自分にできること 2
小休憩にジュースとお菓子。
大枠の担当決めが終われば、あとは食材集めと中間地点での再考とブラッシュアップに全力を注ぐのみ。
本人がいないのに、その人の役割が勝手に決まってしまうのは、こういう会議には付き物ということであらかじめ了承してはいる。だけど、どこか申し訳ない気持ちになってしまう。
本当に嫌だったり適正が低ければ交代すればいい。
ぐぬむ。やっぱり全員いる時にしたほうがいいんじゃないかなぁ。
ぐぬむと唸る私の隣で、ローザさんが仕方ないと諭す。
「でもまぁみんな自分の私生活があるからね。ケビンさんみたいに仕事をしながら参加してる人もいるし。ペーシェとハイジは図書館で動画編集をしてるから今日は欠席。ルージィとウォルフの2人は極度の筋肉痛。なかなかみんなが集まれる日なんてないよ。今はスマホがあるから情報共有だけならちょちょいのちょいだけどね。ところで」
ローザさんがちらりと視線を流した先に凛々しい女性の姿。
ハティさんと親しくする彼女は言葉のバトンを受け取った。
「あぁ、あたしのことかな。外で待っていてもよかったんだが、君たちが話し合ってるところを見てみたくて、無理を言って同席させてもらった。改めて自己紹介をさせてもらおう。アッチェ・レディーフだ。よろしく。アイザンロック王国副騎士団長をやってる。今回、ここに来たのは白鯨漁の打ち合わせのためだ。漁を明後日に予定してるから説明は早い方がいいと思ってな。ま、説明するほどのことでもないんだが」
「「「「「明後日!?」」」」」
「なんだ聞いてないのか?」
アッチェさんは全体を見渡して、最後にハティさんを睨む。
「あ、ごめんなさい。言うの忘れてた。うっかり」
「ちょ…………ハティさん…………」
ハティさんの天然が炸裂。凍り付く空気もなんのその。マイペースな彼女はなんの気なしにおいしいお菓子へ手を伸ばす。
とはいえ、漁自体はハティさんとベテランの漁師が行うので本当に何もすることはないらしい。漁に関しては何もしない。
私たちがするのは船を動かすこと。
その船はアンカーで繋いだ鯨を引っ張って海を渡れるほどに巨大で力強い反面、航海をするにあたって膨大な魔力を必要とする。
ボイラーによる蒸気機関と併用して人間の魔力をも取り込み推進力を得る。
そう、人間の魔力を使う。
人間燃料である。
倫理的にアウトだろうとの意見にアッチェさんも同意するが、それをおしてでも、決して豊かではない大地、恵まれた気候環境とは言えない閉ざされた極北の国・アイザンロック王国にとって、鯨漁の成否は死活問題なのだそう。
冬を越すために必要な食糧を春から確保しておかなくてはならない。それがどれほど過酷な世界なのかなど、夏を涼しく過ごし、冬でもぬくぬくと布団にくるまって安眠できる我々には想像もできない。
人間から魔力を抜き出すとは言っても、機関室には安全機構がついていて、当人の魔力量の20パーセントを切ろうとすると、それ以上の魔力を吸いだそうとしないようになっている。
反面、魔力量の多い人を優先的に狙ってくる性質があるので、寄港時には魔法使いとして優秀な人ほど青ざめるらしい。
恐るべき事実を語りながらも、慣れた人独特の余裕で悲惨な実体験を笑い話にしてしまう。
そんなアッチェさんは豪放磊落な性格ですぐにみんなと打ち解けた。
姉御肌で声も大きく頼れるお姉さんという感じ。落ち着いていて優雅に構えるハティさんとは違う頼もしさを放ってる。
おやつの底が見えると解散ムード。各々が好きなように散っていく。
それじゃあ私たちもと席を立つより先に、さっそくエマさんから素敵な提案が飛び出した。
肌寒い春のグレンツェンの気候に対して、少し暑いと漏らしていたアッチェさんの言葉に気付いたエマさん。これから洋服屋さんに買い物をしに行こうとみんなを誘う。
アイザンロック王国とグレンツェンの春の温度差が如実に違うことに気付いたのだ。かなり着こんでいるように見える姿がアイザンロック王国の春の姿。
しかしそれはグレンツェンの冬はじめぐらいの着こなしである。つまり我々が想像しているよりも遥かに寒いに違いない。
しかも、もろに海風を受ける船上となればさらに寒いはず。そう確信しての提案だった。




