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魔鉱石とアナスタシアの夢 2

 さて、話題がひとしきりついたところで話しを変えよう。

 アナスタシアに話題を振って振り切ろう。

 彼女は以前、倭国刀なるものに憧れを抱いてベルン寄宿生になったと言っていた。

 そしてあたしの刀を目の当たりにして、自分も欲しいと懇願している。今でも視線は佩いている刀とあたしの顔をいったり来たり。よっぽど好きなんだな。

 でもまだダメだ。

 刀を持つ意味を聞かなくてはならない。

 彼女はそれを即答できないでいた。

 今日はどうかな。

 前回から日が浅いけど、答えは出ただろうか。


 問うてしばし沈黙。

 まだ答えは見つかってないのだろうか。

 それでもいい。しっかり悩んで、たしかな答えを見つければいい。焦る必要はないのだから。

 そう思い、助言しようとするより先に、彼女は静かに、しかし力強い目をして語りかけた。

 決意を述べるような、吹っ切れたようにすがすがしく、晴れやかな顔がそこにある。


「正直……寄宿生になろうとした動機は胸を張って言えるようなものではありません。何もない田舎暮らし。それはそれで好きでしたが、何かもっと、世界を見てみたいって思ったんです。ここではないどこかで、もっと世界を広げてみたいと思いました。幸い、魔力適正も高く身体能力も高いほうだったので、試験には合格したものの、私にはその先がありませんでした。力を付けて何かをしたいって、目的がなかったんです。暁さんに言われて、目を背けていた事実に…………向き合おうって思って。それで思ったんです。なんだかんだ言って、故郷のことが好きだったんだなって。目をつむると、いつも故郷の景色が浮かぶんです。春には涼しくも温かな風が頬を打つ。夏になると白夜が始まって、友達と都会に出て遅くまで遊んだりしました。秋になると黄金の小麦たなびく絨毯が村いっぱいに広がるんです。冬はとっても長くて寒いのですが、家族で暖炉を囲んで食べるサリャンカはもう絶品で、本当に心が温まるんです。…………でも、そんなところでも、時々は魔獣が来ます。駐在所もないので町の大人たちが対応するのですが、ケガをしたり、それこそ死人だって出ます。私は……故郷が大好きです。だからみんなに安心して暮らしてもらえるように強くなりたい。そんな人になりたい…………って。今なら胸を張って言えます。あぁもちろん、そのための手段は倭国刀だけじゃないわけで……でもやっぱり、強い存在に憧れたきっかけは倭国刀ですし、欲しくないわけではないのですが…………」


 話してる間だけは、私の目を見て真剣に語ってくれた。最後のもじもじした時は刀に目がいってたけど。

 でも、彼女の強い気持ちは本物だろう。


「いいじゃん。強くなるための理由としては最上だと思うよ」

「そ、それじゃ、打っていただけるのですか?」


 期待させて悪いと思うが、ここで否を突きつける。

 彼女の前に手をかざし、指を張って制止させた。


「勘違いするなよ。お前に打って欲しいと願われて打つんじゃない。あたしがアナスタシア、お前のために打ちたいと思って打つんだ。もしあたしの刀でよかったら、受け取ってもらえないだろうか?」

「っ! 是非もございませんッ!」


 感動のあまり涙を流して感謝の意を告げる少女。その瞳はまっすぐにあたしの心を貫いた。

 お前の気持ちが、あたしに刀を打たせたいと思わせたんだ。

 それはきっと誇っていいことだぞ?


 会話の端っこが聞こえたのか、キキとヤヤを抱きしめて、リリスが驚きの表情と料理を携えてやってきた。

 どうぞと料理を前に出しながら、刀を打つのかと聞いてくるので首を縦に振ると、これまた驚いた表情で背筋を伸ばす。

 それもそのはず、あたしは鍛冶士でもあるが滅多に刀を打つことはない。

 気に入ったやつにしか打つ気はないからな。

 だいたいあたしが気に入るようなやつは、既に愛刀を持ってるからよく断られるけどな。


 キキとヤヤは刀を打つと聞いて大騒ぎ。お祭りお祭りと囃子立てる。

 どういうことか、とライラさん。興奮冷めやらぬ様子で語るキキはお祭り前夜の少女のよう。


 一般的な職人と違い、あたしは儀礼的な手順を踏んで刀打ちに入る。

 まずは自分の髪を切り落とし、竈門の神様へ献上する。そこから鉄を打ち始めて三日三晩ぶっ通し。最後の研ぎも自分でやりきる。

 その姿が神事のようだと広まって、あたしが刀を打つとなったらお祭り騒ぎにしてくれるのだ。自分としてはそんな気は一寸たりともないのに。


「鉄のことはよく分かりませんが、暁さんがただならぬことをしているというのは子供でも、それこそ赤子や犬や猫に至るまで感じ取ることができます。職人さんの中にはお金を払ってでも(かんなぎ)をしたいって言う人がいるくらいですからね」


 美しい花火を眺めるようにきらきらと目を輝かせて思い出を語る。

 そんなにヤヤの心に残ったか。職人冥利に尽きるというものよ。


「竈門の神様に挨拶して、束ねた髪を投げ入れると、火がぼわってなって……あっ、何か降りてきた! って感じるもん。絶対居るもんもん!」


 おぉ、やっぱり感じるものなのか。

 さすがキキ、自然を愛する者には神様を感じることができるらしい。


「それって……ヤオヨロズノカミサマってやつ? それが本当だとしたら凄いな」

「あの、カンナギというのは?」


 興味津々なアナスタシア。独自で倭国の文化を研究してるらしい。

 メリアローザは倭国じゃないけどな。


「ようするにお手伝いさんだよ。あたしはそんなふうに呼んでないけど」

「神事のお手伝いをする人のことを指して言います。6時間4交代制です。暁さんは三日三晩休まず打ち続けますが、普通の人間は休まないと倒れますから」

「途中で止めると緊張の糸が途切れるんだよな。だからぶっ続けで」

「普通に言ってますけど、普通じゃないので暁ちゃんの話しを鵜呑みにしないでくださいね」


 忠告とともに煮物とおひたしを作ってくれるルクスアキナ、マジ女将。そろそろさっぱりしたものが欲しかったところ。


「それにしても常軌を逸してますね。以前、知り合いの商人さんから聞いた話しですが、太陽のギルドマスターの刀打ちは一生に一度は見ておいたほうがいいと言われました。なので私も見に行きますね」

「リリス、しれっと約束を取り付けられても困るんだが……」


 だってリリス(貴女)はお姫様。おいそれと外出できる身分ではないのですよ。本来なら。


「ちなみになんだが、暁が腰に下げるそれは君が打った倭国刀なのか? よかったら見てもいいだろうか」

「いいですよ。でも全身を出すのは危ないので、開くのは少しだけでお願いします」


 慣れた手つきで刀を受け取り、すっと開いて光に当てた。

 鈍く、しかしはっきりと輝く銀の刀身。我ながらなかなかの出来栄えだと感心させられる。

 華さんに教えを乞うて、あの人のようになりたくて、ずっとずっと研鑽を積んできた。

 今では多くの人々に求められる刀鍛冶になったもんだ。


 まぁあたしなんかが追いつけるような背中ではないだろう。それでも、彼女が見ている景色のひとつでも見てみたいと、幼子ながら憧れたことを今でもはっきりと覚えている。


 ライラさんもほかのみんなも刀身の美しさに息を飲み、ゆっくりと閉じて質問を繰り出す。

 曰く、アナスタシアに渡す刀はこれ以上のものなのか。

 頷いてひとつ。手前の刀を打った時よりは技術が上がっていることだろうし、基本的にはこれ以上のものになるだろう。


 曰く、アナスタシアに渡すには分不相応ではないのだろうか。

 深く頷いてひとつ。それはもちろん。今のアナスタシアでは使いこなすことはできないだろう。


「それを承知で打つんだね?」

「ええ、はっきり言ってアナスタシアはまだまだ未熟です。だからこそ、それでもなお、あたしは彼女に期待しています。あたしの打つ刀が似合う女になると――――信じています」

「そうか。そこまで考えてのことなら何も言うまい」

「ずいぶんとアナスタシアのことをかってるんですね」

「そりゃそうさ。アナスタシアには第二騎士団で活躍してもらう予定だからな」

「えぇっ!? 初耳なんですが!」


 驚愕のあまり飛び上がるアナスタシア。

 サプライズが成功したハッピーな笑顔を浮かべてお猪口を傾けるライラさん。流し目でアナスタシアを見てひとつ微笑んだ。


「言ってないからな。魔法や体術の成績、性格だけを鑑みるなら寄宿生2年とはいえ、騎士団への引き抜きも検討されていたんだ。が、サンジェルマンの打診で『強くなる目的がはっきりしてから再検討する』ってことで騎士団への入団を保留にしてたから。それを思うと今日は大収穫だ。まぁこうなると刀をきちんと扱えるようになってから入団になるだろう。頑張ってくれたまえ!」

「は、はいっ!」


 以前、エディネイに聞いてはいたが、やっぱりアナスタシアは努力家で優秀なようだ。

 人当たりもいいし誠実で謙虚、だけど積極性も持ち合わせている。なかなか稀有な人材だと思う。騎士団長が期待するのもうなずける。


 賛辞の言葉と個人的な期待を表す言葉で彼女を持ち上げながら、内心、あたしは『やられた』と感じた。

 これは憶測であるが、騎士団への登用という事情は強くはないにしても守秘義務のかかる事案のはず。

 それをここで暴露する理由はただひとつ。あたしにギルドへの勧誘をさせないため。騎士団に引き留めるためのカードを切ったに違いない。


 実際、この流れを利用して、ベルンで勉学を収めたのち、刀の修行もかねてメリアローザに留学に来ないかと誘おうとしていた。

 そのまま故郷に戻るまで、暮れない太陽に所属させようと画策していたのだ。

 彼女はあたしの下心を察知して先手を打ったということになる。

 さすがはシェリーさんと並び立つ騎士団長。とんでもなく勘がいい。


 しかし裏を返せば、それだけアナスタシアが期待されているということ。

 そう思うと、自分が期待を寄せる子が他の有力者からも目を付けられてるとなると、なんだか少し嬉しい気持ちになるな。

 元々、ダメ元での勧誘のつもりだったし、故郷で大切な人たちを守るって気持ちがあるから強く誘うつもりはなかった。これはこれで仕方ない。諦めるといたしましょう。

 まずはすみれに暮れない太陽に入ってもらえるようにラブコールをしなくてはっ!




~おまけ小話『あだ名』~


シェリー「アナスタシアを騎士団への登用に推薦したのはライラさんでしたが、たしか2年生への昇級試験の結果と経過を見ての判断でしたよね?」


ライラ「ああ、2人目の出産を終えて一度ベルンに戻った時にな。サンジェルマンに相談したらまだ様子見って言われた」


アナスタシア「その時に変なあだ名をつけてくれましたよね……?」


ライラ「【冷麗凍刀(れいれいとうとう)アコニート】のこと? かっこよくない?」


アナスタシア「そのおかげでいじられたので火消しして下さいっ!」


ライラ「嫌だっ! かっこいいじゃん!」


アナスタシア「うおおぉぉぉぉッ!」


エディネイ「火消しはもう無理だろうけど、そのあだ名でいじられるのも収まったし、自分から蒸し返すとかえって標的になるぞ?」


アナスタシア「いやだって時々、騎士団の人のことをあだ名で呼んでるところを見る。つまり一度付けられると何度も呼ばれるってことじゃん」


シェリー「ちょっとダサいって噂ですよ」


ライラ「どこがっ!?」


エディネイ「たしかフィーアの姐さんは【赫輝赤百合(レッドリリィ)】でしたっけ」


アナスタシア「なんか私のと全然違うんですけど!?」


シェリー「それは本人も納得してたな。結構嬉しそうに呼ばれてた」


ソフィア「それは本人も喜んでましたよ」


ライラ「どやっ!」


アナスタシア「私のは私が納得してないので変更して下さい」


ライラ「え、私が納得してるから変更しないけど」


アナスタシア「うおおおぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」


暁「どうした、アナスタシア。やたらと叫びまくって。みんなびっくりしてるぞ」


アナスタシア「すみません。ストレスが許容値(キャパ)を超えてしまって。そうだ、暁さん。私にあだ名をつけるとしたら何にされますか?」


暁「急にどうした。う~ん、そうだな……アナスタシアの髪が綺麗な青と紺色だから――――【淡紫(あわむらさき)】なんてどうだろう。立ち居振る舞いは儚げだし、全体的に紫っぽい雰囲気」


アナスタシア「それにしますっ!」


エディネイ「なんか刀っぽい名前」


シェリー「私も思った」


マーリン「【儚い】から泡沫(うたかた)の泡と淡いをかけてるのね。儚げな雰囲気っていうのもミステリアスな紫にぴったり。さすが、センスあるわねっ!」


暁「どややぁっ!」

ヤヤ「どややぁっ!」


キキ「どうしてヤヤまでどや顔っ!?」


ライラ「かわいいっ! じゃなくて、ここはダサい名前を言われて、『やっぱりライラさんのあだ名のほうがいい』ってなる流れじゃないのかッ!?」


アナスタシア「そんな流れは微塵もありません残念でしたっ!」

ライラは魔鉱石の流通ルートを確保。

アナスタシアは念願の刀と新しいあだ名を手に入れました。実際に刀が手に手に入るのまだ先ですが、ともあれ彼女たちの願いは叶えられることとなりました。これからのアナスタシアの成長に期待です。


次回はライラが十代の頃に留学した記憶が走馬灯となって蘇ります。

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