春風の妖精 5
桜は油断すると下ネタに走るんだよなぁ。
外見のかわいさとのギャップに驚く一同は、茫然と桜を眺めて話題を逸らす。まさかこんな美少女が下ネタを…………いやまさかそんな馬鹿な、と男ども。
なんのことか分かっていない子供たちはさておき、まんざらでもなさそうなライラックがいることにあたしが少し動揺していることに、彼女は気づいてるだろうか。
面倒見のいいさばさばした少女と思いきや、そっちの話題に興味津々なメスとしての本性が見え見え隠れして、己の中の幻想が崩れかかっている。
でもまぁ年ごろの女の子としては正常な反応なのかな。
――――よし、あたしも話題を変えよう。
ことは数日前、ヘラさんからお祭りの様子とアルマたちの現状を報せる手紙でのこと。
キキもヤヤもアルマの企画する空中散歩に全力を尽くしている。ハティも少しずつではあるが地道に文字を覚え、シャングリラの子供たちに褒められるために日進月歩していた。
あたしが気にかけている小鳥遊すみれも、毎日を楽しみながら努力してるという。
特に輝いてるのはアルマ・クローディアン。前評判から一躍人気者となった彼女は、すぐにちょっとした有名人。派手な見た目もあいまって、多くの人と顔見知りになった。
くわえて、空中散歩をしながら次の企画も探してるのだから頭が上がらない。
勤勉で快活。まさに青春まっしぐら。
そんな彼女だが、ここに来てひとつ問題を起こす。
都市を守る防殻を撃ち壊してしまったそうな。
普段ならさすがアルマと褒めて諭すところだけれど、これは笑えない。
手紙によると、魔導防殻は街を守る超重要な防壁。一個人に破壊される程度では話しにならないと反省してはいるものの、壊せるから壊していいわけがない。
たとえそれが故意でなくとも…………。
まぁそれ以上に問題なのは――――――アルマの隠蔽癖!
「ヘラさんの手紙で知ったんだが、アルマが魔導防殻とやらを撃ち抜いちゃったって本当なのか?」
「ぶふはぁッ!?」
飲んでたオレンジジュースの半分を吐き散らし、パエリアの上にぶっかけて硬直する。
アルマの悪い癖だ。必死に言い訳を考えてるな。でもアルマは賢い子だから、言い訳をしたところで無意味だと結論に辿りつき、最後には罪を認める。
あたしも反省する者にはこれ以上、強く出ようとは思わない。執拗に責め立てても逆効果だ。ここは釘を刺しておくだけでいい。
あとはアルマを信じ、見守るだけ。必要以上にしゃしゃり出ない。これが肝要。あたしはアルマの後見人であるということ以上のことをしようとは思わない。
賢いアルマはきちんと反省の弁を述べて決意してくれた。『3度目はありません』と。
よしよし。反省し、前へ進む。それでこそせいちょ…………ちょっと待て、今なんて言った?
3度目はない。3度と言ったか…………今。
つまり2回あったってことか。
2回目をもうやっちゃったのかい?
驚きの展開ですがな。
「で、でももう大丈夫です。あんなヘマはもうしませんからっ!」
「あ、ああ……信じているよ、アルマ。話しは変わるが、ベレッタ。遠慮しなくていいんだぞ。好きなものを好きなだけ食べてくれ。ベレッタは特にアルマと仲良くしてくれてるって聞いてるからな」
謙虚なのか節制してるのか、ほたて料理が手元にない。
「いえ、そんな、贅沢をさせてもらってますっ!」
「え、でもさっき『ほたてっ!』って言ってたろ。ホタテが好きなんじゃないのか?」
「ふぇっ!? は、はわわわ…………それは…………」
さっきもメニュー表を睨んではホタテのポワレなる料理に釘付けになっていた。
なのに値段を見て目を逸らす。気にするなって言っても気にする質なんだろうなぁ。良くも悪くもベレッタのいいところ。
だがあたしは構わない。
追加で注文。ベレッタの笑顔を見るためにっ!
運ばれてきたお皿を見るなり、瞳を輝かせて胸をときめかせてるではないか。
本当にいいんですか、を3回言ってようやく食べ始めたベレッタ。今日一番の笑顔になった。
見てるこっちまで幸せになる無垢な表情。やっぱりかわいいなぁ!
いやぁ~いいものを見せていただきました。
なんかもうベレッタも欲しくなってきた。魔法が大好きって言うし、アルマと並べて愛でたい。ベルンのレナトゥスで勉学に励むってことだけど、いつかはメリアローザに留学名目で訪れて欲しい。
そしてそのまま移住させたい。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって、最後のデザートも空になる。
ここでイッシュたちとは一時お別れ。彼らは明日のために家路について、ゆっくり時間を過ごすらしい。
ライラックとマーガレットは家の手伝い。
ベレッタは修道院に戻り、明日に向けての準備のために手を振った。
残るはアルマにキキとヤヤ。3人も3時のおやつを終えれば家路について別れてしまう。せっかくグレンツェンに来たのだから、お祭り前夜を楽しみたいのもやまやまだけど、明日の本番のために早めに就寝する予定。
残念だけど夜まで一緒にはいられない。
また明日と言葉を交わし、さてどこへ行こうかとリリスが踵を返した瞬間、彼女の頬を春風が吹き抜けた。と同時に丸いものが空を駆ける。
赤くてまあるい塊が空高く舞い上がった。隣には悲しそうに空を見上げる少女。
きっとそれは彼女の手の中にあったもの。
風に吹かれて手放してしまった。
それは遠く遠く空の彼方――――と思われた。少なくとも、小さな女の子はそう感じたに違いない。
だけどこのお姫様はひと味違う。
まだいける。
手が届く。
考えるより、体が動く。
花吹雪を引き連れて、彼女は天高く身を翻す。
天使か妖精か、見紛う如き姿は一瞬で小さくなって、建物の影へ消えてしまった。
「はっや! さすが行動力の化身。にしても今のは飛行の魔法じゃないよな。どうやったらあんなに速く移動できるんだ?」
あたしのひと言がアルマの魔法大好き導線に着火。
「今のは羽化の魔法と追い風の魔法ですね。フェザーは自分の身を羽のように軽くする魔法です。そこにトレイルウィンドの風を受けて羽が舞い上がるように移動しているようです。どちらも魔法単体としては簡単な魔法です。リリスさんを見ると簡単に併用してるように見えますが、風の受け方を間違えると思いもよらぬ方向へ吹き飛んでしまうので、扱いが非常に難しい魔法の取り合わせです。あれは相当に使い慣れてるようですね。しかも自然風の追い風も相まってとんでもない勢いでした。となるとトレイルウィンドはあくまで方向転換やバランス調整のための発動のほうが役割としては適切そうですね。メリアローザにいる冒険者にも1人だけ、この魔法の取り合わせを使って戦う双剣士がいます。何度か彼女の戦いを見たことはあるのですが、実にトリッキーで素早い攻撃と回避に長けた戦闘でした。あれをまともに受けられる戦士はそうそういないでしょう。飛行能力に関してはフライのほうが―――――――」
ダメだ。魔法大好き好き好きスイッチが入ってしまったアルマは止められない。
琴乃のほうへ姿勢を向けよう。
「あぁーー…………えっと、いいのか琴乃。リリスが吹っ飛んで行っちゃったけど」
「あぁいいんです。リリスさんの人助けはいつものことですから」
いつものことなのか。
ローザも額に冷や汗たらり。
「いつもあんな風にしてるの? とんでもないお転婆とは聞いてたけれど、本当に凄いわね」
「お兄様はいつも胃と頭を痛めてらっしゃいますが、私は困っている人を見過ごせない、いつでも誰でも助けに行ってしまうあのお方のことを心から尊敬しています。ちょっと極端なところもありますが」
「「ふわぁ~~……ちょおーーかっこいぃ~~!」」
「かっこよくても、真似はしちゃダメだぞ?」
諭しとかないとな。真似しちゃいそうだからな。キキもヤヤもリリスのことが大好きだからな。
「本当に素晴らしい技術ですね。私も練習していますがなかなか難しいです。あ、戻ってきましたよ。戻ってくる方法も、なんというか、独特ですね」
お待たせしましたと言ってるのだろうか。大きく手を振りながら彼女は空を跳ねてダンスする。
比喩表現ではない。あたかも空中に階段でもあるかのように、タンタタンとスキップした。
春風の妖精と呼ぶにふさわしい。舞い上がる花びらとともに、駆けよる彼女とその笑顔は人々の心を奪う。
風船を手放して、さっきまで泣きそうになっていた女の子すら笑顔にして。
「お待たせしました。はい、どうぞ♪」
「わぁ~~! ありがとう、春風のお姉ちゃん!」
「春風のお姉ちゃん!? うふふ、どういたしまして」
随分とお礼を言われ、お互いに手を振った頃には人だかりができていた。
大きな喝采に囲まれて、そろそろお別れと手を振ると少女も大きく手を振ってくれる。
振った手は精一杯に広げられ…………風船がまた飛んでいきそうになった!
すかさずお父さんがナイスキャッチ。ちょっとヒヤっとしたあたしたちでした。




