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決意のココア 1

今回は本番前の審査会の様子をお届けいたします。

前半は監査委員の二コラ。後半はキッチン・グレンツェッタのリーダーであるエマが主観で進みます。

二コラって誰だって話しですが、彼はヘラの幼馴染でグレンツェンのナンバー2です。

若い頃からヘラを支え、共に切磋琢磨してきた仲。お互いをとても信頼しあっています。

トップがオラオラ系だと近くにいる人は苦労人になる傾向があります。どうしてもそうならざるをえません。彼もそんな中の1人です。頑張れっ!




以下、主観【ニコラ・シュレフマン】

 グレンツェンが開催するフラワーフェスティバル。世界中から集まる人々に、楽しい時間を過ごしてもらうための素晴らしいお祭り。

 祭りの目玉はなんと言っても、観光資源として名高い色とりどりの花々たち。

 市街地、公園、田畑に限らず街中に咲く花を愛で、心から喜びと幸せを感じられる景色はグレンツェンの誇りと言っても過言ではない。


 もちろん、多種多様な業種の入り乱れる企業ブースも見逃せない。昨今、特に成長著しい分野に魔導工学が挙げられる。

 魔術回路と機械を併用し、より効率的かつ両者単体ではなし得ることのできなかった可能性に挑戦するこの分野の発展は世界中が注目している。

 これらの発展に大きく貢献しているのは、グレンツェンが生んだ天才『アーディ・エレストイ』。若干20歳にして、魔導工学の第一人者と呼ばれる彼はまさに、世界に必要な人物の1人と言っていいだろう。

 今は自立思考を行えるゴーレムの開発に力を入れてるだとか。彼の活躍もあって、グレンツェンのIT分野の展示ブースは熱がこもっていた。


 芸術をはじめ、工芸品にも目移りしてやまない。ステラの精密な発条機構作品を筆頭に、白磁器、ガラス製品、オーダーメイドの牛皮鞄、エキュルイュは鯨の骨を手に入れて、世にも美しいカトラリーを制作したとか。

 どこもアイデアと情熱を注いだ逸品揃い。

 職人街は歩いてるだけで時間を忘れさせる。


 この日のために個人ブースを用意してきた彼らの熱気も素晴らしい。

 どれも驚くような企画がある。展示からアクティビティ系に視野を広げてみよう。そこで目を引くのは2つ。

 グレンツェンに引っ越してきたばかりの子が企画した【空中散歩】。

 それから、ベルン寄宿生らが主催する【自然現象(マジカルウェザー)展覧会(ショー)】。


 前者はヘラの友達が留学させた、アルマ・クローディアンと呼ばれる少女の企画。

 しゃぼん玉の中に入って空を散歩するという、メルヘンかつユニークな作品。老若男女を問わず、誰だって夢に見た世界の景色を堪能できるとあって、前評判から好評を得ている。

 企画者である少女は無名であるものの、世界規模の製鉄加工会社【ステラ・フェッロ】と、ベルン騎士団長の【シェリー・グランデ・フルール】の名前も連なって期待感は抜群。

 今年一番の注目株である。


 マジカルウェザーショーは、気象学の教鞭をとるユノ・ガレオロスト氏協力のもと、優秀なベルン寄宿生が集う本格的な展示会。

 魔術回路を使い、箱の中にあらゆる自然現象を発生させるとともに、その仕組みを科学的に検証して分かりやすく説明するというもの。

 いかにもベルンの魔術師らしい試みだ。学術都市グレンツェンとの親和性も高く、こちらも行列ができること間違いなし。


 そして例年、最も賑わうブースがある。それは当然、飲食ブース。

 多種多様な文化を持つ人々が入り混じり、グレンツェンの食文化も融合(進化)を遂げてきた。

 もはやカオスと呼んで差し支えないレベルにまで到達したここは、食の都と呼んでもいいのではないか。


 海、山、島、砂漠、平地、盆地、高地問わず受け入れ、お互いのいいとこどりをしては、おいしい料理を開発していく姿はまさに暴食(美食)を極めんと形容していいだろう。

 本日監査を行ってきた西側エリアだけでもお腹いっぱいだ。

 鉄板のホットドッグ。

 テイクアウト形式のカリー。

 スイート&ダンディなチョコバナナ。

 直火焼きの巨大な肉を使うドネルケバブは豪快そのもの。

 その場でチーズを炙り、生ハムとワインを共にできる屋台は最高にクール。

 特に目を引いたのはかき氷屋さん。本体のかき氷はもちろんのこと、外装の雰囲気や広告(POP)の完成度。店先に展示してある食品サンプルは芸術品の域。妖精のかき氷というキャッチーなネーミングもパーフェクト!


 今回、私の管轄ではない東側の広場に出店する屋台も気になる。

 初出店のラーメンショップから、油そばなる新商品を出すと聞いた時には胸焦がれた。

 シュガースプレーのかかったキラキラ綿あめだって食べたい。

 ワインに合うカラフルなピンチョの屋台。

 肉と肉でパンを挟んだ少し奇妙な(ワンダーランド)バーガー。

 もちもちふわふわのクルトシュ。

 アツアツカリカリのチーズドッグ。


 嗚呼、私の体が2つ、いや3つもあれば、全ての飲食店の監査をこなせるだろうに。至極無念。

 なにせ庁舎の人間はお祭り当日も忙しくしており、ゆっくりお祭りを楽しむ余裕はない。

 役人になってフラワーフェスティバルに休日を最後にとったのはいつだったか。そうだ、一度もない。

 想像を絶する忙しさなのです。


 しかし嫌なことばかりじゃない。こうして誰よりも先んじてお祭りの内容を楽しむことができる。これは企画担当者の特権。

 特に私はグレンツェン企画課主任。一番偉いので多少の融通は利くのです。融通を利かそうとしてだいぶん揉めてしまいましたが…………。


 揉めた原因はここ。キッチン・グレンツェッタの監査には誰が赴くか。

 キッチンはヘラ肝煎りの企画。最初はゴーレムの整備工場がストライキを起こし、料理を全自動で作ってくれるゴーレムが納入されず、遊ばせておくのも勿体ないからと、無理やり投げた、暴投にしても酷すぎるデッドボール。

 ヘラらしいと言えばらしいが…………ま、おかげでとんでもなくエクセレントな料理が出来上がったと聞く。


 以前に盛り上がっていた、前祝で出されたという試作品の料理が本番に出るならば、期待感はいっそう増すばかり。

 伝説の魔物(コカトリス)の肉と金色に輝く巨大な牛。さらには全長1キロメートルを超える角の生えた鯨の肉。

 それらを豪快に鉄板で焼いた肉・肉・肉のフェスティバル。

 想像しただけでよだれが溢れて仕方ない。

 さて、それでは参るとしましょうかっ!


「「「「「いらっしゃいませっ! キッチン・グレンツェッタへようこそっ!」」」」」


 元気のよい挨拶でお出迎え。当たり前のことだが、飲食店において最も肝心にして重要なポイント。

 みんな笑顔で良い声色。店員の活気はお客の喜びに比例している。

 その辺りの心意気はしっかりと共有されているようだ。


 きっとヘイターハーゼでホールスタッフを務めるスパルタコと、さらにはショコラで働く子たちが徹底したのだろう。

 彼らは飲食関係の仕事人の中では結構な有名人として知られる。

 スパルタコは物覚えがよく、アルバイトでありながら店の料理の内容から酒の種類、組み合わせまで網羅し、提案までしてくれると評判。

 シルヴァは研究熱心で新しいお菓子を次々と開発。

 妹のヴィルヘルミナは愛嬌のある接客で、客の心を鷲掴みにする人心掌握術が大人気と聞く。


 導線に沿っていきなり現れたるはコカトリスの頭部の剥製。胴体は壁に続いて描かれており、等身大の大きさを演出している。

 壁際を伝って進むと、彼らが今日まで歩んで来た道のりを追体験できるというわけだ。

 反対側の柱にかけられたテレビには動画が流され、待ち時間を展示で楽しむことで、暇を殺す工夫がされていた。


 壁の突き当りには噂の巨大な鯨の角。パネルには鯨の一枚絵。パネルの背後から貫通するように伸びる角は本物。

 おさわりも可とあり、外国から来た人にとっては珍しい体験もできるときている。

 二次元と三次元の上手な組み合わせ。客目線で何を必要としてるのかがよく考えられている。

 まるでおとぎの国に迷い込んだかのような高揚感を得られるのは気のせいではないのだから。


 これらの仕掛けを考えたのはペーシェ・アダン。かのバティックの英雄【サンジェルマン・アダン】の娘。

 先に監査したかき氷屋のフライヤーも彼女の作品。今月の月刊グレンツェンの表紙を飾っていたな。なるほど素晴らしいセンスだと感嘆させられる。


 受付嬢はショコラの長女【シルヴァ・クイヴァライネン】。

 三色髪が特徴的な彼女は【小鳥遊すみれ】。

 満面の笑みで迎え入れてくれる彼女たちは、対人相手にうってつけの人材と言える。

 誰だって笑顔をむけられるのは気持ちが良い。行列で待たされた疲れも吹っ飛んでしまうというものだ。


 受付周りの装飾も良くできている。南国を思わせる飾りは、恐竜の住む熱帯林をイメージしている。

 雪国の景色は一角白鯨の住む極寒の土地。青を基調としたデザインは、冷たくも美しい景色を再現していた。

 目を引くのはフェルトで作られたうさぎのぬいぐるみ。子供のプレゼントに欲しい。まるで生きてるかのような、今にも動き出しそうなクオリティはプロの仕事のそれ。

 展示だけで販売はしてないようだが…………どこから手に入れたのか。あるいは作ったのか。あとで聞いてみよう。


 お待ちかねのメインディッシュ。

 鉄板焼きにサンドイッチ。

 ふつふつと湯気を立てるラザニア。

 極めつけはクラフトビール。ゲニーセンビーアのクラフトビールは癖になる雑味が特徴。肉料理との相性が抜群。

 そこをチョイスするとは、よくわかってらっしゃる。


 ゴロゴロ転がるひと口大にカットされた肉・肉・肉。

 私は酪農家出身だから分かるぞ。

 この皿の上に転がる肉、部位がバラバラだ。どうやら統一されてないらしい。

 聞くと毎回違うお肉が楽しめるから、お祭り3日間の間に何度か訪れてくれるのではないかという集客の意図を込めてるそうだ。

 単に割り振るのが面倒くさくてやってられないとかっていう理由じゃなくてよかった。ほぼ間違いなくそういう理由が隠れているのだろうけれど。

 でもそういうのは言わない。説明する必要はない。世の中、ものは言いよう。これで印象が断然変わってくる。


 希少部位などは時価みたいな側面もあるから、このようにせざるを得なかったという点もあるだろう。しかしそれらの理由をひっくり返しても、実ににくいことをしよる。何度来ても違う肉を楽しめるということではないかっ!

 やり方が卑怯だぞっ!

 ハラミ、ロース、厚切りタン。親指大のランプまで入ってる。いいのかこれ。

 一皿500ピノで販売する予定という。原価から考えて利益が出るように計算してるのだろうか。心配になってくるほどの大盤振る舞いに見えるのだが。


 気を取り直して試食タイム。

 待ちに待ったお肉とのアヴァンチュール。

 砕いたナッツの香ばしさと胡椒の刺激が食欲をそそる。

 ひと口、またひと口と放り込み、口の中に広がる幸せを噛みしめて思う。

 ああ、生きててよかった。

 心の底から賛美の言葉が湧き起こる。


「実に素晴らしい内容だ。入り口から出口まで言うことなし。展示品から始まって食事、最後にお土産のカトラリー。装飾も楽しい。人員の配置や役割もしっかりしてるようだ。これなら当日の運営も問題なさそうだね。何人かフラワーフェスティバルの参加が初めての人がいるようだけど、この様子なら心配ないかな。あとは…………」

「あ、あとは………… (ごくりっ)」


 そう、問題がある。それは、


「あとは食材の出自なのだが、全部自らで調達したというのは本当なのかな。動画は加工されたものではなさそうだけど、どうも真実味が薄いというか、言葉を飾らずに申し上げると『信じられない』と言わざるをえない。何か確認できる方法はないだろうか。現地の人と連絡をとったりとか」

「あぁ、なるほど。どうしましょう。少し待って下さい」


 リーダーのエマがサブリーダーのハティに相談を持ち掛ける。彼女が今回の食材担当か。

 フラワーフェスティバルで募集する個人運営の企画は、売り上げ勝負を行っていて、粗利益の多さを貢献度に変換し、特別表彰を行うことになっている。

 チャリティーの側面と人々のアイデアの喚起、活力を奮起させてやりがいを促す。お祭りはする側も来る側も楽しむ、などなど色々と理由がついていた。頑張ったところには街から豪華景品も進呈される。


 ベルン国王から直々に労いの言葉がもらえるとあって、最近ではベルンからの参加者も多い。良い影響の反面、よくも悪くも年々規模が大きくなるにつれて問題も頻発するようになる。

 理由の1つが、『帳簿を偽造、あるいは個人で費用を負担して粗利益を大きく見せる』という行為。

 前者は論外であるが後者に至ってもよろしくない。

 健全な競争という立場からすれば、自傷行為に等しいやり方で勝利することを街は望んでない。

 フラワーフェスティバルに参加する全ての人が楽しくなくてはならない。ヘラはそう言って、毎年このお祭りを楽しみにしていた。

 その意に反する行為は、ルール上、たとえ不正でなくてもあってはならない。


 彼らの場合、仕入れに使った食材の一部、あるいは全部を自腹で賄ってるのではないかという疑惑が企画課の中で囁かれた。

 街から交付した補助金ではとうてい補填できるとは思えない代物の数々。

 事前に提出された帳簿に、お肉の仕入れ価格がゼロで記載されていては、信じろというのも無理がある。

 ストライキで自動お料理ゴーレムが返還されないために急遽募集したとあって、テナント料に関しては無料という特別措置を勘定しても説明できない。

 ヘラが募集した手前、彼女が最も目を光らせて監督している企画だから嘘は吐いてないのだろうけど…………疑わしきは晴らさねば。


 改めて内装を見渡してみても素晴らしい出来栄え。

 剥製はメンバーの親戚に依頼して作ってもらったという。

 壁画のデザインは彼ら自身で手掛けたもの。

 入り口のたなびく刺繍入り布看板も美しく、エスニックでスタイリッシュな内装とマッチしている。

 鯨の骨で作られた白く淡く輝く机と椅子の荘厳さは他に類を見ない。

 なにより料理がおいしかった!


 だからこそ、彼らの注いだ情熱が本物だと確信しているからこそ、つまらないことでキッチン・グレンツェッタが開催不能になる事態だけは避けたい。私はそこを心配している。

 当日はここで肉をむさぼりながらビールを飲みたい。肉とビールを煽りたいんだっ!


 そんな個人的な心配を隠しながら、監査委員の威厳ある背筋を伸ばす。

 眼差しの先、疑いの目を向けられた彼らに動揺した様子はない。杞憂ならよし。しかし電話の1本で片付く話しだと思うのだが、随分と話しこんでるな。

 食材の調達先が外国だから、国際電話の料金の話しでもしてるのかな。


「お待たせしました。ハティさんが跳べる(・・・)そうなので、お時間さえ頂ければダイナグラフへ行けるそうです。直接会ってお会いするのがよいかと思います」

「直接会って? 電話じゃダメなのかい?」

「電話は……彼らは多分所持していないかと。なので――――」

「それじゃあ行ってくるね。後夜祭で使うための香辛料も貰ってくる」

「や、ちょ、まだ二コラさんの了解が――――――行っちゃった…………」


 有無を言わさず私は金髪碧眼の女性に肩を掴まれ、野外へと放り出されてしまった。

 いや、放り出されたというのか、何がなんだか分からないけれど、どうやらここがダイナグラフと呼ばれる場所らしい。

 晴れ晴れとした青空。

 背の高い熱帯林。

 巨大で屈強な(あぎと)

 なるほど、ここは動画に出てきた南の大陸のようだ…………マジか。

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