ノブレス・オブリージュ 1
今回はペーシェ主観の物語です。
後夜祭が始まって最初の時間はよかったものの、話題も料理も出し尽くしてしまって間がもたないペーシェ。過去話しも消化しきり、魔法の話しについていけない彼女は居心地の悪さを殺すべく、なんとかして時間を費やそうと頑張ります。
その結果、ノリと勢いで思ってもないことを言ってしまいますが、お酒も入っていてテンションアゲアゲでは仕方ありません。なんとかするしかないのです。
以下、主観【ペーシェ・アダン】
魔法の帽子に頭を突っ込んで銀河の旅から帰還。
あたしは新しい料理を求めて人込みを避けた。適度にお酒を飲みながら、ちょこちょこと摘まんでいたせいか、まだまだお腹の容量は残ってる。
なにせパーティーとはいえ量と数が半端ではない。このあとにはデザートまであるというのだから、なおさらペース配分を考えておかねばなるまいて。
グレンツェンでも滅多にお目にかかれない濃厚バニラアイス。
ジャムと一緒に食べるチーズケーキ。
ハティさん手作りの禁断のアップルパイ。
余ったら適当によそって持って帰ってよいとのことだが、食べきれなくてお持ち帰りのみというのはバツが悪い。
考えすぎかもしれないけど。
あとはそう、話題が尽きつつあることが問題である。
趣味がオタク寄りなあたしと話しが合う人間が少ない。
よって、少々気まずい雰囲気。思い出話もいいけれど、それはもう散々話題に上がりまくった。
これからのことと言われても、現段階では興味のある講義も少なくて、家でまったりすることが多くなる。
つまり話題がない。
同居してるルーィヒにも、秘密のアルバイトは守秘義務があるから他言はできない。っていうかアレはいったい何をさせられてるのだろう。
謎の暗号文的なものを専用のパソコンでよく分からないアドレスに送信するだけでお金がもらえるとか意味不明すぎ。
意味不明な上に怪しさ満点の仕事を引き受けてしまった過去の自分も阿呆だと思うけどさ。
ラブコールをしてくる自称・義理の妹たちの猛攻撃も終わった。
最初はウザすぎてたまらなかったが、パーティーでぼっちになるよりはマシだったか。
頼みの綱のすみれは人気者。好きな話題が料理ということもあって引く手あまた。
魔法関係もからきしのあたしには、アルマちゃんたちの魔法トークにはついていけそうにない。
下に見ていたスパルタコはコミュ力が高くてどんなサークルにでも入っていける。嫉妬の炎で燃やしてやりたい。
うぅ~む。参加者の中で多少なりとも縁があり、共通の話題があるのがライラさんかグリムさんあたりか。
ライラさんと話すにしても父親の話しをするのは困る。愚痴を言っちゃいそう。そもそも、仕事とはいえ実質別居状態の父のことは表面上しか知らない。
経歴とか、進捗とか、残念な噂を聞くくらい。
いい父親で、娘のあたしのことを愛してくれてるのは分かってる。
お小遣いだってくれる。誕生日のお祝いを一度だって忘れたことはない。
なりたいものになりなさい、と言って支援を惜しんだこともない。本当に良い父親だ。きっと同年代の子供なら羨まないことはないだろう。
でもなんていうか、時々遠い人のように思える。
彼の肩書ゆえか。単純に物理的な距離が遠くて、直接会う機会も少なくて、まるで他人のような錯覚を抱いているのだろうか。
娘ながら不謹慎と思いながらも、思うたびに考えないようにしている。それはとても失礼なことだから。
強いて考えるようにしてることと言えば、愚弟が血のつながらない赤の他人だったらよかったなってことかな。
いやむしろ赤の他人のほうが危険か?
そもそも赤の他人だったら嫌悪をもよおしたりしないか。
どうすれば戸籍を抹消できるのか。それが問題だ。
「どうされたのですか。何か考えごとですか?」
「うん。どうやったら弟の戸籍を除外できるかなって」
「何を考えてるんですか!?」
ベレッタさんの驚きはもっともである。普通の人は考えないだろう。
ここでまたベレッタさんの常識の外から異邦人が現れる。外国から暁さんと共にいらっしゃったリリスさん。彼女もあたしと同じ境遇なのか、
「その気持ち、よく分かります。私もどうすれば兄と戸籍を別にして自由に生きていけるか、よく考えます」
「リリスさんまで何を!?」
ひと目会った時から思ってたのだが、この人とは何か通ずるものを感じる。
目的のためなら手段を選ばない、腹黒い一面があるのだと思った。
同族の勘か。
あるいは危機管理がもたらす警告か。
暁さんの友人ということは悪い人ではないのだろうけど、どこか自分と似た気配を感じずにはいられない。
ということは間違いなく、仲良くなっておいたほうが良い。むしろ敵にしてはならない。
自分と同じ匂いがするなら間違いない。
彼女とは既知を得ていなくてはならない。
ベレッタさんと現れたリリスさんはきらきら魔法について語りたいと願った。
さらにアルマちゃんが考案した空中散歩に付随して生まれた光のお絵描きに興味津々。
その原型たるきらきら魔法を習得し、友達にも広めたいとのこと。
分かる。あれはいいものだ。夜の中で光輝くイルミネーションは誰だって心躍る。
色とりどりに光り輝く幻想的な景色は見ていてうっとりしてしまう。
個人的には幻想的なアイテムでダークファンタジーを描き出すと、そのギャップがシュールさを演じて面白いものになるに違いないと思ってる。
思っていても誰も賛同しないのが分かってるので口にはしない。
くわえて、きらきら魔法は意識して色を付けないなら、その人の魂の色が顕れると言うではないか。ものの見事に真っ黒だったあたしの魂の色。
すみれは夜色だって言って褒めてくれてめっちゃ嬉しかった。しかし大多数の人はそうではない。
特に腹黒ペーシェのあだ名を知る人ならよってたかってバカにするだろう。そんなやつはあたしの理不尽世界でおしおきだけどね。
「リリスさんの魂の色は綺麗なオレンジ色ですね。暖かくてとっても眩しいです」
「でもなんか、こう、尖ってるように見えるけど」
「さすが私の魂の色。これは本当に魂の色を表すようですね。くわえて性格とかそういうところは形というか雰囲気に出ますね。なんかこう、吶喊吶喊しています」
教えてもらってさっそく実行したリリスさん。
色はともかく形が攻撃的な印象。
「その口ぶりだと、何かしらの自覚はあるんですね」
「あ、なんか楽しそうなことしてる。きらきら魔法を教わってるのか。あたしもできるようになるかな?」
「簡単な魔法なので誰にでも使えますよ。暁さんの魂の色は太陽のような輝きをしているのでしょうね」
「もぉ~う、ベレッタったら褒め上手なんだからぁ~♪」
いいなぁ太陽のような輝き。
物は言いようと言うけれど、赤とか青とか緑とか、プラスなイメージのある色はいいよねぇ。羨ましいなぁ。
いや、すみれが綺麗な夜色って言ってくれたんだ。誰になんと言われようとも夜色なのだ。
自信を持て、ペーシェ・アダン。
あたしの魂の色は綺麗なはずだ。
さっそく試してみるも、暁さんはきらきら魔法を使うことはできなかった。
ベレッタさんの教え方が悪いのではない。彼女は生まれつき、放出系の魔法が困難な体質。体内の魔力が体外へ放出しづらいのだそう。
魔力は誰の体内にもある。
動物や植物にもマナは宿る。
それは空気や水と同じで体内にあるならいつか枯渇するか濁り、自浄作用として必ず体の外へ出る。そうして不足した栄養をまた食事などで体に取り込む。
魔力もそれと同じ。体内へ取り込めば皮膚呼吸のように自然放出という形で大気へ流れ、大地のマナに還り、龍脈を通って浄化され、龍穴を通って大気中にあふれ出る。
そういった魔力の循環は世界中で知られていた。
はてさてしかし、体内の魔力を放出しづらい体質とな。
それって命にかかわる体質なのではないだろうか。
食べ物や大気から微量とはいえ体内に魔力が入りこむ。しかしそれを放出できないとなると、体の中に魔力が溜まりっぱなしのうえ、濁りっぱなし。
濁った魔力が体の中に滞留し続けると、魔力汚濁症候群という病気になることがある。
魔力は精神や肉体のあらゆる部分に密接に関係していた。
肉体強化系の魔法は筋肉に訴えかける。
補助魔法をはじめとした全ての魔法は精神の強さに影響される。
濁って悪い魔力が溜まりっぱなしになるならば、精神疾患にかかったり、筋肉や骨の病気になると世界中で報告されていた。
なのにこの人にはそんな様子は一切ない。意識的に放出系の魔法を行使できないだけで、魔力の自然放出はできているということなのだろうか。
だけど自然放出ができるなら、放出系の魔法だって扱えるはず。
うぅむ、不思議すぎる。
それとも体内の魔力が濁らない体質?
それこそ信じられないな。
なにはともあれ、未来は分からないけれど、暁さんは本当に素敵な女性だから、どうか長生きしてください。
さて、魔力適正の高いベレッタさんの診断結果やいかに。
「本当に、自然放出されている魔力もごくわずかですね。こんな体質の方は初めて見ました。お体は大丈夫なのですか?」
「全くもって健康優良児だ。不思議だよね~。内燃系の魔法は使えるのにね。いくら放出系の魔法が使えないって言っても、内燃系の魔法を使った時だって魔力は消費されるのに。どっから出て行ってるんだろうね」
それほんとに謎なやつじゃん。
「きっと暁さんの魔力の練度が高すぎるので、消費魔力が少ないのですよ。少なすぎて放出される魔力を感じ取れないのではありませんか? (アルマ)」
「自分では分からないのかもしれませんね。客観的に誰かが見ていたら分かるかもしれません (ベレッタ)」
「ぐわぁ~~やめてくれ~~。専門的な魔法の話しは全然わからん。とかく暁さんの魂の色なるものが見たいので頑張ってきらきら魔法を使って下さいっ! (ペーシェ)」
「ぐぬぬっ。あたしも頑張ってるんだが……どうにも、どういう魔法なのかはベレッタに教えてもらって、頭では分かってるんだが……ぐぬぬっ! (暁)」
「魔法を使う時はそんなにりきむ必要はないです。リラックスして、ふわっとするです。特にきらきら魔法は魔法として簡単なだけでなく、魔法が素敵なものだと教えてくれる魔法だと思うです。だから難しく考えず、楽しいものだと思うほうがよいと思うです。ちなみに先ほど、暁さんは放出系魔法が殆どできないという話しをされていましたが、できる魔法は何があるですか? (ニャニャ)」
りきむ暁さんの隣でニャニャが顔を出してきた。
猫好きの怪人。好奇心の塊。
「出来るのは回復だけだ。きらきら魔法が出来るようになれば、人生において2つ目の放出系魔法になるな」
「――――えぇっ!? ヒールが使えるんですか!?」
「たしかそれって、超超超難しい魔法だよね。前にローザが言ってた」
「驚きです。治癒の魔法はその全てが高難易度なのに。しかも才能に依るところが大きいです。ヒールが使えるだなんて凄いですっ! それが使えるなら、きっとどんな魔法だって使えるです!」
凄いと褒められても、暁さんの表情は芳しくなかった。きらきら魔法を習得するために必死になりすぎて眉間にしわが寄っているのか。
そうではない。それは暁さんがヒールだなんて極めて困難な魔法を習得しようとした経緯にある。
かつて彼女はハティさんと黝と呼ばれる人物と世界中を旅していた。
そんなおり、親切にしてくれたシスターが子供たちを庇って大けがを負い、息絶えた。
その場に居合わせた暁さんは、自分にもっと力があれば、回復魔法が使えたなら、彼女を助けられたかもしれないと思った。
もしかしたらこれからも、こんな景色が、後悔が、悲しみが、続くのかもしれない。
そんなことはもう嫌だ。だったら何をしなければならないのか。
強くなるだけでは足りない。
傷を癒せる魔法が使えたなら。
そう決心して、死に物狂いで練習に励んだ。
来る日も来る日も。
毎日毎日。
魔力を放出できない体に鞭を打って。時には無理をしすぎて倒れることもあった。
それでも、今日より明日を良いものにしたくて、彼女は己の運命を克服する。
「――――とまぁ、ヒールを習得した経緯はこんなもんだ。それにまぁ魔法を教えてくれたハティや黝がずっと支えてくれたからな。本当に感謝してもしたりないよ」
「暁は凄い。絶対に諦めなかった。でも魔法を使おうとして頑張る暁は鬼みたいに怖かった」
「人は努力が報われないと眉間にしわが寄るもんだ」
「感動です。暁さんは本当に凄いです」
「誰が為に努力する姿勢。とっても眩しいです」
「姐さん。一生ついていきやすっ!」
「ヒールが使えるのは初耳でした。さすが暁さん。素敵ですっ!」
「よせやい、もぉ~~☆ 褒めても何も…………そうだな、メリアローザに来た時はおいしいものをいっぱい奢ってあげちゃうぞ♪」
褒めると穴の空いたビニール袋が如く水が湧き出してきた。
ありがとうございますっ!
「ヒールって悪役って意味ですか?」
ほろ酔い桜がいらんことを言い出した。
「ちょっと何を言ってるのか分からないな」
「だってほら、めちゃくちゃな仕事の依頼が来た時は本気で号泣して相手を脅すじゃないですか。あれって悪役ですよね」
「あれはあたしなりの交渉術だ。相手を怯ませるためのな」
「大の大人に突然号泣されたら騒然としそうですね」
「あっ、何かあった時はあれ、アルマも使おうと思ってます」
「いいよ~。でも人は選ばなきゃダメだぞ?」
アルマちゃん、号泣して相手を脅すとか怖いからやめてくれ。そりゃあ怯むわ。あとアルマちゃんみたいなかわいい少女に泣かれたら、間違いなく相手は悪者になる。
なかなかどうして恐ろしい技術じゃないの。絶対に泣かれないようにしないと。
そもそもそんなことにならないように、日ごろから気をつけるけど。
でもまぁ彼女は良き隣人。喧嘩したり相手を脅すようなことはお互いにないだろうけどね。
最後に暁さん。どういう教育をしてるんですか。
海千山千の猛者を倒してきた経験からくる知恵かもしれませんけれど、やり方がエグすぎるでしょ。
そしてそれを推奨しないで。ただただ怖いから。




