誰かの為、そのために 1
前半はエマ、後半をすみれ視点で進みます。
2日目のお祭りが終わってひと段落するも束の間。ハティから爆弾発言が飛び出します。料理を作りすぎて材料がなくなった。さぁ3日目の予定が狂ったぞ。彼らはこの局面を乗り切ることができるのでしょうか。
以下、主観【エマ・ラーラライト】
ぴっちりと閉まったシャッター。惜しむらくも閉幕したキッチンの外からは、祭りを楽しむ人々の声が聞こえる。
それは内側も同じ。あらかたの片付けを終えた私たちは、テーブルを寄せ合ってブレイクタイムを満喫していた。
かぐわしい紅茶と、修道院の子供たちが丹精込めて作ったはちみつクッキーを楽しんでいる。
正直に言って、今日は昨日に比べてかなり良かった。これといったトラブルもなく、休憩もきちんと回せたし、ビールサーバーの補充も円滑。
昨日は真っ白になっていた2人も色を残している。恒例の反省会も滞りなく終わり……そうになった。
ただひとつ、ハティさんの言葉で時間が止まる。
『たくさんの人が来てくれたから、用意していた材料も殆どなくなっちゃった』
笑顔で告げるハティさん。
用意していた材料が殆どなくなった……余裕をもって3日分以上の量を用意していたはず。あとどれくらい残っているのだろう。
最終日は半日営業。11時から2時頃までの3時間。それだけ分が残っているなら問題ない。
確認したところ、残り4人前――――絶対に足りない。どうしたものか。
頭を悩ませる私を見て、『閃いた』とハティさん。厨房に入って何やら調理開始です。手伝います、とペーシェさんとすみれさんが後を追う。
何か方策があるのならいいのだけれど……我々は彼女を信じて待つしかない。
お待たせしましたと両手に乗せたお皿の上には薄くスライスされた鯨肉の燻製肉。付け合わせに各種ソースを持ってペーシェさんとすみれさん。難しい顔をしながら『思ってたのと違った』と2人は呟いた。
彼女たちが思っていたのは具体的な解決策。言葉で説明するのが苦手 (?)なハティさんのことだから、実際に料理を作って見せてくれるのだと思った。私たちもそう思った。
実際には、『お腹が減ってたらいいアイデアも思いつかない。お腹いっぱいにして考えよう!』とのこと。
その通りだし何も間違っていない。間違っていないけど、なんか思ってたのと違う。
「さすがハティさん。想像の斜め上を行く女」
「でもでも、少し小腹が空きましたよね。よね?」
肩を落とすペーシェさん。取り繕うのに必死なすみれさん。
紅茶とお茶菓子を前にして、シルヴァさんが俯いた。
「紅茶とクッキーが…………いや、なんでもないわ」
「でもまぁいいんじゃない? とにかく明日の料理を考えるか。材料がなくなったってことで中止にするか」
現実に引き戻したアポロンさん。とにかく明日、どうするかを決めなくてはならない。
「えぇ~~…………売り上げ勝負で優勝したい。蜂蜜酒を飲んでみたいから頑張りたい」
それは私も同意見です。思いはミーナさんだけでない。ヴィルヘルミナさんも、他のみんなも気持ちは同じ。
「あたしも賛成なの。こんな機会は滅多にあるもんじゃないし、このままで推移すれば最低でも入賞間違いなしでしょ。だったら最後の最後まで頑張るべき!」
「私も賛成です。最終日はお店を閉めて祭りを楽しむところもあるそうですが、私としては最後までやり通したいと思います」
「エマってば、もう黄金琥珀の蜂蜜酒のことで頭がいっぱいなんだぜ」
「ちょ、ちょっとウォルフ。余計なことを言わないでっ!」
くすくすと笑みがこぼれて場が和む。和むのはいいけど、恥ずかしいことを言わないでよ、もう!
私の下心から視線を逸らすために本題へ戻します。
まずは手元にある手札を確認しましょう。解凍すればいつでも使える鯨肉。燻製の鯨肉。おわり…………オンリーホエール。
まだだ。まだ終わってはいない。料理は創意工夫次第で化けるもの。そう、たとえば……。
鯨肉、3種の食べ比べプレート――――とか?
まさに今食べている鯨のロースト肉。
燻製肉に火を通し、カリカリ鯨ベーコンとフレッシュサラダの食感が楽しい。
マーリンさん直伝、薄切り鯨肉のプレミアムレアステーキに香草を挟んだ三昧ステーキ。
多すぎるかな。個人的においしかった食べ方トップスリー。料理として提供することに違和感はない。
ロースト肉はすでに加工済みの肉を使えばいいだけだから、あとはカットしておくだけですぐに出せる。
それだけだと飽きるかもなので、付け合わせのソースを数種類用意しておけばそれなりのものになりそう。
ベーコンもカットして火を通してサラダに盛り付けるだけ。超簡単。
ステーキは薄切りにしたお肉をさっと焼いて肉・香草・肉・香草・肉と重ねていけば出来上がり。
あれ、これって意外にいけるかも?
本職の料理人の意見を聞いてみましょう。
ダーインさんはどう思いますか?
「下準備さえしておけばそんなに難しくはないな。ロースト肉はあらかじめカット。ソースも作り置き。ベーコンはその時に火入れするとして、サラダは千切って冷蔵庫。ステーキ用の肉も薄切りにしておいて保存。当日に焼いて香草を織り交ぜて、ってところか」
「そうなると厨房に人数を割かなきゃですね。1つのお皿に盛り付けるにしても、アツアツの料理があるならスピード勝負です。ロースト肉係りが2人、サラダの盛り付けとベーコンを焼くのに2人、ステーキを焼くのと香草を重ねるのが2人。最低でも6人でしょうか」
「そうね。ここは手慣れた人がいいんだけど……そうなるとすみれちゃんに私、ハティさん、ヴィルヘルミナ、ダーインさん、アポロンさんってところかしら」
客観的な視野を持つ受付嬢の2人も、人員配置を間違えなければ問題ないようです。
なるほどと相槌を打ったのち、ハイジさんの手が挙がった。
「1人暮らしで、実は料理もちゃんとできるあたしの名前が上がらなかったのはちょっと悔しいところだけど、それはいいとして、鯨肉って慣れてない人が多いと思うの。ここは一度、お肉料理に精通しているエイミィさんに味見してもらうのはどうかな。同時にアドバイスも頂けると助かります」
「マジで? いいの? ちなみにこのロースト肉は超うまいよ。かなり癖が強いけど、マヨネーズとかマスタードと一緒に食べると食べやすい。パプリカをすり潰したペーストをマスタードに混ぜて使うのもいいかも。とりあえずパパも連れてきていい? あっちのほうが玄人だから」
喜び勇んで呼び出したエイミィさんのおいしいものにかける情熱たるや脱帽もの。頬を緩ませてスキップしていく。
方向性も固まった。我々はさっそく調理を始めましょう。
初めに下準備。任せてと胸を張るハティさん。自信満々な笑顔の先には巨大な鯨肉のブロック。こういう時のハティさんは、度肝を抜くような荒業を息をするようにやってのける。
そして予想を裏切らないのがハティさん。幅10cm×高さ10cm×奥行き50cmの肉の塊を、幅5cm×高さ5cm×厚さ1mm・2mm・3mmの丁度よいサイズにカッティング。
包丁でカットしたのではない。手の平を肉の塊に滑らせただけでカット完了。速すぎて何が起こったのか分からなかった。
既に切り分けられていたのではないかと錯覚してしまうようなカット技術。魔力を用いて切り分けたって言うけれど、一般ピーポーにそんな繊細な神業などできようはずもない。
事実、ヘイターハーゼで厨房を任されているプロ2人が茫然と立ち尽くした。
そのままサラダ用のベーコンも見慣れた直方体に早変わり。薄切りステーキ用のお肉も颯爽スライス。
いやもう、本当に凄いです。
「水を差すようで悪いんだけど、魔力で肉や野菜を切断する時って熱が発生して食材の味が変わってしまうから、あまり使われないって聞くけど、その点は大丈夫なのかな?」
鋭い神童の指摘にダーイン先生が大丈夫とオーケーサイン。
「既に火を通してあるし、これから火を通すものだから大丈夫だろう。それに鯨肉ならそのくらいの微熱は大丈夫だ。生ハムとか魚全般はご法度だけどな」
「それではあとは調理と盛り付けですね。えっと……下準備の殆どをハティさんにお任せすることになりますが、よろしいでしょうか。なにぶん時間が無いものですから」
「うん、任せてっ!」
「本当にハティさんにはお世話になってばっかりだね」
謹慎を受けてるケビンさんは、そういうこと言わないほうがいい気がするんですけど。
ともあれ、本当にお世話になってばっかりです。本人は頼られるのが好きでやっているだけだから、私たちが申し訳なく思ってることなんて全然気にしてないみたい。
だけど食材採取から何から何までお世話になりっぱなし。近い内にきちんとお礼がしたいです。
1つのお皿に3種類の料理が並ぶ。ロースト、サラダ、ステーキの食べ比べ。これってなかなか豪華ではないでしょうか。
ランチプレートとしては上々の出来栄え。あとは味の問題。
鯨肉を食べすぎておいしいと感じるフィルターを作ってしまっている私たちでは、判断が一般人とズレるおそれがある。
ここは鯨肉初心者でお肉の玄人の舌を信じて、いざ実食してもらいましょう。
まずはお肉の玄人。ゲニーセンビーアの主。ベンジャミンさんの感想をいただきます。
「おぉう、かなり癖が強いがいけるな。ソースと肉の組み合わせも抜群だが、肉の厚さを変えて食感に変化を加える工夫はエクセレントだ。食感で味の感じ方が変わってくるからな。ベーコンサラダも旨い。ふりかけてある塩がアクセントになっていて、お互いの旨味を引き出している。特に素晴らしいのが香草を重ねたステーキだ。鉄分多めの鯨肉は香りが強いが、香草のおかげでマイルドな味わいになっている。厚いままなら固くて食べにくいんだろうが、あえて薄切りにしてあるから噛み切りやすい。薄い肉を重ねると厚い肉以上にジューシーに感じられる工夫も抜群だ。これならどこに出しても恥ずかしくないぞ!」
間髪入れずにビールを一気飲みしたエイミィさんが続く。
「この癖が強い味と香りが癖になるね。ソースと肉の組み合わせも抜群だし、肉の厚さを変えて食感に変化を加える工夫もマーベラス。食感で味の感じ方が変わるから楽しいね。ベーコンサラダもおいしいよ。ふりかけてある塩がアクセントになっていて、お互いの旨味を引き出してる。特に素敵なのが香草を重ねたステーキ。鉄分多めの鯨肉は香りが強いけど、香草のおかげでマイルドな味わいになってる。厚いままなら固くて食べにくかもだけど、あえて薄切りにしてあるから噛み切りやすい。薄い肉を重ねると厚い肉以上にジューシーに感じられる工夫もエクセレント。これならどこに出しても恥ずかしくないよ!」
「――――おい、それ俺が殆ど言ったやつ」
「え、そうだった?」
「とっても仲良しなんだね」
ハティさんの笑顔に2人は、
「まぁな!」
「まぁね!」
コントのように息のあった親子の相槌。
ほがらかな笑みが小さく咲き、とにかく、と手を叩いて父親の言葉を遮るエイミィさん。料理に関しては問題ないと太鼓判。
ひと安心して胸を撫でおろす私に、エイミィさんから注意点が飛んできた。
何も知らない人からすれば、明日も鉄板焼きが出てくると思って来店するかもしれない。だから先にSNSで告知を打って、変更した点と提供する料理の一覧を提示しておいたほうがよい、とのこと。
当然と言えば当然だけど、指摘されるまで完全に頭から抜けていた。
明日もこれで乗り切れると安堵して終わっていた自分がいる。危ないところでした。自らトラブルを招くなど愚の骨頂。
さっそく更新して報告です。
明日の準備が終わって電車に飛び乗ったのは午後7時半。
窓から見える街の灯りは、祭りの熱気を残しながらもいつもの日常へと戻りつつある。
冷めない熱気を胸に閉じ込めて、今日の出来事を振り返ろう。
突如として現れた謎の軍団。もとい王様たちの一団。
私は彼らがどういう人物かってあんまり分からなくって、いつも通りの笑顔でいた。
ペーシェさんやエマさんはすっごく緊張していたのだけど、私も緊張したほうが良かったのかな?
エマさんとのおしゃべりも楽しそうにしていたし、最後においしかったと言ってくれた。それが何より大事です。
楽しんでもらえてよかったです。
後から続いた人たちも、みんな笑顔に出来て本当によかった。つられて私も笑顔になりました。




