春風の妖精 8
以下、主観【ローザ・ヴォーヴェライト】
リリスさんの無茶ぶりを渋々成し遂げようと、暁さんは宝石の売却のために旅立つことに。
それにしてもいくら友人のためとはいえ、億単位の額を肩代わりしようとするだなんて。母の言うとおり、本当にリリスさんはお姫様なんだ。
暁さんは商人。返金の保証がなければ肩代わりなんて絶対しない人種。しかし、ここで彼女のお願いを聞けば王族に借りができる。と、下世話な事柄が脳裏に浮かぶも、そんな損得勘定での行動ではないのだろうなぁと思う。
ただの友達として、彼女の笑顔のためにやっているように思えるのだから不思議だ。額がぶっ飛んでいるけれど…………。
気を取り直してチャレンジャーズ・ベイの散策再開。
まずは近場のサン・セルティレア大聖堂をひとまわり。例年、お祭り当日は子供たちとシスターとで手作りのクッキーの販売を行う予定。
それはただのクッキーではない。大聖堂の屋上には子供たちで管理する養蜂場がある。そのハチミツを使った特別あまぁ~い焼き菓子なのです。
グレンツェン固有のミツバチたちには他の蜂が持ちえない、いくつかの特徴が備わっていた。
まず1つ目は針がない。長い時間をかけて人と共生する道を歩んだミツバチたちは、己の攻撃性を棄て、機動力と生存力に特化している。性格はおとなしく臆病な側面が強い。
とはいえ、お腹を空かせる冬場は空腹でイライラするのか攻撃的な態度が現れる。養蜂家たちは彼らの空腹を満たすため、越冬期には欠かさずご飯をあげた。
次に不可視化と無音の魔法が使える。
伝説では、グレンツェン夫人が蜂たちを調教し、記憶させたということになっているが定かではない。
しかし現実として、なぜか虫が魔法を使える。しかも2つ同時に。
知力の高い動物を調教し、簡単な魔法を教え込むという実験は世界各地で成功例があるものの、昆虫がそれを成したという例は存在しない。
生存力を優先したグレンツェン固有種の進化の証。
最後にこれが最も重要な特徴。それは、『初めて採取した蜜の味を覚え、生涯、その蜜のみを集める』という習性。
この習性を利用することで、隔離した環境でなくとも、ミツバチたちは一途にひとつの蜜をひとつの巣板に集めてくれる。
修道院の子供たちは春前になると花束を持ち込み、素板と蜜を集めて欲しい花を一緒に隔離することで、安定的に単一の花の蜜だけを使ったハチミツの採取を行う。
こうすることで多種多様な味のハチミツを味わえるということです。
十蜂十色のハチミツを使ったクッキーの詰め合わせは毎年大人気。販売を開始してすぐに売り切れてしまう商品なのです。
ちなみに市販されているハチミツの多くは専門の養蜂家によって管理され、質と味と量を調整されたブレンドハチミツ。
その年に採取されたハチミツで最も良い組み合わせを吟味して出荷される濃厚な味わいのもの。
つまり毎回、掛け合わされる蜜の味が違うものだから、その年によって千変万化。
昨今の均質化された機械的な商品から言えば安定した品質ではないのかもしれないけれど、こういう不安定に供給されつつも最高級においしいものって、なんだか自然をそのまま味わってるって気がしてわたしは好きです♪
「お話しを聞いていると、ローザさんは本当にグレンツェンが大好きなんだなって感じます。それにしても、毎年、味の違うハチミツを楽しめるなんて素敵! 作るものにはある一定の頂点ってものがあるかもですが、その時々で最高を楽しむスタイルは私も大好きです」
「安定もいいですが、そういった不安定の楽しみ方っていいですね。人生を生きてるって感じがします」
リリスさんはともかく、桜はとても15歳とは思えない達観した表現をお使いなさる。
おもえばアルマと桜は大親友。であればこういった物言いも普通なのか。
いや、どっちも突出しすぎて、彼女たちを定規には使えないな。
「本当にローザさんはグレンツェンのことが大好きなんですね。私もここに来てまだ数時間ですが、グレンツェンのこと、大好きになっちゃいました。道行く人たちはきさくに挨拶をしてくれますし、移り変わる街の景色もとっても綺麗。あ、このお店からかぐわしいスパイスの香りがします。ここはどんなお店なのですか?」
琴乃さんが興味を示したお店の名前はタコス&プルケ。グアダラハラ料理を提供するお店。
食事はタコスとナチョス。
お酒は伝統的なプルケ、メスカル、テキーラの3種類。
タコスとは、小麦やトウモロコシを使用したトルティーヤと呼ばれる生地の中に、多種多様な具とサルサと呼ばれる調味料を包んで食べる、グアダラハラの伝統的な料理のひとつ。
ナチョスも伝統的な料理のひとつで、トルティーヤをチップスにしたもの。クラッカーのように具を乗せてサルサをディップして食べたり、チーズを乗せてオーブンで焼き、これにもサルサや野菜、チーズをディップして食べる料理である。
もちろん、グアダラハラの伝統料理はたくさんある。この店はタコスとナチョスに絞って提供するスタイルで有名。用意される具やサルサのバリエーションは非常に多く、組み合わせは無限大と言っていいほど、多くの旬の素材を扱っている。
ちなみにわたしは、フラワー・トルティーヤの中に羊肉の蒸し焼きとワカモーレ、青唐辛子が強めのサルサを混ぜたソース。被せるようにゴルゴンゾーラチーズをたっぷり乗せてオーブンで焼いたタコサラダがイチオシです!
お酒もグアダラハラ発祥の伝統的なもの。醸造酒のプルケ、蒸留酒のメスカルとテキーラ。
プルケとメスカルはリュウゼツランと呼ばれる植物の樹液からできており、製造方法と土地柄によって味わいが違って個性が強い。
テキーラは度数が高いイメージがあるけれど、本当に上質なものはとても飲みやすく上品な味わいなのだそう。
タコス&プルケが繁盛した理由は、具の組み合わせを自由にして飽きさせない味を提供したことともうひとつ。忙しいお昼を過ごす職人気質の人たちが多く住むチャレンジャーズ・ベイの性格にマッチしていることだった。
片手間でがっつり食べられるタコスは、食事が奪う仕事の時間を最小限にしてくれる。
具を変えれば飽きもこない。
テイクアウトもできる。
チャレンジャーズ・ベイ内でならアツアツのまま配達もしてくれる。
彼らのニーズに適した料理だった。
さらに料理好きな店主の趣向で、瓶詰された数種類の調味料が用意されている。これを使うだけで、いつもの食事に劇的な変化をつけられると評判なのです。
ありがたいことに店内に張り出されているQRコードから、オススメのレシピを教えてくれるというのだから主婦は大助かり。
手が出しやすく敷居が低くなる工夫がマーベラス。
地域密着型とはまさにこのこと。わたしもピザソースや普段使う調味料の代わりに使える面白いものがないかと思い、ちょくちょく漁りに来ています。
とてもおいしくてこじんまりした店内は、暖かな雰囲気で好きなのだけど、今はお昼を済ませたあとでお腹がいっぱい。
それにもう少ししたら3時のおやつ。今日のところは素通りしましょう。
あ、お腹はいっぱいですが甘いものは別腹です。だって女の子なんですもの♪
調味料なら保存も利く。数を買って帰れるからお土産によさそう。なんて話しをしながら通り過ぎようとすると、目の前に大男が2人も転がってきた。
大きな音を立て、タコス&プルケの扉が開く。なにやら酔っ払いが言い争ってる様子。
土埃がついてもおかまいなし。昼間から酒を浴びて乱闘とはいい度胸ですね!
通常であれば店の責任者が止めに入らなければならないのだが、どう見ても本職の剣闘士か格闘家。一般人に割って入れというのが無理な話し。
すぐに警察が来るだろうけど、道のど真ん中で暴れられては通れない。他の人たちの迷惑にもなる。
なんとかしようにもこっちはか弱い乙女が4人。周囲に止めに入れそうなマッチョもいない。
ショコラはもうすぐそこなのに。仕方がない。無理をするところではない。回り道をいたしましょう。
君子危うきに近寄らず。万が一にも怪我をして、お祭り当日に支障をきたしたら大惨事。
そして何より、お姫様に傷でもついたら責任なんて取りようがない。
市長の娘として争いごとを収めたい気持ちはある。だけど、今日は安全第一です。
身を翻して回り道――――をしようと声をかけるより先に、メンバーの中で一番可憐な容姿の桜ちゃんが前へ出た!?
え、いや、ちょっと待って。争いごとに首を突っ込んじゃダメだって。
面倒くさいから。
少なくともわたしはそういうのに積極的な性格じゃないから!
「すぅ~……はぁ…………何がきっかけで暴れられていらっしゃるのかは分かりかねますが、邪魔ですので、てめぇら様、さっさとどっかに行きやがって下さいませ?」
口調がおかしいッ!
普段はもっと普通のしゃべり方をしてるんだろう。そうであってくれ。着慣れないかわいい衣装に引きずられ、丁寧な口調に務めようとしてるのかもしれない。
でも慣れてないせいか、余計に高圧的な口調に拍車がかかってる!
「あぁ~~? なんだこのチビ。てめぇもこいつの仲間かぁ!?」
「知らねえよこんなガキ。うるせぇこと言いてぇんだったら拳でかかってこいよ。ほぉ~れどうしたどうした。こっちでちゅよぉ~~?」
「――――――わぁ~い♪ じゃあ…………世界の果てまでぶっ飛びやがって下さいよぉッ!」
怒りのオーラに身を包んだ桜ちゃん。2メートルの距離を瞬きひとつするより早く詰め、腹パンを寸止め。遅れて流れる風より速く、大の大人の後ろに立った。
目で追うことかなわず。
いったい何が起きたのか。
何をしたのか。
全く分からない。
しかし酔っぱらって暴れた牛どもは白目をむいて動かなくなっていた。
これが夜咲良桜。暁さんがお姫様の護衛に選んだ精鋭の中の精鋭。
この子がアルマちゃんの九死に一生一緒の大親友。なるほどこれが背を預け、共に切磋琢磨した仲間の力。
彼女の隣に杖を構えたアルマちゃんが見えて、そんな2人の姿に憧れた。
本当にすごい。
羨ましい。
わたしもアダムと、こんな風になれるかな。
自分と愛する男性の影を思って尊敬する2人に重ねてしまう。
きっとこれが、わたしが想い描く理想の姿。
わたしももっと頑張らなくっちゃ。
しばらくして警察が到着。簡単な事情を説明したのち、桜ちゃんは正当防衛ということで無罪放免。
というよりは、監視カメラや残存魔力の痕跡を辿っても、物理的にも魔力的にも証拠能力不十分。仮に立件しても過剰防衛を成立させることができない。というのが主な理由。
本当に一体何をしたの!?
まぁ相手は現役の剣闘士なんだから、抑えるほうは多少手荒でも、ある程度の許容範囲が生まれるよね。そういうことにしておこう。
一件落着と褒めたたえられた少女は、喜ぶよりも涙を浮かべて肩を振るわせた。
ついつい暴力的な気持ちになって、暴力……のようなものを振るってしまったことに後悔をしてるのだろうか。
それともかわいい見た目に反して暴力的な印象を植え付けてしまったことに後悔の念を覚えたのだろうか。
どっちにしてもここは感謝の言葉を贈るところ。みな困ってたから、問題を解決してくれてありがとうと抱きしめよう。
すると桜ちゃん。思いっきり顔を胸に押し付けて息を荒くする。
もしかして、勢いで飛び出して行ったけど本当は怖かったとか!?
そうだよね。こんな可憐な少女だもんね。やっぱり怖かったよね。
よしよし、もう大丈夫だよ。と慰めて頭をなでなでしてあげる。
あぁ~……アルマちゃんといい桜ちゃんといい、かわいいなぁ。年はひとつしか違わないけど、背丈が低いせいかもっと幼く見えてしまう。
かわいいわぁ。わたしにもこんな妹がいたらなぁ。




