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お姫様は悩ましい 1

年頃のお姫様に振り回されてソフィアたち周囲の人間が翻弄されます。

悪気のないトラブルメーカーであるお姫様はいつだって全身全霊全力全開で物事にあたります。

人から見ればたいしたことでなくても、些細なことで躓いたり憤ったりする彼女は実は繊細なのかもしれません。




以下、主観【シャルロッテ・ベルン】

 色とりどりに並べられた多彩な料理の数々。多国籍の街として知られるグレンツェンを代表するかのような光景が広がる。

 ボルティーニの家庭料理であるロールキャベツ。

 ベルン北部でよく好まれるという仔牛のレバーの煮込み料理。

 見たこともない果物で作られるフルーツヨーグルト。

 デザートには古の倭国で作られたというかき氷。

 お城の外の世界には、わくわくとどきどきが満載です。


 とりわけ私を魅了するのがジャンキーなフライドチキン。

 醤油で下味のつけられたチキンには、食欲をそそるガーリックの香りを放っている。鮮やかなタマリンドと一緒に食べると絶品だそう。

 どうしよう。ものすごくおいしそう。だけど…………お姫様がこんなにも匂いのキツイものを食べていいのだろうか。

 町娘へと変装したジュリエットの姿であれば気兼ねなくぱくついていたに違いない。

 でも今はお姫様。高貴な姿の自分が、ガーリックのようなヤバいオイニーをまき散らすことに恐怖を感じる。

 幻滅されたらどうしよう。

 これでも体裁を重んじる私はお姫様。年頃の女の子にはデリケートな問題なんです。


 食べたあとに口をゆすいでしまうとか?

 いや、それではまるで不味かったと意思表示をするようなもの。失礼なことは決してできない。


 はっ!

 そうだ!

 何かに匂いを移してしまえばいいんだわ!

 そんな魔法があるのかどうか知らないけれど、魔法に精通しているアルマちゃんやマーリンさんなら知ってるかも。


「え、そんな魔法は知らないです。というか何故、今そんな魔法を?」

「私は知らないけど、匂いの元だけを剝ぎ取るってアイデアはナイスね。お掃除とかにも使えそう。今度実験してみようかな」


 轟沈。

 あまりにもニッチすぎて存在すらないらしい。

 今から開発……はさすがに無理よね。

 であれば意を決して食べるしかないのか。


 そもそも私が気にしすぎ?

 そう、きっと気にしすぎよ。

 他人のことなんてたいして気にしていないもの。

 と、思いながらもプレートの前で体が止まる。

 頭では食べたいと思っても、お姫様の立場が邪魔をした。

 どうしたものか。どうすればいいのか。この悩み、相談できる相手は1人しかいないっ。


 カマン、ソフィア!


「またそんな訳の分からないことで悩んでるんですか? 今日は無礼講なのですから、遠慮なく食べればいいじゃないですか」

「ソフィアにはわたくしの気持ちが分からないんですっ。無礼講とはいえ、立場や体裁というものがあるのです」

「でも食べないまま終わったら後悔しちゃうよ?」

「食べないまま終わったら後悔する自信はありますっ!」


 キキちゃんの鋭い指摘に悶絶。

 作り手のハイジさんをも困らせてしまう。


「あぁごめんね。ガーリック抜きのチキンも用意しておいたほうがよかったね」

「そんなことはありません。ガーリックがあるから食欲をそそるわけで、無かったらきっと興味もわきませんっ!」

「「「えぇ~…………」」」


 あっ、またそんな面倒くさい女を見るような目で私を見てる。

 しかもキキちゃんとハイジさんまでソフィアと同じ視線を送っていた。

 私はただおいしそうなものを目の前にして悩む一人の少女。

 口臭を気にして困惑する可哀そうな乙女。

 ただそれだけなのに。

 ただそれだけなのにっ!


 そうだ、いいことを思いついちゃった♪

 自分で食べられないなら誰かに食べさせてもらえばいいじゃない。

 そういうわけでソフィアにあ~~~あああぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!


「じ・ぶ・ん・で・た・べ・て・く・だ・さ・いっ!」

「そんなぁ~……キキちゃんにはあ~んしてあげてるのに……ぐすん」

「いやぁ~、ソフィアさんと姫様って仲良しなんですね」

「もちろん。血を分けた姉妹なんじゃないかと思うくらいです♪」

「私には魂を分けた妹が7人もいるので、これ以上は結・構・ですっ」

「なんか悲しいっ」


 私はこんなにも貴女のことを愛してるのに。LoveじゃなくてLikeの意味で。

 本当の姉のように思って慕ってるのに。LoveじゃなくてLikeの意味で。

 なんでそんなにも突き放そうとするのでしょう。LoveじゃなくてLikeだから?


「Loveであってたまりますか。それこそ立場をわきまえて、もう少しおしとやかにお願いします。それから駄々をこねてないで早く食べて下さい。チキンを食べたあとにワインを飲めば、少しは気にならなくなるでしょう?」


 なるほどその手があったか。ありがた~い助言のまま、ジューシーでジャンキーなチキンをぱくりっ。

 予想を上回るおいしさに感動の涙。

 王宮の料理でもチキンステーキは出る。ガーリックを使ったパスタなんかも当然として食卓に上がった。

 家族で囲む食卓もおいしい。こうやって気の知れない仲間たちと一緒に食べるご飯もとっても素敵!


 なにせこのシャルロッテ・ベルン。大騒ぎをしながらのパーティーなんて初体験。

 飲んで騒いで語らって、相手との距離感がとっても近いように感じられてすっごく楽しい。

 個人的には社交界のような紳士然とした場所よりも、今日のような、音楽が流れれば思うままに踊り出してしまいそうな雰囲気のほうが気楽で好みです。

 まぁ殆どのパーティーには替え玉を使ってたんだけどね♪


 ワインをひと含みして、もう1つぱくり。

 ハイジさんが故郷バティックでよく食べるというスタミナ料理のガーリックチキン。

 なんと、彼らはこれを朝ごはんに食べると言う。さらに付け合わせにはナシゴレンや皮付きフライドポテトまで。

 朝食は軽食が常のベルン人からすれば驚きの食生活。炭水化物と脂質のオンパレード!


 というのも、近代化が進んでるとはいえ、バティックは農業も漁業も肉体労働が基本。早朝に体力をつけて昼過ぎまで仕事をするため、朝食はがっつり、昼は適度に済ませ、夕食も質素な場合が殆どだとか。

 なるほど我々とは1日に必要なカロリーが全く違うわけだ。

 当然のことだけど、気にも留めてなかった物事を知るというのはなかなかに楽しいもの。これだから異文化交流はやめられません。


 王宮の中で家庭教師と本から教わることとでは真実味が全然違うものがここにある。

 現地の人のリアリティ溢れる話しは聞いていて好奇心をそそられるものばかり。

 私ももう少し歳を重ねたら海外旅行に行ってみたい。いろんな場所で沢山の経験を積んで、ソフィアみたいに素敵なレディになるんだからっ!


「姫様はソフィアさんのことを本当に好いてらっしゃるんですね」

「そうですよ、ハイジさん。彼女はとっても素敵なレディなんです。わたくしの憧れでもあるんです♪」

「えぇ、嬉しい限りです。私も姫様のことは尊敬しています。ただまぁあまりにもお転婆が過ぎるところを除いて、ですが」


 またそんなこと言っちゃって。

 照れ隠しだって分かってるんだから。


「行動力の化身なところはベティちゃんにそっくり。アライアもこんなだったなぁ。お姫様ってみんなこうなのかしら」


 あらやだ、マーリンさん。私と似た性格のお姫様をご存知で?

 であればぜひとも紹介していただきたい!


「だってお姫様だって女の子なんだもん。楽しんでこその人生なんだもんもん♪」

「その通りです、キキちゃん。それを分かっている貴女は素敵なレディになれますよ♪」

「えへへ~、やったぁ~♪」

「今、しれっと自画自賛しましたね?」


 自己肯定感は大事なのよ?

 そう告げると、ソフィアは肩を落としてやれやれといった様子。

 この反応はいつものことなのでまぁいいでしょう。


 1つ食べると2つ目が欲しくなるのが人間というもの。

 次を口に放り込もうと目を爛々とさせていると、同じくらんらん気分で近づいてくる気配を感じた。

 彼女はたしか、春風の妖精と噂になった女性。

 なんでも、風船を空へ離してしまった子供の笑顔を守るため、春風になって空を舞ったという行動力の化身。

 彼女とはどこか通じるものを感じます。


 暁さんと一緒にフラワーフェスティバルへ観光に来ているリリスさん。お祭りの熱気にあてられてか、ほろ酔い気分で千鳥足。少し飲みすぎのようで、友人の琴乃さんに体を支えられている始末。

 手に取ろうとするお酒のグラスもすかさず水と入れ替えられた。しかもすり替えに気付かない。これは相当酔っぱらっていらっしゃる。


 少なくともベルンとグレンツェンには飲酒規定があるので、ふらふらになるまでお酒を飲む人は滅多に見ない。自分の飲酒量を数値として見える化するからだ。

 この時期は外国客の流入ということもあり、酔いに身を任せて倒れる人もいる。

 とはいえここで倒れないでおくれよ。


 ガーリックチキンがとってもおいしいという話題を振ると、リリスさんは上機嫌になってこう言った。


「はい、あ~んして下さい。たっくさ~ん放り込みますからね♪」

「う~ん、おいし…………今なんて?」


 満面の笑顔で相対し、問答無用で押し込んでくる彼女の行動は善意だろうか、狂気だろうか。

 手で口元を抑えてブロックしているにも関わらず手の甲に押し付けてくる。

 この人、思ったより泥酔しているっ!


 背後に回った琴乃さんが羽交い絞めにして涙目。爆笑する狂気を抑えに入った。

 危うく窒息死するところでしたよ。リリスさんとはどことなくシンパシーを感じたから、もっとお話しがしたかったのに、どうもこれでは無理そうだ。

 酔いが覚めるまで時間をおこう。


「げほっげほほう…………。危うく窒息死まっしぐらでした。ところで、チキンもおいしいのですが、こっちの豆もおいしいですね」

「それはタマリンドって言って、甘いやつと酸味の強いやつがあるの。今回使ったのは甘いやつ。タマリンドはそのまま食べてもおいしいんだけど、スープに使ったりペーストにしてソースにしたりって用途が広い。ジャムにしたりジュースにしたり、お菓子にも使われてる」

「キキも好き。お庭で育てられるかな?」

「それはちょっと無理だと思うよ。樹高20m以上になるから」

「え……それってハティお姉ちゃんが何人分?」

「そうきたか。10人以上だね」

「え……ということは、1つの木からいっぱい実が採れるの?」

「いっぱい採れるよ。それから栄養価も豊富でスーパーフードとして注目されてる」


 植物の話しになると、どこからともなく現れる影がある。レレッチ・ペルンノート。エメラルドパークの跡取り娘。

 待ってましたと言わんばかりに、キキちゃんとハイジさんは彼女にアイコンタクトをして、説明よろしくと促した。


「それ、ペルンノート農場にもある。でも大きくなりすぎたうえ、実を採るのを森の動物たちに先を越されちゃってどうにもならなくなっちゃったやつ。しかも食べ物の少ない1月に実がなるから、余計に取り合いになる」

「森の動物さんたちも大好きなんだ!」

「そうなの。でもまぁ森に動物たちの食料があれば、人里や整備された畑に入ってこなくなるから、結果オーライってことで置きっぱなしにしてあるの。人が採取する分もあるにはあるけど、数が少ないから現地で消費するだけになっちゃった」

「なんだかんだでいい結果になったんだ。実が成るのも1月って時期だから、動物たちには嬉しい植物だね」


 ひとつ頷いて、『それだけじゃない』と、続けて語ってくれる。


「大木に成るから、夏の暑い時期には鳥や小動物が休みに来てるのが間近で見られる。鳥が巣を作ってるからバードウォッチングに訪れる人も多い。今じゃ植えてよかったってみんなに大好評だよ」

「リスさんもいるの!?」

「リスはもう少し山奥に入らないといないかな。警戒心が超強いから」


 キキちゃんはリスが見られるのが分かると、見てみたいとはしゃぎだす。

 あぁ〜、かわいらしいですな。私も一緒に山登りをしてみたい。


 ペルンノート農場。別名、エメラルドパーク。農場主が若い頃、近くの山でエメラルドを発見したことから村の歴史が加速した。

 宝石を売り、そのお金で田畑と森を開拓。今では広大な農地と肥沃な大地で栄え、多くの雇用を生み出し、良質で大量の農作物を供給している国内きっての生産拠点の1つ。


 毎年、秋になると森林探検のイベントが開催され、ベルンの子供たちに自然と触れ合う機会を与えてくれる場所。

 西洋栗と華国栗の2種類が植えられており、拾って持ち帰って家族と焼き栗にすることができる。

 私も小さい頃に家族と森林探検をして、おいしい甘栗を口いっぱいにほうばったっけ。

 マロングラッセやモンブラン作りも体験した記憶がある。

 あぁ、秋。麗しの季節♪

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