いきなり挫折 2
以下、主観【シェリー・グランデ・フルール】
~ベルン王国騎士団員用食堂・アイアンポット~
お初にお目にかかる。私はシェリー・グランデ・フルール。
ベルン王国の騎士団長を拝命している28歳独身女性。
今日は朝から夕方までベルン寄宿生の教練に勤しみ、経過報告書をまとめ、晩御飯を食べながらグレンツェンで行われるフラワーフェスティバルのイベントの詳細を眺めている。
いや、食事をしながらスマホをいじるのは行儀がよくないということはよく分かっているのだが、職業柄、早食いが板についてしまい、それはそれでよくないので、無理をしてでもゆっくり食べる方法を考えた結果こうなった。
本を読んだり、重要度の低い書類を見ながらの時もある。この時期は必ずと言っていいほどグレンツェンの話題をチェックしていた。
なぜなら私は騎士団長として、フラワーフェスティバルを楽しまれる国王の護衛に就くからなのだ。フラワーフェスティバルにはベルン国王が1年の内で自由に時間を使える数少ないイベント。それを補佐、及び警護をするのが私の役目。
王の仕事というのは煌びやかに見える反面、実際はデスクワークと各国への訪問や会食。役人が作成した会議資料や報告書などに目を通してハンコを押すという、殆ど自由がないうえに超が付くほど拘束時間が長い業務形態。
しかもいつも人の目にさらされながら仕事をしているなんて、私には耐えられない。
そんなわけで、事前に出店計画を出している企画に目を通して頭に叩き込み、お祭りを楽しみにしている国王様に助言を行うため、鋭意勉強中。
一応は決められたコースというのが存在するが、気になったものにふらりと立ち寄って屋台のアイスクリームを食べたり、アクティビティに参加したりとサプライズを敢行するからなぁ。
それはそれで羽目を外している国王様の姿は生き生きとしていて気持ちのいいものなのだ。
「あ、シェリー騎士団長様。お疲れ様です。警護の事前準備をされているのですか? お隣、よろしいですか?」
「ん、あぁマルタか。是非、座ってくれ」
おっとりとして幼子のような可愛らしさの残る彼女は宮廷魔導士見習いのマルタ・ガレイン。20歳で見習いになり、今年で2年目。
見習いと言ってもベルン王国の入宮ハードルは世界で最も高く、合同演習や実戦を見ても見習いですら一人前と言って差し支えないレベル。
そんな見習いから正式な宮廷魔導士になるには、30歳から35歳でも早いと言われるほどに経験と知識と、そして才能を要求された。
昨今では宮廷魔導士の高齢化による考え方の硬質化を防ごうと、試験のハードルを下げ、若者を積極的に登用しようという流れだ。
とはいってもその敷居はまだまだ高い。なぜなら、下げたハードルの部分は知識を問う筆記試験と実務における実技試験のみ。魔導士として最も重要とされる才能の部分が緩和されることはなかった。
これについて提案者である宮廷魔導士筆頭のバターコーヒー氏は大反対。本来であれば鶴のひと声でひっくり返るもの。
だが、出張で世界中を飛び回っていて王国内にいないが故に、求心力が低く押し切られてしまう結果になる。
そういうわけで…………というわけはないのだが、最近ではマルタのような若い魔導士が王宮内に華を添えてくれた。
おかげで働き盛りの男性騎士団員の士気が年々右肩上がり。副次的な効果もあり、我々としては頼もしい限りです。
「これは警護というよりは案内の調査だ。国王様にはフラワーフェスティバルを満喫して欲しいからな。普段、遊ぶことなんてできない国王様の数少ない楽しみの1つだ。姫様がもう少し国王様の業務を受け持ってくれるといいんだが。そういう訳にはいかないのは分かってるんだけど」
「それはまぁ仕方ありませんよ。遊び盛りですし、国王様はお仕事ばかりで、幼少の頃にご両親と遊べなかった分を取り戻してるんです。国王様もそれを分かってるから頑張ってるのでしょう。とっても素敵なお父様です。それで、何か面白そうなイベントはありましたか? あ、この『しゃぼん玉に乗ってお空の散歩計画』っていうのが楽しそうじゃありませんか。しゃぼん玉の中に入ってお空を散歩だなんて、とってもワンダフルです!」
しゃぼん玉に乗って空を散歩。まるで夢のような情景じゃないか。
申請者が15歳の少女とは珍しい。成人すれば企画申請はできるものの、実際に申請した人は見たことがない。3年はノウハウを学び、それからリーダーをするという慣例があるからな。
企画参加者が7人。まだ募集を受け付けている。
企画自体は素晴らしいと思う。が、これは発案者の年齢がネックになってる。それに申請時期もかなり遅い。殆どの人がすでに別の企画に参加してるのだろう。
早い時期であればかなりの人数が集まったに違いない。
なにせこのタイトルは国王様が超好きそうなアクティビティ系のイベントだからだ。
フラワーフェスティバルはチャリティ―イベント。売り上げ、つまり貢献度の多いチームには上位3位までが表彰されて、多額の賞金を得ることができる。
それとは別に、国王様が独断で与える褒賞が存在する。
1つはマーベラス・グレンツェン。最も多くの人々を笑顔にし、楽しませることのできたと判断された企画に贈られる。参加者全員に記念メダルが贈られ、リーダーにはメンバーの名前が刻まれた楯が渡される。
もう1つはエクセレント・ベルン。
イベントの参加者に国王様がエクセレントと思った個人に贈られる最も名誉ある賞。
これには金銭の授与はない代わり、祭りの最後を締めくくる大花火に国王様と共に点火できる栄誉が与えられ、一代に於いて《偉大なる者》という意の《グランデ》を名乗ることができる。
イベントの参加者で個人に贈られる。
つまり運営側はもとより、参加者も選ばれる可能性がある。
かくいう私もその1人。10歳の頃、お祭りに遊びに出かけていた私が、記念公園でゴミのポイ捨てをした観光客にガチギレしたのを国王様が見て選ばれた。
当時は何がなんだか分からず、『なんか凄いことになってるなー』ぐらいの意識しかなかった。今思い返すと嬉しさ半分、恥ずかしさ半分でもどかしい。
「シェリー様は参加されないのですか? 騎士団の方々も宮廷魔導士の方々も、当日に参加ができなくても、準備に携わってる人は結構いらっしゃるみたいですよ」
「ん~。毎年参加したいとは思ってるんだが、立場上難しくてな。警備計画は殆ど例年通りだから練り直すとかは無いし、非番の日に参加するのもできるが」
「できますが?」
「自慢するわけじゃないんだが、私はどういうわけか人気者で、街を歩くのもひと苦労だ。首都圏ではみんな慣れてるからいいが、グレンツェンでは滅多に見ない希少生物らしくて。以前、雑貨屋さんに買い物に行っただけで大騒ぎになってしまったよ」
国防を担う私はベルン騎士団の広告塔。
凛々しく美しく、多くの人々の憧れの的として広告されている。
広報の意向だし、ベルンに住む人々に安心を与えられるならなんだってやる覚悟はあった。そして今に至り、アイドルのような扱いを受けることもしばしば。
声を掛けられることに悪い気はない。しかしあまりにも詰め寄られると困ってしまう。マジで。
「それはまぁ、嬉しい反面、苦労されているのですね。そんな人気者がほいほいグレンツェンに訪れて、あまつさえ運営側に回ろうものなら大騒動ですねぇ」
「あぁ、それに私は修道院出身ということもあって貴族派閥から嫌われている。客寄せパンダだなんだと言われて迷惑をかけるかもしれない。それと肉体強化系の魔法は得意なんだが、偽装系の魔法はどうも苦手で、隠れて参加するのも厳しいのだ」
「あぁ~。魔法は術者の性格に依るところがありますからねぇ。シェリー様は清廉潔白。人を欺くなんてできないでしょうから。そんなところがワンダフル!」
「それはさすがに持ち上げすぎだよ」
それからしばらく世間話に華を咲かせて帰路へつく。
独り暮らし用のアパート。玄関の目の前にキッチン。風呂、トイレ、廊下を抜けてダイニング。さらに奥には寝室。
そう、決して誰にも見せることは生涯に渡ってないであろう秘密の部屋。
眉目秀麗ともてはやされ、氷のような厳しい視線に華麗な鎧。振るう轟斧はどんな魔獣をも打ち砕く。部下の前に立つだけで身も引き締まるような熱気を放つ騎士団長の寝室が、かわいいぬいぐるみまみれのファンシーな部屋だと誰が思おうか。
いい年をして等身大以上の大きなうさちゃんのぬいぐるみを抱いて眠りについてるだなんて誰に言えようか。
シックな黒とか紫なんかより、ふわふわもふもふのピンク色が大好きだなんてどうして公言できようか。
なにを隠そうこの私。幼い頃より神父殿から魔法と剣術の指南の日々。
スパルタ教育にさらされ続けた少女は騎士団長になる決心をするより先に心に誓った。
『大人になって時間とお金を自由に使えるようになったら、かわいいぬいぐるみに囲まれて、もふもふふかふかのベッドで惰眠を貪る!』
そして夢を叶えた私は、プライベートの殆どをこの空間で過ごした。
収入もあるし立場もあるからもっと大きな家に住まないのかと言われるが、初心を忘れないように狭い部屋に住んでるんだと言い訳をする。
だって引っ越すとなるとこの子たちを外に出さなくてはいけなくなるじゃないか。
絶対にバレる。
引っ越し業者を呼ぼうが1人でこそこそ準備をしようが隠しようがない。だから引っ越さない。万一バレるぐらいなら、この部屋ごと自分を燃やして証拠隠滅を謀るかもしれない。
――――そこまではしないが、外面と内面のギャップがあることくらいは認識してる。
他人から見ればどうということはないのかもしれない。気にしすぎかもしれない。けれど、この年になってうさぎのぬいぐるみを抱いて寝ているなんて知られたら…………恥ずかしさで死んでしまう。
爆死する。
間違いなくッ!
あぁ~、でもいいもんねー。
今が幸せならそれでいいもんねー♪
ごろごろと寝転がって落としたスマホの画面にフラワーフェスティバルの画面が映る。
しゃぼん玉の空中散歩。
いいなぁ~。そんなファンシーな体験してみたいなぁ。でも護衛中は仕事中なわけで、気軽に遊んだりできるわけがない。
周囲の連中からは3日間の内、1日ぐらい非番にして遊んでもバチは当たらないと言ってくれるけど、国王様が楽しんでいる中で騎士団長が遊びほうけるというのはいかがなものかと思うわけで。
ばったり鉢合わせでもしたら気まずさMAX。
そこには釜の飯を同じくする同僚や部下がいるわけで。
みんなが仕事をしているのに1人遊んでるなんて…………想像しただけで恐ろしい。
忿怒の怨嗟が聞こえてきそうだ。
そうは思うも、しゃぼん玉、空中散歩。いいなぁやってみたいなぁ。
たまには童心に返ってもいいんじゃないか?
でも立場ってものが。
非番の日に手伝いに行けば、テストということで空中散歩が楽しめるのでは?
しかし姿がバレると騒がれるかも。
う~ん。う~ん、どうしよう。
悩みに悩み、結局、電気を点けたまま寝入ってしまった。
決断は早い方がいいよなぁ。
仕方ない。夢の中で考えるとするかぁ。
はい、ついにアルマがぶっちゃけました。アルマ、ヤヤ、キキ、ハティは異世界の住人です。
突発的に移動しているわけでなく、自分の意志で渡り歩いているので異世界渡航者とでも言いましょうか。
そしてもしも作者の投稿している、酷い性格の女主人公と骸骨になった男主人公の小説を読んでいる方がいらっしゃって、すごい記憶力がよかったら、なんかこのキャラクターの名前、見覚えがあるなぁ。と思うかもしれません。
今後もそんな感じで世界間をスクランブルしていきます。




