フラワーフェスティバル開催! 2
表通りの状況をエマさんに報告。10時25分頃に確認して、行列ができてるようなら早めに開けようということになった。
基本的に開始時刻は運営側に報告した通りにしなければならない。が、しかし、行列ができて公園が混雑してもよろしくないようであれば、各自の判断で開けて良いということです。
ルールは守ることが前提。だけど、ルールを守って事故しましたではならないので、ケースバイケースで動かなければなりません。
こういう判断もリーダーの仕事。なかなかの重責です。きっと私には無理です。どうしていいか分からないやつです。
気を取り直して配置につきます。私の持ち場はオーブンの前とチケットの受付。シルヴァさんと交代でやり通します。ふんふんっ!
頑張ります。ふんふーんっ!
シルヴァさんは実家の店舗で働いてるから、さすがの貫禄。呼吸ひとつ乱さない。私なんか緊張しすぎて息も荒い。体も左右にゆーらゆら。深呼吸のつもりが、いつの間にか過呼吸になっていた。
他のみんなはどうだろう。鉄鍋を振る3人もコック帽をつけて準備万端。火入れもすませて鍋もアツアツ。やる気は灼熱、燃えている。
ペーシェさんもルーィヒさんもあくびをするほど余裕綽々。
ホールのみんなもピンと背筋を伸ばして整列した。まるで一流の軍隊のよう。
カトラリーを担当するベレッタさん率いる修道院の子供たちも元気いっぱい楽しそう。
リーダーのエマさんが我々の前へ出て激励。これまでの感謝と、これからの輝かしい3日間を楽しく過ごそうと宣言。
彼女の熱にあてられて、胸の奥から勇気が湧いてきた。
そうだ、今日は年に一度のお祭り。私が初めて経験する初祭り。
楽しまなくてどうするか!
右手を大きく掲げてえいえいおーっ!
さぁさぁフラワーフェスティバル、キッチン・グレンツェッタの開幕です!
いらっしゃいませのひと言に、押し寄せてくる人の波。
ホールスタッフはシャッターが上がってすぐ、屋外用のテーブルと椅子を並べて整える。
エマさんやペーシェさんは行列の案内と押し寄せる質問の嵐に巻き込まれた。
ついに波の潮が食券機を通って受付へ届く。
ついについに私たちの出番。と言っても、最初はシルヴァさんの接客の様子を観察させてもらうので、私は後ろのオーブンの前で見学と、冷凍ラザニアの調理です。
慣れた様子でお客さんからチケットを受け取り、保温器に置かれた鉄板焼きとラザニアをトレーに置いて差し出す。
なるほどなるほど。なんとなく要領が掴めてきました。あとは慣れです。経験です。
ずっと見てると時間が経つのは早いもので、もう交代の30分が過ぎてしまった。
ラザニアをオーブンから出すタイミングでバトンタッチ。
ついに私のターンです。
「いらっしゃいませ。チケットをお預かりします。鉄板焼きが2つとラザニアが1つですね。かしこまりました。――――――はい、お待たせいたしました。良い思い出を作っていって下さい」
「ありがとう。ところでここに置いてあるウサギのぬいぐるみ、とってもかわいいわね。売り物なのかしら。売り物だとしたら、いくらで売ってるの? 値札は無いようだけど」
女性の視線の先にはフェルト人形のゆきぽん。
めっちゃほしいと目を輝かせた。
それは私もほしいんです。でも、
「あ、それは非売品でして装飾の1つなんです」
「あらそうなの、残念だわ。孫のプレゼントにちょうどいいと思ったのだけれど」
「それでしたら、ええと……」
困ったところでシルヴァさんへヘルプ。
ラザニアの素敵な香りとともにご来臨。
「それでしたら後日、フラワーフェスティバル運営事務局へお祭りの感想と共にご意見下さい。もし奥様のように欲しい方が大勢いらっしゃった場合、販売する可能性がでてくるかもしれません。その時はまた事務局から、その旨連絡があると思います」
「あらぁ~そうなの? わざわざ教えてくれてありがとうね。それじゃあ失礼するわ」
ご婦人は満面の笑みになって手を振ってくれた。
「良い思い出を!」
「よ、良い思い出をっ!」
助け船を出してくれたシルヴァさんが女神に見える。
感謝の言葉を述べると、彼女は『困った時は頼ってね』と、温かい言葉で抱きしめてくれた。
なんて素敵な心遣いなのだろう。そのひと言でどれだけ救われたか分からない。気を取り直して頑張りますっ!
シルヴァさんが控えてくれる安心感に抱かれるせいか、少し気持ちが楽になる。
緊張はしてるけど、今はわくわくが勝ってとても楽しい。
知らない人たちとの一期一会の出会いに手を振って、振り返してもらえて、とっても心があったかくなる。
みんな今日のこの日を楽しみにしてたんだ。きっと私もそうなんだ。みんな同じ気持ちでここにいる。これってとっても素敵なことなんじゃないだろうか。
そう思うと自然と笑顔がこぼれちゃう。
大人も子供も腕に抱かれた赤ちゃんも、みんなみんな笑顔でいる。
厨房で鍋を振る男性陣は、一番キツイ体力仕事なのに、時間が経っても疲れ知らずで笑ってた。
ホールのみんなは右に左に大慌て。なのに足取りは軽く、ずっと踊りを舞ってるよう。
ペーシェさんもキラキラ笑顔で得意満面。お客さんとおしゃべりをして楽しそう。
お土産コーナーの子供たちも、ベレッタさんも自慢の商品を手渡してお決まりの台詞をプレゼント。
みんなとってもとっても楽しそうっ!
あっっっという間に時間が過ぎた。
時計の針は午後5時半。
キッチンのシャッターはすっかり閉まってしまい、ひと段落ついた我々は1日目の反省会のために椅子に深く腰をかける。
まずはひと息、疲れたのひと言。うつぶせになる人しかり。背もたれに首を預けて天を見上げる人しかり。真っ白になって沈黙する人しかり。
みな個性的な息の抜き方をしてらっしゃる。
ここは元気な私が労わねばなるまいて。こんなこともあろうかと、沸かしたお湯とティーパックを机に並べる。
もちろん冷たい水の入ったピッチャーもあります。
ここに甘いお菓子があればいいんだけど、残念ながら手持ちがありませんでした。
「いえ、ありがとうございます。お気持ちだけで十分嬉しいです」
一番きばってたエマさん。疲れた様子を見せながらも、笑顔はとても清々しい。
「にしてもすみれは元気だなぁ。あたしはもうクタクタだよ。しゃべりっぱなしで喉カラカラ。悪いけど先に一杯もらうね」
キュレーターとして案内と展示の紹介をしたペーシェさんは喋り通しで喉がからから。心なしか声が少し違う気がする。
「はい、もちろんです。私は受付とオーブンのお世話だけだったのでまだまだ動けますっ!」
「えっ……私はもう動けないけど…………?」
あれ、そうなんですか?
真っ白になったシルヴァさんが力無く答えた。
「受付はともかく、オーブンの鉄板の出し入れって結構体力使いそうだけどね。ひっきりなしにやってたら腕が折れそうじゃないか?」
気遣い上手のスパルタコさん。ハイターハーゼで給事をするせいか、さほど疲れた様子はない。
「慣れですね。申し訳ないのですが、やっぱり誰か甘いものを持ってませんか? ウォルフさんが真っ白になってしまって……」
昇天しそうなウォルフさん。真っ白になって椅子に体を倒す。
彼女はサンドイッチとジュースの売店をクスタヴィさんと二人三脚で回した。
2人とも体力自慢だ。サンドイッチを渡すのも、ジュースを注ぐのもそれほど大した作業量ではない…………と思っていたのだが、プレオープンと監査の結果、ビールが追加されて自体が一変。キッチンで最も忙しい現場へと変貌してしまったのです!
おいしいお肉にはおいしいビール。
となればみんな欲しくなる。黄金色のあんちくしょう。キンキンに冷えたガラスのジョッキ。
さらにお祭り補正のせいで、みんな1人につき3杯くらいは飲み干すからさぁ大変。
超多忙な時間を過ごした2人なのでした。応援を出そうにも、ホールもキッチンも大忙し。援軍を送ること叶わず、2人は燃え尽きてしまったのです。
「まさかあんなに繁盛してしまうとは、想定外でした。見込みが甘かったです」
エマさんは紅茶を飲んで、はふーっと肩を落とす。
「あれは仕方ないわ。まさかみんな、ビールを要求するだなんて……」
優雅な振る舞いを忘れないティレットさん。だが、今ばかりは両肘を机について冷水を飲みほした。
「ビールタンクを返却しに行ったお兄ちゃんが、バーの店長さんと相談して人員を確保できないか聞いてみるって言ってたの。ゲニーセンはこの時期かんこ……人入りは少ないし、もしかしたら応援に来てくれるかも。さいあく、飲食スペースとして開放してくれれば、そっちでビールも飲めるし売り上げあっぷっぷ。こっちは作業量の削減とテーブルの確保ができるようになってお互いウィンウィン☆」
策士ヴィルヘルミナさん。
既に今後の対策を考え、実行しているとはおそれいります。
「それ以上にビールタンクの新品を取りにゲニーセンとキッチンを走り回ってたクスタヴィの労力を軽減したい。マジであれは苦行すぎるだろ……」
慣れない体力仕事でぐったりのルージィさんは半ばエクトプラズム気味。
「まさに馬車馬の如き仕事っぷりだったな。鍛えてるとはいえ、最後のほうは動きが鈍ってたぞ。瘦せられたんじゃないか?」
筋肉大好きダーインさん。話しが筋トレに寄るのはご愛嬌。
「こらこら、からかっちゃダメだよ。しかしさすがにお腹が減ったね。ハティさんが以前に貰ってきてくれた果物が冷蔵庫にあるから、それを少し出す?」
シルヴァさんのナイスアイスト。私も甘いものが欲しいですっ!
「賛成。できれば甘いものでお願いします。ウォルフのためにも。多分、糖分で復活するはず」
「ちょろいな」
ちょろいんじゃないんですよ、スパルタコさん。
女の子は甘い物が燃料なのです。心の活力なんですよっ!
「うん、わかった。それじゃ、雪リンゴをオーブンで焼くね。アポロンも手伝ってもらっていい?」
まだまだ元気いっぱいのハティさん。ティータイムと聞いてますます元気が湧き上がる。
「わぁ、焼きリンゴ。とってもおいしそうです」
地獄にあまあま焼きリンゴ。ガレットさんも蘇る。
「焼きリンゴかぁ……名前は聞くけどなんだかんだで食べたことないかも」
なんとっ!
それはもったいないですよ、ルーィヒさん。シンプルイズザベストを知らないなんてもったいないですよそれは!
「たしかに。そういえば話しが変わるんだけどよぉ」
急に話しを変えようとするダーインさんの視線がなぜか私に注がれる。
どうしたのだろう。顔に何かついてるのかな。それとも何かしたのだろうか。
思い当たる節がない。そもそも疲れすぎて忙しすぎて、今日の記憶が殆どない。
記憶を反芻するも、受付とオーブンのお世話をした記憶が吹っ飛んでいる。
これはアレでしょうか。集中している時ほど時間が経つのが早すぎて、思い出すらぶっ飛ばしてしまったやつでしょうか。
だとしたらもったいない気がする。
頭の上にハテナマークを耕して、ぽやっとする私にひと言。ダーインさんが爆弾投下。
「すみれ、みんなに配ってもらった牛革のバッジはどうしたんだ?」
何を言ってらっしゃいますかダーインさん。バッジであればみんなと同じように胸につけてるじゃないですか。
これはみんなと楽しい時間を過ごした証。まさか付け忘れるだなんて…………付け…………忘れ……て、いる、だなんてッ!?
ない…………ないないないないないないないないないない、ないッ!?
なんでどうして朝はバッチリ確認したのに。
鏡で見て確認したのに。
絶対に付けてきたはずなのに!




