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アルマの夢、その第一歩! 5

 お風呂のあとの一服は華香るミルクティー。

 ハティ自慢のアップルパイとともに、至福の時間を過ごしている。

 明日の朝は特別な催し物があるとのことで、これを食べたらすぐに就寝してしまう予定。

 あたしとしてはもう少しゆっくりしていたかったけど、それはまたの機会ということで。


 だけど少しなら時間があるので、アルマたちに気になる質問をぶつけてみる。

 それはズバリ、ここで何を学ぶのか。

 留学を推挙した身としては気になるところ。好きなことを好きに学んできなさいと、ふわっとしたお題目で送り出したから、彼女たちが何を学びたいのかを確認しておきたい。


 アルマはもちろん魔法全般。これはなんか分かってた。

 分かってたからこそ、魔法以外にも何か面白いものや興味のあるものはないのかと問う。

 建前では好きなことを学んできなさいとは言った。本音は逆。興味のないことにもある程度、できれば積極的に関心を持ってほしいと思ってる。

 なぜなら、視野を広く持ち、万事を解決するためには多角的な視野と経験が必要だと考えるからだ。

 井の中の蛙も極めれば達人。しかしそれだけではもったいない。それがあたしが世界中を旅して学んだことのひとつです。


 他にはないのか、という質問に、意外にもアルマが返答を繰り出した。


「アルマは魔法の他にデッサンを履修してみようかと思ってます」

「まさかの芸術ッ!?」


 吹き出す桜。

 アルマは目くじらを立てる。


「なんかその反応に嫌悪感を抱くのは気のせいだろうか。文字や魔術回路だけじゃなくて、上手に絵が描けるようになれば、表現できる幅が増えると思ったからです。それにミレナさんの言うところによると、全体の輪郭を捉えて細部を整えていくっていうのは、モノゴトの本質を捉えようとする作業に似ているから、そういう意味でもオススメだ。って教わりました」

「いいじゃないか。とても素晴らしいことだと思うぞ。自分の意思や考えをきちんと相手に伝えるというのは、とても強い武器になる。キキとヤヤはどんなことをするつもりなんだ?」


 なんという成長っぷり。魔法以外に興味を持って取り組む姿が見れただけでも眼福だ。

 感激ですらある。

 さて、キキとヤヤはどうだろうか。


「えっとね、正直なことを言うと何を学べばいいか分からないから、まずはヘラさんがオススメしてる講義を取るつもり。【爪学】っていうのが面白そうだしタメになりそう」

「爪学? 爪っていうと、指先にあるこの爪のこと?」


 リリスは手のひらを揃えて爪を見せる。

 キキは彼女の真似っこをしてみせる。


「そうだよ~。爪って皮膚の親戚なんだって。それから、足の爪がなくなると、上手く歩けなくなるんだって。身近にあるのに意外と知らない爪知識」

「えっ……衝撃の事実なんですけど……」


 気付くと一同は手を広げ、自分の爪を眺める。

 言われてみれば常に生えてくるにも関わらず、爪の正体など知らなかったし、気にもしていなかった。

 爪が変色したら体調に異常をきたしてるとか、そのくらいしか知らない


 他にも、深爪しつづけると爪が短くなって、やがて無くなり生えなくなってしまうとか。

 爪と指の間に詰まっている乳白色の皮 (下爪皮)は細菌が侵入しないようにブロックしてくれているとか。

 正しい圧力を与えていないと爪が変形してしまうとか。

 キキは先に予習するべく、教材を買って見て覚えたという。それだけでも新事実が目白押し。


 やっぱり何世代も先を行く世界の知識には目を見張るものがある。

 いや、もう目を見張るというか、崇めるとかそんなレベル。

 ぜひとも、彼女には面白いと思ったものをたくさん吸収して博識になってもらいたい。


 対するヤヤ。送り出す時には、『自分が無駄だと思うことをしてきなさい』と指示を出した。

 そんな彼女はどんなものに興味を持ったのだろう。

 正直言って、無駄だと思うということは興味のないことに他ならない。

 無駄を強いるのもあまり得策ではないのかもしれないと思ったけれど、固有魔法(ユニークスキル)もあって効率を重視する彼女の視野は狭くなりがち。

 これは必要悪……否、言うなれば必要無駄なのだ。


 あたしの言いつけをしっかりと守るヤヤ・ランヴィ。さっそく無駄なものは何かと考えた時、ふと思ったのが【うんち】だったらしい。


 おっと……そんなところに辿りついたか。これは完全に予想外だ。

 ヤヤ曰く、『あるからこそ肥料に転換しているけれど、そもそもうんちって必要ないのではないか。うんちに栄養があるなら、なぜ人間はうんちに含まれる栄養まで全部吸収しないのか。排泄物がなければクリーンな世の中になると思う』のだそう。

 それは考えたこともなかったよ……。


 この疑問を晴らすべく、何かうんちにまつわる講義がないかと探してすぐに見つかった。

 その名も【うんこ学】。

 あるんかいっ!


 しかもヘラさんのオススメレベル星3つ。3つ中3つ。つまりイチオシということである。


 他にも面白そうなタイトルから、意味不明なものまで並ぶ。

【キノコと歩く世界旅行】

【一神教と多神教の功罪】

【正義学】

【地政学】

【基礎魔法学】

【焼肉と鉄板】

【今とこれからの植物礼賛】

【枕と頭】

【おうちで出来るホットヨガ】

 などなど、聞いたこともないお題目が踊り狂う。


 最初に受けた印象は『面白そう』。知識欲をかき立てられるものばかり。

 中には知っていれば、一生を通じて通用するような講義も含まれる。

 なるほど、遠出してでも学びとりたいものがあるというのは力強い。

 グレンツェンで開催される講義のために、ベルンからシャトルバスに乗り込む人もいるらしい。

 インターネットを使って国境を越えて学びを獲得したいという人もいる。


 凄いのは学ぶ人だけではない。講義を開催する教授――あるいは講義を開く一般人――も、日々研究と研鑽を積み、毎年、変化に富んだ内容を展開している。

 時には『去年はこう説明したけど新しい発見によって定説が覆ったよ』とか、『前回からグレードアップして、新しい価値観を生み出してみました』など、進化を遂げていて、毎年履修しても飽きないと評判の講義も存在する。


 そうしてファンを獲得した人は数知れず。『好き』を突き詰めて世界に貢献した人は多くいた。


 グレンツェンが世界に貢献しているのはこういうところなのだろう。感嘆と称賛の言葉が自然に漏れる。

 これらを強烈に推し進めるヘラさん。改めて、素晴らしいの言葉を贈りたい。

 そのヘラさんは明日のスペシャルイベントにお越しになるとのこと。あたしはグレンツェンにおいそれとは足を運べない距離にいる。ここでしっかりと、お礼の気持ちを述べておきたい。

 どれだけあたしが感謝しているかを知って欲しい。昨日にたくさんプレゼントをしたけど、まだまだ全然足りないな。


 今度は是非にグレンツェンに来て欲しい。すみれたちを七夕祭りに呼んでいる。その時に一緒に来てもらおうか。

 グレンツェンでは2か月の夏季長期休暇が普通らしい。日取りを合わせてもらえるなら最上。明日、相談してみよう。


「ヘラさんをメリアローザにご招待ですか。以前お越しになられた時はそれどころではありませんでしたからね。いっぱいおもてなしをさせて欲しいです」


 以前、というのは約3年前。アルマたちがまだひねくれていた時分。

 タイムスリップしたヘラさんからすれば、およそ20年前。

 うん、月日の差はもうどうしようもないな。

 とにかく全力で接待だ。


「そうだよな。ヒコーキとやらにミサイルってものが飛んできて爆散した衝撃で異世界転移したって言うし。今でも信じられんが……とにかく明日に相談してみよう。様変わりしたメリアローザと暮れない太陽を見て欲しい」


 さて、と腰を上げてあくびがひとつ。明日の朝は極めて早い。

 日の出よりも早く起きて空中散歩の準備がある。

 特別な日の特別な朝。

 きっと一生忘れられない思い出になることだろう。


 部屋の明かりを消してアルマと一緒のベッドで眠る。こうしてみると、彼女と一緒に床につくのは初めてだ。

 だからアルマがツインテールを解いてストレートの髪をなびかせる姿も新鮮に映った。


 横顔を見て思う。

 うん、やっぱりポニーテールが似合う金髪をしている。

 アルマには一度でいいからポニーテールにして欲しい。

 頑なにツインテールを崩さない彼女を納得させるにはどうしたらいいものか。

 う~む………………それはまぁ今度にするか。


 寝る前にひとつ伝えることがあるんだった。

 アルマを横に据え、まずは大きく抱きしめる。

 困惑する少女の顔に微笑んで、あたしは言葉を投げかけた。


『本当に、本当によく頑張ったな』


 心からの労い。そして過去への清算を共に喜びたい。

 魔法で誰かを幸せにする。

 彼女の抱いた、あるいは大切な誰かから受け取った想いを遂げた少女は、満面の笑みで応えてくれた。

 本当に……本当にアルマはあたしの誇りだ。彼女の笑顔はあたしをいつも幸せにしてくれる。

 魔法がなくても、彼女は誰かを幸せにできるのだ。

 魔法があるなら、もっと多くの人々を幸福にできる。

 あたしは今日、それを確信した。

見事にアルマの夢は叶いました。

魔法で誰かを笑顔にする。実に素晴らしいことです。

そしてこれからもアルマは誰かの笑顔のために頑張るでしょう。

アルマの情熱は伝播して、多くの人の胸を焦がすことでしょう。


次回はスペシャルイベントの空中散歩でみんながうっとりしてしまいます。

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