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お姫様は悩ましい 2

 花より団子な乙女はほかにも。キキちゃんも秋の味覚に思いを馳せる少女である。

 キキちゃんは倭国から来たと言う。倭国の秋とはどんなところなのだろう。旅行雑誌でよく見るのは紅葉(こうよう)

 旅行パンフレットには赤に黄色、薄い緑の大きな葉っぱがたくさん生っていて、まるでカラフルな油絵の世界に迷い込んだかのような写真が載っていた。

 涼し気な風を受けながら秋の風物詩を眺め、あま~いすい~つに舌鼓をするというのが我々外国人の一般的な認識。

 しかし、それらは往々にして加工された情報として私たちに伝わるものであり、現地との暮らしでは違いがあるもの。

 せっかくなので秋にはどんな生活をしているのか聞いてみよう。


「秋になったらね、紅葉狩りに出かけるの。紅葉の実をいっぱい集めて、みんなで紅葉饅頭にして食べるのが楽しみ。中に入ってる種もどんな形になってるのか楽しみ。それから秋刀魚。秋刀魚の塩焼きがちょ~楽しみっ♪ 他にもおいしいものがたっくさん!」

「「秋刀魚の塩焼きっ!」」


 おっと、魚好きと倭国好きの2人が食いついた。

 秋刀魚の塩焼きというのは聞いたことがある。記憶が正しければ、秋刀魚は鱗を取ってすぐに網で焼いてしまうそうな。

 私からすれば信じられない事実です。頭をとったり骨を取り除いたりするものではないのでしょうか。

 さらに信じられない事実が発覚します。臓器(モツ)料理が大好きなアルマさんが言うには、旬の秋刀魚は内臓もおいしいとのこと。

 え、魚の内臓って食べられるんですか?


 魚の中には寄生虫がいて、特に内臓は危険だって聞くけれど……。

 アルマさんは内臓から食べる派。

 キキちゃんは秋刀魚が泳ぐ時、最も筋肉を使っていて一番おいしいとされる背中派。

 ヤヤちゃんはぷっくりと膨れて旨い脂の乗った秋刀魚を炊き込みご飯にする派。

 竜田揚げに南蛮漬け、身を三枚におろして香草と海苔を巻いた秋刀魚包みなどなど、倭国にもおいしい味覚がたくさんある様子。

 ぜひとも行ってみたいっ!


 紅葉狩りというものにも興味がある。【狩る】というので猟師に混じって獣を捕獲するのかと思いきや、紅葉の木に成る果実を拾いに行くことを指してそう呼ぶとのこと。

 紅葉の木は二枚貝のような葉を付け、その中に果実に相当する弾力のある木の実を成す。

 その実に皮はなく、熟せば熟すほど、ねちょねちょとして粘度が高くなるらしい。

 果実には黒い種子があり、これを加工することでマジックアイテムにしたり、ルーンを刻んでお守りにしたりできる。

 お土産の品としても、魔術の道具としても非常に有用な存在。


 果実の部分から種子を取り除き、湯に放り込んで渋みや灰汁を取り除いて裏ごし。もち米と混ぜて饅頭にする。これが彼女の言うところの紅葉饅頭。

 紅葉の葉の形をした焼き菓子とは別物である。


 この紅葉饅頭は家庭によって加える材料に多少の差異があり、各家庭で味や食感が微妙に違うところがまた楽しい。

 特にキキちゃんが推すのはリン・メイリンと呼ばれる女性の作る紅葉饅頭。

 もちもち加減にくわえ、甘さと塩味のバランスが絶妙。秋に紅葉狩りに行ったのち、必ず彼女に紅葉饅頭を作ってもらうのが楽しみだと言う。

 あまじょっぱい饅頭とな。それは実においしそうです。


 秋刀魚と聞いて暁さん登場。


「毎年楽しんでるとはいえ、メリアローザの海で秋刀魚は獲れないからな。山を越えた裏側の街から仕入れなくてはならない。こういうところは商人のあたしの出番だ」

「今年もなにとぞよろしくお願いしますっ!」


 なるほと、他国との行商でしか仕入れられない代物なんですな。暁さんが商人として活躍してるというのは本当らしい。

 少し酔いの覚めたリリスさんが会話に割って入った。

 キキちゃんとヤヤちゃんが大好きなリリスさん。2人のためならなんでもするといった勢いがある。


「秋の秋刀魚ならうちでも獲れるから、その時になったら是非にいらして下さいね。キキちゃんとヤヤちゃんも連れて来て下さい。全力でおもてなししますからっ!」

「「リリスお姉ちゃん大好きっ!」」


 大好きなお姉ちゃんに抱き着いて満面の笑み。

 リリスさんは2人を妹のようにかわいがり、妹にしたいと豪語するほど気に入っている。

 それをさせない暁さん。必ず3人の近くに寄って牽制した。


 魚好きのニャニャさんにくわえ、猫の神のバストさんもにじり寄ってくる。

 洗練された魚料理の多い倭国の話しとなれば、魚好きにはたまらない。


「秋刀魚もおいしいとは聞いているのですが、他の魚はいかがなものですか? ベルンには海はありますが、王都からは少し遠いです。それに倭国のように魚を丸々焼いたりしないので、どんな丸焼きがあるのか知りたいです」

「それは妾も知りたい。プリマが焼き魚の味を知ってしまったがゆえ、生の魚はもう食えんと言うのだ」

「にゃんというセレブにゃんこ」

「あぁ~そういえば、すみれが新鮮な太刀魚を丸々焼いてましたな。メリアローザの猫たちも猟師から奪った焼き魚を食ってから、焼き魚しか手を出さなくなったと肩を落としていたが……みんなグルメだな。焼き魚の方法ですが、基本的に鱗と内臓を取って塩を振って臭み抜きをして、そのまま火で炙ればだいじょ

「ちょっと暁ちゃんっ! 鍛冶をする貴女が【魚を炙れば焼き魚】だなんて安易な発言はしないでっ! 【串打ち三年、裂き八年、焼き一生】なんだからッ!」


 鬼神ノ再来。


「いや、それは鰻の話しだろ。今は秋刀魚の

「秋刀魚は特に繊細なんだから。余分な脂だけを落として旨味だけを閉じ込める【焼き】は命懸け。一瞬たりとも気を抜いてはいけないの。焼きすぎても焼かなすぎてもダメ。他の魚だってそう。【焼き】を甘く見ないでっ!」

「そうですよ暁さん。焼きは一生なんです。その日の気温や湿度によっても焼き加減を変えなくてはなりません。魚の身の具合だって1つとして同じものはありません。その魚1匹1匹に合わせた火加減が大事なんです。この世に魚がいる限り、焼きは一生物なんですっ!」

「お言葉ですが暁さん。私も彼女たちと同意見です。どんな魚だって、ただ火を通せばおいしいというわけではありません。なにより、おいしく食べてあげるのが我々の使命でもあるのです。侮ることはできないのですっ!」

「まさかの援護射撃」


 ルクスアキナさん、すみれさん、琴乃さんの言葉の絨毯爆撃。さすがの暁さんも沈黙轟沈。


「すみません。3人とも料理のことになると性格が変わるみたいで。お酒もあって拍車がかかっているみたいです。料理をさせておけばおとなしくなるので。さぁ、アナスタシアさんもご一緒に」

「もう勘弁して下さいッ!」


 グリムさんが止めに入るのかと思いきや、アナスタシアさんを巻き込んで巻き取っただけだった。南無三宝。

 やっと解放されたのに。そんな懺悔にも似た言葉を呟き、引きずられて厨房へ立たされた。アーメン。


 料理をしないお姫様の私としては料理を体験するチャンスと思っていたけど、あれはもう楽しく料理するとかそういう代物ではない。

 本気すぎて怖い。

 ここで余計なことを言うと地獄行きな予感。


 なので彼女には悪いけど、リリスさんと暁さんのほうに体を向けておくことにする。

 秋になるとおいしいものがたっくさん楽しめる。

 あま~い果物においしい野菜。

 旬の魚に森に住む、狸、鹿、猪、熊などのお肉を使ったジビエ料理。

 そして昆虫料理……は、聞かなかったことにしよう。


 聞いてるだけで楽しくなってしまう。

 料理だけではない。釣りを楽しんだり山へ入って山菜を採る。

 畑で芋を引き抜いて、焼き芋を焼いてみんなで食べる。

 秋の始まりは冬への入り口。寒空の下で食べる鍋料理は格別においしい。

 あ、結局食べる話しに戻った。しょうがないよね。秋は食欲の季節だもの♪


 食欲の季節。ベルンにもおいしい食べ物はある。

 だけど彼女たちのように、自分の足で森へ入って山菜を採りに行ったりしたことはない。

 畑の土を掘ることも、竿を持ってじっと待つだなんてもってのほか。

 やってみたい。なんとかしてなんとかできないものか。

 こんな時はソフィアに相談だっ!


「それは国王様のご裁可如何です。しかし姫様は成人されています。なので公務ということになるでしょう。一般人のような旅行は諦めざるをえないと思います」

「逆に言うと一般人では楽しめない特別な旅行が可能ということですね」


 ナイスポジティブアルマさん!


「そ、そういうことになりますね。でも……わたくしは、できれば普通の女の子として遊びに出かけたいのです。そこをなんとかっ!」

「私ではなんとも言えません。ライラ様からも何か言って下さい」

「なんという無慈悲。ライラ様からもなんとか言ってやって、ソフィアをボコボコにしてくださいっ!」

「えっ、あぁ~……私もソフィアと同意見だ。残念だけど自由な行動は制限されるだろう。でもずっと不自由ってわけじゃないだろうし、護衛がいれば大丈夫かも。あとは、そうだな、姫様自身にも護身術とか身を守る術を身に着けてもらえれば、国王様の許可も取りやすくなるかもしれない。少なくともあれで国王様はめっちゃ鍛えてるから、姫様自身が自分自身を守れるようになれば少しは変わるかも?」


 ダメだ。ヘラさんに発言権を譲渡します。目力で!


「家族で旅行なんて素敵ね。私も家族水入らずで遊びに行きたいわ~」


 完全に蚊帳の外!

 入ってくる気はまるでなし!

 だったらもう、力技でいくしかない!

 リリスさんに話題を振ろう。


「ベルン近郊には家族で出かけたことはありますが、海外旅行は殆どありません。小さい頃に出かけたことがあるそうです。でも幼すぎて記憶にありません。家族旅行。近いうちに行きたいですね。あ、すみません、愚痴がこぼれてしまいました。まずはそう、動画で見たリリス様の魔法。あれは本来、回避系の魔法ではありませんか?」

「おっしゃる通りです。羽化(フェザー)の魔法は羽のように風を受けてふわふわと移動する魔法です。戦闘の際は自分でも風を発生させて回避や奇襲を行います。魔法自体は簡単なものですが、使いこなすまでに訓練が必要です。使いこなすことができれば、風に乗って空を移動することも容易です。飛行(フライ)でもいいのですが、風を受けて空を散歩するのはとっても楽しいですよ♪」

「それにフライの魔法より速度が出ますからね。風になってるっていう空気感がたまりません」

「おぉ~っ! ぜひっ、ぜひとも教えていただいてもよろしいでしょうか!」


 もちろんです、とリリスさん。

 ちょっと待った、とソフィアが割って入る。

 何が問題なのだろう。よもや勘づいたか?

 ライラ様だって身を守る術が必要だと言ってくれたのに、どうしてそれを止めるのか。

 護身術以前に風を受けて空を散歩するだなんて素敵なことではないか。

 フライの魔法だって空は飛べる。が、空中散歩を体験してしまった今では物足りない。

 風とともに歩きたい。季節の風に乗ってベルンを、それこそ世界を一周したいっ!


「だからですよ。本気でやりそうだからダメなんです」

「ソフィアにわたくしが習得する魔法の如何を制限される覚えはありませんっ!」

「覚えはないでしょうが、私は国王様からテレポートを始めとする移動系の魔法を教えないように言われています」

「なんですってッ!?」


 驚愕の事実。お父様がそんなことを言っていたなんて。

 さすが父、私の性格をよく分かってらっしゃる。

 きっとリリスさんと同じように、フェザーと追い風の魔法を併用してしまえば、衝動的に窓から飛び出して空を散歩してしまうだろう。胸を張って言える。絶対やる!


 そう告げると、肩を落としてソフィアはため息をついた。

 さすが私の性格をよく知るソフィア。でも私は個人的にも彼女の魔法を習得したい。

 いざって時に相手の攻撃を回避できるという芸当は非常に有用であり、戦闘用に使いこなすことができれば攻防に長けた戦いだって展開できる。


 お姫様だって強くないといけないと思うわけ。

 せめて非常時に立ち向かえるだけの実力と勇気は必要だと思うのです。

 だって私はお姫様。

 臣民の前に立って導く者。


 私だって女の子。素敵な体験をしたいと思うのは当然のこと。だってとっても素敵なんだもん。

 春風になって散歩がしたい。

 果てなく高い空から世界を見てみたい。

 緑の丘から登る朝陽。

 大海原の地平線に沈む夕日。

 太陽に架かる虹。

 素敵な景色を見てみたいっ!


「ふふっ。この調子だと、リリスちゃんの魔法を覚えたらすぐにでも飛んで行ってしまいそうね」

「それを止める私の身にもなって下さい……」


 マーリンさんとソフィアの不安は現実のものになるだろう。

 止められるものなら止めてみなさい♪


「ソフィアさんも苦労されていらっしゃるのですね。でもこの手の人は人の言うことを聞かないタイプですよ? (リリス)」

「違いますよ。こういう人は人の言うことを聞いているふりをしながら機を窺うタイプです。そういう人は衝動的に衝撃的な行動をするので、自分で自分の身を守れる術を身に着けるべきです。どうやら貴女は魔法適正が高そうですし、ベルンには優秀な魔術師が沢山いらっしゃるということですから、すぐに一流の魔術師になれますよ。さしあたってアルマちゃんから炎の法衣(フレイムベール)を教えてもらいましょう (シャルロッテ)」

「めっちゃ言うやん (暁)」

「自分のことを他人事のように言わないでください (ソフィア)」

「つまるところ魔法ですよ。魔法を習得して素敵なレディになりましょう! (アルマ)」

「守護の魔法であれば妾も力になれる。気兼ねなく相談しておくれ (バスト)」

「とりあえず魔獣を倒せるだけの戦闘能力は欲しいですね。たしか姫様は寄宿生2年生が履修するまでの魔法学と実技を修了されているはずですね。ここからは自分の特性を活かした(すべ)を中心に研究するのが良いかと思います (ライラ)」

「いや、なんか話しが逸れてないだろうか。ようは海外旅行がしたいんだろう。護衛を付ければいいじゃん (暁)」

「わたくしは自由気ままに旅行がしたいんですっ! (シャルロッテ)」

「いや、普通に無理でしょ。お姫様なんだから (マーリン)」

「では今日限りでお姫様を辞めます (シャルロッテ)」

「いや、普通に無理でしょ。お姫様なんだから (マーリン)」


 どうして私はお姫様に生まれてきたのか。それが問題だ。

 本気で絶望してるのに。心の底から悩んでるのに、誰一人として真剣に向き合ってくれない。

 がっくりと肩を落として苦笑いをするだけ。私はこんなにも苦悩しているのにっ!

 もはや飲むしかない。

 こうなったら食べるしかない。

 暴飲暴食を重ねて憂さ晴らしをするしかないっ!




~おまけ小話『苦労人』~


琴乃「シャルロッテ様も随分とお転婆でいらっしゃるのですね。でも楽しいですよね、一緒にいるの」


ソフィア「()……? ええ、本当に。こっちがまいってしまうほどですよ」


シャルロッテ「楽しいに越したことはありません。ね♪」


リリス「毎日楽しいのが最上です。時々は辛いことや悲しいことがあったりしますけど、総じて良い思い出ですね♪」


ソフィア「辛いことや悲しいこと………………」


シャルロッテ「どうしたのですか、ソフィア。さては何か嫌なことでもあったのですか!?」


ソフィア「そ、それは………………なんでもないです………………………………」


シャルロッテ「?」


暁「絶対なんかあったやつ」


マーリン「いつでも相談に乗るよ?」


琴乃「ソフィアさん()苦労されているのですね」


リリス「()?」


暁「琴乃も苦労してんなぁ」

お姫様といえど女の子。

新たな決意をした彼女の行く先はいったいどこなのでしょうか。

このままだと迷子になってしまいそうですね。


次回はユノの奇行に翻弄されたマルタが彼女をほっぽりだして癒しに走る話しです。

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