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誰かの為、そのために 3

 しっかり湯舟に浸かって、のぼせる前に風呂場を出る。

 緑茶香るあったかぽかぽかのお風呂が今日限りかと思うと名残惜しい。

 もっと入っていたいと思う気持ちと、そろそろ出なきゃって気持ちとの板挟み。風呂場と洗面所を行ったりきたりしてしまう。

 何をしてるのだろうかと暁さん。理由を話すと大きく笑われてしまって恥ずかしい。だってとっても素敵なんだもん。


 だったら、と言って桜ちゃんに何やら相談している様子。

 するとどこからともなくバスボムがたくさん現れた。

 それは異次元書庫(ライブラ)と呼ばれる補助魔法。自分だけの異次元に物を収納することができる超便利魔法。収納できる数や質量には個人差有り。

 生物を異次元に収納することはできないという制限もある。

 もっとも、異次元に酸素や気圧があるのか不明であり、入れば途端に死滅するだろうと言われているので、どのみち入っても仕方がない。


 ただし、医療現場では生物が入れない性質を利用して、効率的な殺菌方法として重宝されていた。

 彼女もその魔法を使い、お土産のバスボムを大量に持ち込んでいる。というのも、暁さんが放出系の魔法を使うことができないから、代わりに荷物持ちをしているのです。


 琴乃さんもリリスさんの荷物持ちとして随行しており、彼女の固有魔法(ユニークスキル)無限(インフィニティ)書庫(ライブラ)】は、数も質量も無制限に異次元へほうり込める。

 凄い。凄すぎる。そんなことができるのなら、お買い物の心配をしなくてよくなる。

 どれだけ買っても両手がいっぱいにならないし、1人で大量買いができるではないか。

 衝動買いだってできる。そんなことをしたら途方もないことになりそうだけど、とにかく収納魔法を覚えたい。

 それから家事系魔法を習得したい。


「あの……バスボムは……?」

「はっ! すっかり忘れてしまっていました!」

「あっはっはっ! すみれは本当に面白いなぁ。とりあえず異次元書庫(ライブラ)はアルマに教えてもらってくれ。今はバスボムかな。いっぱい持ってきたから、そんなに気に入ったなら受け取ってくれ。アルマたちがいつもお世話になっている礼だ。本当にありがとう」

「い、いえそんな。私の方こそお世話になってばっかりで、いつもいつも助けてもらってばっかりなんですっ!」


 本当にみんなには助けてもらってばっかり。

 一緒にいてくれるだけで楽しくなる。作った料理をおいしいって言ってくれて、私はそれだけで幸せになれた。

 ときおりキキちゃんたちにご飯を食べさせてもらって、ほんとうに温かくて、驚きに満ちてて、ずっとぎゅっと抱きしめていたいくらいなんです。


 ということで、隣で話しを聞いてたキキちゃんとヤヤちゃんを捕まえてハグ。

 なんだかよくわからないけど、嬉しくなって抱き返してくれた。嬉しい♪


「なんというハピネスワールド。じゃあアルマも一緒にむぎゅ〜♪」

「急にどうした。気持ちは分かるが」


 なんか急に幸せなおすそわけハグをしたくなりました。脈絡がなくてすみません!


 ひとしきり満足しました。ありがとうを言われて嬉しくなって興奮する私の前に、冷静沈着な桜ちゃんが閑話休題を吹き飛ばした。


「さっきの話しの続きですが、きっとそんなことはないはずです。ヤヤちゃんは甘いもの好きなので偏食するでしょうし、アルマは魔法以外はてんでずぼらですからね。キキちゃんも料理はできてもレパートリーはそんなに多くありません。聞くところによると、ハティさんはアップルパイが得意なご様子。しかしアップルパイ以外の料理は殆どしないとか。すみれさんを除いた人たちの食事は相当……相当まずいことになっていたのではないでしょうか?」

「あぁ~~それはぁ~~~~…………………………」


 返す言葉がないとはこのことです。思い当たる節しかなさすぎて、視線を桜ちゃんに合わせられない。

 幸福で上がった体温が下がっていくのを感じます。


 たしかに、実はハティさんは殆ど料理をしない。簡単な朝食を作るだけで積極的に料理はしない。

 でも本当はかなり料理ができることを私は知っている。ならばなぜ料理の腕を披露しないのか。それは彼女が頼られるのが好きで、頼るのが好きだから。

 例えば私が料理上手で家事も得意。特に料理が大好きで率先してやるものだから、彼女は私の得意な領分に入ってこようとはしない。

 その代わりに私には出来ないことしてくれる。素敵なサフランをもらってくれたり、新鮮な食材をもらってきてくれたり、キッチンではみんなを異国へ連れて行ってくれたりと、私には絶対にできないことをしてくれる。


 キキちゃんもヤヤちゃんもしっかりもので好奇心旺盛。ヤヤちゃんに関しては少し偏食が過ぎる傾向があるけれど、そこは妹のキキちゃんが上手にストップ。あんまり我慢させてばっかりだとストレスが溜まりっぱなしだから、適度にガス抜きもする。

 良い塩梅を見つけながら、工夫できる2人は本当に賢くて仲が良くて、心の底から羨ましいと感じます。

 私にも姉妹がいたらいいのになぁ。


 アルマちゃんはいっつも笑顔いっぱい元気いっぱいな女の子。

 魔法のことを心の底から愛している。いつもいつも私が作ったご飯を食べては、ご馳走様のあとに必ず、ありがとうございますと言ってくれるのだ。

 こんなに嬉しいことはない。だから私は決まって、こちらこそありがとうと返すのです。

 優しくて謙虚で思慮深く、こんなにも一途な女の子が他にいるでしょうか。


「そう思うと、自分がどれだけ恵まれているのかということをしみじみと実感させられます」

「そう思ってくれるとあたしも嬉しいよ。きっとアルマたちもすみれと同じ気持ちさ。さぁさぁ是非に受け取っておくれ。それから、七夕祭りに来た時はセチアの工房でバスボムを作っていくといい。アロマキャンドルもおすすめだよ」


 記憶がフラッシュバックする。金木犀の香りのするアロマキャドル。

 欲しい。りんごの花の香りのアロマキャンドルとかあるかな。


「アロマキャンドル! アルマちゃんが持ってるアレですね。はわわわ~、私も自分のが欲しいです」

「なんだか、私が置いてけぼりですぅ……」

「あっ、ごめんなさい。あ、ほら、いい香りがしてきました。ハティさんのアップルパイの香りです。みんなと一緒に食べましょう。桜さんのお話しも聞いていいですか?」

「私の話しですか……あまり聞いて心地の良いものではないかもしれませんが、それでもよろしければ」

「その話しはまたあとで。明日も早いんだ。アップルパイを食べて寝るとしよう」


 焦った様子で言葉を遮る暁さん。いったいどんな話しを持っているのか。そわそわしながらも少し気になります。


 あったかい紅茶にアイスミルク。アルマちゃんは最近お気に入りのコーラを手にご満悦。

 しゅわしゅわと音を立てるコップを手に、今日の不思議で素敵な出会いを語ってくれた。

 白昼夢のようなアンティークカフェと金色のオルゴール。

 古く厳かな図書館のような香りを漂わせるそこは、懐かしくも新しいものに溢れた世界で埋め尽くされている。

 オリジナルのコーヒーと、1人では食べきれないほどのハニートースト。

 窓の外は未開の土地。どれも心躍らせ、いつまでも見たいと思わせるような景色ばかり。


 なのに、そこはもうどこにもないという。路地を出て、振り返るとそこには何もない。

 どういうことか。それは誰にも説明できなかった。

 ただみんなで一緒に同じ夢を見ていたわけではないらしい。

 その証拠に、アルマちゃんの手元には女店主さんから受け取ったオルゴールがある。

 鍵を刺して回すと、カチカチと指を弾く感触が伝わってきた。1周回して、鍵穴から抜くと、表面の歯車がゆっくりと回り出す。

 甲高く心地よい音が響く。上質なオーケストラを聞いているような気分にさせられた。

 静かで優しく、どこか儚い音色のように聞こえます。


 誰が何を思ってどうして作ったのだろう。そんなミステリアスな謎も、金色の音色を奏でる彼女の魅力なのかもしれない。


 オルゴールは素敵だけれどそれはそれとして、気になるのは突然消えた、あるいは現れたアンティークカフェ。

 無いはずの路地が現れ、通りに出ると忽然と姿を消した。

 誰に気づかれることもなく、何の痕跡も無く閉じる。

 魔法か幽霊か、はたまた我々の知らない奇跡か。


 怖い謎は嫌なものだ。逆に人の心を惹きつける謎は聞いているだけでわくわくしてしまう。

 それが自分の住むすぐ目の前で起こったというのだからたまらない。

 私もそのアンティークカフェに行ってみたいですっ!


 しゅわしゅわコーラを一気飲み。かーっと天に吠えたアルマちゃん。謎のアンティークカフェを必ず見つけてみせると意気込んだ。


「グレンツェンの監視カメラが映像を記録し続けているはずなので、ヘラさんに報告して映像を見せてもらえるように頼んでいます。もしかしたら手がかりが掴めるかもです」

「もし入り口が見つかったら是非に行ってみたいです。おいしいコーヒーにハニートースト。異世界のような景色を楽しみながらブレイクタイム。想像しただけでドキドキしちゃいます」


 素敵な不思議は大歓迎。

 でも、ヤヤちゃんは少し不安みたい。


「素敵だとは思いますが、もしかしたら帰って来られなくなるかもしれませんよ? 幽霊だったらそのまま……」

「そ、それは困るな…………まだみんなと一緒にいたいし…………」

「こらっ! すみれさんを困らせないのっ!」


 大丈夫。とキキちゃんの頭を撫でてあげる。

 その時は全力で逃げるからっ!

 暁さんはヤヤちゃんを抱き寄せて優しく微笑みかけてあげる。


「ヤヤは想像力が豊かだな。でもまぁ、あの世って感じじゃなかったから大丈夫だろう。ちなみにあのあと、別のアンティークカフェに行ったんだ。そっちもすっごくよかったぞ。入り口は少し暗くて雰囲気満点。中に入ってみると光で満ちていてな、天井がガラス張りの天窓。蔓が這っていて草花が作る影のシルエットが郷愁を誘うんだ。庭にも綺麗な花が咲いていてな、紅茶もケーキもおいしかった」

「ああいう雰囲気のお店は初めてでしたが、とっても素敵な場所ですね。帰ったら庭のテラスに似たような場所を作らせようと思います」

「それはいいアイデアだな。完成したらあたしにも見せてくれ」

「もちろんですっ!」


 暁さんとリリスさんがハイタッチ。

 なんと、そんな素敵なカフェがあったとは。

 私の知らないグレンツェンが垣間見えて楽しいです。

 暁さんもリリスさんも、すっかりグレンツェンが大好きになったみたいで嬉しいです。


 名残惜しくも最後のひと口をぱくり。それは楽しい時間の終わりを意味する。

 合図を皮切りに、自然と片付けが始まり、歯を磨いて就寝の準備に入った。

 扉越しにおやすみなさいと挨拶をして布団の中に潜り込む。

 今日の出来事を思い出して、窓の外に輝くお星様にもおやすみなさい。

 それから明日もいい日になりますようにと、願いを込めて夢の中へ。

 朝起きたらどんな素敵なことが待っているのだろう。

 わくわくを携えて、あたたかなお布団に抱かれます。

相変わらずのハティ節。天然キャラは何をするのかわからないのでわくわくしますね。

そしてそれを力強くフォローできる仲間がいると非常に強いチームになると思います。

そう思うと純朴で素直なハティと視野の広いエマは非常に相性のいい組み合わせかもしれません。


さて、次回はフラワーフェスティバル最終日です。

キッチン・グレンツェッタは売上勝負で一位になれるのでしょうか。

エマたちは黄金琥珀の蜂蜜酒を口にすることができるのでしょうか。

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