ユノ暴走 2
私はもっふもふのアイドルたちに囲まれて幸せを謳歌するのだ。
ちょうどゆきぽんとプリマがもぐもぐタイムの真っ最中。
小さなお口と体を使って一心不乱にご飯に食いついている。
今晩は太刀魚の丸焼き。こうばしく焼かれた白身魚の淡泊な味わいに酔いしれていらっしゃる。
傍らに見守るのはタウニーフクロウのラックス。
凛々しい目つきがカッコいいハイタカのロールキャベツ。
本来であれば、捕食対象のウサギを前にしてハイタカがじっとしているというのは信じられない光景。
既にお腹がいっぱいになってるからおとなしいのか。
よく調教されているのか。
はたまたハイタカより雪ウサギのほうが力関係が上なのか。
なんにしても滅多にお目にかかれないフォーショット。
記念に1枚、いただきましょう。
シャッター音にびっくりしたのか、フィアナちゃんの使い魔であるタウニーフクロウのラックスが目をつむってころんと倒れこんだ。
体長15cm程度の小柄な体。成鳥すると40cm前後になるはずであるが、小柄なサイズなのには理由がある。
使い魔とは、人間から魔力を得ることで長命になり病にも強くなる傾向があることが報告されていた。
それは人間の成長スピードを持った魔力が動物に流れ込むことで起こる成長の遅延化と呼ばれる現象。
それゆえに、一般的な鳥獣に比べて使い魔は長寿になることが多い。
半面、成長スピードが遅くなるため、年月のわりに体躯が若いままの個体が多い。
決してこの限りというわけでもないが、彼も例に漏れず、まだまだ小さな体をしていた。
個人的にはそこがまたかわいいところでもあるけれど。
ちなみに、ころんと転がって倒れる動作は彼の性格に由来する。
とても用心深く臆病。主人曰く、非常に賢いとのことだが、緊張が限界に達すると倒れて死んだふりをするのだそう。緊張の限界点が低すぎるのが難点である。
彼女はそこがかわいらしいと褒めるのだが、死んだふりをして動かなくなったらいよいよ殺されてしまうのではないでしょうか。
いくらフクロウ自体が生態系の頂上付近にいるとはいえ、小柄なラックスであればより巨大な鳥類に襲われても不思議ではない。
なのに戦うでなく、死んだふりとはいかがなものか。
彼女はそれもふまえてかわいらしいと断言した。
見た目にはかわいいけど、その後はかわいくない末路を辿る未来しか見えない。
せっかくなので、倒れ伏したラックスのもふもふの毛並みを触らせてもらいましょう。
遊んで欲しい盛りのゆきぽんとプリマに転がされ、机の上をゴロゴロとされてる姿も愛らしい。
いいように遊ばれるラックス。面倒見がいいのか、それとも単純にビビッてなんにもできないでいるのか。
それは生物としてどうなのか。
不思議ワールドが展開されております。
奇妙なのは3匹を目で追うだけで微動だにしないハイタカのロールキャベツ。我関せずと言った心持ちか。あるいは子供を見守る母親の心境か。
うぅむ……それ以上に気になるのは彼女の毛並み。つやつやさらさらに輝いていた。
背中を撫でても怒られないだろうか。クチバシでつっつかれるのはさすがに怖いです。
怖いので背中を撫でるのはやめておきましょう。ちょうど遊び飽きたようで、ゆきぽんとプリマがラックスから離れて、ぐでーっと倒れこんでいる。
これはあれかな。お腹をもふもふしてもいいよっていう合図かな。
むしろもふもふして欲しいのかな。
よし、もふもふしよう。嫌だったらお手々でぺしぺしされるだろう。それもまた楽しい。
思った通り、お腹をもふもふすると気持ちよさそうにリラックスして仰向けのままでいる。
体質なのか、春先になると冬毛が抜けて体毛が短くなるが、ゆきぽんの白い毛並みはまだ随分と長い。ふかふかのもふもふ。最高の触り心地です。
癒しを堪能していると近づいてくる影が見える。
小さな体をよじらせながら一生懸命ににじりよってくるプリマ。僕も撫でてと言わんばかりの眼差しのなんと愛らしいことでしょう。
よっし、いっぱいもふもふしてあげようではありませんか。
お腹をもふもふ。
顎をなでなで。
短めの毛並みはさらさらと滑らかで心地よい。
たまらんですなっ!
「マルタさんもチャムられてますね」
「チャムる、とはどういう意味ですか?」
ガレットちゃんから初耳スラング。
チャムられるとはいったい?
「魅了の魔法のチャームにかけて魅了されると言っています。ゆきぽんもプリマもかわいくてチャムられちゃいますね。私もチャムられていいですか?」
「あたしももふもふさせてもらっていいかな。ひゃ~かわゆいっ…………って、鳥がいるじゃないですか。しかもデカい……」
ゆきぽんを手のひらに乗せてもふもふしながらも、視線はロールキャベツとラックスに注がれていた。
アンナ・ブロークンフィールド。彼女は幼い頃、怪鳥に攫われるという珍事件に遭ってから、鳥が苦手でしょうがないのだ。
突如として滑空してきた巨大な怪鳥に攫われ、見知らぬ土地に置き去りにされてしまえば、そりゃあ嫌いにもなるというもの。
小鳥ならともかく、フクロウやコンドルといった大型の鳥を見ると後ずさりしてしまう。
顔なじみのフィアナの使い魔のラックスにすら恐れてもふもふできないほどに、彼女の鳥類恐怖症は重症な様子。
臆病で死んだふりをする彼にすら触れないとは。
「鳥の羽が落ちてるだけで、近くにあたしを狙ってる鳥がいるんじゃないかって空を見上げちゃうんだよね。そんなわけないって分かってるんだけど、ついつい」
「それはお気の毒に。でもラックスとロールキャベツはおとなしい子なので大丈夫ですよ。安心してください。ほら、なでなでしても全然怒ったりしません」
そう言って、ガレットは自然な流れでロールキャベツの羽をなでなでする。意外に胆力のある子なのかな。それとも主人のミーナちゃんに触らせてもらってたのかな。
せっかくなので私も撫でさせていただきましょう。
なかなかにふわふわの毛並み。
羽の揃いに合わせて上から下へすべすべ。
これはなかなかよい心地。ベルンにはフクロウカフェがあるから、今度そこへ行ってお触りさせてもらいましょう。
続いてラックスももふもふ。空気をたっぷりと含んだ羽なのか、よい塩梅のもふもふ感。
これもなかなかどうしてたまりませんなぁ。
幸せに浸る我々の笑顔を見ても勇気が出ない様子のアンナ。まぁ無理に触る必要はない。彼女が触りたくないのであればそれはそれでよいでしょう。
私たちはもふもふタイムを満喫するだけです♪
ゆきぽんもプリマも好奇心旺盛で遊びたい盛り。
手のひらを肉球でぷにぷに押したりごろんごろんと寝転がって遊んでいる。
極めつけは腕を伝い肩に乗って頬をすりすり。至極のすりすり攻撃。
左肩にゆきぽん。右肩にプリマ。両側からのダブルすりすり攻撃。
これはもうチャムられるしかない。全力でチャムられましょう。
羨ましがるガレットちゃんに気付いたのか、私の腕と彼女の腕を重ねると、2匹は綱渡りのように駆けて彼女の両頬をすりすり。
まさにこの世の天国にいるかのような至福の笑顔を見せるガレットちゃんにもチャムられそうです。
さて、次はアンナの番ですね。満足した表情を浮かべた少女がアンナを見ると、何かを決意したかのように口を真一文字に結び、ある一点を見つめて歩き出した。
焦点には横倒しになって未だ死んだふりを敢行するラックス。薄茶色の達磨のような彼に向って手が伸びる。
克服しようというのか。これを機に過去のトラウマを乗り越えようというのかっ!
恐る恐る伸びる手は次第次第に震え、距離にして20cmのところで手がブレすぎて、指が10本に見え始めた。大丈夫か。アンナの精神と肉体は大丈夫なのだろうか。
残り18cm……17cm……16.8cm……16.7cm…………16.7cm…………。
伸びない。
それ以上、前に出られない。
足も体も微動だにしない。
動いているのは手だけ。
しかも横にブレまくって腕が3本に見えてきた。
どうなってるんだ、アンナの体は。
「はぁー……はぁー……も、もうこの距離が限界。やっぱり無理」
「それでもベルン寄宿生ですか。勇気を持って、大丈夫です。相手は死んだふりをした超大人しいフクロウです。何も怖いことなんてありません。ここからです。始めるのはここからですっ!」
「大丈夫ですよ。ラックスは大人しいので噛んだりしません。それにとってももふもふですよ? ほら、手のひらに乗せても堂々としたものです」
何の気なしに手のひらに乗せ、アンナの前へラックスを差し出す。と、電光石火の勢いで体が下がり仰け反って距離を取った。
全然ダメじゃん!
体と精神が全力で拒絶反応を起こしてるじゃないですか。
そんな無理をしなくてもいいのに。でも面白そうだからもうちょっとけしかけてみましょう。
それと、ガレットちゃん。彼は堂々としてるんじゃなくて、ビビッて体が動かないだけですよ?
どれだけ安全をアピールしても口元が引きつってしまって仕方のないアンナ。
トラウマがあるのはわかる。だけど、これは人間を掴んで大空へ羽ばたいてしまうような巨大な怪鳥ではありません。
小さな小さなフクロウです。
アンナも頭では大丈夫と思っていても、体がついてこない様子。
触りたいとは思っていても、どうも心は怯えてしまう。
ここまでやって息切れしてしまうようではどうしようもない。
無理をして克服させるのも気分が悪い。からかうのはこのくらいで勘弁してあげましょう。
そんな私の内心を知ってか知らずか、ゆきぽんとプリマは横倒れになっているラックスの前に寝そべってアンナを凝視しているではありませんか。
何かを訴えている。
しかし何を訴えているのか。
アンナは嫌な予感を感じながらも、彼らの必死の訴えを無視することができず考える。
考えても分からない。寄宿生主席卒業生も宮廷魔導士見習いにも分からない。
目と目で会話をするも何も伝わってこない。
この空気、どうすればよいのでしょう。
数秒の沈黙ののち、困惑を打ち砕いたのはガレットだった。
「――――はっ! もしかしてゆきぽんとプリマは、自分たちを礎にして、ラックスに辿りついて欲しいって言っているのではないでしょうか?」
「礎ってどういうこと!?」
少女が言うには、ゆきぽん→プリマ→ラックスの順番でもふもふしていけば、ノリと勢いでトラウマを克服できるのではないかと推測した。
そして彼らはそれを望んでいる。と…………なにそれ、面白すぎるんですけどっ!
ふと彼らの眼差しを見ると、すっごいキラキラしたものを向けているように感じる。
アンナに頑張れって声援を送ってるようにも見えた。
なんだこれ。なんだか分からないけど超面白い。
もうこうなったら行くしかないぞ。
こんなかわいらしい小動物たちの期待を裏切れまいて。
ダメ押しにガレットちゃんもキラキラ光線を送る。
もはや後には引けないアンナ・ブロークンフィールド。
意を決し、手を伸ばしてまずはゆきぽんをもふもふ。
続いてプリマをもふもふ。
さぁ最後のラックスだ。もうちょっと。あとちょっとで指先が触れる。
アニマルベルトコンベアの赴くまま、と言いたいところだが、なかなかどうして進まない。
じれったい。たかだかフクロウの羽をもふもふするだけになんの戸惑いが必要かっ!
いっそこのまま腕を掴んで無理やりもふらせてやろうか。
「わぁ~ラックスだぁ! 今日も素晴らしいもふもふですねぇ。あら、ゆきぽんもプリマも。みんな仲良しなんですねぇ~。あっ、ごめんなさい。アンナさんが先客だったんですね。それでは、はい。どうぞ♪」
空気の読めないユノ先輩が間隙を突いてラックスに吶喊。
アンナの努力を水の泡にした。ひとしきりもふもふを楽しむと、ラックスをアンナに押し付けて消えてしまった。
まるで嵐のように現れ、嵐のように去っていく。
アンナは押し付けられたラックスを腕の中に収めて硬直する。
元から硬直して微動だにしないラックス。
ある意味、2人は似たもの同士?
ここまでやってきた我々の努力も、ゆきぽんとプリマの思いやりも、ガレットちゃんの声援をもぶち壊してしまうユノ先輩。
結果的にアンナはラックスに触れたとはいえ、この過程はあんまりです。
やりやがったな、のひと言しか出てきませんよ。ぷんぷん!
「ま、まぁまぁ。これでアンナさんはラックスのもふもふを体験できたのですから、これからは気兼ねなく鳥さんももふもふすることができますね♪」
「まったくもう……ユノ先輩ったら、疲労マックスになると、急に子供になるんですから、困ったものです。アンナは…………そんなに怯えなくても大丈夫ですよ?」
体をガクガクと振るわせて恐怖に耐えていた。
不憫なのは腕の中でシェイクされるラックス。
迷惑千万とはこのことです。
びっくりを通り越して目を回している。主人に登場してもらおうと思ったけど、なにやらお取込み中で話しかけづらい。
しょうがないのでラックスをアンナから取り上げてもふもふ。
手元から離れたことに気付かずガクブルしているアンナは見ていて面白い……じゃなくて、見ていてかわいらしい。
心配そうにガレットちゃんが彼女の体を抑えようとするも、少女も一緒にガクブルして揺れる。
どういうシステムなのだ、これは。
まったく、ここは本当に楽しいところです♪
~おまけ小話『もふもふは正義』~
暁「マルタさんも随分とお疲れの様子ですね」
マルタ「そうなんですよ~。仕事をしすぎる上司の部下は辛いです~ (チラッ」
ユノ「?」
ガレット「それはそうと、暁さんももふもふしてはいかがですか?」
暁「ああ……できることならもふりたいんだが、あたしは動物に好かれない体質でな。ヤバい生き物にはよく好かれるんだが。近づくだけで――――このあり様だ」
エマ「そういえば、かき氷を食べてる時にゆきぽんがみんなの頬をすりすりしてましたけど、暁さんだけは飛び越えてましたよね」
暁「地味に傷つくから思い出させないでくれ」
ガレット「あれれ、ゆきぽんがびっくりして逃げてしまいました。どうしてでしょう……」
マルタ「体質的なやつなんですか? それとも前世で何かあったとか?」
暁「前世だとしたらもうどうしようもないな。前世とか既に他人とはいえ、動物をいじめてたとかそういうのだったら、前世の自分を殺してやりたい」
ユノ「前世の人物なので既に死んでいるのでは?」
マルタ「そういう細かいことはいいんです。でなければやっぱり体質? よく吠えられる人とかならちらほら聞きますけど」
ハティ「ゆきぽんも頭では暁がいい人というのは分かってる。でも本能がびっくりしちゃう」
ガレット「本能?」
ハティ「ほら、ゆきぽん。暁は素敵な女性。もふもふしてもらって大丈夫」
ゆきぽん「(そろり……そろり…………)」
ガレット「わぁ…………忍び足で…………ムーンウォークしてる…………」
マルタ「かわいいっ!」
暁「いやもう……無理しなくていいよ…………。ティレットォォォ~~~~っ! やっぱりそこのぬいぐるみを1つ売ってくれっ!」
ティレット「えぇと、ここにあるディスプレイ用のぬいぐるみは少し汚れていますので、後日新しいものをお作りいたしますね」
ペーシェ「さぁマーガレット。暁さんの前世を視るのだっ!」
マーガレット「前世は分からないけど、ここまで動物霊が憑いてない人って珍しい」
暁「すまんが、そういうのは見えても言わないでくれ。どっちにしても怖い……。それとペーシェ。そういう悪ノリは感心しないな」
ペーシェ「さーせんっ!」
ヘラ「そういえば、ティレットちゃんにぬいぐるみの製作依頼がいっぱい来てたわよ。ちなみに私も欲しい」
ハイジ「ベルベットさんも欲しいって言ってた。お腹が白で頭からお尻にかけて薄茶色のうさちゃん」
暁「注文が細かいな」
ティレット「うぅ……褒めて下さるのは嬉しいのですが、他にやることが」
キキ「キキも欲しい。自分で作ってもみたいっ!」
リリス「いいですね。私にも作り方を教えて下さい。それをまた子供たちに教えて、お姉ちゃん凄いって褒められたいっ!」
琴乃「いいですね。女の子らしい趣味に芽生えましょうっ!」
リリス「ちょっと、それはどういう意味でしょう?」
琴乃「さぁ? どういう意味でしょう♪」
マルタ「ふふふっ。もふもふは正義、ということですね♪」
最後にいいところをさらっちゃう人っていますよね。
それがユノ・ガレオロストです。幸運もなることながら、周囲の目を気にしないというキラースキルの持ち主です。どこまでも唯我独尊。天衣無縫。悪意がない迷惑が最もタチが悪い。でも悪気があるわけではないので周囲もそんな本気になって怒れない。
めちゃくちゃ面倒くさいタイプの人間だと思います。
さて次回はマーリン主観の物語です。
マーリンの秘密の一部が明らかになります。




