一期一会の白昼夢 3
アイスも食べ終わったところで移動開始。次はシェリーさんの希望でエキュルイュに行きましょう。
プリマやバストさんと共同生活をするようになって食器が足りない場面が増えたそう。なのでここで買い揃えておきたいそうな。
なんせ今年のエキュルイュの目玉商品は鯨の骨を使った工芸品。お皿とスプーンとナイフのセットが目当てだとか。アルマも欲しい。あれはいくつあっても問題ない。
案の定というか当然というか、エキュルイュの店の中は入場規制がかかっているばかりか外も長蛇の列。並んでいる人の噂話によると、昨日もずっとこんな調子で待たされた。さすがグレンツェンが誇る人気工房の1つ。恐ろしい集客力よ。
待ち時間はおよそ1時間。しかし今日を逃すと決して手に入らないであろうことは火を見るより明らか。渋々列に並ぼうとするとベレッタさんの肩に手が乗った。
「いらっしゃい。久しぶりだね♪」
きさくに挨拶を交わす彼女はエリザベス・サイモンさん。エキュルイュの若手職人の彼女は、斬新なデザインが固定客の心を掴む新進気鋭の職人さん。彼女とキッチンのメンバーであるベレッタさんは顔なじみでないにしろ、商売相手という間柄。くわえて修道院の子供たちにカトラリーの販売を依頼した相手でもある。
そういうわけなのか我々を『VIP』と呼んで別室へご案内。商談スペースへ連れ込んで特別扱いをしてくれた。と、お礼を言いながら目の端に移る黒い影。否、見慣れた黒髪ポニーテールに視線が流れる。
なんと桜たちも訪れていた。彼女らはリリス姫が心酔する家具の買い付けに来ている最中。それもあってアルマたちを別室へ連れ込んだという。
「うちはVIPと一見さんは区別する方針だから。そういうわけで、3人のお目当ては何かな。優先的に確保できるように準備してるから、何でも好きなのを言って」
連れ込まれて、自分の立場をわきまえない騎士団長が否を唱える。
「お気持ちはありがたいのだが、ベレッタとアルマはともかく私はVIPではないし、一般客として扱うのが妥当ではないのだろうか?」
「いやぁご意見はもっともなんですけどね、貴女が公衆の面前にいると目立つんですよ。いい意味でも悪い意味でも……」
「ぐぬぅ……そういうことか……」
たしかにシェリーさんが現れて空気が変わった。あれは獲物を見つけた気配そのもの。放っておけば誰かが声を掛けにきたに違いない。その誰かを皮切りに大乱闘が勃発すること間違いなし。そうなればエキュルイュも被害を被りかねない。火事になる前に火種は消すに限る。
よくも悪くもベルン騎士団長は火種になるのだ。人気者は辛いよね。
ともあれこれは僥倖。並ばずとも目当ての品が手に入るならVIPさまさま。お言葉に甘えてカトラリーとプレートセットを5つお買い上げ。シェアハウスのみんなのためにお買い上げ。
もしかしたらキキちゃんたちが既に購入済みかもだけど、それはそれで問題ない。生活必需品は多少の余分があっても大丈夫。ホームパーティーを視野に入れるなら少し多めに欲しいかも。
ベレッタさんはユノさんと自分の分の2つ。シェリーさんはバストさんとプリマの分ということで3つ購入。エリザベスさんのおかげでスマートにお買い物ができました。
さて、青白く輝くテーブルに頬ずりをして幸せそうなため息をついているリリス姫様たちは、これからどうするのだろう。
予定を聞くより早く桜が動き始めた。親友のアルマを差し置いてベレッタさんとシェリーさんの前に出て見比べる。
何を見比べてるのかって?
胸の大きさを見定めてるんですよ。相も変わらずの変態め。
予想通り大きい方のシェリーさんに声をかけた。桜はかっこよくて頼れるお姉さんキャラが好み。余計なことをしでかさないように見張っておかねば。
それからシェリーさん。桜はみてくれは可憐な少女かもしれないけれど、中身は狼だから。汚らわしいケダモノだからっ!
「どうしたんだアルマ。鬼のような形相をしているが……」
「気を付けて下さい、シェリーさん、ベレッタさん。桜は狼なので気を付けて下さい!」
声を上げて牽制する。必死のアルマを一瞥して、桜は淡々と言葉を放つ。
「…………そんなことより、この後の予定がないのであれば一緒に行動しませんか? リリスさんたちがショコラでチョコレートケーキを食べたいと言っているので、そこに行こうかと思っています」
桜はシェリーさん (の胸)を見上げた。
「一緒に動くのは問題ないが……まだ4時手前か。おそらくこの時間はショコラの繁忙期だ。かなり待つと思うよ?」
アルマがアプリで待ち時間を確認しましょう。
「アプリでも待ち時間は2時間ってなってますね。時間が経つにつれて早まっていくでしょうが、今行ってもすぐには座れそうにないです。少し街をぶらぶらして時間をずらしますか?」
「私はそれがいいと思う。チャレンジャーズ・ベイの大通りには出店が出ているからな」
「出店ですか。是非とも行ってみたいですっ!」
アルマとシェリーさんの会話の間、ベレッタさんは大事なことを考えていた。
「(桜ちゃん、『狼』ってところは否定しなかった……ッ!)」
スライムのようにべったりとくっついているリリスさんの耳元でチョコレートを囁く。目が覚めたように飛び上がってチョコレートを叫んだ。清々しいほどに欲望に忠実である。
エリザベスさんに手を振った我々はまず大通りの出店へと繰り出した。てっきり4人は遊び尽くしているかと思いきや、好んで細い裏路地を歩き回っていたので人の多い場所は素通りしたという。
異世界に来て命を狙う人がいる可能性が限りなくゼロに近いとはいえお姫様。お付きの人々の心情からすれば、人通りの多いところを通って欲しいに決まっている。
リリス姫は人気のない裏路地に思いもよらないものがあると信じて宝探しのようにあたりをきょろきょろと見回して歩いた。気持ちは分かるけど、もう少し周囲の人と協調して欲しいですね。
でも真新しいものにわくわくする笑顔を見ると、嗜めるのも気がひける。
人の賑わう大通り。噴水広場には円を描くようにして屋台が並ぶ。食べ物を売るブースもあれば射的や輪投げなんて王道なものも見てとれた。
その中でも最も目立つ出し物が【インパクト・ハンマーパンチ】。
ハンマーに組み込まれた衝撃の魔法を発動させてパンチングマシーンを叩き、反動で飛び上がる麻袋を頂点に座するピエロの鼻まで届かせれば、見事賞品ゲットというアトラクション。
一見すると力自慢が思いっきり叩けばいけそうな気がするけれど、そこはちゃんとバランス調整がなされている。機械の背後にあるつまみを回し、攻略難易度を操作していた。これはこっそりやるようなものではなく、周知の事実で行われているもの。なので不正とかではない。
バランス調整とは別にインパクト・ハンマーパンチには特徴がある。それは衝撃の魔法を使ったゲームであるということ。
衝撃とは、対象とぶつかる瞬間に放つことで文字通り衝撃力を与えることができる魔法。威力については【魔力の練度】×【物理的な膂力】×【インパクトを放つタイミング】で変動する。
魔力の練度が高ければ高いほど高威力になるし、低ければ弱くなる。膂力が高ければ高いほど威力も乗算され、力が弱ければ出せる力も少なくなる。
タイミングについてはいわずもがな。早すぎると威力は半減するし、遅すぎるに至っては論外。瞬間のタイミングを見計らって放たなければならない。魔法自体は単純で簡単なものだけど、最大限の効果を発揮するためには条件がかなり厳しいことで有名な魔法なのです。
その厳しい条件を逆手にとってゲームとして成立させたのがこのインパクト・ハンマーパンチ。最初は剣闘士がインパクトの魔法の練習のために使っていたものをゲームに組み替えたのが始まりです。面白い発想の転換ですな。
最高高度2メートル半。重量5キロの麻袋。筋肉もりもりの現役剣闘士が打ち込んでもピエロの鼻に届かない。もちろん、プロが相手なので難度MAX。景品は一番上等なものでお菓子の詰め合わせ。明らかに子供相手の興行。子供にはかなり手加減しているようだが、大人相手には手厳しいご様子。
シェリーさんはピエロの鼻を見上げて思い出にふける。
「懐かしいな。私も子供の頃に一度やったことがあるよ。あの時は赤っ鼻まで届いたけど、子供用に手加減されて腹が立ったなぁ」
「意外に負けず嫌いだったんですか? 今はそんな感じではなさそうですが」
「子供の頃は尖っていたんだ。今思い返すと顔から火が吹き出そうだよ」
ピエロの足元でシェリーさんの過去を聞いてると、彼女の過去を知るピエロみたいなおっちゃんが現れた。
アトラクションの店主。赤っ鼻の店主さん。
「やぁシェリーちゃん。久しぶりだね。もうかれこれ20年ぶりくらいかな!」
「覚えられてたッ!?」
「そりゃあのふてくされ顔は忘れられないよ。どうだい、今日は難度MAXでやってくかい?」
「ぐぬぅ……っ! そうまで挑発されてはやらざるをえまいっ!」
20年前のシェリーさん……見てみたい。いつかベレッタさんにお願いしてアルバムを見せてもらおう。
ベルン騎士団長の登場に観衆の目が一点に集まる。
現役のプロ剣闘士が失敗に終わったが、騎士団長とはどれほどの実力なのか。
なにより彼女はグレンツェンの誇り。機械仕掛けのゲームなどに負けて欲しくはない。
肉体強化を使って好みの重さのハンマーを手に取る。重さ20キロ。両手で掴んで感触を確かめ、いざ20年越しの再試合。
振りかぶって風を切る。鐘の音のような金属音。麻袋はピエロの鼻を殴打して電飾が光り輝いた。コングラッチュレーションの機械音と共に沸き上がる拍手は、虹色に輝いて称賛の言葉を彼女は浴びる。さすがシェリーさん。期待を裏切らない女性はカッコイイですっ!
しかし熱を帯びた胸に重くのしかかる言葉が聞こえてきたのは気のせいではない。
隣から、『あたしもやってみようかな』という言葉が聞こえた。
桜が呟いたのか。否。
リリス姫か。否。
前に出て指でコインを弾き、やる気まんまんの笑顔を浮かべるのは――――暁さんッ!?
シェリーさんのあとに続こうとするとか勇者も勇者。もはや蛮勇を通り越して失礼。ここは熱が収まるのを待つところでは?
空気の読める桜が止めに入る。
「ダメですよ、暁さん。シェリーさんのあとに貴女が出て行ってしまっては」
「えぇ~いいじゃんいいじゃん。せっかくのお祭りなんだから楽しんだもん勝ちだろ?」
暁さんの感情にシェリーさんも同調してしまう。
「その通りだ。せっかく外国から遊びに来たんだ。遊べる時に遊んでおかないとな」
桜はシェリーさんの前に出て、振り返って暁さんに向き直る。
「だいいち暁さんは魔力を体外に放出できないじゃないですか。インパクトの魔術回路がハンマーに刻まれているということは、これに魔力を流さないといけないんですよ?」
「大丈夫だ。体外に魔力を放出するのが苦手なだけだ。全くできないわけじゃないのは知ってるだろ?」
ぐぬぬと歯ぎしりをする桜の背後で蛇足とばかりに道化が余計なひと言を放った。
「おっ! 威勢のいいお嬢ちゃんだねぇ。いっちょやってみるかい?」
「お嬢ちゃん……?」
「――――――暁ちゃん、頑張って~♪」
リリスさん……いつもは暁さんには敬称を付けるのに、ここに至って『ちゃん』付けとは。悪ノリにもほどがある。
暁さんは歳のわりに見た目が幼いのでよく少女に間違われる。それを利用して商談の際には相手を侮らせたり、有利な立場を整えたりするくせに、自分のことを未熟呼ばわりされることを嫌っていた。
綺麗なまでに琴線に触れた赤っ鼻のおじさん。後悔しても知りませんよ?
放出系魔法が苦手な暁さん。逆に言うと肉体強化などの内燃系魔法しか使えない。
だから、彼女は内燃系魔法ばかり使ってきた。魔力は使えば使うほどに練度が上がる。訓練でなく、実戦で練り上げられた魔力は練度だけならハティさんを越える。
つまり、内燃系魔法に関しては並ぶもの無く天下無双。
そんな脳筋を地で行く暁さん。本来なら展示物と化している最重量の50キロハンマーを片手で持ってぶんぶん振り回す。己の失言ののち、暁さんの視線に違和感を覚えた店主。バーサーカーよろしく憤怒に燃えた笑顔を見るなり難度MAXに切り替えた。
でももう遅い。おこぷんぷん丸の暁さんは大人げない。
柄を両手に持ち替えて、右足を踏み込むとレンガのタイルがクモの巣のように割れた。ざわめきが消え、静寂の中に木霊する音が2つ。鈍い金属音とそれから…………『あたしはこれでも二十歳だぁぁぁあああああああッ!』という怒号。
ピエロの鼻が吹っ飛んだ。
同時に地面に打たれた杭ごと安全柵がロケットのように宙に飛ぶ。
やりすぎである。土の入った袋は爆散。鉄柵は暁さんの頭上に落ち、そのままナイスキャッチ。まるで赤ちゃんを高い高いしてベビーカーに下ろすような流れで、重量200キロを越える鉄の塊を手懐けた。
「ふぅ…………それじゃあおっちゃん。お菓子ちょ~だい♪」
「あ……うん……なんかごめんね。お嬢ちゃんなんて言っちゃって」
「気にしないで下さい。よく間違われるんです」
じゃあそこまでやらんでも……。
その場に居合わせた人、全ての心がひとつになった。




