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アルマの夢、その第一歩! 3

以下、主観【紅 暁】

 電車に乗ってがたんごとん。

 窓の外の景色がもの凄い勢いで過ぎ去っていく。

 ふかふかの絨毯が打ち込まれた長椅子は快適そのもの。

 あたしの故郷であるメリアローザを巡回する馬車は、木組みと鉄の金具で出来た昔ながらの荷馬車。人が乗り、馬が引く。


 しかしこれはどうだ。電気と歯車で動くというではないか。歯車はまだ分かる。カラクリ人形だとか、風の力を使った風車小屋の中では、小麦粉を挽いていたのを見たことがあるからだ。

 さらに電気とな。

 あのバチッとくる静電気と同じ力。

 意図的に電気を発生させて動力にしているとな。


 …………全く理解が及ばん。

 魔力で動くならまだしも、電気で物を動かせるとは……そういえば、フレナグランの裏に太郎が作った洗濯機なるものも、電気で動かしているとかなんとか言ってたっけな。

 兎にも角煮も……じゃなくて、兎にも角にも機械文明の凄さに驚かされてばかりでお祭りどころではなかった。

 メリアローザに持ち帰りたいものが山ほどある。


 白物家電から始まって、調理器具に至るまで全部。そう全部だ。今度アルマたちが帰省する時には、彼女たちが便利だと思う物を買ってこさせよう。

 まずは路面電車。これの技術が欲しい。なんとかして手に入らないものか。ヘラさんに相談すればなんとかなるかなぁ。


 お祭りを楽しみにきたはずなのに、ついつい仕事のことが頭をよぎる。病気ですかね。職業病。

 その点においては彼女たちを見習わなくてはならない。


「う~ん! このお饅頭の中身、とろとろの角煮が入っています。胡椒の効いたお饅頭もスパイシー&ジューシーでデリシャスっ!」

「本当に……おいしいんですが……もう食べられません……リリスさんはよくそんなに食べられますね」


 うん、楽しむってところだけ見習おう。


「おいしい物は別腹ですっ!」

「つまりは全部別腹行きですね」

「そういうことです。それにしてもどうしたんですか、暁さん。ずっと顔が険しいですよ。すまいるすまいる☆」


 元気だなー……。

 リリスも琴乃もまだまだ余裕を残してる。

 一番若く、冒険者として活躍する桜が疲労困憊とはこれいかに。

 消費するエネルギーがタンパク質じゃなくて乙女パワーなんですかね。それならきっと…………だとすると、あたしの乙女パワーが少ないということじゃないか。

 よし、このことは考えないようにしよう!


「ああ、いやすまん。文明レベルが違いすぎてお祭りどころじゃなくてな」

「そうですか。全力ではしゃいでいたように見えましたが」

「前半はイケイケどんどんだったけど、お昼に落ち着いた頃に思い返して……どこもかしこも凄いなー凄いなーって……」

「また仕事スイッチが入ってしまったんですね。暁さんらしいと言えばらしいですが」

「大丈夫ですよ。これからキキちゃんたちのシェアハウスなる場所へ行くのですから。たまには仕事のことなんて忘れて、楽しんじゃいましょうっ!」


 そう、我々は今、アルマたちの住まう地へと赴いているところなのです。アポなしで。

 本当なら事前に連絡を取って知らせておく必要があるのだけれど……なんせ連絡手段がないからな。

 桜がテレパシーでアルマに連絡しようにも、受信先が取り込み中なのか全然応答がない。携帯電話なんてたいそうなものもない。


 というわけで突撃家庭訪問です。身構えない彼女たちの私生活をのぞきたいと思います。ぶっちゃけそれが本命です。

 ぴしっと決まった彼女たちも素晴らしい。しかし、プライベートのゆるっとだるっとしたアルマたちも見てみたい。


 そういうわけで連絡を取りませんでした。

 桜にも連絡がつかないならつかないでよいと伝えた。とりあえず試みただけのポーズだけとっておけば良いと説明して、通信は最小限に抑えさせた。


 路面電車を降りて目の前に巨大な食品市場…………もといスーパーマーケット。

 見たこともない巨大な市場を目の前にして、少しだけならと足をのばす。

 入り口は手も触れていないのに勝手に開くガラスの扉。

 店内から吹き抜けてくる冷たい空気が足元を抜けて後ずさる。それは生鮮食品の保存のために、店舗全体に効かせているクーラーのせい。

 だけどそんなものの存在など知らない我々には、突然北風が吹いたと思い大混乱。


 周囲の人たちは特段気にしてもいない様子なので、身の安全は保障されてるのだろうけど……これだけ大規模な施設の内部の温度を低く保つとか、どんな魔方陣を構成しているのだろう。

 そんな的外れな議論を本気でやっていたあたしたちは本当に田舎っ子そのもの。


 目の前に広がる景色はよく見る市場のそれに似ている。棚の上には色とりどりの野菜が並べられている……が、ものによっては薄い膜に包まれた商品が置いてあった。

 ビニールなんてものが存在しない世界から来た住人には、それがなんなのかさっぱりわからない。

 外部からの衝撃や干渉を阻害しようとする何か程度だろうということぐらいしか分からない。


 しかしなぜだ。そもそも買ってすぐ使う食べ物を長く保存しようとするなら、乾燥させて水分を抜いておけばいいような気がするんだけど…………。


 他にも固い紙でパッケージングされた商品がたくさん並んでいる。

 たくさんというかもう数えきれないほど。紙には商品イメージを模した絵。裏側には調理の方法が事細かに記載されていた。

 しかも他のものと寸分違わぬデザイン。一糸乱れぬ文字の列。これだけのものを作るのに、一体どれだけの人間が関わっているのだろう。

 中身の商品はもちろん、製紙、デザインの決定、絵付け、商品の流通からここにくるまで、どれだけの工程を踏んでいるのか見当もつかない。

 もしやこれも機械の力だというのか。人間の労働力を機械に置き換えて代替しているのだろうか。

 だとすれば……機械文明とはあたしが想像していたよりも遥かに凄い力を持っているに違いない。

 なんということだ……頭が痛くなってきた…………。


 お祭りエンジョイバーストモードで細かい事は気にせずにいたあたしは、現実に引き戻されて酔い始める。

 ダメだ……ここはダメだ……色々と考えさせられすぎてどうにかなってしまいそうだ。


「大丈夫ですか暁さん。お顔が優れないようですが」

「ああ、大丈夫だ。リリスは随分と機嫌が良さそうだな……両手に持っているそれは…………?」

「よくぞ聞いてくれました。見てくださいよコレ。なんと全部チョコレートを使ったお菓子なんですよ。こんなにもたくさんの種類のチョコ菓子があるんです。ケーキに使ったりそのまま飲んだりする以外にも用途があるんです。凄くないですか。凄くないですかっ!」


 嗜好品大好きお姫様の目から光線が発射されそうな勢いである。


「そ、そうか……お金はあるから好きなだけ買っていこう。甘いものならみんな喜ぶだろうしな。でもほどほどにしておくれよ。琴乃と桜は?」

「桜ちゃんは綺麗なお姉さんのあとをつけて行きました。琴乃はお魚屋さんのところにいます」

「桜め……とりあえず桜を先に回収しに行こうか」


 相変わらず欲望に忠実なやつよ。そこがかわいくもあるが、見知らぬ土地で暴走されては困る。

 ましてやここはヘラさんの治める街。何かあっては彼女に顔向けできない。

 さすがにいきなり襲うなんてことはないだろうけど……気持ちが振り切った桜は何をするか分からないからな。

 結構キレやすい性格をしてるし。

 心配だ。

 心の底から心配だ。


 やってきたのは総菜コーナー。なんと作り置きした料理を量り売りという形で提供しているのだそう。

 メリアローザには軽食のテイクアウトや屋台で食べ物を売って歩く習慣はあれども、晩御飯に出す料理を他から手に入れるという習慣はあまりない。

 あるとしても、食堂で余った食材を自宅に持ち帰って食べる程度。


 ひと皿あたりの単価もそれほどお手頃価格というわけでもなさそう。

 だったら外食をすれば良いのではないだろうか。買うくらいなら自分で作ればいいのではないだろうか。

 これはなんというか、外食は控えたいけどお家で『ちょっと贅沢したい』と『料理の手間を省きたい』という2つを足して2で割ったようなところにあるものではなかろうか。


 コストパフォーマンス的にいかがなものか。面倒くさがりにはウケそうだ。考えれば考えるほど高コストな気がしてくる。

 分からん。あたしには分からん。生活習慣が違いすぎて分からん。


 うんうん唸っても答えが出ないので、考えるのをやめることにします。

 考えても仕方がないことってあるよね。こういう時の『諦めが肝心』。分からないことは分からないので考えないようにしています。


 さて、考え事を放棄して次は桜の回収だ。

 綺麗なお姉さんにがっちり捕まって総菜の試食を堪能するこの子ったらもう本当にちゃっかりしてるなぁ。

 さっきまでお腹いっぱいでもう食べられないとか言ってたくせに、お姉さんにお酌をしてもらえると別腹になるんだからなぁ。みんな都合のいい別腹を持ってらっしゃる。


「は~い、あ~んして♪」

「あ~ん、もぐもぐ。おいしいです。ニンニクのパンチとチーズが絶品です」

「そうでしょう。パーリーでも人気のオイルサーディンなの。すりおろしたニンニクをオリーブオイルと一緒に火を入れて、それをパテで塗って焼いてカマンベールチーズをまぶすだけって結構簡単なんだけど、おいしくできて家庭でも作れるって評判なの。もちろん、秘密の隠し味が入っているけれど」

「秘密の隠し味ですか?」

「それはね…………【愛】よ」

「買います。あるだけっ!」

「ありがとうっ!」


 完璧に餌付けされてんなぁ……。

 たしかに焼きたてのそれは近くに寄っただけでいい匂いがする。

 味もニンニク以外の刺激的な素材が使われているのは間違いない。見た目には分からないが、使っている魚に赤唐辛子が挟みこまれ、ひと晩寝かせて唐辛子の成分を染み込ませた特製オイルサーディンなのだ。

 これが本当の隠し味。家庭で簡単にできるようなものを売りはしない。


 まぁ油物は始末するのが面倒だからっていう理由で嫌煙されがちだから、総菜コーナーではよく好まれているのはたしかではある。

 しかしなるほど、それなりに工夫をしつつ愛嬌で売っていく感じか。桜はちょろすぎたけど。

 人当たりも良さそうだし美人だし、商売をする上での付加価値も考えられている。勉強になります。


 結局アルマたちの分もと、かなりの量を手に入れた。アルマの名前を出すなりレーレィさんが反応して、よかったらこっちもどうぞと勧めてくれる。

 どうやらアルマたちもよくここを利用しているらしく、めぼしい常連客の好みを把握している様子。

 そんなアルマのお気に入りはキノコが主役のマリネ。しめじ、マッシュルーム、ひら茸に薄く切った玉ねぎ、スライスしたスモークサーモンを和えて酢とレモン汁で味を調えた見た目も美しいひと品。

 アルマのためと言われてしまっては買わないわけにもいかないだろう。

 あたしも大概ちょろかった。


 ようやくレーレィさんの小悪魔的な笑顔から脱出。あとに残るは琴乃だけ。

 どこからともなく魚の焼けたいい匂いがする。他のブースでも料理を作って販売しているのだろうか。オープンキッチンスタイルは人が集まるところでは有効な手段だ。

 食欲をかき立てて購買へ導く。商人の常套手段。よく分かっていらっしゃる。


 ちょうどお魚屋さんのほうから漂ってくるではありませんか。

 こうばしい魚の香りと焦げた醤油のハーモニー。シンプルに焼き魚かな。

 単純故に奥深い焼き魚の世界。串打ち三年、焼き一生。そう呼ばれるほど焼きの世界は底が知れない。


 焼きと言えばやはり鮎の塩焼き。旬の時期を迎えると必ず秋風亭のそばの河原で行われる焼き魚大会に出向いては、秋の空を眺めて食べる塩焼きが格別なんですなぁ。

 イワナの塩焼きも良いですなぁ。

 サンマの蒲焼きもたまらんですなぁ。

 想いを馳せ始めたらお腹空いてきた。あたしの別腹スイッチは四季を眺めて食べる旬の食材なのかも。


 さぁさぁそれじゃあ、あたしはアルマたちのために焼き魚でも買って行きましょうかね。

 道中手に入れたファストフードもあるけど、これはまぁ食べきれなかったら朝食にでもすればいいでしょう。


 かぐわしい匂いを辿り、目的地につくと、そこは魚屋さんとは思えない光景が広がっていた。

 なんと美少女が口から火を噴いて魚を丸焼きにしながら醤油タレを掛け流しているではないか。

 面白い趣向の催し物か。否、火を噴く少女に見覚えがある。ちょっと小柄で人懐っこい顔つき。

 好きなものには全力で突っ走る。興味のないものにはとことん無頓着な姿勢を貫きそうな風貌をしている。まるで琴乃ような顔つき。優しそうな目元も、着ている服も、声色も…………ていうか琴乃自身だった。

 なんで火を噴いて料理を始めているんだ?


「あ、暁さん。ちょうど食べごろなサンマがあったんで焼いておきました。みんなで食べましょう」


 謎の自然体。

 特別なことをしてるという雰囲気が感じられない。


「まぁおいしそう。さすが琴乃。いい塩梅ですね」

「いや、いやいやいや……ここでやらなくてもよくないか? しかも購入前の商品だろ」

「え、お魚屋さんってこういうところですよね?」

「え、アルスノートではこれが普通なの?」


 質問すると、なぜか得意げになるリリス。

 まるで自分の姉か妹のように自慢する。


「説明しましょう。琴乃は6人兄弟の長女。なのでお昼ご飯はたいへんです。お腹ぺこぺこぺこりーなのおチビちゃんたちの面倒を見る必要があります。しかし両親含めて8人分の料理を作るのは時間がかかります。そこで彼女は調理時間を短縮するため、移動しながら料理をします。特に焼き魚は火入れをするだけでいいので帰り路で調理をしてしまいます。お魚屋さんの前でファイヤーするのは日常茶飯事です」

「茶飯事なのか。しかし屋内でファイヤーするのはマズいんじゃ……」


 店主らしきマッチョメンに目配せ。

 彼は怪訝な表情をみせることなく、むしろ、現状を楽しむような笑顔でいた。


「いやいや大丈夫だよ。ここは自由が売りのフュトゥール・パーリー。お客さんがファイヤーしても問題ないよ」

「ほ、本当ですか?」


 問題ないの?

 火災の危険とかあると思うけど。

 メリアローザでは絶対にできない行為。火事対策も機械でしてるのだろうか。


 あたしの心配をよそに、彼は白く健全な歯を見せて笑顔を貫く。


「むしろ助かったよ。いやぁ生魚の扱いを始めたんだけど、やっぱり調理前だとあまり売れ行きがよくなくてね。でも彼女が調理してくれるからあとは買って食べるだけ。やっぱり調理方法を広めるか、魚に対する意識を変えるか、今まで通り調理済みのものを売るか。ヘルシーなイメージはあるから、多少人件費をかけて売っても売れるしなぁ」

「調理前の素の素材のほうが安価ですが、魚文化が浸透するまでは調理済みで売っていくのが無難でしょうね。徐々に調理方法の講習会などを行ってハードルを下げていく努力が必要かもしれません。あ、すみません。出過ぎたまねを」

「いやいや、貴重な意見をありがとう。やっぱり提供している側と消費者側では認識のずれがあるからね。はっきり言ってもらえると、こちらも助かるよ」


 仕事人の会話を店長さんとしている間にも、琴乃は楽しそうに魚をファイヤーした。ノリのいいお客さんの拍手が加速して、片っ端から捌いて焼き上げていく。

 さすがリリス姫を補佐し、家族の面倒まで見るスーパーお姉ちゃん。手際の良さはフレナグランの厨房を預かる歴戦の戦士と遜色ない。


 見事に炎を操って魅せる彼女の手元を物珍しそうに見るギャラリー。

 それもそのはず。グレンツェンで魚料理というと、フライパンの上で切り身を焼くか、マリネのように生で食べるスタイル。それからスモークにしてしまう方法が一般的。

 琴乃がやっているように、超高火力の直火の中を魚に泳がせるなんて景色を直で見たことは殆どないのだ。


 火に炙られて身を白く変化させ、肌を焦がし身を翻す。なにより魚独特の上品でこうばしい香りが鼻をくすぐる。

 きらきらと輝く美しい油が溶けて落ちる姿を見ると、今にもかぶりつきたくなるのひと言。

 ああ……早く晩御飯が食べたいなぁ。お腹が減ってきちゃったよ。

 時間もそこそこに会計を済ませ、いざアルマたちの安住の地へ突撃だ。

 お礼にと言って持たせてくれたのどぐろは刺身にしようか焼き魚にしてしまおうか。これは迷う迷う♪


 さて、入り口前にすみれの花が植えてある花壇。波立つレンガの壁に沿って進むと玄関がある。

 庭は広く大勢で集まってパーティーが出来るように工夫されていた。奥には紅葉の樹が3本。秋になれば実が落ちて、紅葉饅頭が楽しめるだろう。


 ちなみにここで言う紅葉の樹とは、手の平のように伸びた葉が二枚貝のように上下に生える樹木の一種。二枚貝の形をした葉の中には種が入っており、その種を守るように水饅頭状の実が成っている。

 秋になると葉とともに地に落ちて、葉は天ぷらに、実は練って漉して饅頭に、種は紅葉珠に加工して装飾品やマジックアイテムとして用いる。実に便利な樹木なのだ。

 秋になると饅頭を作るため、その素材集めのために森に子供たちを放っては、みんなで楽しく秋の味覚を堪能するのです。

 毎年秋は楽しみがいっぱい。甘くやや酸味のある紅葉饅頭は秋の風物詩でございます。


 そんなふうにして食欲の秋を待ち遠しくすると、家の中から大きな足音が聞こえてきた。

 何をそんなに急いでいるのか。バタバタと音を響かせて扉が勢いよく開く。

 音の主は金髪ツインテールのふりふりフリルがかわいらしいアルマじゃないか。満面の笑みを浮かべていらっしゃいと放ってくれた。


 空中散歩のあとで疲れているかと思いきや、元気いっぱいな様子で手を引っ張ってくれる。

 しかしまだ戸も叩いていないのになんで分かったのだろう。

 その理由はすみれの忘れ物にあった。どうやらどこかで大事な牛革のバッジを失くしてしまったのだそうな。

 そういうわけで、ちょうどアルマが敷地内に探知の魔法をかけたところ、我々が引っかかったという流れ。


「事前に知らせてくれましたらおもてなししましたのに。珍しくアポなしですが、何かあったのですか?」


 さすが自慢のアルマ。よくできた子だ。

 だからこそ、連絡をしなかったんだけどね。


「すまんすまん。アルマたちの飾らない私生活を見てみたいと思ってな。お土産をいっぱい買ってきたぞ。みんなで晩御飯にしよう。すみれとハティはまだ帰ってきてないのか」

「ハティさんたちはもう少し時間がかかるかもです。牛革のバッジが見つかればいいのですが」

「まぁハティがいれば大丈夫だろ。それにしてもアルマ、本当に素晴らしいものだったぞ。みんな楽しそうにしていた。夢の第一歩は大成功といったところかな?」

「はいっ! みなさんのおかげで大成功です。そうだ。キキちゃんもヤヤちゃんもすっごく頑張ってくれたんですよ。ヤヤちゃんなんて、即興で光のお絵描きを作ってくれて、みーんなを楽しませてくれました!」

「どややぁっ!」


 ヤヤのドヤ顔。いつ見てもかわいらしい。

 素晴らしき自己肯定感の高さよ。


「ああ見てたぞ。さすがの機転だったな。あたしは体質のせいでお絵描きはできなかったけど、見てるだけでもとても楽しかったよ。キキもすっごく頑張ってたな。偉いぞ。そぉ~れ、2人ともむぎゅ~☆」

「「ひゃ~ん、むぎゅ~♪」」

「あーっずるいです。私もむぎゅ~☆」

「「むぎゅぎゅう~♪」」


 この感覚も久しいな。褒めてあげる時には全力で抱きしめてあげる。これが暁流褒め術 (相手による)。

 アルマもむぎゅ~っとして褒めちぎる。と、彼女は嬉しそうに笑顔でいながらも、今にも泣きそうな顔をするではないか。

 何か粗相でもあっただろうか。まさか、まさかのハグ卒業!?

 もうそんな子供っぽいお年頃ではないと申すか。

 それは困る。あたしは時々、かわいい子供たちを抱きしめたい衝動に駆られるのだから。


 心配をよそにアルマは桜に対峙。九死に一緒の大親友。

 何か言いたいことがあるのか。メリアローザではいつも一緒に行動する仲。ホームシックならぬフレンドシックにかかっていたのかもしれない。


 負けず嫌いで気の強いふりふりフリルを着た少女。そんな彼女も寂しいこととかってあるんだろう。

 逆に言えば、それだけメリアローザのことを愛してくれているということだ。嬉しいことじゃないか。

 達観するのも束の間。アルマは桜を抱きしめて全力で泣いた。

 号泣と言っても過言ではない叫び声に、さすがのあたしも面食らって動けない。

 アルマが人前でこんなに泣き叫ぶなんて見たことがない。何があったのか。それは彼女の涙の中にあった。


「アルマ……魔法でみんなを笑顔にできたよ。ずっとずっと……戦うことしかできなかったアルマが……魔法で誰かを幸せに…………ううっ……桜……さくらぁっ…………!」


 抱きしめて、桜が抱き返して優しく微笑む。


「そうですね……本当に、本当にアルマは頑張り屋さんで素敵な女性だと思います。友として、苦楽を共にしてきた親友として、貴女は私の誇りです…………本当に…………本当に、凄いと思います…………ッ!」


 抱き返す桜の頬は紅潮し、一筋の涙が流れ落ちた。

 彼女たちは辛く険しい道を生き、それでもなお誰かのためを思ってあがいてきた。

 その芽がついに芽吹いたのだ。生きるために人の生き死にを見、時には大好きな魔法で絶やす命もあっただろう。

 それがどれだけ辛く、寂しく、切ないものだったか。


 幸福を求めて、だけどそんな余裕もなくて。2つの花が朽ち果てようとしたあの日。あの場所にあたしが居合わせたことは天からの祝福だったに違いない。

 抱き合う2人を見て、あたしは強く確信した。

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