地雷カリー 1
今回はライラがアイシャの作る激辛カリーを食べて懐かしさに身を震わせるお話しです。
ベルン第二騎士団長ライラ・ペルンノート。彼女は元々、世界を股にかけて活躍する剣闘士の一人でした。ワールド・チャンピオン・グラディエ―ションカップで二連覇を機に引退。ベルン第二騎士団の騎士団長にヘッドハンティングされるという流れでベルンへ赴きます。
しばらくして保険会社の社員である男性、現在の夫と出会い結婚。二児を出産ののち、義母の死没をきっかけに家族とともにベルンへ移住してきました。
後輩たちに多くのモノゴトを遺して引退したい。そんな想いを持って日々邁進していらっしゃいます。
以下、主観【ライラ・ペルンノート】
今日は大収穫だ。まさかこんなところで魔鉱石の販路を開拓できるとは思わなかった。
しかしまだ確定したわけではない。
浮足立つのはまだ早い。
早いが…………まずは分析。
それからマジックアイテムの研究。
魔剣は直接購入できるということなので、それ自体の研究と、我々にも製造可能かどうかの検証をしていきたい。
できれば技術者から伝授してもらうのが手っ取り早い。まぁそれは望みが薄いだろう。公に販売してるということだが、技術は秘匿されているに違いない。
おっと、少し気が早かったな。
魔鉱石のことは実物が手に入ってから考えよう。
そんなことよりも、だ。
今、危うくアナスタシアを持っていかれそうになった、気がする。
暁はあのまま、専門的な刀の稽古が必要だろうとかなんとか言って、アナスタシアをギルドに勧誘しようとしたのではないだろうか。
そう直感が囁いたものだから、咄嗟に守秘義務付きの情報をしゃべってしまったではないか。
あとで口封じをしておかねば。
彼女をはじめとして、寄宿生たちはみな優秀な金の卵たち。できることならベルンで活躍してもらいたい。
もちろん、誰だって夢がある。全員が全員、ベルン騎士団で活躍するわけではない。
アナスタシアは故郷の村で大切な人を守りたいという夢ができた。
アンナも将来的には故郷で魔導防殻を作り、多くの人々のために尽くしたいと考えている。
それと同様、私にも夢――――というよりは、願いというか、やりたいことがあった。
ベルン騎士団に多くのモノゴトを遺すこと。
見た目は若く、同様に身体的な能力も見た目年齢と大差ない。が、それもいつまで維持できるかわからない。
20代中盤の容姿とはいえ、中身は38歳のおばさん。あと5年もすれば限界が来るだろう。
いつかその日が来るまでに、私は後に続く子供たちのためになるものを生み出しておきたい。
子供を出産して、我が子の成長を肌身で感じて強く思うようになった。
だから暁と出会ったことは天命とすら感じる。
彼女が持ち、知る知識と経験、人脈、技術は我々が見ない前人未踏の景色。
色々と秘密が多く、神秘の残る国と太いパイプで繋がれたのならベルンの国益にも繋がるはず。
当然、外交はウィンウィンが大原則。お互いに利益のあるものにするつもりです。
さて、未来の展望に思いを馳せたらお腹が空いてしまった。
なんと、グレンツェンで有名なカリー屋さんが出張してる。
実際は余った商品を処分してるのだが、そんなことと知らない私は懐かしい学生時代の記憶を呼び覚ましていた。
何を隠そうライラ・ペルンノート。ベルン騎士団にスカウトされる前は、剣闘士として世界中の観客を魅了したものだ。
その為に、剣闘大会の盛んなナマス国に留学した経験がある。
カリーを見ると思い出す。
楽しかった日々を。
食事は……ぁあ~、辛い物ばかりで最初は戸惑ったものだった。
彼女の作ったカリーは私の知るものとはかなり形が違う。
プレートに盛られたお米、ルー、野菜など、色とりどりの食材ではない。
薄く伸ばしたトルティーヤ、それも全粒粉の生地でカリーを包んでる。ロティの独特の香りがまた郷愁を誘う。
「ライラ様はナマス国で留学の経験がおありなのですよね。でしたらぜひ、こちらのカリーを召し上がってください。1つは野菜、もう1つはチーズです」
「ほう、どっちもおいしそうだな。ではいただこう」
手を伸ばそうとすると、お酒を片手にカシスの魔女が並び立つ。
マーリン・ララルット・ラルラ。三角帽子の夜の貴婦人。
「あっ、私も食べる。ずっと気になってたやつ」
「私も野菜のカリーを食べました。すっごくおいしかったです」
いつの間にかちょこんと横に立つライラック。
彼女は私のことを心の底から尊敬してくれる。食べ物を取りに移動しようとすると、後ろをついてきて実にかわいらしい。
飲み物がなくなればお注ぎしましょうかとやってくる。小さな付き人ができた気分だ。
子供を産む時、私たちのところにやってきてくれるなら性別は気にしてなかった。
幸いなことに元気な男の子を2人も授かり、実に充実した毎日を送っている。
だけど次は女の子がいいな。望んで選べるわけではないけれど、願わくば次は女の子がいい。
男の子には男の子の、女の子には女の子を育てる楽しみというものがあるはずだ。
どうせなら欲張りたい。
さて、キラキラな視線を送ってくれる彼女と一緒にひと口サイズにカットされたカリーをぱくり。
ライラックの言葉通り、ダイスカットされた野菜入りカリーはストレートにおいしいと思える。
スパイスの効いたカリーと野菜の甘味と旨味が上手に調和されていた。ふんわりと香る香草も弱すぎず強すぎず、良い塩梅に仕上がっている。
本当によく考えこまれた料理だ。時間の少ない昼ご飯にはもってこいのサイズ感とボリュームもエクセレント。
次に柔らかくとろりと溶け出すチーズ入りカリーに手をつける。
ひと言で言えばやはりおいしい。濃厚で粒だった、歯を弾くほどの弾力を持った挽肉の食感。濃厚でコクの強いチーズの相性は抜群。各種スパイスともよく溶け合い、文句のつけようのないほど上手に構成されている。
…………のだが、先に食べた野菜入りカリーと比べるとシンプルすぎるというか、少し物足りない感が否めない。これは単純に比較されてしまったがゆえの感想なのだろうか。
それとも、そもそもチーズ入りカリー自体に不足があるのか。
あるいは食べた人の趣味嗜好によるものか。
好きな人は好きなんだろうけど、私としては野菜入りカリーのほうに手を伸ばしたくなる。
なんというか、飽きが来るのが早いと言うか。ひと口でいいやって思いました。
アイシャはその謎を追い求めている。
「野菜に比べてチーズの売れ行きが芳しくなくて。何か問題があるのでしたら遠慮なくおっしゃって下さい。もっといいものを作りたいんですっ。お願いしますっ!」
なんという向上心。まぶしくて目がくらみそうだ。
「なるほど、素晴らしい上昇志向だ。感想としてはおいしいのひと言なのだが、飽きが早いというか、味が濃すぎるというか。野菜と比較してしまったのが原因かもしれないが、どっちかを食べたいと並べられると、野菜を手に取ってしまうな」
指摘して、ライラックが私に続く。
「私はどっちもおいしいと思います。でももしかしたら、チーズは単体で食べるより、他の食材と一緒に食べるとさらによくなるのではないでしょうか。たしかに物足りなさを感じます。であればサラダと一緒に提供するとか。う~ん……やっぱり味が濃いので野菜が欲しいです。すみません、テイクアウトが前提なのに」
「いいえ、とっても参考になります。ありがとうございます」
次に言葉を並べるのはカシスの魔女。彼女は丹念に咀嚼して、飲み下したのち首を傾げて言い放つ。
「ものすごく上から目線で申し訳ないんだけど、この料理、貴女自身が納得してないでしょ?」
「ッ!?」
図星を突かれた少女は青ざめ、マーリンはやっぱりとため息を吐く。
それはなんとなく私にも分かっていた。野菜のロティを勧める時は自信満々の笑顔なのに、チーズのロティを推すとなると険しい表情を見せる。
チーズの売れ行きが芳しくなく、自分が良しと思って作ったものが半ば否定されてしまったがゆえの前のめりもあるだろう。
ただ、何かそれ以外にも理由があると思わせる覇気を感じた。
嫌々ながらも周囲の空気に合わせて仕方なく嫌いなものを食べてしまったかのような表情。
彼女はいずれ、実家のカリー屋さんを継ぐために鋭意修行中。料理の開発もさることながら、商売人としての器量も兼ね備えなくてはならない。
客商売とは、客の欲しいものを提供することに尽きる。サービス、料理、味、そして時間。相手を満足してこその飲食業。
だから彼女はグレンツェンに住む人向けの料理の開発の第一歩として、フラワーフェスティバルの屋台出店を決意した。結果、半分は成功。半分は失敗に終わる。
成功することは最上。失敗することはその次に良い。
大事なのは失敗をどう活かすか。彼女はそれを分かっているからこそ、崩れ落ちそうになる両足に力を入れて立ち上がる。
「…………実は私は激辛料理が大好きです。カリーに限らず麻婆豆腐とかスンドゥブとか。だから本当は全てのものを辛くしたいんです。しかし、誰しも辛いものが好きではありません。グレンツェンではむしろ少数派です。より多くの人々に楽しんでもらえるようにと考えて臨みました。長い時間を
「でもその理屈だと、貴女を含めた少数派の激辛大好き人間は楽しめないじゃん?」
「はっ!」
マーリンの鋭く、一撃必殺の急所を突くツッコミが炸裂。
なんとか踏ん張っていた両膝もついに崩れ落ち、彼女は地に肘をつけるほど驚愕した。
なんということでしょう。商売の基本を頑なに守り続けることにより、大事なことを見失っていた少女がここにいる。
彼女の考え方はとても立派だ。
でもそれだけでは足りない。
マーリンはそう諭し、地雷原にダイブした。そこをお花畑と信じて。
「求める人の満足を満たすことはとても大事だと思う。でもたまには、自分の『好き』をアピールしてみるのもいいんじゃない? 個人経営の飲食店ならなおさら。それが店の魅力であり貴女の魅力に繋がると思うの。当然、認められないことだってある。認められるってこと自体が奇跡みたいなもの。でも必ずどこかに認めてくれる人はいる。私はそう思うわ」
「マーリンさん…………分かりました! わたくしの『好き』をてんこ盛りにしてきますっ!」
いってらっしゃいと手を振って、マーリンは満足げな笑顔を背中に送った。あとなんか急に一人称が変わった。仮面を被ってたのか。嫌な予感しかしねえ。
つまりこれから激辛料理とやら出てくるのではないか。
ナマス国で留学経験があるので、激辛料理に対して多少の耐性は獲得している。
しかし、できればあまり辛い料理は食べたくない。
すみれが今日のために作ったという、トマトと豆板醤を使った甘辛ヤンニャムチキンくらいならおいしく食べられる。
あれは本当に丁度よいピリ辛加減。あとで詳しくレシピを聞こう。
アイシャの生まれはグレンツェン。だが、ナマス国出身の父を持ち、アルバイト従業員の大半はナマス国出身の留学生ばかり。
ということは、彼女は本場ナマス国のカリーを常食しているに違いない。
ひと口にカリーと言っても多種多様な種類がある。
北部の地域では挽肉とスパイスをふんだんに使ったキーマカリー。それから生クリームや牛乳が加えられていてとろみがあり、クリーミーな味わいのものが多く、留学中は好んで食した。
東部には漁港があり、フィッシュヘッドカリーに衝撃を受ける。
名前の通り、魚の頭が丸ごと鍋に入っているのだ。煮込んだ魚料理は故郷でもよく食べていたが、頭が丸々煮込まれたものは見たことがない。
大胆かつ生々しい姿に食欲を削がれた。
問題は南部。他の地域と同様、豆や野菜、魚などに加えてココナッツミルクが入っており、少し甘めな味付け。と、思いきや、唐辛子を中心とした激辛スパイスがふんだんに使われるものだから、火を噴くほどに悶絶した記憶が頭にこびりついて離れない。
いっそ記憶ごと消えてくれればいいのに。
思い出しただけでも汗が吹き出そう。
そこで考察してみよう。彼女は激辛料理が大好きと言う。
ということは考えるまでもなく唐辛子が激甚に使用された真っ赤なアイツが登場するだろう。
祈るのは激辛がそんなに激辛じゃないこと。
箸休め的な存在として、野菜やココナッツミルクを混ぜたスープ状のカリーに仕上がっていること。
グレンツェンでもベルンでもそうだが、カリーと言えば米やナン、ナシゴレンと一緒に提供される。
しかし本場のカリーとは鍋料理、あるいは煮込み料理に近い。
それならばまだ望みはある。
すぐに飲んでしまえばいい。
しかし咀嚼しないといけないものになるとキツイ。
冷や汗したたる私の不安をみて、マーリンはなんの気なしに笑顔を向けた。
「元がキーマカリーなんだからそれは無理でしょう。逆に言うと、激辛とは言え元はキーマカリー。スパイスはふんだんに使われるでしょうけれど、そこまでのものになるとは思えないけど?」
楽観的な貴婦人は楽しみが勝って仕方ない様子。
「それならいいんだけど。留学中、散々激辛好きの友人に連れまわされたものだがら、少し心配になって……。なんかよく似てるんだよ。そいつとアイシャの雰囲気が」
「不穏なことを言わないで」
肩を落とす我々の前に、顔を真っ青にした青年が現れた。
二枚目の優男。気分でも悪いのか。スパルタコの背後でも、心配そうな眼差しを送る影が多数。
「えっ!? 2人とも、アイシャさんの作る激辛料理がどんなのか知らずにアドバイスしてたんですか!?」
「また不穏な……って、どうしてそんなに遠くにいるの? それから胸の前で十字を切るのは縁起でもないからやめて!」
彼曰く、現地民の激辛大好き連中も根を上げるほどの兵器が出来上がるらしい。
その料理の半径1m付近は陽炎に覆われ、選ばれし者でなければ近づけないという。
アイシャの隣にいたシルヴァも姿を消している。
隣に並んでいたライラックも、氷水の入ったコップを置いて逃げてしまった。
ヘラさんに至っては、電話を片手に救急搬送の手配をしようとしている。
どうやらとんでもない地雷原の中にいるようだ。




