フラワーフェスティバル開催! 3
思い出せ小鳥遊すみれ。
記憶を掘り起こすのだ。
朝目覚めて支度を整え、枕にしてるバッジをゆきぽんから受け取り、忘れないようにそのまま胸元に取り付けた。
鏡で見て確かに確認してる。
でも今はどこにもない。
なぜ、なぜにwhyッ!?
「お、落ち着いてすみれ。探せばどこかにあるはずだよ。どこで落としたか覚えてない? 心当たりとか (ペーシェ)」
「どこで落としたか覚えてたらこうはならあいたっ! (スパルタコ)」
「タコ野郎は黙ってろ。誰か、どの時点でバッジがなかったか覚えてない? (ルーィヒ)」
そうか。目撃者がいれば、その時点から時間を遡ることができるかもしれない。
ルーィヒさん、あたまいい!
手を挙げたのはシルヴァさん。真相やいかにっ!
「それなんだけど、実はキッチンに入って来てから見てないわ。ごめんなさい。てっきり付け忘れてるだけだと思って指摘しなかったの」
がーん!
いやしかし、つまりキッチンが始まるより前に紛失したということ。
謎は少し解けた!
「そうか、ということはここに来る間にどこかで落としたのかもしれんな。落とし物センターに問い合わせてみよう。当の本人がコレだからな (ルージィ)」
「しっかりしろ、すみれ! 顔が七色に変化してるぞ。どうやってるんだ教えてくれ! (ミーナ)」
「それは魔法とかそういうのじゃなくて。と、とにかく深呼吸して。必ずどこかにあるはずだから (ペーシェ)」
あると言われてもここに無いわけで。
どこかにあるかも分からないわけで。
そもそも無いはず無いのになぜか無いわけで。
もう何がなにやら分からない。
それよりなにより、バッジはみんなと同じ時間と努力を重ねた結晶。絆の証。そう信じていた私は自らそれを放棄してしまった。
自らみんなとの絆を手放してしまった。
そう感じていたたまれない気持ちと、強烈な悲しみに襲われて、このままでは死んでしまいそうなほどの後悔に苛まれて、あぁもう一体どうしたらいいのでしょう。
そんな、はずないのに……大事な思い出を棄ててしまったみたいで、どうしようもなく悲しくて、うっ……うぅぇえええぇえええええぇぇぇぇぇえええッッッ!
★ ★ ★ 【ペーシェ・アダン】
いつもニコニコ笑顔のすみれが狼狽している。目に涙を浮かべては滝のように流す。
ピュアかっ!
バッジはみんなとの絆の証。それを失くしてしまって、どうしようもない悲しみに苦しみ悶えている。
ピュアかっ!
心配する反面、彼女が本当にキッチンのメンバーと過ごした日々を大切に想ってくれていることに喜びを感じる。
あたしもそうだ。本当に彼ら (スパルタコを除く)と過ごした時間は楽しかった。きっと今まで生きてきたどんな経験にも勝る出来事の数々。
同じ方向を見て、みんなで歩んだ轍は決して消えないプリザーブドフラワー。
なんて……ことを思いながら、か弱く泣き叫ぶすみれもまたかわいいなぁと、よだれを垂らしてしまうあたしは変態でしょうか。
はい、変態です。この世に変態でない人間などいないのです。
よっしゃ、ここは親友としてはぎゅっとしてあげようじゃないですか。
優しい言葉と共に小さな体を抱きしめる。するとお姫様は泣き止んで、上目遣いで感謝の雷を放ってくるんだからもうなんかヤバいよこれお持ち帰りしていいですかねッ!?
てゆーかめっちゃいい匂いするんですけど。
これがすみれの香りなの?
どんなシャンプー使ってるんですか?
フェロモンですか?
一生嗅いでていいですか?
邪な欲情にさらされてるなどつゆしらず、純真無垢な少女は涙をぬぐって上目遣い。
心の底から感謝の言葉と笑顔をむけてくるんだからああああもうほんとちょーちゅーしてえーっ!
「ペーシェさん……いつもいつも、本当にありがとうございます。ペーシェさんにはいつも助けられてばっかりで、今朝も助けられて、本当にありがとうございます」
頑張れあたしの理性。
ここで暴れたら全てが台無し。
「いやいや、友達として当然のことをしたまでだよ。困ってたら助けなくっちゃって思うじゃん?」
そう笑顔を向けると、お返しに満面の笑みで『ありがとう』のケラウノス。
死ぬ……すみれがかわいすぎて死ぬ…………。ハイジじゃないけど鼻血出そう。やべっ、よだれが垂れた。
それにしても奇妙だ。今朝がたきちんと確認したのなら、それは間違いないのだろう。
となるとやっぱり家から出て、ここまで来る間に何かハプニングでもあったのだろうか。
質問するも、それらしいことは起こらなかったそうな。
人とぶつかってしまったりとか、壁に引っ掛かって外れたりとか、はたまた鏡の中のもう1人の自分が奪っていったとか。
そんなわけないか。なにせみんなとの絆の証とまで言ってくれる牛革バッジ。ぞんざいに扱ったりなどするはずもない。
とりあえずキッチンの中と周辺だけでも探してみようと辺りを散策。
テーブルの下やキッチン周り。樹木の隙間からテラスの隅から隅まで目を凝らす。物の下に挟まってないか、誰かの持ち物の中に紛れてないか、地を這うように探すも成果なし。落とし物センターにもそれらしい遺失物の情報はなし。
先に帰宅したアルマちゃんたちからも、家の敷地内から路面電車乗り場まで探知したけど見つからなかったと報告があった。
お祭りの疲れに加えて大事な宝物が見つからず、意気消沈するすみれの死にそうな顔たるやそそられ…………見てられない。
どうすればよいか。他に何か手立てはないのだろうか。
「そうだ。ハティさんなら魔法でなんとかなるんじゃないの?」
「ごめん。すみれのバッジを触ってたら、過去を遡ってこれまでの動きを見られるんだけど、すみれのバッジを一度も触ってないから分からない」
「マジか~……ハティさんでもダメか……」
一度触れてないと探知できない。
さすがに魔法の原理原則を崩すことはできないらしい。
「今しれっと聞き流しそうになったんだけど、過去を遡って見るってどういうこと?」
魔法関連に関心のある神童アダム。
小さくつぶやいたせいか聞こえてない。ハティさんは続けて疑問をぶつけるすみれを優先して注視した。
「ハティさんのバッジも私のと一緒にゆきぽんが枕にしてたけど、一度も触ってないんですか? (すみれ)」
「うん、ごめんね (ハティ)」
「ってことはさ。ゆきぽんの鼻で追えるってことか。動物って鼻がいいじゃん (ミーナ)」
「動物にもよるだろうけど、まぁここまで来たらやるだけやってみたいね。でもゆきぽんは家にいるんだよね? (アポロン)」
「うん。召喚んだらすぐに来る (ハティ)」
ミーナの提案を採用。アポロンも乗り、ハティさんがもふもふの使い魔を呼び出した。
アダムの動揺っぷりを見る限り、召喚術は高度な魔法らしく、息をするように使えるようなものではないらしい。
規格外すぎて常識が音を立てて崩れて……あぁ、もう既に常識は破壊されてたから崩れるものがなかった。あとは積み上げていくだけですわ。
規格外はもうひとつ。呼び出されたゆきぽんのかわゆさ。
ちょうど晩御飯時だったのか、真っ赤なリンゴにしがみついてごろんごろん。喜びの舞いを踊っていた。
さらにもうひとつごろんごろん。ゆきぽんと同じくらいの大きさの子猫が林檎にしがみついてごろんごろん転がっている。
たしかこの子は……そう、シェリーさんが飼い始めたというプリマという子猫。
今日は仕事で相手ができないから、ペットシッターのバストさんと一緒にフラワーフェスティバルに来てたんだ。
ゆきぽんもバストさんとプリマと一緒にお祭りを回っていた。午前中にキキちゃんにヤヤちゃん、マーガレットちゃんとバストさんの4人と2匹でキッチンに来たのを覚えてる。
ということは、バストさんはすみれ家でホームステイしてるのか。今日がお祭りでなければ乗り込んでもふもふしに行くところだった。
突然呼び出されて景色が変わったことに驚くゆきぽん。
ハティさんの気配を感じて振り向く姿のなんと愛らしいことか。大好きなリンゴを置いてハティさんの前にちょこんと座る。
それに倣ってプリマもかけよる。かわいすぎかっ!
「ゆきぽん、すみれが大切にしてるゆきぽんの枕をどこかに落としてしまったの。探せるかな?」
枕ではないんですけどね。
「きゅっ! きゅきゅう~! (なんとっ! もちろん探せますとも!)」
「にゃんにゃん? にゃにゃ~ん (ゆきぽんの枕? ボクも探す探す!)」
「ありがとう。ゆきぽんもプリマも手伝ってくれるって」
「それはいいんだけど、そもそもうさぎと猫って嗅覚が鋭いんだっけ?」
あたしが虚空に問うと、ゆきぽんとプリマのツーショットを撮影していたティレットお嬢さんが身を乗り出して語り出す。
「うさぎも猫も人間より遥かに鋭敏な嗅覚を持っているわ。探し物ができるかどうかは聞いたことはないけど…………」
「大丈夫。こんなこともあろうかと、嗅覚の感度を上げる魔法を覚えさせてある」
もうほんと、なんでもアリですか。そうですか。
「はわわ~……本当になんでもアリですね。でも嗅覚ならウォルフさんも負けてないのでは?」
「そうなんだけど、疲れてるのとローザの鞄の中の甘い匂いで鼻が上手く効かないんだ。ごめんよ」
「瓶に入れてあるはずなのによく気が付いたわね」
ローザの鞄の中にある甘いもの。対アダム用の勝負服かなにかか?
そんなことより今はすみれの大事な落とし物。を、探す前にゆきぽんとプリマが遊び始めた。探してくれるんじゃなかったのか。所詮は畜生か。
首をかしげる面々を見て、これは嗅覚を上げる魔法を行使する前準備だとハティさんは言う。




