決意のココア 3
片付けも終わり、ハティさんの帰りを小一時間待ってみたものの、帰って来ないので解散の流れとあいなりました。
それにしても、アルマさんはどうやって連絡をつけたのだろう。
ハティさんが旅立ってからずっと、携帯の電波が圏外みたい。まぁいいか。
緊張に包まれた時間も過ぎ、集まっていたみなも帰路へついてキッチンにはわずか2人。
私ことエマと親友ウォルフを残すのみ。いつ帰ってくるか分からない3人を待っていた。
特に重要なのは監査委員の二コラさん。材料費のチェック項目に要確認がついてる点を気にして、ハティさんと外国へお手軽ワープ。
ハティさんが旅行先できちんと説明してくれてるといいのだけれど、少し期待薄かな。自信満々の彼女の笑顔を信用してないわけではない。
けれど、一抹の不安が胸に残るため、自ら確認したいと、彼らの帰路を待っている次第です。
ありがたいことにウォルフが共に残ると手を挙げてくれた。そうだ、と手を叩いてティレット様が、今日は私が晩御飯を作ると意気込んだ。いつもエマに料理をお願いしてる。だからいつも頑張ってくれる私のためにと、厨房に立つ決意を宣言なされました。
あっと驚くようなサプライズを用意して待ってるとのこと。私のために何かをしてくれるだけでとても嬉しい。
それが大好きな主様の温かな心から出たものとなれば、なおさらたまらない。
反面、一体どんな料理が出てくるか分からないのは気になるところ。
すみれさんに監修してもらうとのことだから、食べられないものは出てこないだろう。
ティレット様もガレット様もバカ舌ではない。食べてぶっ倒れるようなものはないはず。
残る不安要素は、普段から一般人が食べる料理とはどんなものなのか興味を持っていたこと。
お嬢様として育った彼女たち。衣食住のどれをとっても、一般ピーポーとは比べ物にならないレベルのものを日常的に扱っていた。
レベルの高い生活を送りながらも、一般人と接する機会の多い彼女たちは、彼らの暮らしに興味を持つことになる。
その興味はグレンツェンに来てから爆発寸前。特にすみれさんたちのシェアハウスに招待されては右に左に上に下。机の下から照明のデザインまで、嘗め回すようにきょろきょろと見て回った。
よくも悪くも箱入り娘。さぁさぁ、どんなサプライズが待っているのやら。
「心配そうにしながら、めちゃくちゃ楽しそうにしてるじゃん」
楽しそうに膝で小突いてくるウォルフは満面の笑み。
「だってさ、私たちのために料理を作ってくれるなんて初めてでしょ? どんなディナーになるのか楽しみじゃん」
「そうだなー。楽しみだなー。暇だしさ、晩御飯の予想しようよ。あたしはね、白ワインと前菜にたっぷりチーズのかかったサラダでしょ。赤ワインとビーフシチューでしょ。デザートにチョコレートケーキ!」
「それってウォルフが食べたいものじゃん! まぁ料理が殆ど未経験のお二人なら、サラダと市販のチョコレートケーキはありうるけど。ビーフシチューはどうかな」
「切って炒めて鍋に入れて市販のルーを入れるだけじゃん。簡単だろ?」
さも当然のように笑顔をむけるウォルフ。
我々が持ちうる当然が、はたしてティレット様たちに通用するかどうか怪しいところ。
怪しいからこそ、かすかな不安が匂いたつのです。
「いやまぁ、言ってしまえばそうなんだけど。ハードルの高そうなのに挑戦するかなぁ。それにもっと庶民的な料理を選びそう」
「例えば?」
例えば…………簡単に作れて食材も工程も少ない料理。
白身魚のムニエル。
ヒュッツポルトの鍋料理。
アンティーブのグラタン。
ワーテルゾーイが出て来たら感動レベル。
まさか乾燥ロングパスタに市販のレトルトミートソースなんてことは、さすがにないよね。
うぅむ。私視点で考えられるのはこのくらいのレベル。
今時はネットで検索すれば材料も手順も調べることができる。いい意味で保守的な2人ならこの通りにするだろう。
何の料理が出てくるか未知数という点に目をつむればすこぶる楽しみだ。
サプライズ。食べられるものがでてきて欲しい。
すみれさんが教鞭をとるならおいしいものが期待できそう。不安なのは、異文化のとんでも料理が出てこないかが心配。
正直に言うとすみれさんではなく、傍らにいるであろうヤヤさんが心配。
彼女は嬉々として昆虫食を勧めてくる。食べられないことはないのだろうけど、見た目が慣れてなさすぎて食欲が失せてしまう。彼女には悪いがノーサンキューを突き付けたい。
彼女の食文化に感銘を受け、まさか食卓に6本脚の彼らがわさわさしないかが心配。
超心配。
それだけは本当に勘弁して。
頭を抱える私を不思議に思うウォルフ。頭の中を話すと、彼女も昆虫食が食卓に上るのだけは勘弁して欲しいようだ。
でも我々に拒否権はない。
もしそんなことになったなら、きっと彼女たちは笑顔で差し出してくるだろう。
従者たる我々に、その笑顔を絶望のどん底に陥れることなどできようはずもない。
その時はもう、死を覚悟するしかない。
「心配するな。死ぬ時は一緒だ」
「うん、心強いよ。話しが変わるんだけど、ウォルフっていつの間にヤヤさんと服を買いに行ったの? 気づかなかった」
「ヤヤちゃんと服を買いに? 行ってないけど」
「え? でもその服、おそろだよね。服全面に板チョコ柄のTシャツ。ウォルフのは胸元にミルクチョコレートって書いてある。ヤヤさんのはビターチョコレートってあったよ。仲がいいなぁとは思ってたけど、服をおそろにしてるとは思わなかった」
一瞬の沈黙が走る。眉間にしわを寄せて、記憶を思い出すも思い当たる節がないみたい。
「んん? いや、ヤヤちゃんと一緒に服を選びに行ってないぞ。ということはつまり、あたしたちは別々のタイミングで同じ服を買ったということか。ますます親近感が湧いちゃうなぁ」
「まさか示し合わせもせずに2人して同じ服を着てるとは恐れ入ったよ。本当に甘いものが好きだよね。蓄えた糖分は全部胸に行ってるのかな…………!?」
羨ましいほど豊満なお胸。
せめて私のも、もうワンサイズアップしてくれればスタイルに自信が持てる。
凝視してやると、ウォルフは恥ずかしさ半分、呆れ半分で苦笑い。
「そんなわけないだろ恥ずかしい。おっと、噂をすれば空中散歩一行じゃん。あ、本当に同じ服を着てる。おーい、みんな。お疲れ様。そっちはどうだった?」
「お疲れ様ですっ! 無事に監査を合格しました。キッチンも無事に?」
よかった。空中散歩も順調みたい。
時間があれば、私もしゃぼん玉に乗ってお空を散歩したいです。
「はい、全体的には大丈夫でした。今はハティさんと監査委員の方が、材料費の確認に出向いています。なので我々は彼らの帰りを待っているところです」
「ローザさんから伺いました。ハティさんに連絡は入れてるので、戻ってくる際はこちらに帰ってきます。5時頃には戻るそうです。それと、これもローザさんに聞いたのですが、キッチンの監査担当が酪農家の長男さんということで、是非にモツの買い取り交渉をしたいのでアルマもご一緒していいですか?」
「それはもちろんいいですよ。みなさんもお疲れ様です。よろしければ一服いかがですか?」
「え、いいの? やったぁ~♪」
重い足取りを見る限り、彼らも相当緊張したのだろう。緊張の糸が切れてぐったりと肩を落としていた。
元気なのはキキちゃんヤヤちゃんにマーガレットちゃん。頼れるお姉さんたちのおかげで、気負うことなくはしゃぎまくる姿は、彼女たちがみなを心の底から信頼している証に違いない。




