The Daybreak 1
今回はフラワーフェスティバル二日目の早朝。アルマが企画した空中散歩のスペシャルイベントの様子です。
夜明けを意味するdaybreakはアルマの夢が発進するにふさわしいタイトルだと思います。常にお天道様のような笑顔を向けているアルマしか知らない人からすると、この子には夜があったのかと不思議に思うかもしれませんが、彼女なりの決意を込めた一日の始まりです。
前半はヘラの青春時代の思い出が垣間見えます。
誰しも楽しかった過去があり、それは揺るがないがゆえに安全で、また戻りたいと思う者。
しかし全ての人は時間の流れのままに前に進まなければなりません。老いも若きも、男も女も。今回は懐古と未来へ進む喜びをお楽しみください。
以下、主観【ヘラ・グレンツェン・ヴォーヴェライト】
陽はまだ昇らず夢の中。
春の陽気と祭りの熱気が籠っているのか、暗闇に沈む空気は少し暖かさを残している。
頬を撫でる風は柔らかく心地よい。まるで暖炉の前、微睡みの中、母にカーディガンを掛けてもらうような温かさに似ていた。
そんな気持ちに背を押されて、私は今、旧知の友を待つ。
少しだけ歳の離れた親友。私が若い頃はインターネットなどの便利な道具はなく、どんな高貴な人間も学び屋へ赴いて勉学に励んだものだ。
彼もその1人。グレンツェンへ遊学に来た男は甘いマスクも相まって、すぐに街の人気者になる。
人当たりは良く誰にでも親切。信仰心にも厚く、自分よりも他人を優先するような人。
最初の出会いはグレンツェン大図書館。初めは興味本位だった。有名人の彼が何を学ぼうとするのかを知りたくて、声を掛けたのが始まり。
衝撃的な始まり。
完璧超人に見えた彼が食い入るように読むそれは、対人関係を良好にするための書物。
静けさを尊ぶ聖域で、私は声を大にしたものだ。
そんなもの必要あるのか、と。
客観的に自分を見て、既に充足してそうなスキルに不安があるから学んでるとかなんとか。
いや、もういらないでしょそんなもの。この人はきっと、客観的に自分を見るのが苦手なんだろう。
あるいは特殊な教育環境に身を置いていたがゆえに自信がないのか。
だから私は思った。時間の無駄だと。
その後もよくよく観察してみると、講義や食事のために移動する以外は図書館に住んでいることに気づいた。
図書館と言うよりはもう本の住人。見方を変えれば引きこもりである。
人の海より知識の海に溺れるほうが気が楽だ。そんな印象を受けた。
だから私は思った。これはダメなやつだと。
なんかコイツ、思った以上につまんねぇ。
動機はただそれだけ。具体的に貴方のためだとか理屈っぽく説得するとかは思わなかった。
多分、言っても無駄だから。
今振り返ると、もっと外の世界を知って欲しい。関わることの素晴らしさを共有して欲しい。とかそんな理由だったのかもしれない。
でもその時は、本当にコイツ面白くねぇやつだと思ったものです。
そういうわけで、事あるごとに引っ搔き回してあっちにこっちに連れ回した。
年上であることも異性であることも構わず。立場も弁えずに笑い合った。
時には失礼なことも言ったし、言われたりもした。そうして私たちは友達になったのです。
え、恋人関係にはならなかったのかって?
そんなフラグもあったような気はするけれど、結局、2人は別々の人を好きになって結婚したのでした。
後悔はない。今はとても幸せだ。でもふと考えると、もしかしたら……少なくとも私は彼に恋していたのかもしれない。
こんな曖昧な気持ちなど、一生表に出すことはないだろう。
だって彼は…………。
「早朝よりも早くにお越しいただき誠にありがとうございます。ラファエル国王陛下。並びにベロニカ女王陛下、シャルロッテ姫」
「顔を上げておくれ旧知の友よ。今は君の【友】として来ているのだ。こちらこそ誘ってくれてありがとう。私を含め、妻も娘もこの日を楽しみにしていた」
「それはよろしゅうございました。きっと発案者のアルマ・クローディアンも、その言葉を聞けば喜ぶことでしょう。では此度は時間に厳しくありますので、足早ではありますが移動いたしましょう」
踵を返して裏庭庭園へ続く吹き抜けの門を突き進む。
それにしても【友】か…………随分と遠く懐かしい言葉に思える。
友がお互いに敬語を使うだろうか。
友がお互いにへりくだるだろうか。
友が友に膝をつくだろうか。
分かっている。
お互いに立場がある。
彼は国を統べる王。
対して私は街を治める市長。
対等ではいられない。
あの頃のように……対等ではいられない…………。
あの頃にはもう戻れない。
とても、とても寂しい思いになる。それは彼の日の思い出がとても素晴らしいことを意味していた。
かけがえのない日々だった。
過去に思いを馳せて没頭することはたまには必要である。
過去があって今があるのだから。
でもあまりに考えすぎると、帰ってこられなくなるような気がして……だから私は、意識的に彼の顔が見れなくなっていた。
見ないように心がけていた。
そうでもしていないと、うっかり手を引いてどこかへ連れ去ってしまいそうになるから。




