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花吹雪のように、毎日を 2

 時に問題が解消されると、次の問題が浮上してくることがある。

 フィアナさんは金水晶の塊を手に取って、顕微鏡と同じような効果を目に与える魔法を使い、奇跡の産物を凝視する。

 彼女は宝石魔法と精霊学を研究しているベルン寄宿生4年生。


 宝石魔法とは、宝石に魔術回路を刻んでマジックアイテムにし、魔法を発現させる魔法のこと。

 通常は安価な紙で作られた簡易魔法符(インスタントマジック)が主流ではあるが、宝石は耐久消費が高く、何度でも使うことができる。

 記録では1600年前から使用され続け、今なお現役の宝石魔法もあるという。

 マジックアイテムとして長持ちするだけではない。魔力と相性の良い宝石は、採掘された土地にまつわるマナを保有していることが多く、マナの性質と相性の良い魔法を組み合わせることで、魔法の威力や精度が格段に向上することで知られている。


 例えばダイヤモンド。ダイヤモンドは高熱の地下マグマの中で生成されることから、火のマナを内在していることが殆どである。

 これに炎系の魔術回路を組み合わせることで、威力を何倍にも増幅できるだけでなく、魔力の伝導率の良い宝石の組成は、術者の魔力の消費を極限まで抑えてくれる。

 まさに魔術師が求める理想のマジックアイテムなのだ。


 しかしそもそもの問題として、宝石としてだけで価値のあるものにわざわざ魔術回路を刻むような物好きはいない。

 扱いが悪かったり、魔術回路を刻む術者の技量が低いと、物理的に破損したり魔法が発動しなかったりして、ただの無価値な石ころとなってしまう恐れがある。

 宝石にはピンからキリまであるといえど、抱えるリスクを考えるとおいそれとマジックアイテム化することなどできず、あまり研究の進んでいない分野である。

 だったら価値の低い粗悪品で研究しようかともなりそうだが当然、品質の良いものほどマジックアイテムとしての価値があることは例に漏れず宝石にも当てはまり、こういった側面もあって、研究している施設は極めて少ない。

 コストパフォーマンスが悪い魔法のそしりを受ける始末である。


 もう1つ、研究を推し進めるフィアナさんの生涯課題が精霊学。

 これもまた宝石を触媒として精霊を召喚するという超高位の魔法の1つ。

 特定の召喚用の魔方陣に宝石を投げ入れ、精霊界と呼ばれる異界から精霊を召喚して従僕させるというファンタジーのような魔法。

 この分野も宝石は使うものの、精霊を見てみたいという冒険心がくすぐられるのか、精霊召喚に出資している億万長者は数人いる。

 彼女はまだ若く、国際魔術協会の身内でないということからスポンサーはついていない。

 国際魔術協会には精霊を専門に研究する部門があり、もしそこに身を置くなら出資しても良いというスポンサーはいるらしい。

 それなのに、ベルンで研究するのには理由がある。フィアナさん自身が国際魔術協会に良い感情を持っていないからだ。


 彼女は精霊を従僕の対象ではなく友達として、家族として、敬愛する仲間として接したいと考えていた。

 対して国際魔術協会は、精霊を奴隷のような扱いをするべき存在だと判断している。だから彼女は決して国際魔術協会に入らないと誓っていた。

 するとすべからくスポンサーがつかないので、ベルン寄宿生として魔法の研鑽を積みながら、プロの個人宝飾デザイナーとして生計を立て、知人の宝石商からの厚意で宝石を買い、細々と研究を続けている。

 というかプロの宝飾デザイナーの時点で凄いんですけど。

 本物の貴族のお嬢様は才能も努力も凄いんだな。


「たしかフィアナさんは世界でも数少ない精霊召喚士ですよね。それで精霊に興味を持たれたのですか?」

「そうなのです。幼い頃に父の知り合いの宝石商の方に精霊のお話しを聞いて、遊び半分で魔方陣を描いたら呼び出せました。両親はほんのお遊び程度の気持ちだったのですが、本当に呼び出せてしまって心から驚いたそうです」

「そりゃあ……そうでしょうね…………」


 天賦の才、やべー。ギフテッドもお持ちですか。雲の上の人なんだな。


「へぇ~。その精霊ってどんなの?」


 暁さんの質問に、待ってましたと瞳を輝かせて語りだすフィアナさん。

 純真さも持ち合わせてるとか、無敵才女ですな。


「とっても大きくて凛々しくて、青い毛並みをした狼の姿、と形容できます。種族としてはフェンリルと呼ばれていまして、名前はコキュートスと名付けました。ふっかふかの毛並みが素敵なんです」

「ふっかふかの毛並み。もふもふしたい。呼び出せる?」


 もふもふ大好きなハティさんが食いついた。実家では金色の狼をペットにしてるらしい。


「申し訳ございません。なにぶん体長が大きいので、ここで召喚するとたいへんなことになってしまいます。また後日、機会があれば」

「そっか。残念」

「精霊かぁ~。面白そうだなぁ」


 暁さんが興味を示した。

 精霊かぁ~。そんなに大きなのはちょっと困りものだけど、御伽噺に出てくるようなカーバンクルとかアルミラージとか、それこそフェアリーなんかと友達になれたら楽しいだろうなぁ。

 まぁ魔法適正が並みのボクには夢のまた夢のお話しだけど。


 フィアナさんの話しに聞き惚れていると、シャッターの向こうからなにやら騒がしくしている音が聞こえた。

 カチャカチャと響く金属音。思ったより早い到着。普段はおっとりとしているくせに、好きなことになると恐ろしい行動力を見せるのは彼女に限ったことではない。

 ではないにしても極端すぎる。それがユカ・ストーンフィールド。

 息を切らせて汗だくになりながら金水晶をロックオン。愛しい我が子を抱きかかえるかのように突進。フィアナさんの手から奪い取った。実に失礼極まりない。


「ちょっとユカ。そういう態度はないんじゃない? せめてひと声掛けるんだな!」

「いいえ構いません。もともと金水晶はわたくしのものではありませんから」

「ユカのものでもないので、遠慮なく突き放して大丈夫です」

「ついに金水晶が私のものに。ずっと会いたかったよ、マイジュエリーちゃん!」

「すみません、暁さん。こいつ全然話しを聞かない性分でして」

「ユカってこの子のことだったのか。いやぁ元気いっぱいでなによりだ」


 まさか暁さんとユカが顔見知りとは。顔見知りというほどでもないけど、リリスさんがエキュルイュでひと目惚れした家具の購入資金を調達するため、ユカの実家の宝石店に出入りした際、彼女を見かけたそうな。

 エキュルイュの家具っていうと超絶高額なものばかり。そんな高額な代物を購入できるだけのお金に換金できる宝石を持ち歩いているとは恐れ入る。

 つまり暁さんはユカにとって上客。これを使わない手はあるまいて。


 金水晶に魅入っている強欲少女の視線を暁さんに向けてやる。これで少しはおとなしくなるだろう。

 お得意様の前ではしたないことを。

 そんな言葉を放つと思ったら大間違いでした。ユカは彼女を見るなりボクの頭を叩いて、『このお方をどなたと心得る。紅暁様であらせられるぞ。控えおろう!』と口上を述べやがる。

 暁さんが凄い人だってのは分かるけど、とりあえずコイツどついてやろうかッ!


 暁さんが丁寧に事情を説明し、2人さえよければネックレスに加工して渡せるがどうかと提案してくれる。

 なのにユカときたら、ネックレスに加工するのはルーィヒの分だけで、『余った金水晶の塊は私が引き取ります』と抜かしよる。

 コイツマジデ顔面殴ッテヤロウカッ!


「お前またそんなことを言ったら取り上げられるんだな! きっとこれが最後のチャンスなんだぞ。いい加減にしろ!」

「ルーィヒは金水晶のネックレスが欲しい。私は金水晶の塊が欲しい。お互いウィンウィンじゃない。何がいけないって言うの。これでも私はルーィヒに譲歩してるんだけどっ!?」


 憤怒爆発!


「オラーッ! すみません、つい暴力に訴えました。でも後悔はしていません」

「酷いっ! 暴行だわっ! それでも教育者かっ!」

「言葉で言って分からない。時には暴力も必要だよな」

「おっしゃる通りです!」

「暁様までそんなご無体なっ!」


 一連の騒動ののち、暁さんのご尊顔のおかげで、なんとか納得してくれたと思われるユカから了承の言質をとることに成功した。

 内心では納得していないようなふてくされ顔をするところが気に食わない。とりあえずまずは一件落着ということでよしとしよう。


 どんぐりの金水晶。見れば見るほど美しい。でも自分でつけるとなるとちょっとかわいすぎか。

 キキちゃんの胸元に輝く木の実を見ながら自分が身に着けた時の想像をしてみる。

 ううむ、自画自賛になるがなかなか良いのではないだろうか。

 モチーフ自体は全年齢老若男女に愛されるどんぐり。水晶の反射率がダイヤモンドに比べて低いせいか、金と一緒に並んでいてもギラギラしていない。

 むしろ白と金の花吹雪が厳かで神秘的な雰囲気を醸し出している。水晶の部分に比べて金の体積が少ないから、金色の輝きもそんなに強く感じない。完璧な造形と比率なのではないだろうか。

 子供が身に着けているからそう見えるだけなのだろうか。


 キキちゃんの気持ちも考えずに熱視線を送り続けると、いたたまれない気持ちにさせてしまったのか、首からネックレスを外して、着けてみますかと言ってくれた。

 気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちと、身に着けてみたいという気持ちが湧き上がり、厚意に甘える形で欲望を満たそうとする。

 今度甘いものでも食べさせてあげるね♪


 いざ装着。どんなもんだろうか。似合っているだろうか。似合っていないなら水晶の加工は無しにしてもらおう。

 アルマちゃんが身に着けているほうがスタンダードな形をしてる。気取った感じもしないからそっちのほうが無難かもしれない。

 心配するボクの心をよそに、キキちゃんはすっごい似合ってると褒めてくれた。


 素直にめっちゃ嬉しい。やっぱりどんぐりの水晶に加工してもらおう。

 実際に鏡で見て自分でも自画自賛したいくらい、驚くほど似合っていた。なんという魔法のアイテム。普通の女の子のボクですら、かわいく見えるようになるなんて感激です。

 自分のものになる日が待ち遠しいんだなっ!




~おまけ小話『どんぐりの金水晶』~


フィアナ「世代を超えて愛されるモチーフのせいか、老若男女を問わずに身に付けられそうなデザインですわね。それに金と水晶とどんぐりという性格はとても相性が良いと思います」


ルーィヒ「と言うと?」


フィアナ「金は繁栄や富みを象徴し、水晶は浄化や循環を意味します。どんぐりは木の実。豊穣や繁栄を想起させますよね。それに土に生るものは自然の営みの中で最も重要な循環システムの1つです。木の実は成長して木に成るだけでなく、動物たちのご飯でもあります。大自然の生産者、その出発点である木の実は、繁栄を司る金と循環を司る水晶ととても相性が良いと思います。どんぐりの金水晶をデザインしたデザイナーさんは、とても優秀で感受性が豊かな方なのでしょうね」


キキ「華恋お姉ちゃんもそんなことを言ってた気がする。あんまりよく覚えてないけど」


暁「フィアナの言った通りだ。キキとヤヤの誕生日プレゼントを依頼した時に華恋が閃いたそうでな。自分至上最高傑作と豪語していたよ」


フィアナ「まぁそうなのですね。是非、その方とお話しがしてみたいです!」


暁「それじゃあフィアナも七夕祭の時にメリアローザに来るか!」


フィアナ「ぜひにっ!」




アルマ「暁さん……グレンツェンとメリアローザが異世界の関係って忘れてないよね?」

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