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引っ張りアルマ 1

今回は空中散歩を開催するにあたって、十分なクオリティーになっているかを確認するための最終監査の様子をお届けします。

本番2日前に行われる最終監査。異様に遅い時期に行われるのには理由があります。

ひとつはクオリティーの確保。

ふたつ目は、途中で思いついたアイデアを盛り込むための時間を確保するため。

みっつ目は当日も多忙な監査員がお祭りを楽しむため、時間に余裕のできる本番前に企画の内容を楽しむためです。

みっつめはもちろん伏せてあります。

言う必要のないことは言わなくていいのです。

そしてアルマはやらなくていいことを、またうっかりやってしまいます。




以下、主観【アルマ・クローディアン】

 背の高い針葉樹に囲まれたここは西風がまっすぐ吹き抜ける演習場。

 グレンツェンを含め、世界に戦争がありふれていた時代の名残として、傷として、繰り返してはならない過ちとして、次代に繋ぐための戒めの場所。

 現在は史跡としての役割のほかに、護身術の稽古や魔法を練習するための場として活用される。

 そして今日もここは戦場となるのだ。


 時間は午後3時。いつもなら3時のおやつとしゃれこむのだが、残念なことにそうはならない。

 そう、我々空中散歩チームの監査の時間。

 合格しないと全てが水の泡。

 しゃぼんのようにぱちんと弾けて消えてしまうのです。


 準備は十全。検証もばっちり。各所手筈も整えた、のだが、やっぱりその時になると緊張する。

 正直、胸中おだやかではない。

 初めて薔薇の塔の階層に登る時だってこんなに心臓がバクバクすることはなかった。魔法で戦うのは慣れっこだから。

 でもこうして自分の作品を誰かに評価してもらうということは殆どなかった。なぜなら自己評価ばかりしてきたから。自分で決めればいいことばかりをしてきたから。

 今回は全く違う。第三者に吟味される。あぁ~~~~~~超緊張するっ!


「アルマ、気負いすぎだよ。顔が怖いよ。大丈夫だよ。企画書が通ってるんだし。中間監査だって問題なさそうだったじゃん」

「中間監査?」

「え?」

「ん?」


 中間監査。なんのことだ?

 ライラックはなにを言ってるんだ?

 そんなものは聞いたことがない。監査に来た人なんていない。強いて言えばヘラさんが仕事の合間に遊びに来たくらいか…………まさか。


 なんとそのまさか。ヘラさんの訪れは遊びに来たわけでなく、中間監査という名目で途中経過を見に来てたらしい。

 以前、引きずられて強制送還されたのは仕事の順番を間違えただけだそう。

 聞くと他の企画にも担当者がついていて、途中経過をつぶさに観察されていたとのこと。

 本番2日前に監査なんて時間管理がおかしいと思っていたけれど、まさかそんな制度になってたとは知らなかった。

 しかしそうか、ヘラさんのお墨がついてるなら安心だ。

 少し肩の荷が降りた気持ちです。

 それにしてもなんで説明してくれなかったんだろう。いや、事前に知っておかなくてはいけないのはアルマのほうなんだけど。

 いやいや、知ってるのが前提で監査に来てたというなら納得いく。

 いやいやいや、それにしても監査なら監査に来たと告知があってもいいはず。


 理由はヘラさんの遊び心と気遣いが要因。事務的に監査と言うと、かしこまってしまうかもしれない。

 アルマがグレンツェンに来たのは初めてのことだからか、中間監査のことを知らない様子。ちょうどヘラさんとアルマの関係は暁さんを通した友人のような繋がり。だから、普通に話してるだけで聞きたいことがボロボロ出てくる、と踏んでのことでした。

 聞かれて楽しくなるアルマも一から百まで言いたいことを全部喋った。

 だって乗せるのが上手なんですもん、ヘラさん。さすが学術都市の長。

 そんなわけで、知らず知らずの内に監査が行われてたのでした。


 うん、ちょっと気が楽になったかも。

 きちんと質問には答えられる自信はある。お土産屋さんとして出張するステラの大人たちもいる。何も不安に思うことはない。

 深呼吸。深い森の空気を体に取り込む。針葉樹の日陰になる北側の演習場は、グレンツェンのどこよりも澄んだ空気が吸えるのです。

 緊張して熱くなった体を冷やすように、吸って吐いて吸って吐いて吸って吸って吸って吐いて。

 よぉーし、頑張るぞっ!


「お待たせしました。準備はできてるかな?」


 ガッツのポーズをする背後から、キリッとした女性の声が聞こえた。

 彼女が空中散歩の監査委員、リナ・サイエン氏。若干22歳にして企画課のホープ。ピシッと着こなしたスーツはできる女性の代表格。

 それでいてキツイ印象は全くなく、とっつきやすそうな優しい目元が印象的。


 簡単な挨拶と確認事項のあらましを聞き、まずは安全点検。ようするに、シェリーさんから借りた結界の耐久テストです。

 魔導防殻があるとはいえ、テロや外部からの干渉は視野に入れておかなければならない。

 お祭りとなれば、酒に酔った客がうっかり魔法を撃って結界が破壊されないとも限らない。

 よほどのことがなければそんなことにはならないが、どこで何が起こるか分からないのがお祭り。

 そんなことをミーケさんも暁さんも言っていた。


 挨拶もそこそこに、さっそく魔法を撃ちますか。

 火球(ファイヤボール)が手ごろなところかな。

 いや、周囲には木が生えてる。炎属性の魔法はご法度か。

 土属性の膂力系魔法が耐久性を試す上で的確であろう。あとは監査員のリナさんが判断できればいいのだけれど。


 そんな心配をよそに、彼女は自前の風魔法で容赦なく攻撃。風刃(エアスラッシュ)の魔法を唱え、ぶつかった結界の壁は魔素の波紋を揺らしてなびく。

 波打つ揺らぎの間隔はすぐに収まり、元の形に戻った。


 なんと、デスクワークが主流と思っていた監査員が普通に魔法を使ったではないか。

 見た限りでは結構な練度。エアスラッシュは鋭さもさることながら、一般的には速ければ速いほどに威力、つまり斬撃力が増す魔法。

 腕を振って一瞬で壁にたどり着いたところを見ると、かなり鍛えてるみたい。一般人の彼女ですらこのレベルとは、グレンツェンの魔法関連の教育はどれほど高レベルなのか。

 期待で胸が膨らみます。


 次は内側。外側より強度が高くとも、徹底して検証する姿はさすがプロ。

 側面に一発。最も脆弱な天頂部分に一発。威力が弱まることを前提に腕から放ったエアスラッシュを、口から吹いた風魔法で速度を補強。

 おそらく名前もないような魔法。しかして理に敵った効率的な魔法。効率厨のアルマとしては親近感が湧いてきます。


 地表部分には落下防止策として、反重力装置を敷いた魔法陣が展開している。

 万が一に落下しても安全なように、地面から50cmのところで低反発枕のように包み込む、見えない絨毯に守られるのです。

 安全対策のために作った魔法陣。心地よく沈み込むベッドで眠りたいくらいの気持ちにさせるコレを、寝室に取り入れたいと考えるようになった。

 それを知ってか知らずか、リナさんは遠慮なくその身を宙に放り投げ、反重力ベッドで遊ぶ。

 否、安全性を確かめている。

 いや、これはもう間違いなくはまっていた。


 ようやく本題の空中散歩に入って空へ浮かび、戻ってくる頃にはオフィスレディの表情は消え、満面の笑みを浮かべる。楽しんでもらえてなによりです。

 上機嫌のまま、監査の担当決めをする時に、空中散歩に誰が行くかでひと悶着あったらしいことをポロっとこぼし、耐久テストのために、ある程度の練度の魔法が使える人が適任と判断されてリナさんが選ばれたそう。


 ここまで魔法が得意なのは、アルマと同い年ぐらいだった頃、魔法を専門に扱うベルンの第三騎士団に憧れていたためらしい。

 アルバイトで庁舎の仕事をしながら魔法の練習に明け暮れていたけれど、仕事をしてるうち、企画課の仕事が面白くなって人生をそっちへシフトした。

 だから一般人とは思えないような、異様な魔法の練度を誇っていたわけだ。なるほど納得です。


 目的に向かいながら寄り道をすると、案外寄り道のほうが性に合ってることに気づいて、それを本職にするというのはよくある話し。

 そんな人生あるあるで盛り上がりながら、そこはかとなく庁舎のアルバイトに誘われた。

 笑いながらやんわり断ると、顔には出さないようにしてるが内心残念そうにしてくれる。

 誘ってもらえるのは認めてくれてるという意味でとても嬉しい。だけど、アルマには他にやりたいことがあるので、ごめんなさい。


 勧誘話しが聞こえたミレナさん。それならステラに来てよ、と飛び火。

 シェリーさんのレナトゥスの勧誘を断った手前、アルマはどこにも首を縦に振れない。

 人生経験という意味で、アルバイトもいいかなぁって思うも、シェリーさんの申し出を断ってからというもの、彼女の悲しむ顔がちらついてグレンツェンで働こうという気にはなれなくなってしまった。

 でもヴィルヘルミナの仕事着がかわいかったから、ショコラで短期アルバイトをしてみたいというのはちょっとある。ショコラのお菓子は超おいしいし。


「そうかぁ、残念だなぁ、アイスクリームが食べ放題なんだけどなぁ」


 容赦なく物で釣ってくるミレナさん。ヤヤちゃんなら釣れただろう。

 しかしアルマは違うのですよ。


「あ、アイスクリームでは釣られませんよ? それにアルマは魔法職。職人さんのお手伝いやステラの仕事なんてとてもできそうにないですし」

「そんなことはないよ。アイデア出しならピカイチ。職人なんかよりずっと魔法の知識があるわけだから、そっち方面で貢献してもらいたい。アーディもよく出入りするから魔導工学も学べるしね。そうなるともっと視野が広がるんじゃないかって思うわけ!」


 くっ、今度は正攻法で仕掛けてきた。ちょっと心が揺らいでしまう。

 アルマの体が硬直したところを見たリナさん。隙ありと直感が働いたのか、ミレナさんを押しのけて前へ出た。


「企画課は起業の手助けや経営の助言なんかを生業にしてるんだけど、いろんな業態を見ることができるから面白いよ。魔法に関する職業や、魔法を扱おうとする業種からの依頼もある。アルマの能力を活かすのにぴったりの場所だと思うけどな!」


 魔法を引け合いに出されると心が揺らぐ。

 だが、しかし、


「え、ええと、お誘いは嬉しいのですが、まずは監査の完了をお願いします。他に何かあるなら教えて頂ければ幸いです」


 リナさんは思い出したように頭をぽりぽり。


「おっといけない、ごめんごめん。ええと、うん。とりあえず企画書通りの構想で出来上がってる。安全面も問題なし。広報や人員の確保、ステラの人へのヘルプもあれば当日に何かあっても大丈夫でしょう。あとはそうだね、SNSでバズってるところを見ると、相当な行列ができそうだけど、対策はあるのかな?」

「行列の対策ですか? 考えてるのは、結界の外回りをぐるっと回ってもらって、演習場から裏庭庭園までの直線に並んでもらおうと思っています」

「なるほどね、『?』型に列を作って入り口と出口を明確にするわけだ。列の形については問題なさそうだけど、その列を案内するオブジェクトとかはないのかな。ポールとロープで導線を作ったりとかでいいんだけど」

「どうせん…………」


 イッシュとネーディアに確認。特に何もしてないとのこと。

 他のみんなも結界より内側のことばかりに気を取られて考えもしてなかった。

 アルマも『行列』という観念が殆どない世界で生きていたせいか、導線を作るという意識が抜け落ちている。

 そもそもそれって必要なのか。

 それこそ列をなして来てくれる人がいるのだろうか。

 このレベルである。


 しかし企画課のリナさんがそう言うのだから、行列の考慮はしておいたほうが良いに違いない。

 キッチン・グレンツェッタではリナさんの言う通り、ポールにロープを繋げて導線を作っていた。誰が見ても明確に分かる通り道。


 長い時間を一定の場所で待たされる人が、可能な限りストレスを軽減できる工夫をしたい。

 キッチン・グレンツェッタのような展示物で時間を忘れさせる工夫か、あるいは『疲れ』を和らげる方策。

 アルマのプライドとして、魔法でなんとかしたい。

 長時間の魔法の行使に耐えられる魔力量の保持、あるいは固定化による消費魔力の節約。


 ぬぬっ!

【固定化による消費魔力の節約】

 最近どこかで聞いたトレンディな言葉。

 あれはそう……サンジェルマンさんの水晶宮(クリスタルパレス)

 家屋を作るのだって、まずはレンガの積み重ね。であれば、花壇のように積む数を少なく、かつ長大にだってできるはず。

 レンガの表面に矢印を刻めば、行き導線か帰り導線かも見て分かる。椅子の高さにしておけば、待ち時間を座って過ごせる。

 突然の閃きにしてはいいセンいってるんじゃないでしょうかっ!


 思い立ったら吉日。結界の入り口からぐるっと回って針葉樹の道を一直線。

 演習場への出入り口に立ち、走り抜いた跡にクリスタルパレスの魔法をかけた。

 一段ずつ積み上げられたそれは、カラフルなレンガの道。今来た道を、今度はレンガの上を走って帰る。なかなか上出来なんじゃないでしょうか。


 綻びはなく、どっしりと構えたそれは、初めて実戦で使う魔法にしてはしっかりしたもの。

 さすがアルマ。自画自賛です。

 遠くから見た感じではデコボコしたところもない。

 おおよそ地面に平行な高さをキープしていた。

 これならお尻も痛くない。

 さすがアルマ。再び自画自賛です。

 どうでしょう、リナさん?


「なるほど、これなら導線の確保と行列客への負担軽減が図れるね。あとはクリスタルパレスの上で走らないように注意喚起をするくらいかな。なんにしてもやっぱりアルマ、うちで働いてみない? 最初はアルバイトでいいからさ」


 再びの勧誘。

 ミレナさんの手がリナさんの肩に乗る。


「おいおいおいおい、どさくさに紛れて勧誘するなよ。順番的にあたしらのほうが先っしょ?」


 顔がマジだ。こえー……。


「あ、あはははは…………とりあえず、解決できたみたいでよかったです」


 これはなんか颯爽撤退したほうがいい気がする。

 このまま勧誘地獄にさらされるのも面倒くさい。ささっと片付けて帰りましょう。

 そんなこを考えてたらローザさんからの着信です。なんとハティさんが『行ってきます』のひと言で異世界へワープ。連絡がつかないのでアルマに代理して欲しいとのことでした。

 さすがハティさん。電撃的な行動力には感服ですっ!


「分かりました。エマさんとウォルフさんが連絡待ちでキッチンに残られる旨、こちらから連絡しておきます。他に何か伝えておくことはありますか?」

『ううん、他には特にないよ。ああそれと、これはアルマちゃんへなんだけど、今回キッチンに来た監査委員さん。シュレフマン牧場の長男さんなの。彼は多忙で滅多に直接会う機会って殆どないと思うから、この機にお肉の件を相談してみたらどうかな』

「シュレフマン牧場……お肉……モツ……なんという僥倖ッ! ありがとうございます。必ず捕まえます。お礼にモツ料理でおもてなししますので楽しみにしてくださいッ!」

『ええ、楽しみにしてるわ。それじゃあまたね』


 アルマが前祝の際に、もう少しでストックしているモツ肉がなくなるから、新しいモツ肉の入荷先を探してると話したことを覚えていてくれた。

 偶然にも、アルマが目星をつけた牧場の関係者とコンタクトがとれる。

 愛しいモツ肉を食べられる。

 それもほぼ毎日食べられる。


 いいいぃぃぃぃぃぃよぉっっっしゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!


 今日一番の咆哮を天に捧げ、アルマはまたうっかり、魔導防殻をぶち抜いた…………。

 当然、即駆けつけたヘラさんに超怒られた。

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