春風の妖精 9
落ち着いたのか顔を真っ赤にして笑顔を作った彼女のなんと愛らしいことか。胸がきゅんきゅんしちゃう。心の奥で揺れる母性を抑え、ショコラへ向かいましょう。
タコスの店主さんからお詫びとお礼の品として、桜ちゃんはドライフルーツの詰め合わせを貰って大喜び。
果物が好きなようで、マンゴーとバナナのチップをほおばる。
「桜ちゃんが戦うところを生で見るのは初めてですけど、噂通りものすごいですね。何が起きたのか全く分かりませんでした」
ご満悦の桜ちゃんの横顔を、リリス姫が覗き込んだ。
「わたしも。野戦で医療班として出向いてるけど、あんなに速く動ける人を見たのは初めて」
ドライフルーツを頬張って歩く彼女は、褒められて嬉しい反面、現実を見て大したことはないと謙虚でいる。
「暁さんに比べればあんなの児戯ですよ。それに今日の装備は護衛用。第三者を守る構成です。いつもの攻撃特化型の構成であればもっと素早く動けます。それにまぁあのくらいの相手なら、メリアローザの一般女性でも余裕です。なんせ全員あさ…………強い女性ですからね」
「へぇ~すごぉ~い」
今、【暗殺者】って言いかけた?
…………まさかね。
さぁさぁ滴る冷や汗を振り切って、改めましてショコラへ到着です。
到着して、まさか暁さんに先回りされてました。貴石の売却は可能だけど査定に時間がかかるということで、足早にショコラへ着いてたらしい。待たせてしまって申し訳ない。
ショコラではケーキを購入して持ち帰るもよし。ガーデンテラスで素敵な時間を過ごすもよしの素晴らしいケーキ屋さん。
よく手入れされた庭付きのケーキ屋さん。内側からも外側からも楽しめる。
居並ぶケーキも色とりどりでおいしそう。
特に店名の通り、チョコを使ったケーキはどれも絶品。
シンプルなチョコレートケーキから始まって、ガトーショコラにティラミス、チョコマシュマロ。モンブランやパンナコッタも捨てがたい。
苺のショートケーキも。ブルーベリーとクランベリーのタルトも食べたい。
わたしはいったいどうすればいいの!?
ショーケースの先では仕事着のシルヴァさん。
ショコラの制服は清楚かわいい系で有名。多くの女の子が1度は袖を通したいと思ってる。と、わたしはそう思ってた。
「楽しそうに悩んでくれるとこっちも作り甲斐があって嬉しいわ。それで、そっちのショーケースに張り付いている彼女たちは、お昼前にキッチンに来てくれてた子たちよね。凄い勢いで凝視しているけれど…………」
「ああ、すまない。彼女たちの住んでる国では、チョコレートは非常に高価で希少な嗜好品なんだ。だからそれがこんなに並んでる様子を見て興奮してるというわけ」
いい情報を手に入れた。
異世界にはチョコレートが普及してないのか。暁さんたちへの貢ぎ物はチョコレートとカカオで決まりです。
「あ、暁さん……これは夢じゃないんですよね。これ全部、食品ディスプレイだなんてオチじゃないですよね」
目を輝かせ、頬を赤らめ、息を荒くするお姫様。
興奮冷めやらぬ様子でガラスケースに顔を押し付けた。
とてもお姫様とは思えない形相をしてることはスルーしておこう。
「そんな変化球はどこも誰も用意してないよ。全部本物だ。せっかくだし、1個ずつ全部注文するか? あたしは2人が残した分をいただくよ。好きなように食べてくれ」
「暁さん、大好きっ!」
リリスさんは暁さんにハグ。お付きの琴乃さんは震え声。
「いいんですか……私のようなものがチョコレートだなんて贅沢品に手を出してしまって……本当にいいんですかッ!?」
それほどの贅沢品なの?
ちょっと考えなおさなければいけないかも。
「もちろん構わない。でも食べられる分にしてくれよ。足りなかったら後から注文すればいいんだから」
感動のまま、両の手を握って感謝を伝える琴乃さん。涙まで流して打ち震える。そこまでの代物か。
桜ちゃんはチョコより果物派。ショーケースを見渡して、楽しそうに眺めてる。
「チョコもいいですが私はこっちのモンブランですね。栗金団はないようですが、まぁいいです。あとはマンゴー、バナナ、桃、ザクロ……果物系も充実していて素晴らしいです」
「相変わらずのチョイスだな……。ローザも気にせずに好きなものを好きなだけ頼んでくれ。全部あたしが持つからさ」
「い、いいんですか? わたし、わりと容赦なく頼んじゃいますよ?」
「女に二言はないっ!」
それに、と続けて、『お祭り前日に連れまわしてしまって申し訳ない。せめてものお礼に』と頭を下げた。
そんなこと全く気にしなくていいのに。むしろこっちから案内させて欲しいところ。
彼女のような真摯な態度が人の心を惹きつけるのだろうなぁ。見習わなくてはいけませんね。
お昼ご飯まで持ってもらって申し訳ないと思いながらも、ここは厚意を受け取るが超吉。普段は食べないような高価なものをいっちゃいましょう。
春の日差し薫るガーデンテラス。シルヴァさんと彼女の母親の手で手入れされた庭は喜びに咲いた花々で彩られていた。
まるで小さなグレンツェンを模したような景観は、甘い時間を過ごすのにうってつけ。
背の低い芝生に足を踏み入れると、サクサクと小気味よい音が背中を押す。おしゃれな白いテーブル。ハイキートーンで統一されたカラフルな椅子の並ぶここは御伽噺の世界のよう。
内側から外の住宅街が見えないよう、背の高い木が植えられている。
テラスから見えるショコラの外観も違和感なくまとまっていて、異世界感を損なわない努力と情熱が感じられた。
春夏秋冬、いつ来ても美しく手入れされた庭に旬のケーキが味わえる。
グレンツェンにいるわたしたちはなんて幸せ者なのでしょう。
そうして目で楽しんだあとはお口で楽しむのがわたしのスタイル。バラのエッセンスを生クリームに混ぜたショコラ特製ショートケーキをぱくり。
セクシーな香りと固めの生クリームがお口に幸せを運んでくれる。
ん~……デリシャス!
何度も固唾を飲んでチョコを凝視したリリスさんと琴乃さんもついにぱくり。
特別な甘さとほろ苦さに恋をしてワンカットをぺろり。
あっという間に食べ尽くしてしまっておかわりに走る。少し残るだろうと予想した暁さんの眼前にはティーカップのみ。スキップして行く2人を追いかけた。
それにしても、異世界……ですか。
暁さんたちの住む地域にはカカオが流通してないのか。
母さんから聞く限りでは、文明自体はそこそこ発達してるけれど、電子機器の類は全くなく、代わりに魔法と魔導工学が発達しているそうな。
我々とは違った発展を遂げた世界。いつか異世界にも行ってみたい。
なによりそこはアルマちゃんの住む世界。俄然興味が湧いちゃいます。
彼女がどんな環境で生活してたのか、どんな料理があるのか、どんな文化があるのか。未知を知るのはとても楽しいのだから。
おいしいおいしいケーキをぱくり。
紅茶を飲んでケーキをぱくり。
なんて幸せな時間なのでしょう。
幸せ絶対乙女タイムを過ごすわたしの後ろに気配が2つ。
1人はハイジと、もう1人はたしか、革職人のベルベット氏。
暁さんが解体し、わたしたちが引き取った牛革を加工して、オリジナルバッジを作ってくれた職人さんだ。
2人は同じアパートで部屋が隣という間柄。プライベートでとても仲良くしてると聞く。
今日も幼い我が子を抱いて、ハイジはベルベットさんとティータイムを楽しんでいた。
そんなところに職人肌の琴線に触れる少女が現れたのだから動かずにはいられない。
そう、桜柄のドレスを着た大和撫子こと桜ちゃん。先ほどの暴力的な彼女を見るともう大和撫子とは思えないけど。
何も知らない人からすれば、黒髪ストレートは倭国人に代表される美人絵巻そのもの。
艶やかかつキュートな少女と是非お話しがしたいということで、わたしをクッションに使って繋いで欲しいらしい。
ケーキ1個で引き受ける、と言いたいところだけど、今日は機嫌が良いので二つ返事で説得します。
人見知りでおしゃれに慣れない彼女を説得するのは少し難しいかも。だからそこは褒めまくって口説き落とす。
誰かのためになるならと照れながらも快諾。しばらくの間、桜ちゃんは刺繍作家と革職人のおもちゃになりました。
いやぁたしかにかわいい。
それにしてもかわいい。
桜吹雪のワンピース。桜柄のロングスカート。ロンググローブも似合ってる。
和装飾のコルセットも、キラキラの刺繍と季節感を感じさせるデザインが印象的。
桜と梅の桃色の花、今にも鳴きそうな生き生きとしたホトトギス。
ピンクと緑が調和していて、どちらも目立っていながら和を乱さない協調性は倭国人の感性か。
自分が着るとすると……少なくともスカートはプリーツタイプでスラッとした印象を出したい。
コルセットではなく細い紐で胸下を絞めてリボン結び。赤と茶色のチェック柄ベレー帽。黒色の靴。
わたしにはこのほうが大人っぽくて似合うかな。
「どうしたんだ。ローザも桜と同じ服を着たいのか?」
「ああいえ、キュートだとは思いますがわたしにはかわいすぎますよ」
「だよなぁ、ローザは白とピンクのグラデーションのついたワンピースに……そうだな、赤と茶色のチェック柄のベレー帽。黒い靴。バストはあるほうだから胸下をリボンで引き締めてリボン結びにするとかどう?」
「…………暁さんは、人の心を読めるんですか?」
どんぴしゃなんですけど。
普通に怖いんですけど。
「え、そんなわけないだろ。もしかして同じことを考えてた? ローザはスタイルいいしピンクの髪色なら、こんな服装が似合いそうって個人的に思っただけなんだけど。ちなみに勝負服は黒地に赤のラインの入ったスケスケのネグリジェ」
「暁さん、それはセクハラでは? というか、私の下ネタには厳しいのに自分のには甘いですよね」
むっすりと不機嫌な桜ちゃん。
少なくとも、下ネタを地でいく貴女にふてくされる権利はない。
るんるん気分で戻ってきたお姫様。
食べきれるのか不安になるほど、ケーキがトレイに敷き詰められている。
「お二人ともセンスが似ているのかもしれませんね。もしかしてローザさんもポニテ萌えですか?」
「いえ、ポニテ萌えというわけではありませんが」
ポニテ。ポニテですか。
嫌いなわけではない。夏場とか、首元を涼しくしようとするとポニテには行き着く。
ただわたし自身、そこまで髪を伸ばさないからポニテにはしないかな。
って、あれ、ポニテの話しをしてたんだっけ。
なんの話しをしてたのか忘れてしまったみたいだ。よし、新しい議題を放り込もうと思います。
「そ、それより、この後はどこへ行きますか? 夜は大図書館の屋上テラスでディナーですので、それまで少し時間が空きますが」
「あと1時間はすぅうぃ~つを食べていますのでお構いなく」
そんなに食べたらディナーが入らないかもですよ?
「私もです。あまあますぅうぃ~つを愛でています」
「あ、そうですか……あまり食べすぎないでくださいね。晩御飯が入らなくなってしまうかもですから」
一瞬戻ってきた桜ちゃんは、ハイジとベルベットさんに捕まってくるくる回され続ける。
チョコレートに釘付けの乙女たちは、無限の胃袋の中にカカオと砂糖を放り込んでは喜びに打ち震えた。
暁さんは……長くなりそうだとため息をついて微睡みに身を委ねる。
春の陽気に誘われてしまえば夢の中にいたくなるもの。春の柔らかな風に身を浸したならなおのこと。
自由きままに過ごす彼女たちを見て微笑ましいペルソナを浮かべながら、心中穏やかでないわたし。暁さんの追撃をかわせたことを幸運に思っていた。
なぜ……なんで誰にも内緒で用意したわたしの勝負服の内容をピタリと当ててくるのか……ッ!?
いざという時の決戦兵装。
恋人を確実に落とすための衣装をどんどんぴしゃりされた時は汗が吹き出しそうになった。
桜ちゃんの衣装を見て、自分ならこんな感じかなって思った姿もどんどんぴしゃり。
まさかアレですか。
右目は眼帯越しに人の心が見えるんですか?
この歳で大金持ちといい、巨牛を一瞬の内に解体する実力といい、平然と異世界へ渡る度胸といい、なんかもうこの人ならなんでもアリなんじゃないかと思ってしまう。
そういえば、彼女はハティさんの親友なんだった。
ハティさんもなんでもアリって感じだもんなぁ。
わたしは流れ出る冷や汗を押し殺し、ダージリンをすするのでした。




