手を取り合うこと 3
まさか十数年前の飛行機事故で異世界転移して、そこで暁さんに助けられただなんて思ってもいない。思っていないので何があったんだろうと妄想するだけに留めた。
内容を聞くことも出来たけど、そんな考えは桜さんの取り出した麻袋を見て吹き飛んだ。
なんていうかそれは、冒険者が金貨をいっぱいに詰めたような、ファンタジーやコミックの世界でよく見られる袋に似ている。
机の上に置くと、鈍い金属音を鳴らしてぺしゃっとなるところなんてそっくり。
口を開いて、中身が現れる。色とりどりに輝く宝石の数々。青、緑、赤、白、黒。照明に照らされて煌々と輝くそれは、私の求める研究材料。
彼女にスポンサーとしての条件が整っていると安心する反面、常識的な私の心は輝く光を閉ざしていく。
こんなものを公衆の面前で披露するなんて危険すぎる。
どんな人の心にだって悪い側面は存在する。お金のために全てを棄てて衝動的な行動に出ることだって珍しくない。
心を惑わす危険なもののひとつ。そんな危ないものをひょこっと出すだなんて、どれほど肝がすわっているのか。心から驚かされます。
くわえて、強制労働の疑いがある製品を享受することはできない。暁さん自らが監査を依頼してくる限りでは、よっぽどの自信というか、強制労働をさせていない事実があるのでしょう。
彼女自身も信頼できる人間のようだし、受け取っても問題ないように見える。しかし第三者の目を考えるとそうもいかない。確信が持てるまでは受け取れない。
受け取りたいけど…………これがあればすぐにでも研究を始められる。宝石魔法の研究を発展させていけば、精霊の召喚に関する体形が確立できるかもしれない。私でダメでも、きっと次の人のためになるはず。
そうして想いを繋いで完成にたどり着けたなら、私の人生は順風満帆だったと言えるだろう。
まだ見ぬ誰かの幸せになれるなら、私はその始まりとなりましょう。礎となりましょう。
残念ではありますがしばしのお別れ。また後日、七夕祭りのあとに再会しましょう。
そっと封をして暁さんに返却。
納得したことだけを伝え、後日、受け取りたいと約束を交わした。
宴もたけなわ。そろそろ席を譲ろうと挨拶をしようとすると、味醂を酒に戻そうとする者が現れた。
マーリンさんだ。天ぷらには米の酒が合う。お猪口ととっくりを持っての参戦です。
「なになに宝石魔法の話しをしてるの? よかったらこれ使ってよ。ちょうど最近になって新編した研究資料があるの。といっても全てを網羅しているわけではないけど、参考程度にね」
誰に手渡そうとしてるのかわからないよう、空中に差し出された1冊の本。
手作りで丁寧に装丁された新品の書物。奪い去るはアルマ・クローディアン。目をきらきらと輝かせて満面の笑顔。
「【宝石の結晶構造と魔術回路の親和性についての研究結果】。アルマにも見せて下さいっ! アルマに見せて下さいッ!」
「なっ!? それは宝石魔法の大きな研究課題の1つではありませんか。マーリン様も宝石魔法の研究をされているのですか?」
「いや、そういうわけじゃないの。かなり昔のことなんだけど、水晶を中心に多種類の宝石が集まる地域に住んでたことがあって、その国では子供が生まれた時に子供の健康を祈って、家先に護摩を刻印した誕生石を置く風習があったの。宝石の採掘と物理的な加工技術で栄えたんだけど、宝石の内部にルーンを刻んで欲しいって依頼が来るようになってから、宝石好きの友人といろんな石を使って実験したわけ。その時の実験結果を纏めたのがそれ。もしかすると、彼女は宝石魔法の研究を続けてるかもしれないけど、戦争とかいざこざがあって、それからずっと会ってないし連絡もつかなくて。材料も手に入らなくなったから、宝石魔法の研究はしてこなかったんだ。だけど、最近になってちょっと必要になったからスクラップ帳を綺麗に整理したのよ」
「おー、メリアローザでいう、お守り刀の風習に似てますね。あ、私がお酌しますよ」
「わぁお、ありがとう!」
「必要になったということは、マーリンさんの身近な人が宝石魔法の研究をされているということですか?」
答えは否。別の用途で必要とされていた。
「残念ながらそうじゃない。ダンジョンらしきところで手に入れた宝石を大量に持ち歩いているやつがいて、でもそいつは石の価値ってのを知らないから、宝石魔法の使い方を教えるついでに宝石の価値と一般常識を教えようと思ってる。いいやつなんだけどね、バカなのよ」
「変わった人もいるもんですね。まぁ物の価値を知るってのは大事なことです。無知であれば、自分の身を危険に晒しかねませんからね」
暁さんが言い終えて、マーリンさんはため息をつきながら肯定した。
忘れようとするように、お猪口のお酒を一気飲みほす。
「自分だけならともかく、他人まで巻き込もうとするから厄介。しかも無意識に。この前なんか、こーんな大きなダイヤモンドの原石を持って来て、『友達の誕生日プレゼントにしようと思ってるんですけど、加工できる職人さんってご存じですか。黄色の革紐を編んで彼女の好きなタンポポの花のブローチにしようと思ってるんです』って。ブローチはともかく、そんなもんを胸元に付けたら服が伸びるわ。っていうか命狙われるレベルだわ、って…………。あ、フィアナちゃんも飲んで飲んで。すごく飲みやすくておいしいから」
勧められてお猪口をもらう。
初めてのお米の酒。甘い香りとさらりと澄んだ舌触り。これは癖になりそうです。
「それは……バカですね……。もっと他にあろうに」
「いいやつなんだけどねぇ……世間離れしてるっていうか……感覚がおかしいのよね……」
「それで宝石魔法を。でも気持ちは嬉しいですね。貰った時の反応に困りそうですが……」
「あたしなら嬉しいを超越して呆れる自信がある」
「私なら真顔で爆笑しながら突き返すわ」
ちびちびと飲み、天ぷらをサクサク。
食べ切ったところを見計らって、ルクスアキナさんが追加の天ぷらを出してくれた。
しかも今食べた物と違う種類。これが女子力。勉強になります。
「ロマンチックだけどドン引きしちゃいますね。フィアナさんならどうしますか?」
ルクスアキナさんに問われ、困惑する私。脳裏によぎる妄想は理想の男性が映ってる。
「え、わたくしですか? いやぁ……でも……相手によると思います。友達ではなくて、好意を持っている殿方なら……」
無意識的に彼の背を追ってしまった。
3つ年下の男の子。
私の研究を素敵なものだと言って笑わなかった。
何事にも真剣でまっすぐな視線。任務や私生活を通して私は心惹かれていったのです。
赤くした顔を上げると、そこには酒の肴を見る女性がいた。
いつの時代も、どの年代も、コイバナは大好物なようです。
ルクスアキナさんは吐かせようと強いお酒を勧めてくる。
ヘラさんは誰が相手か当ててこようとする。
暁さんとマーリンさんは一歩下がって初々しいと見守るだけ。
傍観は加害者と同じですよっ!
これはダメなやつです。ここでうっかり口を滑らせようものなら、彼女たちと交わした盟約を破ることになってしまう。
それは自分からは告白しないことを約束した誓い。
5人の少女が同じ人を好きになった。そのために多少の軋轢はあれど、彼自身に決めてもらうため、誰も彼に想いを告げないことを約束した。
これが我々が考えうる公平な恋愛バトルのルール。
彼自らが好意を持った人に告白してもらうという超奥手戦法です。
さぁ、どうやって切り抜けるか。
「あ、ええと、アルマさん。よければわたくしにも見せていただけますか?」
逃げ一択である。
「すみません。今はアルマのターンなので」
まるで見向きもしない。すごい集中力です。
「ちょっと、アルマ。今はみなさんと一緒に飲んで食べる時間ですよ。1人の時間に没頭するのは後にしなさい!」
大親友の桜さんが横から飛び入り、アルマさんの本を奪い取った。
すると、
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ! アルマからご本を取り上げないでえええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「ちょっ、アルマさんっ!?」
絶叫!
懇願!
大号泣!
それでも桜さんは動じない。
本を隠してアルマさんに渡さない。
「ダメですよ、フィアナさん。アルマの泣き落としに付き合っていたら、命がいくつあっても足りません。申し訳ございませんが、ライブラにしまっておいてもらえますか。いえ、しまってください」
「後生ですからっ! あとちょっとだけ。あと20時間くらいっ!」
20時間ッ!?
「アルマさんの情熱が本物なのはわかりました……でもごめんなさいっ!」
「―――――――――――――――ッ!?」
本当にごめんなさい。
貴女の情熱は尊敬に値します。
でも今はTPOがあるので勘弁して下さいっ!
それからありがとう。貴女の絶叫でコイバナから逃げ切ることができました。
なんだかいいように使ってしまったようでごめんなさいっ!
~おまけ小話・『号泣のあとで』~
マーリン「アルマちゃんは本当に魔法が大好きなのね。ごめんなさいね、余計なことをしちゃったみたいで」
ううううううううううぉうぉうぅぅおうおおおおうぅ…………
桜「マーリンさんは何も悪くはありません。これはアルマが悪いのです。魔法のことになると視野狭窄になるんですから。本当に困ったものです」
ううぅぅあぁぁあああああああああああああああ…………
暁「こうなるとあたしでもどうにもできん。何か他に夢中になるものを与えてやれば、コロッと気分も変わるんだが」
いいいいいっぐぅ……ひっぐ…………うううううううううぉぉおおおおおお……
ヘラ「凄いわ。ヒくほど号泣してる。そうそうこの前、みんなでカフェに行ったって言ったでしょ。その時の防犯カメラの映像が手に入ったからみんなで見ましょ♪」
アルマ「本当ですかっ! いやぁ、さすがヘラさんです。仕事が早くて素敵ですっ! さっそく見ましょう!」
フィアナ「立ち直りが早いっ!」
マーリン「ここまでケロッとできるとは。ある意味才能ね」
暁「そこもまたアルマのかわいいところなんですよ☆」
桜「本当に暁さんは甘いんですから……」
見事、フィアナは宝石魔法と精霊学の研究を進めるためのスポンサーを獲得することに成功しました。ただし、実際にエルドラドへ赴いて視察を経てからということになります。ともあれ彼女の夢に共感した暁は非常に前向きに物事を考えております。
さて、彼女は無事に自分の夢を叶えることができるのでしょうか。
それは随分と先の話しになりますが、こうご期待下さい。
次回はチャレンジャーズ・ベイに現れた隠れ家的アンティークカフェの実態に迫ろうとするお話しです。




