルタコがな。


「いきなり呼び出したと思ったらそれかよ。最高にクールだぜっ!」

「にゃ~! とっても素晴らしいことだと思うです。でも本当にいいのですか? きっと光のお絵描きは莫大な財産を得られる魔法です。ボタンぽちっ、で、後戻りはできなくなるです」

「構いません。きらきら魔法には、お金より大事な思いがあるんです。これはわたしの決意でもあるんです。【魔法で誰かを幸せにする】。その夢の一歩です」

「はわわ~! ベレッタさんにアルマの夢を共感してもらえて、とっても幸せですっ! 嬉しいですっ!」

「よかったな、アルマ。同じ思いを共有できる仲間に出会えた。そういうことならあたしだって応援するし、助力は惜しまないよ。魔法の知識はからきしだけど、あたしも魔法で誰かを幸せにしたいって思ってる1人なんだから」

「ニャニャは…………きっとベレッタさんと同じにはなれないです。でも、方法は違っても、魔法で誰かを幸せにしたいって気持ちは同じです。みんなで頑張るですっ!」

「わたくしも、わたくしと兄を慕ってくれる民のため、全身全霊をもって驀進して参りますわ!」

「あ、ちょっと、リリスさんっ!?」


 乾杯の音頭とともに決意を述べて一気飲み。

 うまい酒に心の通じ合う仲間がいる。

 今日はなんて最高の日なんだろう。

 ノリと勢いで地雷を設置したことも、何やら気になるひと言を放ったリリスさんと、それを抑えようと慌てる桜ちゃんを押し切って酒を注ぐ。

 もう1杯飲み切って、リリスさんはおもむろに魔法を勉強しないのかと切り出した。

 だれあろう、あたしに。


 【力ある者は、(ノブレス・)その義務を強制される(オブリージュ)


 小さく呟いて、かしこまった表情をしてじっとあたしの目の奥を覗きこむ。

 何を意味してるのだろうか。まさかあたしの特異な魔法を看破したのか。

 いや、そんなことはあるはずがない。いくら魂の色が黒くても、そこまで具体的に分かるはずはない。

 もしかして、アルマちゃんに1度見せたあの時のことを聞いていて、危険な香りを嗅ぎつけたとか。


 経緯は分からない。

 分からないが、今大事なのは【力ある者】と呼ばれたことだ。

 魔法の訓練だなんてしてないし、戦闘方面には興味はない。

 運動神経はいいほうかもしれないけれど、アウトドア系は趣味じゃない。

 パソコンに向かって文章を書いたり、映像を編集したりって地味めな作業が好きなあたしには、縁も所縁もありゃしない。

 外見から見ても分かるようなインテリキャラ。それなのに、『魔法の勉強をしないのか』と聞くあたり。

 特異な魔法を伸ばさないのかと聞いているのか。

 愚弟がベルンの寄宿生にいるものだから、父が有名な戦士だから、姉の自分も戦う力を養うべきだと言いたいのかもしれない。


 分からん。

 いたずら程度にしか使ってこなかった特異な魔法を力と呼ぶとして、彼女はあたしの何にそこまで自信があるのだろう。

 彼女とはほぼほぼ初対面のはずなのに。あたしのことを知る機会なんて殆どないはずなのに。


 腕を組んで超巨大なはてなを頭の上で膨らませる。

 と、頬を紅潮させた彼女はグラスに口をつけ、眠そうにしながら微笑んだ。


「ごめんなさい。貴女があまりにも素敵な魔法を、魂の輝きをしているものだから、つい、羨ましくなっちゃって」

「あたしの魂の輝き…………ですか? 夜色ですけど…………」

「うふふ、夜色。とっても素敵な表現ですね。星々のバラードも、セッションも、ステージがなくては成り立ちません。彼らが輝いて見えるのは、夜というステージがあってこそ。いくら輝いていても、お昼のステージでは何も見えませんもの。何も聞こえませんもの」


 気だるいのか、火照った体を冷やすためなのか、テーブルに頬を寝かせてまどろんだ目を向ける。

 優しいというよりは妖艶な笑みを浮かべて、恋人に甘えるような視線を送っていた。

 真上からの照明が彼女の光と影をくっきりと濃く浮かび上がらせる。

 善と悪がはっきりしているような、混じりっ気のない二面性を象徴するよう。それでいてミステリアスな雰囲気は、立ち入ったら取り込まれてしまいそうな怪しげな魅力を醸し出していた。

 ここから先へ踏み込んだなら、艱難辛苦の物語が待っている。そんな始まりを予感させた。

 覗いてみたい気持ちにはなるが踏み込む気はない。どうやって話題を変えようか。


 素敵な魔法と魂の輝きを同一視するということは、あたしの特異な魔法を看破したに違いない。とにかく魔法から話しを逸らそう。

 リリスさんの故郷の話しを振ることにしよう。あたしは彼女のことを何も知らない。

 暁さんと同郷なのだろうけど、彼女視点から見たメリアローザと呼ばれる場所のことを聞いておくのもよいだろう。

 七夕の日に合わせてみんなで旅行をしに行く予定だし、事前に聞いておくのも一興である。


 と、考えて振り向くと、毛布を被ってすやすやと寝息を立てるリリスさんの姿が……。

 眠かったのか……。

 それであんな表情を。紛らわしいんですけどっ!

 ちょっとドキドキしたあたしのピュアハートを返してっ!


「申し訳ございません。彼女はこういった場には不慣れでして。どうかご容赦を」


 侍女のような振る舞いを見せる琴乃さんが割って入った。慣れた手つきで頭を下げる姿も様になってる。


「そうでしたか。それにしても、なんていうか、リリスさんってお姫様みたいですよね。立ち居振る舞いとかしゃべり方とか。高貴な生まれって感じがします。もしかして貴族でらっしゃるのですか?」

「ッ!? いえそんな……わけでは…………」


 目を逸らした?

 いや、しかし、そんなまさか。


「はっはっは。こんなお転婆娘がそこらじゅうにいてもらっては困るな」


 話し声が聞こえたらしい暁さんが笑いながらやってきた。


「それはわたくしのことでございますか?」

「はっはっは。自覚があるならご自重下さいませっ!」

「あはははは………………顔が怖いですよ、シェリー様」


 姫様、それは地雷ですよ。

 お姫様の話題は地雷が多そうだから立ち入るまい。

 リリスさんの話題に戻るが吉。


「お転婆娘。闊達な性格だとは思いますが、お転婆なんですか?」

「それはもう、お祭りの間中は大変でしたよ。東に行っては食べ、西に赴いては食べ、北に南に食べ歩き。さすがの私も疲れました」


 大変だったと肩を落とす桜。それでも笑顔なのは楽しい時間が過ごせたからだろう。

 そしてアルマが揚げ足を取る。


「体力馬鹿の桜が疲れるだなんて凄いな」

「誰がバカですか」

「そこだけ切り取んな」

「うおおぉぉぉぉっ!」

「ぐぬぬぅぅぅぅっ!」

「本当に仲がいいなぁ。妬けちゃうわぁ」


 桜とアルマちゃんのやり取りは見てて楽しい。口では喧嘩をしながらも、心の底のほうでは信頼してる。

 見てると意外にもアルマちゃんが揚げ足をキャッチしにいってるんだよな。桜も桜で喧嘩の売買をしてしまう。


「2人とも本当にかわいいなぁ~♪ ところでペーシェ。折り入って頼みたいことがあるのだが」


 かわいいけど、仲裁しろや。

 ほくほく笑顔のハイジがスマホを持ってやってきた。シャッターくらいならいくらでも押してあげるよ。


「かしこまって、何?」

「桜ちゃんたちがかわいすぎて写真を撮りすぎちゃって。スマホの容量が限界に近い。ペーシェのスマホを借りていいか?」

「うそ……だろ……? 写真の撮りすぎでスマホの容量が限界になるやつなんて初めて見たわ。貸すのはいいけど、丁寧に使ってよね。あと、撮影した写真をあたしにもくれ」


 契約成立。これで癒し成分は確保ですな。


 それにしても、だ。

 せっかく話しかけてくれた人は1人で夢の中へ旅立ってしまった。

 ベレッタさんは持ち前の人の良さが全開。子供たちだけにとどまらず、きらきら魔法が大好きな大人たちにも大人気。

 あたしはまた独りぼっちですか。やれやれ。


 寂しいとは思わない。

 ただ気まずいとは思う。

 謎の焦燥感に駆られながらも、どうすることもできないのでお酒をちびちび飲みながらただそこに佇んでいた。

 どこかに飛び込んでいけないかと機を狙いながら、素人狩人のようにちらちらと横目で獲物を捕らえようとする。

 うぅむ……次なるターゲットは…………。


「暁さん、ルクスさん、ソフィアさん、何の話しをされてるんですか?」


 暁さんたちへロックオン。


「やぁ、ルクスとソフィアは姉妹だけど、顔以外はあんまり似てないなって話しをしてたんだ。みんな美人さんだってのは共通してるけど」

「やだもう褒め上手なんだからぁ♪」

「言われてみれば髪の色とか髪質は3人とも全然違いますよね。それぞれ個性があっていいと思いますが。もしかして、いや、なんでもないです」

「腹違いってわけじゃないよ。私たちは八子だから」


 腹違いのほうがまだ現実味があるんですけど。


「や……つご……それはまた、お母様はたいへんだったでしょうね」

「いやむしろめっちゃ楽しそう――――っていう話しはやめておきましょう!」


 冷や汗をかきながら話題を切り崩すソフィアさん。何か訳ありなのだろうか。

 むしろめっちゃ楽しそう、というあたり、そりゃあ愛しい我が子が8人もできるなら、そりゃあ楽しかろうし嬉しいに違いない。

 人生計画的には良くも悪くも大誤算であろうが。

 ともあれこんな美人なうえに性格もよくて料理好きで人付き合いも達者な娘に育ったのだ。

 両親としては鼻が高いだろうなぁ。


 ルクスアキナさんは居酒屋の女将。この歳で独立してるなんて立派すぎる。

 ソフィアさんはお姫様専属のメイド。並大抵の教養では務まらない。しかも城を抜け出す超お転婆娘。心中お察しいたします。

 グリムさんはパーリーのアルバイトをしていて、あたしの母とともに楽しい毎日を過ごしているという。1人暮らしの彼女は時折、母とともにランチやディナーをしてグラスを傾けていた。

 かくいうあたしとルーィヒも何度かご相伴にあずかることもあり、血の繋がらない姉のような存在として尊敬している。

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