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一期一会の白昼夢 6

 冷や汗の滴るアルマは頬を額をごしごし拭ってため息ひとつ。すると目の前にカロリーの爆弾が投下された。

 キューブ状にカットされて素揚げされたトーストに粉砂糖がまぶしてある。

 あまあまとろとろのバニラアイスがどーん。

 チョコレートのかかった焼き菓子が刺さってる。

 ウェハースにチョコチップ。ドライフルーツもてんこ盛り。

 さらにチョコソースとはちみつが格子状にかけられていて乙女心を鷲掴み。

 これはなんていうかもうたまらんですな!


「これは……どこから食べていいのか分かりません!」


 本物の乙女スイーツに遭遇したベレッタさん。両手にナイフとフォークを握りしめながら、どこから崩せばいいかわからなくて戸惑ってしまう。


「ということはどこから食べてもいいということです。さっそくひと口いただきます――――――う~ん、でりしゃすっ!」


 アルマは容赦なくど真ん中をフォークでぐさり。

 容赦も遠慮もなくぱくり。からの、うまいっ!


「チョコレートにはちみつにフルーツにアイスまで。ここは天国に違いありません」


 琴乃さんも瞳をきらきら。

 夢が現かよだれがたらり。


「…………甘いものばかりで味が分からなくなりそうです」


 桜、お前は情緒なしかっ!


「そこがいいんです。女の子は甘いものでできているんですから」

「甘いもので………… (チラッ)」

「なんで私を見たの?」


 桜を見て、こいつは甘いものではできてないなと顔に書いた。

 読み取った彼女は眼輪筋をぴくぴくさせて深呼吸。


「まぁまぁせっかくのおやつタイムだ。そう目くじらを立てずに楽しもう」


 桜は欲情でできてるからだよ。

 と、言おうとしたアルマを察して暁さんの手が蛇足する口元に伸びた。これは言ったらそのままほっぺをむぎゅ〜ってされるやつ。


「2人は本当に仲良しなんだな」


 羨ましそうにシェリーさん。ひとつ笑って羨ましいものだと呟いた。


 そう、アルマと桜はこれでも大の仲良しです。喧嘩もするし一緒にご飯だって食べるのです。

 これくらいは挨拶のうち……桜め、随分とアルマを睨んでいるな。そんなに気に障ったのかな。あとでそれとなくフォローしておこう。

 親しき中にも礼儀あり。アルマはそれを忘れないのです。


 通常のトーストにして6枚分。1人や2人ではお腹いっぱいになろうものも、7人がかりで襲えばぺろり。

 心無しかシェリーさんの手数が少なかった気がする。遠慮してくれたのだろう。さすが大人の女性は違いますな。


 と思っていたけど事実は違う。こんなにも女の子らしい女子会ちっくなことをしたことのないレディは、顔に出さないだけでめちゃくちゃ緊張していた。

 所作が分からなくて出遅れただけだった。


 小腹がいっぱいになると、幸せがお腹に溜まりすぎてため息をついてしまうのはなぜでしょう。

 ずっしりと重くなった体を背もたれに預けて目をつむれば、そのまま夢の世界へ赴いてしまいそうになる。

 そろそろお開きの時間かな。でも動けるまで少し時間がかかりそう。

 リリスさんがおかわりのコーヒーを頼んでおやつタイム続行です。ナイス、リリスさん。

 でもなんか話題がないとお昼寝しちゃいそうだなぁ。あ、そうだ。せっかくだし後夜祭の話題を持ち込んでおこう。


 後夜祭とは、キッチン・グレンツェッタ主催で行われる非公式のお祭り。ようするにお疲れ様会です。

 飲んでしゃべって異種交流をする場です。空中散歩のメンバーも参加するし、我々を手助けしてくれた人たちもお招きしてありがとうを伝えます。


 ステラのマエストロとミレナさん。エキュルイュからはエリザベスさん。

 妖精のかき氷を携えて、レレッチさんも参戦予定。

 暁さんの話しでは、なぜかアルバイトとしてお祭りに参加しているルクスアキナさんも来るらしい。

 あの人、メリアローザに住んでるはずなのに、どうしてここにいるのだろう。まさかアルマやハティさんのように時空間移動(ワープ)系の魔法が使えるのだろうか。


 行動力の化身であることは知っていた。食堂に出入りして料理を覚えに行ったり、自分で居酒屋を経営したり。

 噂では薔薇の塔にも戦闘員として参列。戦うところは見たことがないけれど、一騎当千の猛者らしい。

 なんてミステリアスな女性でしょう。

 謎が多すぎる気もしますが。


 ひとまずここではシェリーさんを勧誘しよう。

 空中散歩の正規メンバーなのだから、ぜひとも参加してほしい。めいいっぱいお酌させていただきたい。

 お仕事の都合やいかにっ!


「誘ってくれるのは嬉しいんだが、最終日も国王様の護衛がある。帰りは空間移動(テレポート)を使うんだが、途中で別れるというわけにもいかない。特に私は騎士団長だからな。立場上難しい」

「――――――えっ、後夜祭には参加できないんですかぁ?」

「うっ、そんな目で見ないでくれ」


 ぐぅ……泣き落としも効かないか。仕方ないよね。シェリーさんは社会人。それも超多忙な職業でいらっしゃる。仕方ない。仕方ない、のだが……悔しい!


 アルマがどれだけ感謝しているか知って欲しいのに、伝える機会が少なすぎる。

 マーリンさんだってそうだ。あれから全然連絡がつかない。もしかしたら仕事で来れないかもしれないって言ってたけど、本当に影も形もない。

 ひょこっと行列に並んでくれているかと目を凝らしてもどこにもいない。


 感謝の言葉を伝えたい。もっと言えば、魔法の話題で盛り上がりたい。

 彼女は間違いなくアルマより遥か格上の魔法使い。ハティさんクラスの超超超一流の魔法の使い手。

 料理も上手で自慢の三角帽子も手作りだそう。

 女性としても超一級。シェリーさんにレナトゥスに来ないかと勧誘されているけれど、働きながら魔法を学ぶなら、断然マーリンさんの手元がいいと思っていた。

 暁さんにグレンツェンでの留学を薦められる前に偉大なる魔女と出会っていたなら、彼女に教えを乞うていただろう。


 マーリンさんと連絡がつかない。

 シェリーさんも不参加。

 マーリンさんにお酌が注げない。

 シェリーさんに料理を盛れない。

 なんて残酷な運命!


 ここでシェリーさんの人の良さが炸裂。また今度、機会があったら遊びにいこう。

 そのひと言が命取り。今年のバケーションシーズンにキッチンのメンバーが海に遊びに行くという。それに乗っかって一緒に遊びに行きましょう。

 絶対絶対約束ですよ。指切り拳万逃がしません。

 みんなで海にレッツゴー!


 しまったと後悔しても遅いです。もう約束しちゃったもんね。まさか女に二言はないでしょう?

 よっしゃよっしゃと飛び跳ねて、小躍りしそうな心を抑えるのに必死ですよ。

 海に行ったら何をしようかな。

 バーベキューに水上バイク。

 砂のお城も作りたい。

 新しい水着も新調しなくては。

 めいいっぱいかわいいものを選ばなくてはなるまいて。

 ひゃっほぅ☆


     ♪     ♪     ♪


 カフェの女主人にまた来ますと挨拶をひとつ。太陽の元へ駆け出して、黄金のオルゴールを天に掲げる。

 光に反射した精密な歯車が、キラキラと輝く姿を見ては子供のようにはしゃぎまくって飛び跳ねた。

 振り返ると暁さんたちが自分のことのように喜んで見守って――――――はっ!


 大事なことを忘れてた。とんがり耳の女主人の名前を聞くのを忘れていた。

 ついでに連絡先も交換して一緒に遊びに出かけたりしたい。アンティークについてももっと話しを聞きたい。

 今度は我が家に招いてランチもしたいな。

 そういうわけで一度戻ってお友達に…………って、あれ、あれれれ!?


「どうしたアルマ。壁の前で立ち止まって…………壁の……前……」

「ん…………あれ? さっきまでここに路地があった……よな……?」


 振り向いて、夢から覚めたような心地になった。

 路地が消えてただの隙間になっている。壁と壁の隙間。2cmにも満たないわずかな空間。

 しかもワンブロック先の光が差して、アルマの足元に届いている。さっきまで袋小路の狭い道だったのにッ!

 まるで狐につままれたような気分。つられてリリスさんも隙間を覗き込んで張り付いた。

 白昼夢?

 霊界的な世界に踏み込んだ?

 もしかしてグレンツェンの七不思議?


 アルマの固有魔法(ユニークスキル)魔法(ブレス)(・オブ・)祝福(マジック)】発動!

 幻術。幻惑。転移。いかなるものでも魔力的な残滓が残っていれば、その魔術回路を認識できる我がユニークスキルの威光を見よっ!


 ――――――何も、見えない……!?

 魔力的なものではない、だと!?

 であればなんだと言うのか。

 メリアローザの北部の山脈を越えた先には、チックタックさんや夜叉姫のような【妖怪】と呼ばれる存在がいる。

 彼女たちが使う妖術というのも、魔術回路とは違う形式をとってはいるものの、力の源は同じ魔力(マナ)

 彼らはそれを氣と呼ぶけれど、呼び方や性格が違うだけでアルマのユニークスキルで認識できる限り、魔力と同義のもので間違いない。


 いかなる呼称であれ、それが魔力で発動させたものならば、ブレス・オブ・マジックの適用圏内。のはずなのに……何も見えない。

 暁さんの眼帯の下【驪龍眼(ダークドラゴンアイ)】にも反応無し。

 だとすれば、これは魔力的な力が介在しない何か。信じがたいことではあるが、これが【奇跡】というものなのかもしれない。


 アルマがかつて苦楽を共にした古の魔導書【ナコト写本】が教えてくれた。世界には人、あるいは人々の【想い】を媒介に発現させる特殊な魔法があるという。

 魔力に依存せず、マジックアイテムや聖遺物の力も用いず、極めて純粋な【奇跡】をもたらす。


 今、目の前にある不思議もそうなのだろうか……。問いを投げかける相手はもういない。

 いるとすれば、女主人から託された黄金のオルゴール。

 だけどナコト写本(彼女)と違って呼びかけても応えはない。ネジを巻くと心地よく甲高い音色が響くだけ。


「もしかしたら、そのオルゴールがアルマに会いたがっていたのかもね」


 ロマンチックなことを桜が言ったことに鳥肌が立つ。と顔に出してしまって桜が怒った。

 そんなに怒んなくったっていいのになぁ。本当は結構嬉しいのに。

 アルマの真意に気づかないとは、アルマの親友としてはまだまだですな♪


 そんなふうにおちょくると、暁さんに捕まって頭をわしゃわしゃされて諭された。

 反省すると決まってぎゅ~っと抱きしめてくれる。これがなかなかどうして嫌じゃない。もちろん『暁さんだから』です。なんだか故郷に帰ってきた気分。

 さぁさぁ考えても答えの出ない疑問は一度置いておいて、祭りはまだまだ続くぞ、どこまでもっ!

不思議な雰囲気を纏う女主人のいるアンティークカフェを楽しんだリリスたち。無事にオルゴールを手に入れたアルマ。おいしいスイーツとコーヒーで幸せいっぱいになったリリスたち。

満面の笑みで路地を抜けると、あったはずのカフェは姿を消してしまいました。それはいったいなんだったのか。それはまた別のお話しです。


次回は、キッチン・グレンツェッタのリーダーであるエマが主観の物語。

彼女は今年初めてグレンツェンに住むことになった若人。運営する側となった今でも、参加者側としての世界も見てみたい。わずかな休憩時間を使ってお祭りへ繰り出します。そこにはいったいどんな出会いがあるのでしょうか。

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