春風の妖精 1
今回は前日入りした暁率いる愉快な仲間たちが登場です。
異世界の食文化や景色に目移りする彼女たち。暮れない太陽のギルドマスター【紅 暁】。アルマと九死に一生一緒の【夜咲良 桜】。暴走特急王女様【リリス・エヴァ・アルスノート】。暴走特急のブレーキペダル【凩 琴乃】。彼女たちが外国、もとい異世界の景色に右往左往しながらわくわくする物語です。
特に心配性の兄のせいで外出制限をかけられるリリスは、羽目を外して飛び回ります。
興味が尽きなくて歩いては立ち止まり。立ち止まっては後戻り。彼女に限らず、知らない土地を旅することはとても刺激的。そんなありふれた非日常でございます。
以下、主観【紅 暁】
今日はいつもと違う朝。
壁は白い漆喰で塗り固められ、波打つように広がる姿は職人の技。
こじゃれたインテリアと前後に開く窓。陽の光とともにそよぐ風はまだ少し冷たい。
寝間着も甚兵衛ではなくもふもふのトーガ。布団は敷布団ではなく、飛べば跳ねる最高級のベッド。
普段とは違う楽しみを見つけては、子供のようにはしゃぎまくる二十歳の女。
歳不相応な振舞いと思うも、たまにはこういう少女らしい思いに身を任せても良いのではないかと思うわけです。
なにせ今日は忙しい仕事を忘れて遊びに来たのだ。
いやまぁ半分は遊びだけど、もう半分は仕事なのです。
いつもお世話になってるお姫様の息抜きのため、借りを作った恩人のため、彼女のことを誰も知らない場所で、彼女には思いっきり遊んでもらおうと思います。
背伸びをして、さてとさっそく身支度を整えるといたしましょう。
いつもの着物に着替え、長く赤く輝く髪を後ろ手に縛り、ポニーテールの完成。
外行き用の簪もばっちり決まってる。我ながら似合ってるではないか。と、自画自賛を口に出すのは恥ずかしいので、心に留めておくことにした。
危うく今起きたばかりの相方に聞かれるところだった。
さらさらの黒髪を揺らした朝の挨拶は寝ぼけ眼。あくびをひとつこぼし、洗面台へ向かう足取りもおぼろげな彼女は夜咲良 桜。
お祭りへ馳せ参じようとするお姫さまの護衛役。
くわえて、九死に一生一緒の友の様子が気になると、自ら護衛を買ってでてくれた。
他の人にも声はかけたが、みなお祭りに参加はしたいがお姫様の護衛は嫌だと言う。
きゃわいい女の子と一緒にいられる時間を放棄するなど信じがたい行為だ。
護衛役兼お祭りに参加したい人を募集したのに、誰も手を挙げてくれなかった。報酬だって出すのに。もちろん、断られる理由は想像できる。
お姫様が暴君よろしく、とんでもないおてんば娘だからだ。
豪傑と呼ばれた先代国王であり、父親である男の背中を見て育った彼女は争いを嫌い、争いの火種は消して回るが大吉と考えるようになる。
さらにお姫様補正なのか、幼少期にあれやこれやと押さえつけられた反動なのか、成人してからは、兄である国王も胃を痛める超行動派少女に成長してしまったのだから手に負えない。
城の中は窮屈と言って街へ飛び出す。
市井の生活に興味があると言っては数日の間、一般人の家に泊まりこんだこともあった。
権力者の横暴を耳にすれば、暗殺者を送って事実確認。裏が取れれば悪☆即☆斬。
仕事を押し付けて城内へ封殺しようにも、天才児の名を欲しいままにする彼女は超速で仕事を片付けるうえ、現場に行って確認すると、なんだかんだで城を脱出する。
などなど、齢17歳にして数々の伝説を築き上げる希代の建築家。
兄が妹に、嫁の貰い手がいなくなるとやんわり脅したところ、婿は自分で見つけて自分で捕まえると返され、逆に頭を抱えさせられた。
伝説を生きる暴君。現在進行形で伝説を積み上げ続けておられます。
個人的には快活で裏表がなく、正義に生きる人だから好きなんだけどなぁ。
国民の間でも、突拍子のない性格だが根はすごくいい人だと高評価。気になるところといえば、兄と同じく嫁ぎ先があるのかどうかの心配程度。
そこはまぁ、あたしもちょっぴり心配してる。
「とまぁ、お姫様の評価は軒並み高い。しかし反面、敵を作りやすい性格ともいえる。みながみな彼女のように誠実かつ、言いたいことをなんでも言う性格をしてないからな。悪者からしたら目の上のたんこぶだしな」
「今日はそんな超絶美女であり正義感と行動力の化身を護衛するのですね。なんだかわくわくしてきました。しかし、異世界のお祭りであれば、彼女を知る人は皆無に近いので、あまり護衛の意味が無いのでは?」
「だからこそ心配性の兄も外出を許可したんだろう。でなければお祭りなんて行かせないよ。メリアローザで催されるお祭りにだって行かせてくれないってぼやいてたしな。だからグレンツェンではめいいっぱい羽目を外して楽しんでもらおう」
それにガス抜きもしておかないと、どんな威力で爆発するか分かったもんじゃないからな。
「そうですね。私もとても楽しみです。皆様と一緒にお祭りに行けるというのもそうですが、アルマが頑張っている姿を見るのがとても楽しみです」
桜とアルマは窮地の仲。
共に死線を乗り越えてきた十年来の友。
彼女がどんな成長を遂げてるのか、桜もとても気になっている。
かくいうあたしも気になっていた。前祝で会ったのが最後になるから、まだ数日の間隔しか開いてないけど、本番へ向けて努力するアルマはきっと見違えたに違いない。
娘の成長を見守る親の気持ちはこんな感じなのかな。
今からとってもわくわくです。
桜の黒髪を梳き、両耳の後ろに作った三つ編みを束ねて1つにする。この髪型は桜が尊敬する黝と同じ髪型。
常在戦場のポニーテールを解いた彼女は、好戦的な暗殺者ではない。瀟洒で清廉なピュアガール。これに合わせるため、新調した衣装は白地に薄いピンク色の桜の花吹雪をあしらったオーダーメイド。
ワンピースを土台に白のロングソックス。無論、桜吹雪をあしらって、かわいさ倍増。
紅葉珠を組紐で編んだグローブ。紅葉珠の裏面には、それぞれ膂力と防御力向上の魔術回路が組み込まれ、表面には螺鈿細工の施された桜のタイルがはめ込まれている。
アクセントのコルセットも桜をあしらったデザイン。満開の桜の木にホトトギスの刺繍。どれをとっても一級品。
なにより素敵なのは、それほどに美しい衣装を着てもなお映える桜の容姿。
もしもベールを被ったなら、このままウェディングロードを走り抜けてしまえそうな出で立ち。
待ち受けるは未来の伴侶。
両の手を広げる新郎を殴り飛ばすあたし。
まだ心の準備ができてないから、嫁に行くのは待ってくれと必死に止めるあたし。
…………はっ!
何をしてるんだあたしは!?
桜の幸せを思うなら、手を振って見送るところだろうが。
だが手塩に育てた桜をどこの馬の骨とも分からんやつにやりたくない。
そんな妄想をするあたしを、桜は呆れた目で見ていた。




