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手を取り合うこと 2

 商談もひと段落終わり、目の前に置かれた金色の衣を纏った君に焦点を合わせる。これが天麩羅。

 カウンター越しにぱちぱちと油の跳ねる小気味よい音が聞こえていた。これが天麩羅。

 アナスタシアさんが倭国に行ったら絶対に食べたいと決意していた、あの天麩羅。

 既に感涙しながら味わっているアナスタシアさんが背後にいる。それほどまでにおいしい料理なのか。

 彼女の場合は憧れ補正が入っているから感想はあてにできない。であれば自分の舌で確かめるのみ。いざ、実食!


 サクサク……サクサクサクサク。ごくん。

 お、おいしい!

 あつあつさくさくの衣の中に、大振りぷりぷりのエビが入っている。

 天つゆに浸して食べるもよし、お塩を振って食べるもよし。これはなかなかどうして絶品ではありませんか。

 味もさることながら、食感のコントラストが素晴らしい。倭国料理は食感と素材の味を大事にするとは聞いていたけれど、まさかこれほどとは思わなかった。


 キスは身がふっくらとしていて上品な口当たり。

 しっとりとしたカボチャはとっても甘くて癖になりそう。

 ゴボウは苦いイメージがあったけど、歯ごたえのある食感とほくほくの味わいがたまりません。

 芋の天ぷらはほっこりしっとり。普段から食べ慣れているフライドポテトとは全く別物。

 調理方法や材料が違うだけでこれほどの差が生まれるとは。おみそれいたしました。


 おいしい料理を食べながら、今後の方針を夢想した。

 まずは貴石の等級分けをして、そこから各属性のマナごとに細分化。

 中途半端にマナが内在しているものについては、マナの脱色化現象を試してみたい。色、つまり火や水といった属性の魔力を無色の状態へと錬成変換すること言う。

 これもまた宝石魔法の研究課題のひとつである。無色化した魔力を他の属性色に色素変換することができれば、好きな宝石に好きな属性の魔力を込めることができる。

 思い入れのある宝石に、自分の得意な属性の魔力を込めることができれば、使う側としての意識が変わってくるものだ。

 それが精神の支えになり、魔法の威力向上や任務の成功率などに貢献できるかもしれない。


 精霊召喚についても同様のことがいえる。精霊にもきっと好みがある。

 等級の高い貴石を使ったとしても、必ずしも召喚に成功するわけではないことは証明されていた。宝石の色や形、マナの属性にも敏感に反応するとされている。

 そうなってくると相手の好み次第というところがあるため、どの石でどの精霊が召喚できるかは運否天賦。

 それはそれで出会いの楽しみが増えるというものです。

 あぁ~~本当に楽しみです!

 そんな妄想に耽っていると、暁さんから落雷が落とされた。


「すまん、フィアナ。もしかしたらさっきの話し、無しになるかもしれない」

「――――――へぇえッ!? それは一体どういうことですかッ!?」


 実は……そう切り出して話してくれた内容は耳を疑うようなものだった。

 鉱山で働く人々は元奴隷。しかもほとんどが獣人だと言う。

 世界的な傾向として、奴隷やそれに準じる扱いを受ける人々に作らせる、あらゆる製品の購入を世界の国々は禁じている。

 だからフィアナを含め、ベルンの基準や規範に違反する場合は、スポンサーとしても納品先としても利用できないだろう。ということなのです。

 でもまだ希望はある。

 元奴隷という点だ。

 つまり今は違う。

 今はどうなのだろうか。


 結論から言えば彼らは市民。国が奴隷商人から奴隷を買って市民として解放し、一時現地民とは別の場所で静かに暮らしながら精神の回復に努めている。

 メリアローザ国王も最初は奴隷を認めない方針で購入は禁止していたものの、奴隷商人の説得と暁さんの提案で首を縦に振った。


 奴隷商人の説得とは、奴隷を買い付けている国では奴隷の扱いは酷いもので、強固な優生思想が根付いている。だから彼らを外国へ逃がすために、奴隷商として活動していた。

 ただ単に人間を外国へ向かわせることは亡命行為として死刑。

 しかし奴隷商として外国へ売り払うことに関しては正当な理由として出国させてくれる。

 国の考え方はどうかしてると分かっているが、彼らが今、意志ある者として生きていくためには、奴隷の仮面を被って亡命するしかない。

 そして亡命先で安心して暮らせる場所はメリアローザしかない、というものだ。


 彼の言葉を半信半疑と見積もり、実際に奴隷として運ばれた人々の顔を見て王は即決した。

 めちゃくちゃ悩んだ末、奴隷商の立場もあり、今後運ばれてくる亡命者のため、嫌々ながらも【亡命】ではなく【奴隷売買】に署名。

 彼らを自国へ受け入れることに。


 続いて暁さんの提案とは、現在手持無沙汰になっている薔薇の塔19層【最果て(ジ・エンド)】を【黄金郷(エルドラド)】に名を変えて彼らに住んでもらうこと。

 事実上の亡命とはいえ、奴隷扱いをされてやってきた者たち。解放された市民といえど、過去の事実は消えない。

 人によっては奴隷としてたらいまわしにされた者もいる。だから彼らに、彼らだけで安心して暮らせる地を与えてはどうかというもの。

 受け入れをした国の責任として、最低限の支援を行いながらその地で暮らし、資源を開発し、お互いに良い関係を築きながら共に暮らそうとしている。

 現在では綺麗に整備された住居群や畑、魚の採れる川、鉱山の採掘、森林での食料採取や狩猟が行われており、メリアローザとエルドラドは友好的な関係を築いているらしい。


 その話しが本当なのだとすれば、今回の取引に問題はない。

 しかし問題なのは当事者と第三者がどう思うか。当事者の暁さんが奴隷ではないと言っても、彼ら自身がまだ奴隷と同じ扱いを受けていると感じているなら、それは奴隷と同義であり許されるものではない。

 当然、そんな彼らが採掘する宝石を含め、あらゆる物資の活用は国際社会が許さない。

 もしもそんなことをすれば社会的な死が待っている。暁さんはそれを懸念した。


「仮に国際社会が認めても、もしかしたらフィアナの研究にケチをつけたいやつがいて、上げ足を取る材料として持ち出されたら面倒だろう。炎上するのは簡単だが、火消しをするのは時間がかかる。炎上する可能性のあるものは初手から潰しておくべきだとあたしは思う」

「たしかに……宝石魔法も精霊についても、矢面に立って研究を進めているのは国際魔術協会です。彼らを敵に回したとなれば何をしてくるか分かりません。しかし、であればどう予防すればよいのでしょうか」

「方法としては、フィアナが直接、エルドラドに赴いて彼らと話すんだ。そこで彼らが奴隷として働いているかそうでないのかを実際に目で見て肌で感じてくれ。あとは社会的地位のある人にも同行してもらって事実確認をしてもらえれば盤石かな。例えば…………」


 視線の先には世界中の人気者。

 剣闘界ではその名を知らぬ者なしの猛者。

 後ろでずっと話しを聞いていたライラ様が、ようやく堂々と暁さんの前に出る。


「例えばベルン第二騎士団長なんてどうかな。騎士団団長のシェリーもいればなお盤石だろう。さらに堅実にするなら、ベルン以外の識者もいてくれるとなおよい」

「ライラ様! たしかにその通りです。ご協力いただけますか?」

「私は問題ないよ。エルドラドで採掘される魔鉱石にも興味あるし。あぁごめんね。ちょっと話しが聞こえてきたもんで」

「構いませんよ。あとはフィアナの所属するベルン以外の人。それも社会的地位のある人が担保してくれたら確実ですね。ちらっ」


 視線の先にはグレンツェンの人気者。

 誰もが憧れ尊敬する背中。


「はい、ベルン以外の人間でそれなりの社会的地位のあるヘラさんがやってきました」

「グレンツェンの市長であるヘラさんが担保してくださるなら完璧だと思います。教育と人権に関しては鬼のように厳しい方だと伺っております」

「どうせなら名前にちなんで、女神のように慈愛に満ち溢れている、って言って欲しいな」


 自画自賛がすごい。噂通りのスーパーレディ。


「自分で女神って……」


 ドン引きの娘さん。彼女を最もよく知り、尊敬してるからこそのディスり。ですよね?


「名前の由来は女神様に間違いはないもの。それに個人的にもメリアローザに行って調べたいこととかいっぱいあるし」

「それってもしかして、地下室で栽培してるっていうハーブのこと?」


 肯定し、だけどと踵を返して手を叩く。


「それもあるけど観光もしたい。プライベートで観光がしたい!」

「シェリーもそうだけど、ヘラさんもプライベートで遠出とかしてなさそう。仕事が超多忙そうだし」

「そうなのよ。旦那も海外の医療機関で働いていて、一緒に旅行できるタイミングなんかも殆どなくて困ってるわ」

「それじゃあ七夕祭りの時にみんな大挙して観光に来て下さい。宿はうちの空き部屋を使ってもらって構いませんから」

「うちの空き部屋!? 暁って何の仕事をしてるの?」

「色々とやってます」


 守備範囲が広すぎて簡潔に説明できないのだろうか。

 少なくとも、ダンジョン攻略を会社の利益の1つにしていることは間違いないらしい。

 世界中に点在するダンジョン。殆どが国営で管理されていて、ダンジョンを攻略したり探索を行って資源を獲得する。

 ダンジョンには主に天然物と人工物と2種類が存在している。


 天然の坑道が龍脈の影響を受けて要塞化したり、天然のトラップ満載のダンジョンに成っているもの。

 2つ目は、かつて王族や盗賊が自分の財宝や財産を隠すために建造し、放棄・忘却されて今に至るもの。

 天然のダンジョンには宝石などのお宝が、人工物には当時の背景を伺わせる財宝が眠っている場合があるゆえに、ダンジョンの探索と攻略には専門家がいるほど。

 浪漫を追い求める人は少なくない。


 ダンジョンは世界中に点在しているというが、倭国は秘密主義的なところもり、公的にダンジョンの存在を公表していない。けれど地質的な観点や龍脈の複雑さから、相当数のダンジョンが存在していることが示唆されている。

 彼女もその1つ、あるいは複数のダンジョン攻略を担当しているのだろう。

 なにせ巨大な牛を一刀のうちに解体してしまうほどの実力者。魑魅魍魎の巣窟を踏破するには、常軌を逸した業が必要に違いない。

 なればこそ、精霊の力も頼りたいに決まっている。

 有用な手札は多いにこしたことはない。


 まずは現地に赴いて視察するところからだ。

 幸い七夕は7月。今から約2か月後。できれば今すぐにでも行きたいけど、お互い準備がある。長いようで短い2か月。しっかり準備していかなければ。


「あぁそうだ。一応、スポンサーとして有用だということを証明しておいたほうがいいかな。桜、今回持ってきた分を全部出してくれ」

「構いませんが、全て渡すとなると手元に現金が残らなくなりますよ?」

「大丈夫大丈夫。既に手元に換金した分で残りの滞在期間は十分に楽しめる」

「何かあったら私のポケットマネーから出すから気にしないで。暁ちゃんには返しきれないほどの恩があるから」


 暁さんはヘラさんの紹介で、アルマさんたちをグレンツェンへ留学させたと聞いている。

 過去にどんな経緯があったのかは分からないけど、2人の表情を見る限りにおいて、とても素晴らしい出来事があったに違いない。

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