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心の底、素直な気持ちを 3

 売り上げ勝負の順位が確定したところで、次はベルン国王から授与される名誉ある栄誉【マーベラス・グレンツェン】【エクセレント・ベルン】。

 前者は最も多くの人々を笑顔にし、楽しませることのできたと判断された企画に贈られる。

 参加者全員に記念メダルが贈られ、リーダーにはメンバーの名前が刻まれた楯が渡される。


 後者はイベントの参加者に国王様が素晴らしい(エクセレント!)と思った個人に贈られる最も名誉ある賞。

 これには祭りの最後を締めくくる大花火に国王様と共に点火できる栄誉が与えられ、一代に於いて《偉大なる者》という意の《グランデ》をミドルネームに名乗ることができる。

 シェリー騎士団長もかつてこの栄誉を賜り、姓と名の間にグランデが入った。

 ただ、エクセレント・ベルンは国王様の感性に強く反映され、何より彼が見ていなければならないという運の要素もある。

 なので受賞者がいるかどうかはその年によって異なる。

 2人の時もあれば受賞者がいない年もあった。今年は壇上に呼ばれた人数が4人。おそらく今年の受賞者はいないのだろう。


 予想通りというか、当然の結果というか、マーベラス・グレンツェンの受賞者はアルマ・クローディアン。

 しゃぼん玉に乗って空中散歩をするという夢のような時間を与え、最も多くの人々を笑顔にした企画。

 より多くの人に楽しんでもらいたいという気持ちが価格の安さと広報の積極性に滲み出ており、気持ちに応えるかのように、極めて高い集客力を得ていたことは人々の心を掴んで離さなかった証拠である。


 なにより国王自身、ゲスト枠で呼んでもらったにも関わらず、通常の営業時にも足を運んでしまうほど楽しかったと豪語した。

 これからも大好きな魔法で人々を笑顔にして欲しいと言葉を添える。

 そう願いを込めて少女の()を強く握りしめる国王様の顔は、感謝の想いで溢れていた。

 少女は嬉しさと、何より大好きな魔法で多くの人々を笑顔に出来た喜びで心を震わせる。

 それが彼女の夢だから。

 どうしても成し遂げたい願いだから。


 壇上の金木犀は星灯りを浴びて輝いた。


「アルマは……アルマを救ってくれた魔法が大好きです。だけど人を傷つける魔法が大嫌いで、だけど生きていく中にはどうしてもそんな時があって。辛くて苦しくて切なくて、生きるのを諦めそうになった時もありました。そんな時にある人に……いえ、ある魔導書に出会って、ナコトさんに出会って、たくさん励ましてもらって、魔法で誰かを幸せにできるって教えてもらって、彼女の言葉をずっと信じてここまできました。それで、今日、アルマの夢が現実になって……アルマの……いいえ、みんなで作った魔法でたくさんの人を笑顔にできて。楽しかったって言ってくれて。諦めなくて良かったって、心の底から思います。本当に、ほんとうにありがとうございましたっ!」


 感動と胸を打つほどの想いと、何より彼女の笑顔の裏に隠された辛い過去を知って驚かされた。

 魔法が大好きで、毎日を幸せそうに生きている少女には、きっと辛い過去なんて何ひとつないのだろうと嫉妬していたから。

 いつもニコニコとして闊達な背中に、まさかそんなものを背負っていただなんて思いもしなかった。


 本当にアルマさんは強い。

 どんなに挫けそうなことがあっても、どんなに辛い現実を目の当たりにしようとも、希望を信じて、明日は今日より良いものになると信じて今ここにいる。

 それがどれほどの強さなのか。私にも少し分かる気がする。


 彼女は暁さんに手を差し伸べてもらい、私はヘイズマン伯爵に拾われた。

 そして多くの人たちと出会い、本当によくしてもらったものだ。だから次は私が誰かのために何かをしたい。

 思うとそれが、私の行動の原動力なのかもしれないな。

 自分の行いで誰かを幸せにし、自分もそうなれたのなら、生まれてきた意味を見出せるかもしれない。


 盛大な拍手が鎮まると同時に、アルマさんの熱も少しずつ冷やされて、椅子に深く腰を下ろしてため息と共に体から熱を逃がす。

 嬉しさと安堵の表情は幸福に満ちていた。私は小さな声でおめでとうと告げると、アルマさんはありがとうと返してくれる。

 こういう笑顔を向け合える関係というのはとても心地のよいものです。


 さて、表彰式が終われば待ちに待った後夜祭。おいしいご飯と楽しい会話で祭りの最後を締めくくります。

 今頃はみんなが飾り付けやら食事の準備をしてくれているだろう。

 すみれさんとミーナさんが一緒に作った3種類のビーフシチュー。ひと口サイズのロールキャベツにチーズリゾット。

 ハティさんの焼いた手作りバゲット。

 ハイジさんの故郷でよく食べられるという、スライスされたタマリンドと一緒に食べるフライドチキン。

 ヘイターハーゼからのご厚意で、2種類の冷凍スパゲッティとカルボナーラソースと、トマト香るミートソースも待っている。

 鯨肉のベーコンとフレッシュサラダに、シャングリラ産のダイヤモンドソルトを振りかけたサラダ。リリスさんから頂いたコンテチーズを粗く削ったバージョンのサラダも準備済み。

 鯛とスモークサーモンのカルパッチョ。

 仔牛のレバーソース。

 ローストホエール。

 鯨肉の三昧ステーキ。

 レレッチさんのかき氷屋さんでアルバイトをしていたルクスアキナさんは天麩羅を披露してくれるとのこと。

 デザートには暁さんから貰ったラクレットチーズを使ったチーズケーキ。

 雪りんごを使ったアップルパイ。

 バニラビーンズを使ったバニラアイス。

 レレッチさんのふわふわかき氷。


 そして食前酒のシェリー酒が楽しみです。

 お疲れさまでしたと乾杯です。

 なによりお酒が楽しみです。

 話しによると、ルクスアキナさんは自前でお酒を持ち込んでいるそうなので是非に味わってみたいです。


 そんなことを考えていたらお腹が空いてきた。

 早くキッチンに戻ってご飯の時間にしたいなぁ。

 妄想を頭の上で膨らませていると、言い知れぬ違和感に気づいた。

 いつの間にか式が終わってみんな帰ってしまったのだろうか。驚くほどの静けさに包まれているではありませんか。

 これはいけない。私も早く戻らなければ――――――現実の世界に。


 はっと目を見開いて辺りを見渡してみる。右のアルマさんが私を見ている。はて、私の左側に何かあるのだろうか。左側のレレッチさんとアンナさんは私のほうを見ている。

 あれ……アルマさんの背後に何かあるのだろうか。ふと正面を見るとラファエル王とヘラさんが私たちを――――――否、私を見ている。


「あの、エマさん。呼ばれましたよ?」


 アルマさんは私を見ていた。


「えっ、呼ばれたって何がでしょうか?」

「聞こえてなかったの? エマが今年の【エクセレント】だよ。おめでとう♪」


 レレッチさんも私を見る。


 私が今年のエクセレント・ベルン…………?

 いやでも既に1位の目録と賞状はもらっ……ッ!?

 寝ぼけ眼の脳天に落雷直撃。エクセレント・ベルンは目録とは別物。

 いやでもそうなると、私はキッチン・グレンツェッタの代表としてここにいる上に、個人でエクセレント賞も獲得したってことになる。


 そんな奇跡があるのだろうか。

 そんな奇跡があっていいのだろうか。


 混乱する私の手をヘラさんは満面の笑みで引っ張った。勢いのままスポットライトの中へ誘われ、ぼーっとしていた私のためにベルン国王はもう一度、受賞内容を聞かせてくれる。


 曰く、迷子になった女の子を素晴らしい機転で両親の元へ送り届けただけでなく、不安になっていた彼女の心まで笑顔にしてしまった。

 そんな彼女の真心がとても輝いていた。


 ――――――あの時かっ!


 フラワーフェスティバル2日目にハティさんと一緒にかき氷を食べに出かけたおり、長蛇の列のせいで両親と離れ離れになってしまった女の子。

 肩車をしてもらって、それから両親を見つけて手を振った。あの出来事かっ!


 でもあれは当然のことをしたまでというか。

 私じゃなくても誰かが案内をしていたというか。

 たまたま私が飛び出したというか…………謙虚なのか、臆病なのか、突然の出来事に謎の言い訳を始めるエマ・ラーラライト。

 大舞台で目立つことに慣れていない私にとって、ここはひどくオープンなステージ。できることなら早く降板したい。


 焦りまくって何を言っているのかも分からない私を前に、彼はひとつ笑って『だからこそ。当然のようにふっと飛び出して、彼女の心を安心させてあげた君の行動は純粋な善意に感じた。それがとても輝いて見えたんだ』。

 そう言って彼は『ありがとう』と言葉を紡いだ。

 不思議だった。『おめでとう』ではなく『ありがとう』と言い放たれる。

 考えてみれば当然だ。何か特別に褒められるようなことをしたわけではない。自分の努力でどうにかなるものとかでもない。


 誰にでも出来ること。

 どこでだって出来ること。

 当たり前すぎて感謝することすら忘れかけてしまいそうなこと。

 だけどそんな小さな輝きを見つけて感謝の言葉をかけてくれる。

 とても温かくて、とても優しくて、すっかり落ち着きを取り戻した私は『どういたしまして』とだけ呟いた。

 まるで片思いの相手に思いが届いたような、そんな胸の高鳴りを感じながら。

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