決意のココア 4
紅茶を淹れてひと休み。話題はハティさんが先ほど持ち帰ったお土産に移る。
7割は後夜祭に、残りは自宅に持ち帰ると言って置いて行ったそれらは南国の果物。と、麻袋に入った謎の物体。
不意に脳裏によぎる。彼の日、ハティさんがデザートと言って食べていたアレのこと。まさかね。そんなものは入ってないよね。
気になって意識しないように努めてみるも、考え始めると意識してしまうやつ。
万が一にも芋虫が入っていたら……とりあえず、何かの液体が漏れ出てもいいように新聞紙でも敷いておくか。
戸棚から備品の古新聞紙を持ってくると、好奇心の塊が麻袋に群がっていた。
一歩引いて、うじゃうじゃとうごめくソレが見えない位置にまで引いて様子をうかがう。
袋ごしに匂いを嗅ぐ一同。いやいやいや、もしもアレだったら絶叫ものですよ。
君子危うきに近寄らずですよ。
怪しいものには近づかないのが吉ですよ。
私は心底、主人公向きの性格をしてないと思う。ことを無難に済ませようと努めるし、トラブルになりそうなことは避けて通る主義。
トラブルを起こそうとする人にも寄り付かない主義。
だからハプニングが起こったり起こしたり、あまつさえ面倒ごとを楽しむ心の余裕だってない。
だから、お願いだから、それの口を開かないでっ!
願うも裏切られ、好奇心の化身たちは封を解いてしまう。
が、
「なぁ~んだ。ただの黒い粒々か。南国のお土産って言うから虫でも入ってるかと思ったのに」
「やめてよ虫だなんて! 益虫ならともかく、基本的に草花を食べるんだから!」
「怒るところはそこかい?」
よかった。虫じゃなかった。
「この色、この形、この匂い、香辛料のひとつですね。お肉やお魚にすり込んだり、振りかけて食べると蜜の甘味とほどよい酸味が足し算されて絶品なんですよ」
ヤヤちゃんがわくわくしながら宝物の解説をしてくれる。
え、香辛料なの?
それはとても興味が湧く。
「あ、これってインヴィディアさんが持って来てくれるやつだ。ステーキと一緒に食べるとおいしいよね!」
キキちゃんは実食済み。ならきっと大丈夫な代物だろう。自然と距離を縮めて中身をのぞいてみた。
黒い粒々だ。なにかの木の実か果物の一種かな?
「へぇ~どれどれ。――――お、意外にいける。未体験の香りだけど旨いな」
「ちょっとイッシュ。勝手に人のものを食べないの!」
「へぇ~……………………ッ!!!???」
思いっきり覗き込んだマーガレットさん。
途端、びっくりしたおじぎ草が葉を閉じるが如く、のけ反り、肩を上げてしかめっ面をしてみせた。
もしやすると、香辛料の中に虫が混じってたのだろうか。十分考えられる。
「木の実の皮を砕いたものかな。ヤヤちゃ…………2人ともウォルフさんのところへ行ってしまった。まぁ虫じゃなくてよかった。食用の昆虫というのは聞いたことがあるが、実際に食べるなんてありえないな」
ネーディアくんが黒い粒々を手のひらに乗せて麻袋に戻すを繰り返す。
「だな。で、なんでアルマは腹を抱えて笑いをこらえてるんだ?」
イッシュくんの視線の先にお腹を抱えたアルマさん。なにも面白いことなんてなかったと思うけど。
「いや……別になんでも……つまみ食いはそのくらいにして……ぶふっ……それは料理と一緒に食べるとおいしいから……くふふっ……後夜祭までとっておこうよ……ふっふはぁっ!」
なんでそんなに楽しそうに笑いをこらえているか。
理由は簡単。彼が口にしたものが虫だから。
ブラックアントと呼ばれる蟻の一種。蓄えた蜜の甘さと酸味が特徴的な香辛料。
ヤヤちゃんの言う通り、肉や魚などにかけて食べるのが一般的。パスタやサラダにも合うらしい。
それを知らずとはいえ口にしたイッシュくん。虫なんて食べられないと言いながら放り込んだ姿を見て、アルマさんは爆笑を抑えて涙を浮かべた。
心の吹き出しに『ざまぁっ!』のひと言が透けて見えるのは気のせいではない。
不敵な笑みを気味悪がりながらも、時間に追われるように、みなはそれぞれの帰路についた。
既にそれを知るキキちゃんとヤヤちゃんはすみれさんの待つ場所へ。
何も知らない3人と、それを見て黒い粒がなんであるかに気づいたマーガレットさんも、手を振り背を向け花壇の影に消えていく。
残ったアルマさんは思い出し笑いをしながら、裾で口を覆って足をバタバタさせた。
彼女と男子2人との関係性はあまり良いとは言えないかもしれない。だいぶんつっかかってきたみたい。思うところもあるだろう。
私もそれが蟻だと事前に知ってたら止めたかもしれない。まさか蟻だなんて誰も思うまい。
アルマさんから袋の中身を聞いて驚いた時には時すでに遅し。
止めるも、咎める間もなく何もできないでいる。
「でもでも、つまみ食いしたイッシュが悪いんです。それにアレ自体、なかなか手に入らない貴重品です。料理に使うと絶品なんですから。加工してしまえば魚も牛も虫も全部食べ物です。大事なのは感謝の心です。合掌」
アルマさんは両袖を閉じて合掌。のちに爆笑。
「う、うぅん……たしかにそうかもしれませんが。やはり慣れないものですね。ヤヤさんもキキさんも昆虫食って慣れてるみたいですけど、アルマさんもそうなのですか?」
「そうですね。物にもよりますが基本的にはほぼいけます。ぶっちゃけ、なんでも食べていかないといけません。メリアローザは豊かであるとはいえ、資源は限られてますから」
見た目によらずアグレッシブ。
食とか衣服とか、繊細な感性の持ち主だとばかり思ってた。
「凄い、なんていうか、野性的だな。倭国ってそんなところなの?」
ヤヤさんを抱きしめたウォルフが震え声で問う。アルマさんがそうなら、ヤヤさんたちもそうである。
ヤヤさんに至っては既にその通りのままだけど。
「ええと……みんながみんなそうではありませんが、変人は多いですね。というか病院の看護師さんを筆頭にほとんど変人でした」
「一番変人では困るところが変わってるのか」
「それはもう、病院に行きたくないから冒険者さんは切り傷ひとつ付けないために、防御系魔法と防具にはお金をかけますからね。全身フルメイルですよ。アルマも塔を上る時はフル装備です。無傷で戻るために」
「どんな病院だよッ!?」
「――――怪物揃いですよ。よくもわるくも」
止血したいのに無理やり献血を迫られ、貧血になった挙句にベッドで簀巻きにされ、睡眠薬は副作用もあるし使い続けると抗体ができて体に良くないという理由から、クソマズイ丸薬を飲まされて失神させられたりする病院なんて誰も行きたくない。
アルマさんは過去の苦い思い出を反芻しながら身を震わせた。
思い出し笑いをして、すかっとざまみろの笑いをした姿はどこにもない。
お祭りのこと、空中散歩のこと、キッチンのこと、そしてこれからのこと。
たくさんの話題で華を咲かせていると、時間を忘れて語りつくした。
頬を紅潮させて心地よく酔いの回ったハティさんたちの帰還を合図に、キッチンの明かりも暗くなる。
お土産にもらった白い雪林檎を両手に抱え、いざ我が家へ。
いったいどんなおもてなしが待っているのやら。楽しみです♪
我々は帰宅するなりガレット様のかわいらしいおかえりなさいに、満面の笑みでただいまを伝え、さっそく食卓へつく。
テーブルには新鮮野菜と蒸し鶏のサラダ。よだれ鶏に使うぴり辛ドレッシングを添えて。
甘やかな香りを放つバターナッツのポタージュ。
メインディッシュと指摘したテーブルの真ん中に鎮座ましましまするそれは…………茹でたキャベツ!
しかも丸々1個!
これはまたとんでもないボールが飛んできました。まさかのキャベツまるごと。驚天動地の一手。ミットに収まらず腹が抉れる思いです。
旬の春キャベツ。茹でて甘味が増しておいしいと、すみれさんからご教授賜ったそうなのですが…………すみれさんもあどけない笑顔で変化球を投げてくるなぁ。
昆虫食の話しをしていたせいか、自分が虫になった気分になるじゃないですか。
料理初心者でも簡単でおいしい料理を所望したところ、スーパーで特売の春キャベツを見つけ、丸ごと茹でキャベツに至ったとか。
きっと『特売』という響きに『庶民感』を感じたんだろうなぁ。
シンプルな調理方法にも庶民感を見出したのかも。
いやまぁ食べられないものじゃないからいいんだけど。ここまでシンプルすぎると一般的な家庭料理を通り越して、男子学生の時短レシピとしか思えない。
穿った見方をすると、庶民をバカにしているようにも思える。
仲間内ならいいけれど、ホームパーティーにこれを出しそうな勢いで、キラキラとした眼差しを向けてくるので始末が悪い。
そしてなにより、彼女たちの真心の一切を無碍にしたくないという従者としての気概が、否定的な言葉を脳裏から消し去っていく。
相手のためを思うなら、時には厳しい言葉をかけるのも愛。どうしたものか。
「さぁさぁ冷めないうちに召し上がれ♪ キャベツの塩ゆではすみれさん直伝の肉みそをつけて食べて下さいな」
「肉みそ? おいしそうな匂いがする」
ともに添えられた茶褐色のソース。独特の香りが食欲をそそる。ガレットお嬢様の手作り肉味噌。
「それは私が作ったんです。上手にできてるといいんですけど。お姉様はキャベツの茹で加減を吟味されていました。いい具合に柔らかくなっているはずですっ!」
それで奇妙な穴が何個もあるのか。
いったい何回確認したんだろう。
キャベツの頂点に無数の穴が空いている。
最初は虫食いの穴かと思っちゃった。
見ればだいたい分かる気が…………いや、初心者には無理な話しか。『柔らかくなった』ことが分かっただけマシと思おう。
キャベツ丸々1個。これをフォークで刺してナイフで切り分けるという斬新なスタイル。
パーティースタイルと豪語しているが、それは詭弁以外の何物でもない。なんてことは口が裂けても言えないので取り繕うことにしておく。
しかしただ茹でただけのキャベツ。甘味が増すのはもちろんなのだが、いかんせんこんな食べ方をしたことがないのでちょっぴり不安。
幾枚に重ねられたキャベツのステーキに肉みそをちょんちょんつけて、いざ実食!
もぐもぐ、もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。
う、うまいっ!
なんかちょっと悔しいっ!
キャベツの甘味と肉みそのコクが優しく調和されて、シンプルながらお互いの良さを最大限に引き出している。
やばい、これが噂の無限キャベツか。いくらでもいける!
バターナッツのポタージュもあまあまのとろとろ。
蒸し鶏とレタスのサラダはぴり辛タレと相性抜群。
なにより2人が私たちのために用意してくれたものとあって、いっそうおいしく感じてしまう。
ああ、私はなんて幸せ者なのでしょう。
「危ない。またエマが幸せで昇天しかけてる」
「しませんよ。だってまだまだ楽しいことはこれからなんだもん♪」
「そうですよ。お祭りを成功させて、後夜祭で騒いで、勉強にも励んで、夏は海だってあるんですから!」
初めての海水浴にテンション爆盛りのガレット様。私も楽しみで仕方ありません!
「楽しみが沢山ね。まずはみんなでお祭りを成功へ導きましょう。頼りにしていますわよ、エマ!」
「みんなのリーダーなんだからな。頑張ろうぜ!」
「私は一番年下ですが、一生懸命頑張りますっ!」
「ええ、みんなで良いものにしましょう!」
晩御飯は大満足の仕上がり。感謝の言葉が絶えません。
お風呂を済ませ、決意のホットココアを掲げてほっと一杯。
全力でリラックスして夢の中。
よぉーし、明日も明後日も頑張るぞっ!
ドキドキの最終監査も終わり、緊張の糸が切れた一同。
エマとウォルフは尊敬する主人たちの真心に触れてふわふわしました。
緊張と緩和のバランスを保つのがよりよい人生のスパイスです。
次回は、アルマたち空中散歩の監査が始まります。はたして彼女たちの努力は報われるのか。アルマは夢の一歩を踏み出せるのでしょうか。




