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春風の妖精 2

【聖アルスノート王国王宮内・中庭庭園】

 グレンツェンに負けず劣らず美しく咲き誇る花々は、元々王室御用達の散歩道。美しいものを独り占めしたいという、かつての王族の独占欲が残っていた場所。

 今では国民の誰もが利用できる公園として機能していた。理由は簡単。花は愛でられて初めて価値が生まれる。

 ごく少数の人だけに見られたところで価値は薄い。どうせならみんなに楽しんでもらいたい。そんなお姫様のひと言で開放されることとなった。


 さすがに王の管理下なので、開放時間は決まっており、日の出から日没までの間だけ出入りが自由。

 この日もたくさんの人が花を愛で、人々の交流のために集まっている。


 そんな素敵空間がグレンツェンへの待ち合わせ場所。

 普通ならば個室とか人目につかない場所を選びそうなものだけど、きっと花畑からワープして異世界に行く空気感を楽しみたいのだろう。

 面白いものや楽しいものが好きなお姫様っぽいな。


 しばらくして聞き覚えのある声が聞こえた。

 よく通る声。

 足早に駆ける靴音。

 心が晴れ渡るかのような笑顔。


 リリス・エヴァ・アルスノート。

 アルスノート王国のお姫様。正真正銘の王族。

 なのだが、お祭りのためかおしゃれな西洋の町娘の雰囲気。

 短いつば広帽は春を思わせる淡い白。

 リーフグリーンのワンピースの裾には刺繍が施され、光に反射してきらきらと優しく光る。

 帽子の色に合わせたカーディガンがひらひらとたなびいて、まるで春に現れた妖精のよう。

 さらさらと音を奏でそうな細い金の髪を揺らし、待ちに待った待ち人に向かって駆け寄る。


 みな一様に声のするほうへ振り向いた。大好きな姫様の登場となれば、誰もが手を止め笑顔になる。

 自然と足は動き、挨拶を交わすのだ。これだけで、どれだけ彼女が愛されているかがうかがえる。

 言葉をかけられて、彼女も同様に言葉を交わす。一人一人に目を向け言の葉を紡ぐ妖精は、そこにいるだけで彼らを幸せにするのだろう。

 本当に魅力的な女性とはこういう人のことを言うのだろうな。


 姫様の背中を追いかけて走る少女は凩 琴乃(こがらし ことの)。姫様専属のメイドで護衛兼荷物持ち。琴乃の固有魔法(ユニークスキル)無限(インフィニティ)書庫(・ライブラ)】は、無機質であればどんな質量・大きさであっても、異次元空間に収納可能というもの。

 そのため、旅行先で手ぶらになって観光するにはうってつけの能力の持ち主なのだ。


 以前、彼女の固有魔法を知った時、商人を目指さないのかと聞いたことがある。

 商品を安全に運搬できるし、一度に大量の物資を移動させられる。馬車も軽量化できて経済的。商人にとっては喉から手が出るほどの才能。

 すると彼女は、幼少の頃はそれもいいかなと考えていたそう。しかし野党の存在や商才のなさを自覚して断念。

 決められた仕事以外の時間を自由に使える王宮侍女の仕事を選ぶことにした。


 花の手入れが好きな彼女は、少し臆病であるものの、人当たりがよく人の良いところを見つけ、褒めることができるとして周囲からの評価が高い。

 自分とは正反対な性格をしている琴乃に好感を持ったリリス姫。彼女を自分専属のメイドへ起用したのだ。


 結果的にこれが大当たり。

 姫様の暴走を良く理解し、その上で止めに入ることのできる琴乃は、妹を心配する兄からの信頼も厚く、暴君の粛清の対象になる貴族からも一目置かれる存在になった。

 というよりはストッパーとしてありがたられていた。


 晴れて高給取りのメイドになった彼女は、多少なりとも周囲からやっかまれて大変そうだなと思ったこともある。

 しかしこれは間違い。彼女でなければ他に姫の暴走を止める人がいるのか、琴乃の代わりをしてみるか。お前がやってみるかと聞かれると答えはノー。

 だからやっかまれることはない。むしろそのままの座に座っていてくれと願われていた。


 出る杭は打たれるものだが、出過ぎた杭は打たれないとはよく言ったものである。

 彼女こそ、その極地であろう。本人はあまり自覚してないようだが。


「おはようございます、暁さん。出立の準備はできています。さぁさぁ、さっそくでかけましょう。もう昨日から楽しみで、いつもより早く寝てしまいました。ぐっすり寝たので気力十分ですっ!」


 両の手を握ってぶんぶん振り回してくるリリス。

 今日のこの日をどれだけ待ち侘びたか。あたしには想像もできない。


「それはよかった。気力が十分なのはいつものことのように思えますが」

「姫様、申し訳ないのですが全力で走られると追いつけません。ゆっくりお願いしますっ!」

「侍女を置いて走り抜いてしまう姫様とはこれいかに」


 ゆったりもったり動く侍女が息を切らせての懇願。これが普通の少女。対比の奥行きがすさまじい。


「相変わらず仲がよろしいようでなによりです。そろそろ転移の時間になりますので、お手を拝借願います」

「あ、今日はあくまでお忍びで、それも友達同士での旅行ということになっていますから、異世界では是非にため口でお願いしますね。ちなみに私はいつもの口調で行きます。暁さんは私より年上なのですから、私にため口を使って下さい。いいですね、ため口ですよ? 琴乃は私のことを『姫様』と呼ばないこと。『リリス』あるいは『リリスさん』と呼びなさい。桜ちゃんは、常に敬語なのでしたよね?」

「私は誰に対してもこの口調でと決めていますので、どうかご了承下さい」

「ひ、姫様のことを名前で呼称するだなんて無理ですぅっ!」


 そりゃそうだ。特に彼女にはメイドとしての立場がある。

 だからこそ、これからの立場をわきまえなくてはならない。


「気持ちは分かるが『姫様』か『様』付けで呼んでたら、周囲から奇異な目で見られかねない。姫様のためを思って、せめて『リリスさん』でなんとか頑張れ」

「うぅ……頑張りますぅ……」


 姫様との相性がよいと言っても限度がある。苦労してそうだな。


「琴乃なら大丈夫です。私専属のメイドをこなせるのですから、大抵のことは大丈夫!」

「自覚はあるのですね」


 そこはつっこんじゃダメなところ。

 桜の頭をよしよしして制止しておこう。


「それじゃあそろそろだ。時計の針が真上を向いたら――――――と思ったが、時差があったのかな?」


 心の準備をするより先に旅先へついてしまった。

 予定では昼の11時ちょうどにキッチンのリビングに転移するはずだった。

 あたしに早く会いたかったのか、ハティが足早に呼び出し、視界が消えるほどに抱きしめている。

 もぉ~う、本当に甘えんぼさんなんだから♪


 再会の喜びと感謝の言葉を述べ、改めてキッチンのメンバーに3人を紹介。リリスが王族だということは伏せ、あたしたちの友人だと説明。

 嘘は言ってない。

 不必要な言葉を使ってないだけだ。


 リリスは持ち前の明るさと行動力で全員の顔と名前を覚え、友達になろうと申し出る。

 お近づきのしるしにと、アルスノート王国名物のコンテチーズを1つ渡した。

 1つといっても40キロの大物。どかんと音を立てて机に投げ込まれたコンテチーズの塊。風味とコクが強く、そのまま食べてもとっても美味。ピザやグラタンなどの料理に使うと絶品のひと品。


 さて、実はあたしからもキッチンへ贈り物がある。チックタックさんが作ってくれるラクレットチーズ。重量にして30キロ。溶かして食べるのがメイン。優しい風味と甘みの強いチックタックさんのラクレット。

 お菓子に使うとおいしく食べられると評判である…………まさかのだだ被り!


「なんかすまん! まさか被るとはっ!」

「壮観っすね!」

「いやいやいや、めちゃくちゃ嬉しいですよ! 本当にありがとうございますっ!」


 チーズが大好きなスパルタコもペーシェも大喜び。しかし量が多すぎると困るのではなかろうか。

 なんか申し訳ないな。


「どっちもすっごくいい香りがするんだな。本当にみんなで貰ってもいいんですか?」


 拳を握りしめてぶんぶん振り回すルーィヒもテンションマックス。ほんとうみんな、チーズが大好きなんだな。


「もちろんさ。代わりにと言っては悪いんだが、後夜祭に参加させて欲しい。いいかな?」

「むしろこちらからお願いしたいくらいです。あんなに素晴らしい体験をさせていただいたんです。そのくらいじゃ恩返しできないくらいですよ」


 エマ、優しいー。

 いやぁよかった。

 キッチン・グレンツェッタで後夜祭が催されてるのに参加できなかったら、きっと未来のお姫様が爆発してるところだった。爆風の推進力で吶喊してるところだった。


「さすが暁さんですね。どこに行っても人気者です!」


 リリスから賛美されると照れるな。


「ふわぁ。本当にすごい方なんですねぇ」


 ガレットは相変わらずかわいいなー。妹属性ってだけで愛でたくなる。

 あーちょー抱きしめてー。


「暁さんは本当に素敵な女性です。あんなに凄い解体包丁をくださいました。その節は本当にありがとうございました」

「あぁ、アレか。もう使ってみた?」

「すみません。実はまだ使う機会がなくて。なかなかマグロを解体する機会は……」

「まぁそうだよね。使って変なところがあったらまた言ってくれ」

「はい、ありがとうございます。後夜祭はめいいっぱいおもてなししますから、楽しみにしていてくださいね♪」


 すみれマジ天使。解体包丁を贈ったのは他でもない。彼女の好感度を上げるため。可能であればギルドに来て欲しいと願ってる。

 アイシャと一緒にフレナグランの厨房を担って欲しいと考えているからだ。

 彼女のかわいらしい笑顔で朝を迎えられるのであれば、金でも物でもいくらでも積もう。

 料理上手で愛嬌も抜群。笑顔が素敵となれば、是が非でも手に入れたいと思うのがギルドマスターの性。


 アルマ、キキ、ヤヤ。3人にはすみれをメリアローザに移住させるため、それとなく誘導するように指示している。

 まずは次の七夕の日にメリアローザに来てもらうことが第一目標。

 頑張ってくれよ、3人とも!


 キッチンを出てまず目に入るのは、色とりどりに咲き誇る花壇の花園。

 春の花が咲き乱れ、柔らかく吹き抜ける風は若葉色の香り。

 お祭り前のために忙しそうにしている人々の喧騒がよく聞こえる。

 祭りの熱気とは違う、催す側の熱意と情熱が見てとれた。

 なるほどこれがヘラさんがフラワーフェスティバルを楽しむなら、前日入りからがオススメと言ってた理由か。

 準備段階からお祭り騒ぎ。当日3日間では決して味わえない熱を帯びている。


 そしてここにも情熱を向ける少女が2人。見たことのない花々に心を浮かせて、あっちへこっちへ千鳥足。リリスと琴乃が楽しそうに散策していた。

 まだランチまで時間もある。花が祭りのメインであるグレンツェンであるからして、赤に緑に移ろうのは仕方ないことだろう。


 少ししたらアルマたちのいる空中散歩へ向かう予定なので、ひとしきり満足したら帰ってきてくれとだけ告げると、リリスが立ち上がって迫ってきた。

 そこにはキキちゃんとヤヤちゃんがいるのか。イエスと答えると、手を引いてさっそく向かうと矢印が向く。まだもう少し待ってと懇願する琴乃の背を押して裏庭へ。

 裏庭に行ったら行ったで、また花壇を飛び回る。

 本当に忙しい2人だなぁ。大図書館を挟んで北と南にある花の違いを見つけては感激。蜂のように覗き込んだ。


「すまないな。2人ともプライベートで外国に出るのは初めてで、見るモノ全てが新鮮なんだ」

「いえいえ、お気になさらず。母から事情は伺ってますので。桜ちゃんはアルマちゃんと幼馴染なんだよね。メリアローザではどんな様子なの?」


 案内役をかってくれたローザ。ヘラさんによく似て面倒見がいい。


「毎日毎日魔法のことばかり考えています。新しい魔法を開発してはその都度、塔へ上って魔法を撃ちまくってます」

「あっははは……こっちとあんまり変わらないんだ。ブレないってすごいなぁ。すごいと言えば、桜ちゃんのドレス、とってもかわいいよね。メリアローザではそんな服がトレンドなの?」


 さすが乙女。いいところに目をつけた!

 ぜひとも褒めまくってくれ!


「ふ、服は……暁さんに勧められて、特注で作っていただきました」


 恥ずかしがる桜がめっちゃかわいい。アルマにも見せてあげたい。見たら見たで爆笑するだろうけど。


「オーダーメイド!? どうりでよく似合ってるわけだ。春色の淡い白地に桜柄のピンク色がとっても素敵。このキラキラしてるのは?」

「これは螺鈿細工と言って、貝殻の内側のキラキラしている部分を掘り出して埋め込んでいるんです」

「そうなんだ! 伝統工芸なのかな。優しく輝いていて本当に綺麗。桜ちゃんはおしゃれさんなんだね」

「う…………それは…………」


 綺麗なお姉さんにいいかっこしたい桜が言い淀む。

 なのであたしが引き継ごう。


「桜は普段は着たきり雀でさ。女の子らしいおしゃれって全然しないんだ。持ってる服も全部黒色だし。だからお祭りにかこつけて、かわいいデザインの服を一式揃えさせたんだよ。めっちゃ似合ってるだろ?」

「そうだったんですか! とっても似合ってますっ!」


 着慣れない服を着て、褒められて、恥ずかしくて顔を真っ赤にしてる桜ってば超かわいいなぁ。

 いつもは気を張り詰めて眉尻が上がりっぱなしの少女も、着る服を変えるだけで乙女の心を芽生えさせている。やっぱり衣装を変えると心境も変化するというものよ。


 彼女にはもっと乙女の道を進んでもらわなくてはならないな。

 自分のためにも、あたしの眼福のためにも。

 次は華恋に頼んでアクセサリーを新調してもらおうか。黒髪に合うミルキークォーツのピアスなんていいかもしれない。

 シンプルな腕輪もいいな。

 なんでも似合いそうだなぁ♪

 あ、でもまだ左手の薬指にアクセは早計だぞ?


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