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自分にできること 3

 先日は秋用のブースを見て回った。今回は冬用の服。厚手の生地から一変、もこもこふわふわの裏地を使ったガウンやコートが目白押し。手袋ひとつとってもいろんな種類があれば、模様も色違いも並ぶ。

 アッチェさん曰く、『念のためにロングコートは準備してあるが、自前で普段着のような服と手袋やブーツを買い揃えておいて欲しい』とのこと。元々、グレンツェンに住む人たちはそれなりの冬用衣服は持ってるので、殆どの人は着回しである。

 でも私は冬用の服は持っていても、そこまでの重装甲ではないので改めて買わなければならないのだ。

 買わなければならないのだっ!

 ひゃっほぃっ!


 エマさんが手を突っ込んだミトンがかわゆい。


「手袋でも五指タイプとミトンタイプがありますけど、すみれさんにはこっちのミトンタイプはどうですか? 内側がもこもこしていてとても暖かいです」

「ニット帽も色々あるよね。こっちのつば付きもおしゃれだし、尻尾付きもかわいい。ぽんぽん付きなんてどうかな」

「ジャケットはウールもいいけど、値は張るけど羽毛がオススメなの。セーターは普段着使いにもできるスタンダードなデザインがグッド(ゴッド)!」


 ヴィルヘルミナさんのおすすめは羽毛尽くめ。

 羽毛布団至上主義である。

 ミーナさんは内側もこもこのブーツに手を突っ込んだ。


「ブーツはミーナと同じおそろのロングにしよう。ミーナのは黒地に茶色の紐だけど、すみれは何色が好き? ブーツは靴本体と紐を別々で買えるから、オーダーメイド風に好きなのが選べるよ」


 ミーナさんは大人かわいいシンプルなブーツ。好みのカラーでオリジナリティをアピール。

 できる女は細かいところに気を配る。

 アッチェさんは楽しそうにショッピングする私たちに助言をしてくれた。


「春だからそこまで重装備にしなくてもいいけど、海風は冷たい。陸と海で着たり脱いだりし易い服だと重宝するぞ。それにしてもいろんな服があるんだな」


 外国のブティックに興味津々のアッチェさん。初めて触る衣類の感触に胸打たれた。

 体に合わせてみては別の服を取り出し、次々に新発見を見つけていく。


 つられて私も気になる服、目についた帽子、みんなからすすめられる模様を取り替えては、着替え、似合うとおだてられては着替えていく。


 おおっふぅ……。

 いつの間にか着せ替え人形になってるではないか。でもこれはこれでなんか楽しい。

 その人の好みとか想いとかが押し寄せてくる。押し流されないように耐えながら、試着室に駆け込んで鏡で自分の姿を見ると、まるで別人になったかのような気さえした。

 服を変えただけなのに、魔法にかかったように印象が変わる。


 ミトンの手袋の中で指がもそもそして不思議な感覚。

 ぽんぽんの付いたニット帽は癖っ毛を覆って、自分の見た目が大きく変わる。

 ウールは裏地がもこもこしていて肌触りが気持ちいい。羽毛は空気を溜めこんでいて暖かい。

 シックでカッコいいブーツを履いただけで大人っぽくなった。


 どれもとっても素敵です。中でも抜群に素敵な赤色。赤を基調とした色使いでまとめて冬バージョン小鳥遊すみれの完成です。最後にハティさんオススメのマフラーをお買い上げ。

 みんなもそれぞれ必要なものを買い揃えて店を出る。


 惜しむらくもここでアッチェさんとはお別れ。明後日の準備の確認と調整のためにハティさんの見送りで帰路につく。

 ヴィルヘルミナさんとミーナさんも夕飯のお手伝いがあるということで手を振った。

 残った私とエマさんとベレッタさんは動画編集をしている4人に差し入れをするため、図書館の個室へと足を運ぶ。

 そこにはあとから合流したルーィヒさんとスパルタコさんもいるという。なにやらパーティの予感がするぞっ!


 個室と呼ばれながらも、複数人がディスカッションできる場として十分な広さのある多目的室。

 飲み物は飲み放題。

 パソコンはインターネットに繋がっていて検索し放題。

 歩いて数歩で図書館がある。

 なんといういたせり尽くせり。


 そこに差し入れのお菓子が来たら、パーティーが始まらないわけがない。


「お疲れ様です。差し入れを持ってきました。よかったら食べて下さい」

「お、サンキューなんだな。ちょうど一服しようと思ってたんだ」

「動画はどうですか? 順調ですか?」


 質問して、画面をのぞき込んでもわけがわからない。

 専門用語が飛び出る前から我々にはお手上げです。そうとも知らず、ペーシェさんは息をするように解説に入った。


「うんまぁ一応。つっても動画に説明文やら字幕を入れたりやらってだけで、CGを使う訳じゃないからかなり簡単なやつ。動画の製作も大事だけど、目下最も大事なのは本番の備えだからね。こっちにばっかり時間を使ってらんないよ。今はスパルタコに動画をネットにアップしてもらってバズるのを期待してるのと、監査員へのプレゼンの叩き上げ作成。とりあえずで展示するレイアウトの作成。今んところはコカトリスの剥製を店の前に出してインパクトを出すのと、食券を買う列が壁側になるから導線の壁面にパネルと動画を展示して、『こんなふうにしてコカトリスをやっつけたんだよー』っていうアピールしたいなって話してたところ。せっかく珍獣をハントしたんだし、面白いことを全部やりたいってね」


 なんという言葉のガトリング。ペーシェさんが何語を使ってるかもわからない。

 続けてハイジさんの言葉の弾丸が脳天直撃。なにがなにやら理解できない。


「でも壁面展示まですると、結構時間かかるからみんなと相談だねって情報共有しようとしてたところなんだ。形は出来上がってるから、あとは落とし込んでいくだけ。とりま2人でならコカトリス分の展示制作は3日あれば現物の設置までいける見積もり。明後日の白鯨も漁の内容いかんってところもあるけど、同様に3日で仕上げられると思う」


 すごいことに、エマさんは彼女たちの言語を理解できたらしい。


「もうそこまで考え込んでるなんて凄い! 是非、その展示の件は2人に任せたいです。必要であれば、声をかけてくれればみんな手伝ってくれるはずですから。展示の設置をする頃には、みんなキッチンで何かしらしてるでしょう。すぐに手伝えると思います。あとは資材の確保ですが、今のところで何が必要なのかは出せますか?」


 休憩のつもりが、議論に白熱を注ぐ結果となってしまった。

 5人はお菓子をつまみながら未来予想図を描き始める。

 ベレッタさんと私は全く会話についていけず、少しもどかしさを感じながら、飲み放題のアップルジュースをちゅうちゅうした。

 みんなが頑張ってるのに、何もできない自分がお菓子を食べる権利があるのだろうか。後ろめたい気持ちになって、なんとか会話に入っていけないか機を窺う。

 しかし彼らの言葉を追いかけても、分からない言葉が多くて追いつけない。


「どうしましたか、すみれさん。服選びで疲れてしまいましたか? それでしたらチョコ菓子をどうぞ。おいしいですよ」


 エマさんの優しさが心に沁みる。


「あ、ううん。ありがとう。でもそうじゃなくて、みんなできることがあって凄いなぁって思ってて。私は全然、何もできなくて。何かできたらなぁって思うんだけど、何も知らなくて。だからみんなのお話しについていけないのが、ちょっぴり寂しくて」


 卑屈になっていると、スパルタコさんが励ましのエールを送ってくれた。


「いやいやいや。すみれってば料理できるんだろ。俺なんかできても食材を切る。焼く。食う。しかできないしよ。お前さんの出番はまだ先ってだけ。確かに俺のフォロワー数はなかなかのもんだと思うし (どやっ)、アーディさんの言った通り、俺はキッチン・グレンツェッタのメンバーの中では情報発信が得意な部類だと思う。適材適所だろう (ドヤァ)。だが、こと料理に関しちゃ、すみれの足元にも及ばないわけ。プロジェクトってのはチームでやって、助けて助けられて完遂できるもんなのよ (ドヤァ)。だから落ち込むことなんてナッスィング (ドヤァ)。だから遠慮なんてせずにお菓子食えよな、2人とも! (ドドドヤァ)」


 どうだ、俺いいこと言っただろ。

 背景の吹き出しにデカデカとそう書かれていた。

 すかさずつっこむペーシェさん。


「いいことを言ってるのに、ドヤ顔がうざいしお前が買って来たお菓子じゃないし。でもスパルタコの言葉も一理あるよ。あたしも体力に自信はないから漁とか狩猟とか他の人に任せっぱなし。そして今後も任せるつもり。でもこういう得意分野で貢献できる部分もあるわけだから、こっちは全力でやるし任される。すみれには料理っていう最強の分野があるじゃん。恥ずかしい話し、あたしもルーィヒも料理ってそんな得意なわけじゃないから期待してるよっ!」

「ナチュラルにボクを巻き込むんじゃないんだなっ! 事実だけど。正直言ってボクはすみれが羨ましいんだな。ボクは特別何かに秀でてるものもない。ペーシェやスパルタコみたくネット関係も強いわけじゃない。発信力も弱いほうだし…………あれ、だんだん自虐っぽく、なってるんだなぁ。あ、アルマちゃんたちが扉の外に」


 朝から図書館に出入りしていたアルマちゃんが我々の姿に気付いてお腹に袖を添えている。よだれも出ている。お菓子を凝視している。

 なので友達も入れて4人追加。いつものメンバー(アルマ、キキ、ヤヤ)の個室代はアルマちゃんが持ったが、お友達のマーガレットちゃんの分を何故かスパルタコさんに押し付けられた。

 ペーシェさんが男子補正を強制発動させることで支払いをスパルタコさんに押し付けたのだ。200ピノくらいの金額など、この場の誰もが自分が払ってもいいと思ってる。

 けれどここは全く面識のない空間に引っ張りこまれた少女の気持ちを案じ、2人は息の合った小芝居を演じたのだ。

 これほど回りくどくて心のこもった気遣いを秒でやってのける幼馴染の気概たるや、とっても痺れる、憧れるぅ!


 突然のコメディーで笑顔になったマーガレットちゃんに、お菓子とジュースを手渡せばもうお友達。

 しゃぼん玉の企画が話題にあがるとベレッタさんの性格が急変。アルマちゃんに詰め寄るような気迫で楽しそうな笑顔を浮かべる。


 夕方6時を針が指し、楽しい時間は縁もたけなわ。それぞれの帰路に影が伸びていった。

 玄関でエマさんと別れて家路について、それじゃあさっそく晩御飯の準備といこう。

 私には料理がある。まだそれしかないんだけど、今できることを全力でやって、少しずつ、少しずつだけどできることを増やしていこう。

 そうしてさっきのペーシェさんとスパルタコさんみたいに知らない人も笑顔にできたらいいな。


 お鍋に張ったスープに映る自分の顔を見て、そんなふうに思いました。

休憩に糖分補給。チョコレートとチョコレートとチョコレートと炭酸飲料。これに限ります。

体の半分がカカオ。もう半分が甜菜でできてるんじゃないかって思う程に食べてます。危険な食生活ですね。ヤバいですね。


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