どんなに時代が変わっても 1
今回はマーリンが主観の物語です。
20代後半の容姿の彼女は今年で1311歳のハッピーバースデーを迎える予定です。
人間でも魔族でもない特殊な生まれ方をした彼女ですが、そんなことは意に介することなく人生を謳歌しています。そんな彼女にも過去があって今がある。今回はちょこっと過去に想いを馳せて郷愁に耽る回です。
そしてうっかり秘密をバラして冷や汗をかきます。
以下、主観【マーリン・ララルット・ラルラ】
椅子に深く腰をかけて深呼吸。体に籠った熱気を押し出すように息を吐き、心を覚ますように冷たい空気を吸い込むと、おいしい料理と楽しい雰囲気とが一緒に体の中へ入り込んで、なかなかどうして気持ちが収まらない。
気の置けない仲間たちと一緒に食事をするのはいいものだ。
賑やかで、楽しくて、愛おしい。
長い月日の中、幾度となく繰り返してきた光景。
どれも同じで、どれも違った顔を見せてくれる。
幾星霜の時間を過ごしてきて、その全ては過ぎ去っていった。
千余年を超えて繰り返される幸せな日々。
過去を思うと強烈な郷愁に誘われて、過去へ戻りたいと願う自分がいる。
遠のいた幸せな日々。彼らがもういないと思うと悲しくて辛くて仕方がない。
だけど、そんな彼らが紡いだ未来が今ここにある。
きっともう誰も知らない。たとえその末裔だろうと、数百年前に生きた先祖のことなど知る由もない。
だけど私は知っている。
覚えている。
彼らの生きた1分1秒を。
だからこそ、私が関わってきた人々全てに感謝の思いが湧き起こる。
彼らがいなければ、確かにここにいて感じる幸福はないのだから。
グラスを静かに傾けると、三色髪の少女が現れた。
倭国人の小鳥遊すみれちゃん。料理が大好きで、後夜祭の料理のほとんどに絡んでる。
「大丈夫ですか? 顔色はよくなったようですが、あまり無理はなさらないで下さいね?」
「心配してくれてありがとう。おかげで少し元気が出てきたわ。口直しの甘いお酒がよく効いてる。それにしてもこれ、本当においしい。私にも種を分けてもらえたりするかな」
ククココ酒と呼んでいた醸造酒。まっこりのようにふわふわしていてさっぱりとした酸味と、果物由来の甘味が特徴的なリキュール。
果肉は甘夏のような食感と味。だけど形が全く別物。見た目だけはフィンガーライムに近い。
皮の部分を発酵させるだけで簡単にお酒になる。私の記憶が正しければ、あのような果物を見たことがない。
激辛料理を食べてしまったせいで記憶が飛んでる可能性も否定できない。
果物や植物に詳しいレレッチちゃんでさえ見たことのない品種。
彼女は農場生まれであり、グレンツェンには果物の品種改良や遺伝子組み換え技術を勉強するために留学している。とすれば、彼女の知識は相当なもののはず。
それでいて知識の外ということは…………もしかして、ククココの実を持ってきたハティちゃんは、私の知る世界とは別の異世界人なのでは?
何を隠そう私ことマーリン・ララルット・ラルラ。グレンツェンとは別の異世界出身なのです。
グレンツェンには火薬草と呼ばれる蔓植物の変異種を栽培するため、研究所を借りて遺伝子組み換えの実験をしています。
私の居住するスカーレット学園も、近隣諸国の中では技術も魔法も最先端を走ってる。
しかしグレンツェンやベルンなどは私の住んでる世界とは比べ物にならないほど凄まじくレベルが高い。お話しにならないくらいの技術的な開きがある。
くわえて、スカーレット王国はその領土に於いて火薬草の栽培を禁じている。
禁じてるのは知ってたが、私の個人的な私有地である森林地帯で栽培をしており、ある事件をきっかけにバレてしまい、危うく伐採されてしまうところだった。
事情を説明してきちんと管理することを条件に栽培を続られることになったので一件落着。
なにせこの火薬草。発火温度非常に低く、指で強くこすっただけでも爆発する危険物。もしも群生地が高温にでもさらされようものなら、連鎖的に爆裂して辺り一帯は火の海になる。
実際、山火事が起きた時の火が火薬草の群生地にまで届くと大惨事。収拾がつかないなんてことは過去に幾度もあった。
だからスカーレット王国でも、ベルンやグレンツェンでも、火薬草を発見し次第、保健所職員を呼んで即伐採される。
火薬草は通年を通して涼しい場所を好むので、街中とかでは成長しないが、時折、風に乗ってやってきた種子が陽の当たらない路地裏などで繁殖することもあるので要注意です。
それと、火薬草の爆破には相乗効果があり、1枚なら癇癪玉程度。数枚重ねて発火させると爆弾になる。
この性質を利用して、鉱山では天然のダイナマイトとして利用されていた。最近はそういう利用もめっきり減って、火薬草栽培農家は衰退してる。
ちなみに私が武器として利用するために通常の火薬草も採取してるのは絶対に内緒。
では火薬草の変異種とはどういうものなのか。
それはすみれちゃんとキキちゃんの興味の先にある。
「ねぇねぇ、マーリンさん。前から気になってたんだけど、マーリンさんのお帽子を見せて欲しいの。すっごい綺麗でキラキラしてるやつ」
「私にもお願いします。つばの裏側に北斗七星が輝いてますよね?」
「もちろん、いいわよ。これは私が作った最初期の作品なの。さすがに数百年使い続けてるから繕ってるとこもあるけど、長年使い続けてるお気に入り」
「帽子を手作りされてるんですかっ! すごい、素敵ですっ!」
魔法の匂いを嗅ぎつけたアルマちゃんも興味津々。私としても、自慢のコレクションを自慢したいのでウェルカムです。
「風合いも柔らかくて素敵です。気になるのは内側です。外側の無地は分かるんですが、中身のこれはどうなってるんですか? お星さまが明滅していて、まるで本物の夜空のようです」
「ねぇねぇ、これ、頭につっこんで見てみていい?」
「いいわよ、キキちゃん。でも大切に扱ってね。それから中身についてだけど、内側の生地には特別な火――――――――薬草、麻の、糸を紡いで、糸を依る時に特別な魔法を込めるの」
「特別な魔法っ!」
「今、『火薬草』って言いました?」
「い、言ってないわっ!」
完全に口を滑らせてしまった。気を付けないと。いくら火薬草の危険部位が葉っぱのみで、蔓の部分は無害とはいえ、火薬草の印象が良くないので注意しなければならない。
殆ど全ての人々が火薬草に対して良いイメージを持ってないのは確実なのだから。
火薬草の言葉など忘れ、特別な魔法に興味津々なアルマちゃんと相対しましょう。弾丸のように浴びせられる質問の数々に押し潰されていれば、火薬草に対する言及を避けられるかもしれないのだから。
と、心配をしていたものの、暁ちゃんは火薬草に理解があるらしく、危険なのは葉っぱだけで蔓は安全だから大丈夫か。と漏らして感動の雄たけびを上げるキキちゃんのほうへ体を向けた。よかったー……。
キキちゃんは今、銀河を旅している。
なにせ帽子の内側に広がる世界は本物の宇宙。
厳密には星空を火薬草の生地に転写したと言うべき代物。
星の瞬き、流れ星、星座や星の運河を落とし込んだそれは、火薬草の変異種がもたらした特別な繊維と、私が開発した魔法で完成する。
ただ落とし込んだだけではない。体の向きを変えると実際に星空を眺めているように景色が変わる。
分かりやすく言うと魔法を用いたVRのようなもの。絵画のように景色を切り取ったのではない。
捕まえた星空そのものをそのまま楽しめるのだっ!
そうと知ってしまったキキちゃん。全部の星々の輝きを堪能するべく、体をぐるぐると回転させて素敵な体験に酔いしれた。
しかしこのままでは目を回して倒れてしまいそう。適当な理由をつけて次の人に銀河へのチケットを渡そう。
次はすみれちゃん。彼女も夜空が大好きで、お星さまとおしゃべりを楽しむのが毎日の日課。
そんな彼女も感嘆のため息と感動の叫び声を上げながらぐるぐると回り始めた。ピタッと止まったかと思うと、『流れ星!』と叫んでお願い事を一生懸命に唱える。
いやぁ、純粋でかわいらしいですな。
あれよあれよという間に何が起きてるんだと人だかり。
そりゃまぁ三角帽子を顔につっこんでぐるぐる回ってれば気にもなるよね。
銀河の旅に出るのは構わないけど、ぐるぐる回ると危ないから覗くだけにしてもらいましょうか。
帽子から顔を出したすみれちゃんは満足そうな笑顔を浮かべた。
銀河の瞬きに感動するスペースジャーニーである。
「とっても素敵な景色でした。まるで宇宙を旅しているような、体が無重力になってふわ~ってなっちゃいました!」
「楽しんでもらえたなら幸いだわ」
「この帽子は売ってないのですか? 私も欲しいですっ!」
帽子を次の人に渡しながら、前のめりに懇願するスペースジャーニー。
しかし残念。量産体制が確立されていないのだ。
「ごめんね。材料が少なくて作れてないの。今は火薬草の遺伝子組み換えの研究をしていて、安定供給できるように試行錯誤してるところだから、生産できるようになったら報せるね」
「今、はっきりと火薬草と…………」
あ、やばい。暁ちゃんの指摘に体が強張る。
よし、開き直ってしまおう。
「――――はいっ。この帽子は変異種の火薬草の蔓から作った特別な帽子です。色々と試してみたけど、火薬草でなければお星さまを捕まえることはできなかったのよ。でも大丈夫。変異種の火薬草は通常の火薬草と違って爆発しないから。安・全・です☆」




