魔鉱石とアナスタシアの夢 1
世にも珍しい魔力を多量に含んだオリハルコン。
一般的にはオリハルコンはオリハルコンと言う一個の鉱石ですが、この世界では魔力を含んだ鉱石の総称を魔鉱石と呼びます。魔力を多量に含んでいるなら鉄鉱石も大理石もアルミニウムもオリハルコンと呼ばれています。
そんな貴重なオリハルコン。魔法を研究するベルンでは喉から手が出るほど欲しい資料の一つ。それを所持していると口を滑らせた暁はライラに迫られることに。
そして、そのオリハルコンで作られる刀が欲しいアナスタシア。彼女はいかにして暁を口説き落とすのでしょうか。
以下、主観【紅 暁】
ルクスの作ってくれた天麩羅はうまい。
ただ揚げるだけと思うなかれ。食材の火の通りを見極めながら、焦げ目を作ることなく黄金色に仕上げるには相応の経験が必要になる。
しかも食材によって温度の上がり方が違うわけだから、それぞれに合った時間調整が必要だ。
極上の食事と至極のお酒。最高の女性にお酌をしてもらえるのだから、酒も料理もいっそうおいしく感じる。
さて、そろそろ皿の料理もなくなってしまったし、相対するといたしますか。
セミロングの髪を細い三つ編みにした女性はまっすぐにあたしを見つめる。
一見すればあたしよりひと回り年上にしか見えないのだが、彼女は今年で38歳。しかも子供が2人いる。
2児の母とは思えないようなへそ出しルックのナイスバディ。
リンさんを知っている手前、あまり大きな声で言えないが、ヘラさんもマーリンさんもライラさんも見た目の年齢がおかしい。マジで不老の霊薬でも飲んだんじゃないの?
不老の薬はともかくとして、彼女との話題はあたしがうっかり言葉にしてしまった魔鉱石にあった。
「それで、オリハルコンの件なんだけど。レナトゥスではオリハルコンの研究も行ってる。もしも暁のところでオリハルコンが採掘されるのなら、私たちにも譲ってほしい。値段は魔力の含有量に左右されるけど、まとまった量の買い取りができる準備は常にしてあるんだ。どうだろうか。魔法の研究のために、高品質なオリハルコンが欲しいんだ」
とういうことである。ヘラさんから仕入れた情報によると、この世界でのオリハルコンの定義は、鉱石の質量に対して魔力含有量が5%以上のものを指す。
ここでいう5%とは――――例えば鉱石の重量が100gだとする。1gが1%の計算なので、内包される魔力量が5gの物のことを言う。
現在、ベルンが買い付けてるオリハルコンの魔力含有量は5~7%という低品質のもの。それも年間を通してごく少量しか流通しない。
というのも、国際魔術協会なる組織が魔法の発展のためと言って、半独占的に高品質なオリハルコンを手中に収めているからだ。
ベルンは世界を見渡してもかなり魔法技術の発達した都市。そんな場所ですら最底辺の資材しか手に入れられないというのだから、国際魔術協会というのはとても大きな組織なのだろう。
あたしとしてもオリハルコンを譲るに際して問題はない。
できればメリアローザの研究機関と共同研究していただけると助かる。
オリハルコンに限らず、呪具やインスタントマジックの開発は常日頃から研究されるテーマのひとつだから。
お互いの利益のため、世界を広げるため、ぜひとも協力したい。
したいのだが……問題はベルンとメリアローザが異世界の関係にあるということ。
単に一方的な物資の偏りは、需要と供給のバランスを崩しかねないということもある。
異世界の技術を輸入するというのも、しっかりとルールを決めて考えていかねばならん。
あたしとしては異世界なんて外国に遊びに行く程度の認識でしかないのだが、ヘラさんに止められてしばらくは他言無用にするよう、釘を刺されている。
う~ん困ったな。ヘラさんの顔を立てるためにも、なんとかごまかしながら話しを進めていこう。
あたしたちのことは倭国という国から来たと勘違いしてくれたみたい。都合の良いことに、倭国という国は秘匿性の高いお国柄らしい。
聞かれてまずいことははっきりと聞かないように断っておこう。最後にこの話しは他言無用でと結べば大丈夫でしょう。多分。
いずれどこからか情報が漏れるだろうけど、それまでにヘラさんがなんとかしてくれるはず。きっと。
沈黙して思考を巡らせたのち、慎重に言葉を選びながら取り引きしよう。
「輸出をするのはやぶさかではないのですが、まず手元にある状況を説明しておきますね。メリアローザでは採掘されたオリハルコンの全てを国庫に入れています。一般人の手に渡っても使いようがありませんからね。その後、登録された職人が天然のオリハルコンを加工し、人工魔鉱石へと錬成します」
「人工魔鉱石ッ!?」
やべえ。いらんこと言ったか?
「…………そうです。天然のオリハルコンのままでは魔力含有量が低いですからね」
「その人工オリハルコンとはいったい?」
人工オリハルコンとは、単純に天然のオリハルコンを合体させて作った、魔力を多量に含んだ魔鉱石のことである。
例えば、重量が同じ100g。魔力含有量が20g、つまり魔力含有量20%のものと、魔力量10%、つまり魔力含有量10%の天然オリハルコンがあるとする。普通に足しただけなら重量200gの鉱石に魔力量30g。魔力含有量15%のオリハルコンになるだけだ。
しかしそれでは器としての鉱石の量が多くなりすぎて武器や防具の加工に向かない。パーセンテージも足して2で割っているだけなので、魔力含有量の割合が多くなるわけではない。
そこで一方の鉱石に、もう一方の鉱石内に内臓された魔力だけを注ぐようにして移動させるのである。こうすることによって、片方が魔力量28g、魔力含有量28%の魔鉱石。もう一方が2gの魔鉱石というように、物質的には加工前の質量のまま、内包している魔力量だけを変えることができる。
ちなみに、魔力の内包量を0にはできないため、いくらかは残ってしまう。
武具に必要な量の金属の重量を守りながら、内包させたい魔力量を調整できるというわけですな。こうしておけばすぐに武具、あるいは魔剣に加工できる。
世の中は天然物のほうが聞こえは良いが、養殖や人工的に作られたもののほうが質が高かったり便利だったりするものもある。
これはその良い一例と言えるでしょう。
「…………つまり、暁はより高品質なオリハルコンの錬成ができるということか?」
なんてこった。この世界には人工魔鉱石はないのか。
動揺を隠すため、ボロを出さないため、堂々と語るように努めよう。
「ありていに言えばその通りです。魔力量の調整のみならず、鉱石のバランスもその時に調整するので、そのまま武具へ加工したりしますね」
「な、なんてことだ…………倭国にはそんな技術があるのか…………」
なんか勝手に勘違いしてくれたので利用させてもらおう。
ごめんね、ライラさん。今度必ず種明かしをしますので。それから人工魔鉱石の融通もしますので、今は勘弁して下さい。
これ以上、オリハルコンの話しを続けるとボロが出そうになるので話題を変えたい。
あたしの願いに応えるように、ポニテの似合う少女が現れた。
アナスタシア・スレスキナ。ベルン寄宿生2年。剣の技術は寄宿生で最も高いと評価される努力の天才。
「横から失礼いたします。人工オリハルコンということですが、それは具体的にどのように使われるのですか? 我々の持っている理論では、内包された魔力量によって耐久度が変わったり、魔剣化する際に刻むことのできる魔術回路の数や質が変わるということです。それにマジックアイテムや魔術の触媒に使う際にも」
ずいぶんとやつぎばーーーーおっぱいでかっ!
じゃなくて、いかんいかん。相手の目を見て話さないとな。
「えぇっと、その通りだ。多量の魔力を宿し、魔術回路の刻まれた武器全般の総称として、それらを魔剣と呼ぶ。棍棒も槍もひっくるめてな。あたしたちの研究では魔力含有量が43%と47%の魔剣が魔力的、物理的にも耐久力が高く、魔術回路を6、ないし7つ刻んで確実に運用できる水準だと分かっている」
「47ッ!?」
「魔術回路を7つッ!?」
また余計なことを言ってしまったか。こんなことならヘラさんからもっと詳しく聞いておけばよかった。
そりゃあ宴会の席で魔鉱石だなんてタイトルの話題が持ち上がるなんて想像もしてなかったからだけど。
普通思わないじゃん。祭りの話しで盛り上がると思うじゃん。はぁ~……どうしよどうしよ。
悩む姿を隠すために腕を組んで空を見上げる。目をつむって考えてみよう。
話題をそらしてもきっとダメだ。ライラさんはどうにかして魔鉱石の流通ルートを確保したいと願っている。であれば決着がつくまで食い下がってくるだろう。
となればやはり、こちらの事情を説明して交渉を先延ばしにするしかない。
なにせオリハルコン自体は金銭での取引を行っていない。
工房でしか加工できないので独占的に取り扱ってるということ。
冒険者を支援するという意味で魔剣作りは国営業務だからということ。
だから金銭が発生するタイミングは魔剣を作ってそれを依頼主に販売する時。
売上の一部を税金として国庫に納め、残りは職人のポケットマネーに入る。職人の取り分を多くすればそれだけ割りのいい仕事になる。そうして職人になる人の数を増やそうという狙いがあった。
魔剣は冒険者に限らず、国を守る衛兵や大切な輸出品として非常に需要が高い。
魔剣作りの職人を育てることは、国の最重要課題の1つでもある。
なのでこちらとしては、ベルンに魔剣と魔剣作りに興味を持ってもらい、武具の輸出先と同時に、留学という名目で魔剣作りをしてくれる人員を募集したい。
どちらも異世界間の交易が盛んになってからのことになるであろうが、その芽を植えておいて損はない。
よーし、種蒔き開始。
「現時点では冒険者や特定の騎士団に向けて魔剣の販売は行っています。ただし、天然・人工オリハルコンの販売は行ってないので、それは帰ったら見積りを出しておきますね。魔剣も実用品ではなく研究対象ということですが、何か注文があるのでしたらそれに合わせて発注しておきますよ」
「なっ、本当にいいのか? その、聞いておいて悪いんだが、そういうのは秘匿されてるんじゃ」
やっべ。そういう設定だった。忘れてた。
「――――――まぁ現物が届くまでは他言無用ということで。よろしければライラさんも工房を見学に来られてはいかがでしょう。実際に目で見てみると何か発見があるかもしれません」
「それは願ってもないことだ。恩に着るよ。とろこで、魔剣の相場というのも聞いておいていいだろうか」
あれ、工房の中も秘密なんじゃね?
というような顔をしてる。
同時に、まぁ譲ってもらえるならいいや。とも考えてそうな顔。
ひとまず端的に答えを返そう。
「シンプルなロングソードで魔術回路を7つ搭載するのであれば、141万シエル……こちらで言うと118万ピノってところですか」
「えっ、そんなもんで買えるの?」
「えっ、そんなに安い買い物じゃないと思うんですけど」
これは単純に物価の違いか、あるいは魔鉱石の需要と供給の違いからくる認識のズレであろう。
最底辺の魔力含有量を持つ魔鉱石しか購入できないうえ、どうやら相当にぼったくられている様子。
商売とは基本的に売り手のほうが弱い立場であるが、これは珍しく売り手のほうが強い立場にあるらしい。
魔力含有量が5%の魔鉱石なんてクズ鉄のようなものも、彼女たちにとってはお宝に見えるのだから仕方がないか。
これは市場参入して適正価格というものを叩きつけてやらねばなるまいて。
だけど我々は異世界人。そっち側へ行くのはもう少し先。
案の定、ライラさんから耳打ちされた魔鉱石の値段は思考停止するほどの高額だった。
魔鉱石に含まれる魔力量1%につき10万ピノで買い取っている。つまり5%で50万ピノ。シエル換算すると約60万シエル。魔力含有量10%の魔鉱石で魔剣が1本買えるじゃん。
酷い。足元を見すぎだ。
彼女の試算では純度47%の人工魔鉱石を使われているなら、技術料と付加価値を入れて――――純度47%の人工魔鉱石×錬成技術費用+魔術回路の彫金=魔剣。
2371万ピノという計算をしたらしい。シエル換算で約2845万シエル。高いよっ!
そんな大金では冒険者はおろか、国ですら購入不可能だよっ。
なんか思ってた以上にとんでもない話しをひけらかしていたみたいです。




