春風の妖精 4
感動の再会も果たしたことだ。彼らをランチに招待しよう。
空中散歩のメンバーにはアルマが世話になってる。留学を推挙したあたしからお礼の意味も込めて、本当に感謝してるということを証明したい。
特にアルマが楽しそうにベレッタのことを話してくれた。彼女にはよく街の案内をしてもらうそうだ。
魔法を愛する者同士、お互いを尊敬する良き隣人だそうだからな。
しかも美人だしなっ!
ランチの提案をすると、ちょうど彼らも食事にしようと相談していて揉めてたところだった。さっきの大きな声はそのせいだったようだ。
空中散歩はアルマ主導で行われるので特にもめごとはないが、こういうところではたびたび意見がぶつかるそうな。
ぶつかり合うというのは良い仲間の特徴のひとつ。できる限り自分の意思を通したい傾向のあるアルマと相性の良い友達が居並んだみたいで嬉しいぞ。
パスタとサラダの専門店。
行列のできるラーメンショップ。
熱々ジューシーなチキン&グリル。
ヘイターハーゼのランチメニュー。
どこがいいかといつも揉める。楽しそうでなによりだ。
子供たちがあーでもないこーでもないと言い合う姿は仲睦まじくてかわいらしい。見てるだけで幸せになる。
それにしても、一向に決まる気配がないなぁ。
さすがに腹が減ってきたぞ。どこでもいいから決めてくれ。
しびれを切らしたリリスが、パンと手を叩いて注目を集めた。
お代は暁さんが持つから、グレンツェン特有の料理を出してくれるお店に行きたい、と意見をまとめるため、昼食にありつくために提案をした。
揉め事の仲裁には第三者の介入が必要なこともある。今回のはまさにそれ。
しかし奢るのは問題ない。ただせめて『こっちで持つ』と言って欲しいかな。元々奢る気満々で構えてたけどな。
それではとライラック。グレンツェンに来たならヘイターハーゼがオススメですよと自分の意見を曲げてきた。
シェリーさんと一緒にご飯を食べたツイストファリーヌをやめての推挙。我々はいつでも食べに行ける。だけど、みなさんは旅行客。せっかく来てくれたのだから、グレンツェン発祥であり老舗のヘイターハーゼが一番。
そう言って、他人の心境を察してくれる彼女はいいお嫁さんになるに違いない。
そういうことならとみんなも賛同…………せざるをえない空気になって、ようやくランチに向かっていった。
♪ ♪ ♪
吹き抜けの食堂は天井が高く、2階と3階の窓から差し込む光がそのまま床へと落ちて照らしている。
二重扉の先、内装は伝統的な装飾で彩られていた。かつては貴族御用達の施設であっただけに、基本的なデザインは豪華な装いである。
大衆食堂に変身する際、一般人にも親しまれやすい環境づくりがなされていた。
例えば壁に掛けられた絵画。これらは絶賛売り出し中の芸術家による新作たち。お店の内装をくるくると変えて客の目を楽しませると同時に、若手の売り込みを行う一石二鳥の策。
夜はコース料理。昼はひと皿から注文できる食堂形式の提供などなど、その土地に住む人たちに親しまれる工夫が凝らされている。
店に入るなり、辺りをきょろきょろと見回すリリス。外国はおろか異世界なんて生まれて初めての彼女。そわそわとドキドキが背を押している。
見慣れないタッチの絵画。柱の彫刻から机の縁まで、物珍しそうに見て回った。
1階は2、3人がテーブルを囲って食事をするのが基本スタイル。それ以上の人数になると2階のテーブル席に通される。
10人からとなると、一番大きな机を用意している3階へご案内。
そういうわけで、空中散歩一向はヘイターハーゼで最も天井の近い3階へ。
豪奢な家具の揃った最上階は8組だけの特別席。
貴族が愛用したとだけあり、1階や2階とは比べ物にならないほど着飾られた装飾は贅沢の極みと言うべきか。
一面に描かれた壁画は切れ目なく壁を一周している。はめ込まれた金や銀の輝きは、かつて栄華を誇った貴族たちの誇りと権威を物語るかのよう。
不思議なことに絢爛でありながらも厳か。
金持ちにありがちな傲慢な態度は見えてこない。
下層と言える1階部分も伝統的な装飾で着飾られていたものの、実に謙虚な印象を放つ。
2階部分もちらりと覗いてみた。ちょうど1階と3階を足して割ったくらいの内装。
共通して金をかけているものの、古人に対する敬意がある。そんな印象を与えられた。
「ようこそおいでくださいました。ヘイターハーゼへようこそ! 注文がお決まりになりましたらいつでもおっしゃって下さい。そちらのお三方はグレンツェンは初めてですよね。分からないことがあればなんなりとお申し付け下さい」
颯爽現れたスパルタコ。
初めましての3人ってよくわかったな。
「まぁありがとうございます。さっそくなのですが、このお店で一番人気の料理はなんでしょうか?」
慣れた口調で催促するお姫様。さすがこういう場は手慣れてる。
「一番人気はやはり店名にもあります【プラッミジョティ・デ・ヴィオンデ・デ・ラパン】。うさぎ肉のシチューです。赤ワインとよく合いますよ。付け合わせにエビとホタテのサラダなどはいかがでしょう。今朝仕入れたばかりの新鮮なものを用意しております」
「ほ、ほたてっ!」
ベレッタはほたてが好きなのか。これはよいことを知った。
メリアローザに来る時はほたてを用意しておこう。
「では私はそれでお願いいたします。琴乃は私の頼んだものとは別のものにしてくださいね。せっかくなので食べ比べっこしましょう」
「はい、かしこまりました」
「かしこまりました?」
すかさずネーディアがつっこんだ。
いきなりボロが出てるじゃないか。
「あっ、ええと、そうじゃなくて、分かりましたっ!」
「…………?」
言い直すと余計におかしいぞ?
「アルマはパエリアと牛のすね肉の蒸し焼きにします。飲み物はオレンジジュースで!」
「かしこまりました。他の方々はいかがいたしますか?」
笑顔で丁寧な接客をするスパルタコ。以前に前祝で会った時とはまるで別人の彼。
なんていうか、顔はいいけど二枚目で、イケメンというよりは頼れるお兄さん寄りの道化って感じがした。
しかし今はそんな雰囲気を微塵もみせない。
これは何かあったな。本気になれる何かを見つけたとみた。
予想は的中。なんと彼女ができたらしい。アイザンロックにて鯨漁をこなしたあと、現地でウェイターをしている女の子たちにひと目惚れ。その後は文通をいくつか交わしたのち、直接会って告白したんですって。
青春してますなぁ!
コイバナに飛びついた女子の会話は全館に行き渡って喝采の嵐。ヘイターハーゼでは有名なウェイターのスパルタコを祝福する声が続々と聞こえてきた。
先の見事な接客っぷりから見ても、相当な人気を獲得しているに違いない。紳士な性格が客の心を掴んでいた証拠だ。
そんな彼の幸福を祝わずにいられない。
真に愛されてると確信させられる。
実に素晴らしい光景じゃないか!
話しによるとスパルタコ。女の子好きで、一度会った女性の顔と特徴は決して忘れないという特技を持ってるらしい。普通に凄いな。
だから再来店してくれた時は必ず声をかけ、以前、注文してくれたメニューから今日はどうしましょうと提案してくれる。
覚えていてくれただけで客は特別感を抱き、また来店したいと思うだろう。
先ほどリリスに勧めたように、仕入れの状況をきちんと調べ、一番良いものを提案してくれるウェイターの存在は、常連はもとより一見にも重宝される。
それだけ仕事熱心で、ヘイターハーゼに訪れてくれる全ての人に真心をもって接してくれる彼が愛されるのは当然のこと。
いい男の背中とはかくも大きなものであるか。
「イケメンだって思ってたけど、飄々としてるから彼女とか出来なさそうって噂されてたスパルタコさんが、まさか彼女持ちになるなんて」
ライラック、結構ひどいことをズバッと言うな。
アルマの友人になるには、このくらいの切れ味が必要なのかもしれない。
「そうなんですか。とってもカッコいいと思いますけど (ヤヤ)」
「そういえば、巷でスパルタコさんの雰囲気が変わったって、ざわざわしてたな。原因は恋愛だったのか。友達以上恋人未満ってキャラって聞いてたのに (イッシュ)」
「そうなんですか。以前のことを知らないのでなんとも言えませんが、顔だけはよさそうなのでモテそうですけど (リリス)」
「上半身もなかなかですが、下半身もよさそうですね (桜)」
「「「「「…………えっ?」」」」」
「…………桜、下ネタ禁止な (暁)」




