一期一会の白昼夢 4
シェリーさんが騎士団長としての威厳を示して盛り上がったにもかかわらず、暁さんが話題をかっさらってしまったと頬を膨らませる夜咲良桜。
凄いもののあとにもっと凄いものを被せてしまったばっかりに、シェリーさんの影が霞んでしまうことを懸念していたとは。伊達にくノ一をやっていない。
脳筋ばかりが目立つ桜。だけど、頭のキレや先見の明はなかなかにある。
だからこういった事態を予想してしまったのだろう。
暁さんはシェリーさんに謝罪をひとつ、そして相変わらずというか、シェリーさんの立場を慮った行動をした桜をもみくちゃにして褒めまくった。
シェリーさんも気遣ってくれてありがとうと頭を撫でる。頼りになるお姉さん好きの桜。頬を緩ませて恍惚の表情を浮かべた。
いつ襲ってしまうか心配だ。
石畳とダンスして、屋台で時間を潰してもまだショコラの待ち時間は縮まない。
さすがグレンツェンで勇名を馳せるアトリエ・ド・ショコラ。もう少し別の場所で暇を殺すより他になし。
そういえば――――チャレンジャーズ・ベイにはアンティークも販売している隠れ家的カフェがあるとシルヴァさんから聞いたことがある。
それを探索してみるのも一興かも。幸いなことに、ここにいるメンバーの殆どは外国客。
通常営業されているお店ですら非日常。なにも問題はないでしょう。
あとはベレッタさんとシェリーさんだけど…………。
「わたしはみんなと一緒ならどこでも楽しいよ。それに、そういうカフェがあるっていうのは聞いたことがあるけれど、行ったことはないからわたしも行ってみたい」
「私も賛成だ。今後の参考にもしたいしな」
わくわくな乙女が2人。
現地人でも訪れたことのない店は、近くて遠いワンダーランド。楽しみが隠れてると思うとたまらなくなる。
して、シェリーさんが気になることを言ったな。
「今後の参考ですか?」
「あ、いや、なんでもない。気にしないでくれ。私の記憶が正しければ、この路地を抜けて3ブロック向こうだったはずだ。1階が民家で、2階に続く階段の先がカフェだったかな」
はぐらかされてしまった。それにしても、随分とお詳しいですな。さては寄る気まんまんだったのでは?
なにを隠そうシェリーさん。引退後はベルンに猫カフェをオープンする予定でいる。
それがいつになるかは分からないけど、いつか来るであろうその日のために、周囲に内緒で勉強中なのです。
リリスさんも琴乃さんも異世界のカフェに興味津々。特にリリス姫は正真正銘のお姫様。市井に根付いた施設や娯楽スペースというものに目がなくて、それはそれは嬉しそうに楽しそうに前のめり。
もしも1人で歩かせたら、春風に乗ってあっちへこっちへ吹きすさんでいたことだろう。
なんなら全員で飛んじゃいますか、ときたもんだ。
噂以上に行動派。そりゃ穏健派のお兄さんの胃はおろか内臓系はもちませんて。
今にも飛び立ってしまいそうな姫様の手をしっかり握り、きちんと地面に足をつけさせる琴乃さん。
路地をひとつ抜けて、次の路地を…………っと、どうやらこの路地は袋小路のようですね。
突き当たって左右に道があるかと思いきや、何もなかった。引き返しましょうと踵を返す我々の前に明かりが灯る。
天からの太陽光ではない。家屋の中の光が窓格子の形通りに影を作った。
ガラス越しに見える景色はどこか懐かしい風景に思える。シャンデリアの光に照らされて、きらきらと輝く黄金の数々。
厳かで、だけどどこか郷愁を誘う輝きを放つそれらは古美術と呼ぶにふさわしい姿。
まだ触れてもいないのに感嘆の声が漏れてしまう。
時を経てもなお、職人の技術と情熱は生き続ける。その価値をミレナさんたちステラ・フェッロの職人さんに教えてもらった。
シルヴァさんの話しでは、アンティークカフェは1件のみとのこと。
であればここがそうでしょう。たとえそうでなくとも、遠目で見ただけで素晴らしいと分かってしまう芸術品を前にして、扉をくぐらないなんてできません。
からんからんと心地よい鐘の音。こういうのもカフェっぽくて趣きを感じる。
キッチン・グレンツェッタの隣はコーヒーカフェ。そこもこんな音色が響いていた。実際には防犯と来店の報せなわけだけど、カフェに入ったっていう空気感が味わえて、アルマはとっても好みです。
来店の足取りを聞いたとんがり耳の女主人。
小柄で愛嬌のある笑顔。だけど見た目よりずっと成熟していると分かる声色と立ち居振る舞いが年上だと直感させる。
手慣れた様子で挨拶を交わし、席は自由にしてよいとの案内。随分と閑散としているようだ。
アルマの理論脳では売り上げの視点からして、飲食店でありながら席が空いているというのも不思議な感覚を覚えてしまう。
と、そんな不敬な考えは今は封印。ゆったりとできる空間が提供されていると解釈しましょう。
空席を見渡して、それでもやはり目と足は煌びやかな歴史に向かった。
天井に吊るされた大小さまざまなガラス細工。ランタンのような形をして、中には風見鶏のようなものがくるくると回っているものがある。
カラフルな幾何学模様のモビールがいくつも並び、壁に掛けられた油絵はトロンプルイユという技法で制作され、見方によって額縁から飛び出しているようだった。
天井も壁も口をあんぐりと開けて目をぱちくりさせてしまうものばかり。
視線を下に落とし、机の上にところ狭しと置かれているそれらも一見の価値あり。
年季の入ったくるみ割り人形。
幻想的な世界を切り取ったスノードーム。
寄木細工で作られた化粧箱。
シャープな凹凸が美しい切子ガラス。
細かな彫刻の施された象牙の肘置き。
本物の鮫の歯を生やしたサメの置物。
ベレッタさんは天体望遠鏡のような姿を模した万華鏡に夢中でいる。
万華鏡とは簡単に説明すると、筒の中に2枚以上の鏡を配し、筒底に入れた小さな物体を筒ごと回転させることで、ランダムな像を鑑賞して楽しむという芸術品。
安価なものであれば見飽きてしまうこともしばしば。
しかし物を見る目のあるベレッタさん。店主が勧めてくれるがままにくるくると回して楽しんでいたが、ふと目を離して値札を見た瞬間に背筋がピンと張り詰めた。
理由は値段なわけだけど、高価なものにはきちんと理由がある。作品名を【一期一会】と呼ぶこの万華鏡は、次に同じ像と出会うために、延々と回し続けること約1兆年後。間違いなく2度と同じ模様には出会えない。
それほどに精緻で唯一無二と言っても過言ではない代物なのです。これぞまさしく一期一会。
アルマが気になったのはオルゴール。
ただのオルゴールではありません。立方体のそれは各面を細かな歯車が動き回り、機械的な美しさでアルマを魅了する。
店主さんの話しでは、内部にピンのついた球体があり、それをランダムに転がすことで櫛歯がピンを弾いて音を出す。
外側からでは内部の様子が全く分からない。実に摩訶不思議なゴールデンオルゴールボックス。
気になるなら是非にと、ネジを巻かせてもらえることになりました。
専用の鍵を差して手動で発条を回すという手間もアルマの琴線に触れる。
ジ・アンティーク。手間がかかる子ほどかわいいと暁さんが常々言うけれど、もしかしたらこういうことなのかもしれないなぁ。いや違うか。
「おぉ……ランダム…………というのはまだ分からないけど、不思議とリズムを刻んでる気がする。音色もとっても素敵です。特に一斉に回り出す歯車の美しさたるや、見ていて全然飽きません」
歯車を見るとステラの時計を思い出す。
規則正しくくるくるかちかち。目がまわるほどに美しいステラウォッチ。いつかアルマも手に入れたい。
「随分とステラの影響を受けたみたいだな。これはステラ製ではないのだろうが、機械的な美しさというのは、いつの時代も人々を魅了するのだろう」
そうですその通りですよシェリーさん。
せっかくなら、みんなでおそろの時計にしたいですね。
「オルゴールの音色ってなんだかいいですよね。ゆったりとしていて優しくて」
お祭りの熱気から逃げた先、ゆったりと流れる時間を楽しめる音色があるのはなんだか運命すら感じちゃいます。
静寂の中のオルゴール。ベレッタさんがうっとりとして聞き入ってる。
「とてもよく分かります。なんだか懐かしい心地になりますよね」
「でも1周すると飽きませんか?」
「飽き性の琴乃は黙っていて下さい」
意外にも情緒のない琴乃さん。
お姫様の鋭いつっこみが炸裂した。
桜は、まるで興味なさそうだな。シェリーさんの胸ばっかり見やがって。
「(綺麗な音だとは思うけど、何がいいのかさっぱり分からない。ここは黙っておこう)」
「もし気に入ったのなら買ってやるぞ。留学のご褒美はまだ先かなって思ってたけど、アルマは既にたくさんの人たちを笑顔にしている。頑張った子にはプレゼントを贈らないとな」
「いいんですかっ! あ、でも値札が付いてません」
天啓!
しかし値段が書いてない。
なぜなら、
「はい。そのオルゴールにはこちらで値段を付けていません。値段を付けるのは貴女です」
「――――――アルマですかっ!?」
なんという超展開。
女主人さんが意地悪を言ってるわけではない。
目がガチだ。よい意味で。
「はい。貴女です。貴女はそのオルゴールにどれほどの価値を見出しているのか、それを教えて下さい。私はそのオルゴールを大切に使ってくれる方にお譲りしようと決めています」
なんということだ。これは難題だぞ。本当に困ったぞ。まさか購入者自身に値段を、価値を決めさせようとは……。
かわいい顔をして豪胆というか、繊細というか、肝の座った女主人だ。
そもそもオルゴールとかアンティークの値段の相場なんて知らない。マジックアイテムの相場はひと通り頭に入っているけれど、魔力を介さない物理的な芸術品に関しては門外漢。
いったいどれほどの値段のものなのか。どれくらいの値段を付ければ失礼に当たらないのか。
対外的な心配もさることながら、これ自体の価値をどう決めればいいのだろう。
仮にステラの最高級腕時計と比較してみよう。親方が作った自動式発条時計は、強度強化の魔術回路や電波時計システム、太陽光による蓄光機構なども備えていて1本3800万ピノ。シエル換算では約4560万シエル。
対してオルゴールは手巻き式。内部の構造は不明なものの、球体を使ったオルゴールというのはそれほど一般的ではないだろう。
それ以外はアンティークとしての歴史以外に付加価値はないように見える。
ぐぬぬっ…………比較対象が少なくて値段なんて付けられぬ。
でもどうしても欲しい。手元に置いておきたい。朝起きて音色を聞き、夜、夢に入る前に音色を聞きたい。
あああぁぁぁぁぁぁ、自分でも珍しくマジックアイテム以外の物で欲しいと直感した君。アルマは一体どうすればッ!?
素敵すぎて値段なんて決められないよっ!
久しぶりに頭が割れそうなほど悩んだアルマ。ストレスの余り、またうっかり魔導防殻をぶち抜いてしまいそうだ。
「値段なんて決められないッ! きらきらで見た目も音も素敵で、聞いていて心癒される音色に値段なんてッ!」
そう呻いたアルマを見て、女主人は安堵のため息をついたように見えた。
そして優しく微笑んで、
「それが、貴女がそのオルゴールに抱く【価値】なのですね」
そう言うと、彼女は黄金をアルマの目の前に差し出して、にっこりと笑みを作った。
曰く、『これは大切に使ってくれると確信した人にだけお譲りしようと心に決めていました。貴女であれば大切にしてくれると、今確信しました。ですので、どうかお受け取り下さい』と。
困惑するアルマに彼女は、もう一度にっこりと笑って見せ、何も言わずに店の奥に消えてしまった。
いつもなら本当に良いのかと聞き返すところなのだけど、彼女の笑顔を見たあとではそんな気がまったく起きない。
それは女主人が、本当にアルマのことを信頼してくれているから。
嘘偽りなくアルマが、黄金のオルゴールを大切にしてくれると信じていることが分かったから。
立ち去る背中に、感謝の言葉を投げかけるしかできなかった。




