心の底、素直な気持ちを 6
気を取り直して視線をずらそう。マルタさんは宮廷魔導士見習いとしてユノさんの助手をしている。
運転手としてユノさんを運ぶマルタさんはまだ理解できる。はて、その後ろの2人は…………まさか、いやそんなはずは。
1人はソフィア・クレールさん。シャルロッテ姫様の話しでは、彼女の侍女をしているそうな。
ユノさんが後夜祭のためにグレンツェンへ来ることを知った姫様は、大好きなソフィアさんにも声を掛けて連れてくるように命令した。
しかし姫様の侍女とはいえ我々とは縁がない。それを分かっている黒髪美人は挨拶をしてその場を去ろうとする。
去ろうとする両手を掴んで離そうとしない2人の姿。
右手にはお姫様。左手にはキキちゃん。
お祭りの最中、ゆきぽんと呼ばれる小鳥さんを通じて仲良しになったキキちゃんは、彼女を引き留めて全力で引っ張った。
お祭りの話題を振りながらぐいぐいと引き込んでいく姿は、是が非でも一緒にいたいという気持ちの表れ。
しかも目を輝かせながら私たちのほうを見て『いいよねっ!』って笑顔を向けてきた。
ソフィアさんも断り切れなくて、困り顔を私に向けて助けを求める。
ここは……きっぱりと断るべきところなんだけど…………。
「うん……いいんじゃないでしょうか。ユノさんたちの付き添い……とかそんな感じで……」
できるわけがない。
キキちゃんの期待を裏切ることはできない。
「やったー! エマお姉ちゃん、ありがとうっ!」
「よかったな、キキちゃん。エマ、これは無理だよ。仕方ないって。断れないって。それに1人2人増えたくらいまだまだ大丈夫だろ」
ウォルフの言葉通り、無理である。
私はこんなところでキキちゃんに嫌われたくない。
それよりも、
「まぁそうなんだけど。あとは後ろの……私の記憶が正しければ、あの人って…………」
紫地で桃色がかった輝くような三つ編みの髪。
激しいダメージジーンズにへそ出しルック。
ナイスバディがいっそう際立つコーディネートは、実年齢を加味した服装ではない。
どうみても見た目は20代中盤。中身は二児の母。とても出産直後とは思えぬ肌艶。帯電体質の彼女は、体に微弱な電流を流すことで細胞を活性化させ、老化を防いでいるとかなんとか。
雷霆の姫巫女。
ベルン第二騎士団団長ライラ・ペルンノート。
なぜ彼女がここに?
彼女の目当ては色々とあるようだけど、1番の目的はペーシェさんである。
ライラさんは産休のためにここ3年ほど外国に滞在していた。その間、騎士団の指揮や仕事をサンジェルマンさん、つまりペーシェさんの父親に任せっきりでいた。
そうなると、ベルンに単身赴任しているサンジェルマンさんは、グレンツェンに住む妻と娘には会いづらくなっていただろうことを気にしてお詫びに来たという。
「初めまして。君がサンジェルマンの娘さんだね。う~ん、あんまり似てないね」
「母親似なので。遺伝子レベルで父親を拒否してますから」
しばし沈黙。
のち、気を取り戻した姫巫女が言葉を続ける。
「えっ……あ、そうなんだ。えぇと、仕事とはいえサンジェルマンに、君の父親に仕事を任せっきりにしてごめんな。有給や長期休暇もあまり取っていないようだし、今年は私が前線に出るから、家族との時間を楽しんで欲しい」
「いえいえいえいえいえいえいえ。小さなお子さんがいらっしゃるならライラさんこそお子さんに構ってあげて下さい。幼少期に両親と一緒にいることはとても大切なことですから。ね、ルーィヒ」
「うん。小さな時は特に両親の愛を受けて育つことは、その後の人格形成に多大な影響を与えるって証明されてるからね。出来ることなら自分で考えて自分でなんでもしたがる時期までは一緒にいてあげることが望ましい。まぁ親は仕事があるからずっと一緒ってのは難しいけど」
さすが教育者のルーィヒさん。的確なアドバイス。しかし今は、なんか違うんじゃないでしょうか?
「そういうわけなんで、父親のことはお構いなく。むしろずっと産休でいてくださって構いません」
「いや、それはちょっと……」
ペーシェさんの謎の反抗期が炸裂。どんな強大な魔獣や剣闘士にも臆することなく戦いを挑む姫巫女も、これにはたじたじといった様子で苦笑いを浮かべた。
良識ある社会人は最後に、『家庭にも色々と事情はあるだろうけど仲良くね』とだけ言い残して踵を返す。
彼女は万が一の際のハンドルキーパーとして同乗した人物。キッチンや空中散歩とは無縁の存在。
本当はみんなと一緒にお酒を飲んで騒いでしたいだろうけど、そこはぐっとこらえて立ち去ろうとした。
立ち去ろうとして、行かせまいと立ちはだかる阿吽の仁王が構えている。
1人はライラ騎士団長を敬愛してやまないライラック・バディラン。ライラックさんの母親はライラ騎士団長の大ファン。そのおかげで娘の名前に『ライラ』の文字が入り、なおかつ花の名前でもあるライラックとなった。
そんな名前の由来を知ってから、ライラさんに興味を抱くようになり、彼女の女性らしい強さとかっこよさに恋心のような感情を持つようになる。
次に待ち構えるはアルマ・クローディアン。魔法大好きっ子の彼女は魔法と付けばなんでも興味を持つ。
彼女は生粋の魔術師と思いきや、近接戦闘もやってのけるハイブリッド魔法少女。
当然、ライラさんが使うような近接向きの補助魔法も剣技にも興味津々。
特にライラさんは剣を振り、激しく動きながら中級以上の魔法を繰り出す超凄腕の持ち主。
体を動かしながら適切な魔法を瞬時に発動するだけなら上の下の剣闘士。
しかし彼女は、1つの挙動に10も20もの魔法を並行処理しながら戦えるのだ。
例えるなら、1つの鍋で炒め料理と煮込み料理と蒸し料理を同時に行うようなもの、らしい。
さぁ出来る大人はこんな時にどうするのだろう。
純真な少女のキラキラ光線を受けてやはりたじたじ。眩い輝きは私にも送られている。
内容はもちろん、『ライラさんも参加でいいですよね』だ。
うぅむ、基本的に部外者はお断りなのだけど、人数に余裕はあるし。みんなも乗り気だし。まぁいいか。
それに多忙な騎士団長とお話しできる機会をみすみす逃すのももったいない、という気持ちがないわけでもない。
個人的には彼女のことを何も知らないので、話すきっかけも見つからない。
そのへんはスパルタコさんあたりに掘り下げてもらいましょう。
そうこうしている間に乾杯の準備が整いました。
グラスに注がれたお酒はいつもとひと味違ったキール酒。
居並ぶグラスは色も形も様々。だけどどれもキラキラと輝いてまるでそう、初めてグレンツェンに訪れ、新たな我が家を探しにフュトゥールストリートへ繰り出したわくわく感に似ている。
どれも違う家が立ち並び、新鮮な景色とこれからの楽しい日々を夢に描いた高揚とそっくり。
本当に、本当に何もかもが輝いて見えた。
壁いっぱいに張り巡らされた装飾。
香り豊かな料理。
乾杯の音頭を待ち遠しくする人々の笑顔。
こんなにも素晴らしい出会いに巡り合えたことは、私の人生の中で、きっと一番の思い出になるだろう。
そしてこれからも出会いは繰り返され、時には別れもあるだろうけど、巡り巡る季節のように移り変わり、世界は色を変えていくことでしょう。
これまでの、これからの素晴らしい出会いに乾杯っ!
なんとか生きて帰還したエマを待ち受けるのは温かな笑顔と喝采の渦。
ここからは親友たちとの楽しい宴会。後夜祭。
予期せぬ来客の嵐にも巻き込まれ、超長い夜が幕を開けた。
次回、スカーレット学園で料理講師を務めるマーリンが炎の芸術を披露します。
エマは憧れの黄金琥珀の蜂蜜酒の香りをかぐために樽に引っ付いて離れられなくなります。




