アルマの幸せ、ここにあり! 7
さてさてそれでは今日のメインイベント。モツ味噌煮込みうどんでございます。
玄関を開けて鼻をくすぐるかぐわしいモツと味噌のかほり。心躍るとはこのことよ。
ごくりと喉を鳴らし、鼻はすんすんと匂いのもとを辿る。
料理を作るすみれさんの手元を見て目が輝いてしまう。
キラキラと光るスープの海を泳ぐモツ。
相性抜群のキャベツの葉も浮かんでいる。
打ち立て茹で立てのうどんがお皿に滑り、味噌と煮込まれたモツが注がれた。
もつもつもつもつもつもっつもつ♪
ちゅちゅちゅちゅっちゅちゅちゅるるるるん♪
うまあああぁぁぁぁぁぁいッ!!
「うどんなんて久々に打ったからどうかなって思ったけど、喜んでくれてよかった」
女神すみれさんの完璧な仕事が心に沁みる。
「非の打ちどころもありません。うどんもモツも完璧です。おいしすぎます。幸せですっ! 幸せすぎますッ!」
「アルマさんは本当にモツが大好きですね。でもモツってこの辺では売ってないですよね。総菜コーナーのお姉さんに聞くところによると、内臓を食べる文化がないとか」
ヤヤちゃんの言う通り、残念ながらモツ文化が薄い。あってもレバーシチューくらい。
アルマはそれでは物足りない。ホルモンとハツとヨメナカセはないと満足できない!
「そうそれ。だから空中散歩が落ち着いたらどうにかならないか探してみる。噂によると、グレンツェン近くのシュレフマン牧場で食肉用の牛や鶏を飼育してるみたい。だから今度直接行ってみて、売ってもらえるようなら手に入れてくるっ!」
「わぁお、凄い情熱!」
「頑張って。アルマならきっとできるっ!」
「やってやります! とにかくまずは明日の監査ですね。キッチンも空中散歩も頑張りましょうっ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
明日への活力を得て、アルマは幸せのまま寝るのです。
モツの味を残すため、歯磨きをパスしようかと思ったけど、それはどうかと釘を刺されたのできちんと歯は磨きました。なので心の中に今日の思い出を刻みましょう。
振り返ってみれば今日は色々あったなぁ。
テストプレイをしておいしいお昼をみんなで一緒に食べた。
図書館で神父様に出会って、サンジェルマンさんとお話しできた。
家に帰ればおいしい料理。
泣きたくなるほど幸せな日々。
嗚呼、ずっとずっとこんな時が続きますように。
★ ★ ★
【サンジェルマン・アダン】
夕食後のブレイクタイム。愛する妻の淹れてくれたコーヒーとチョコをひと欠片食べて思う。
…………マルコが羨ましい。あんなにかわいらしい女の子たちに慕われ、あまつさえ家にまで押しかけられ、よいしょよいしょしてもらえるだなんて。クソがっ!
若い頃の私だって女の子にモテた。
しかし軍人という手前、露骨にイチャイチャするわけにもいかず我慢してきた。
こんなことなら、最初からベルンの騎士団に入団しておけばよかった…………ッ!
「大方、ハーレムモードに入ってる息子のことを羨ましく思ってるのね。立場と歳を考えてちょうだい」
「それもあるが、若い頃に女の子にもてはやされたいなら、最初からベルン騎士団にいればよかったかと思って」
「本当にどうしようもない人ね。まぁそのおかげで貴方と出会えたのだから、私は良かったと思ってるけど」
確かにそうだ。結果的に幸福な家庭を築けた。なるようになったと言えよう。
だが、しかし、オスとして、ちくしょうっ!
謎の悔し涙を流し、このままだとため息しか出てこない気しかしないので話題を変えよう。
そう、たとえば金髪ツインテールのふりふりフリル少女のこと。
小柄なせいか見た目よりもずっと幼そうに見えた彼女は、聞き及ぶ通り素晴らしいレディだった。
マルコや彼の取り巻きの女の子の話題にも上る少女。ペーシェも彼女のことを極めて高く評価している。最も驚いたのは、シェリー騎士団長から直接の電話があったこと。
もしかしたら魔法のことでサンジェルマンのところに赴くかもしれない。だからその時はベルンに来るよう上手に促してくれ、と頼まれた。
話しを聞く限りでは相当に彼女に心酔してるらしい。そこまでの人材かと疑いもした。
しかしなかなかどうして、直接会ってみると確かに、一緒に仕事がしてみたいと思わせる魅力がある。
努力家で知識も豊富。経験からでしか得られない知見も言葉の端々に散りばめられていた。
グレンツェンに留学する前はどんな生活をしてたのか推し量る術はない。だけど想像を超える世界を見てきたに違いない。
それでいて明日に希望を見出す顔をする。なによりとてもよく笑う。
なるほど、シェリーちゃんの好きそうな性格の子だ。好奇心旺盛で元気いっぱい。人のために行動することを喜びとする。まるでシェリーちゃんにそっくり。
今なら彼女が是が非でも、アルマちゃんをベルンに欲しいと訴えた理由が分かる。
勧誘には失敗したが、ベルンの魔術研究室には興味があるようだ。理由をつけて誘うことにしよう。
ひとまずフィアナ君の精霊召喚に興味を示した。そのあたりを攻めてみようかな。
「あらあら、何か楽しそうなことを考えてるのかしら。女の子絡み?」
「いやまぁね。今日やってきたアルマちゃんなんだが、どうやらシェリーちゃんのお気に入りらしくてね。直接スカウトをしたそうだが断られたらしい。私のほうにも勧誘するように催促されていたのだが、見事に失敗してしまったよ」
「あらまぁ、騎士団長直々の勧誘だなんて、相当に惚れこんでるのね。たしかにかわいらしいし優秀そうだけど。空中散歩も前評判はかなり好評みたいだしね」
おかわりのコーヒーを注ぎ、正面に座る妻はとても楽しそう。
空中散歩にも、娘が携わるキッチン・グレンツェッタも、今から楽しみで仕方ないといった様子。
彼女の嬉しそうな笑顔が見れるだけで、私は幸せを感じられた。
「あぁ、ペーシェたちから聞いている。空中散歩、とても素晴らしいアイデアだそうだね。しかもすでに次の案を考えてるそうだよ。クリスタルパレスを使って謎解きアドベンチャーだってさ。面白そうだと思わないかい?」
「最近話題のやつ? クリスタルパレスでする必要はあるの?」
レーレィはコーヒーにチョコレートを直入れしてひと含み。別々で食べないところは昔から。
「魔法で作るクリスタルパレスなら、魔法による術式を容易に組み込むことができる。アナログではできない複雑な構造を構築することができるはずだ。あとは発案者のアイデア次第といったところかな。アルマちゃんなら面白いものを作ってくれそうだね」
とても楽しみだ。彼女の興す希望の波が伝播していく。グレンツェンを飛び越えて、きっと世界へ届くだろう。
あとは――――国際魔術協会がどこまで威張ってくるか、だが。
いや今はまだ考えまい。きっと彼女なら大丈夫だ。世界を笑顔に、世界を味方につけられたなら、何者も敵になることはないだろう。
そう願って、今日はもう寝るとしよう。
彼女らの未来に、大いなる祝福のあらんことを。
基本的に厚意を無碍にしないアルマも、モツ味噌煮込みうどんが優先だったようです。実はアルマ、メリアローザにやってくる前までは東北地方のような寒い地域で暮らしていました。なので濃い味大好きです。無意識に味の濃い物を求める習性があります。定期健診で塩分多めの食生活をしていることに気付いている看護師たちは、アルマが塩分過多の食事にならないよう、フレナグランの料理人たちに減塩料理を出すようにお願いしています。アルマはそのことに気付いていません。知ったらショックを受けそうだからです。
アルマは大人たちの思いやりの中で密かに心配され、大事にされているのですね。
次回は、企画の監査を行うニコラ・シュレフマン主観のお話しです。アルマがモツを買いに行くと言っていたシュレフマン牧場の長男。そしてヘラの幼馴染。グレンツェンの庁舎に入っている企画課の主任という肩書。お肉が大好きな彼は、監査の折りに肉料理店が回ってくるように毎年画策するような策士です。
さぁ監査に合格してキッチン・グレンツェッタをスタートさせることができるのでしょうか?




