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アルマの幸せ、ここにあり! 5

 水晶宮(クリスタルパレス)。魔法と剣が活躍する旧世代の戦争形態から、銃や爆弾などの近代戦へ移行する時代にそれは生まれた。

 最初はある魔術師が戦の最中に、安全な空間を確保するための魔法として生み出したと記されている。

 転じて戦のただなかへほうり込まれ、接近戦において活躍こそしたものの、他の魔法と同じく、次世代の圧倒的火力の前に消えていく。


 時間は少し進んで戦争の終わり。人と人との争いが終わったかと思えば、次は頻発する魔獣との戦い。

 火力は高くとも、コストの面で非常に重いリスクを伴う重火器より、訓練次第で誰でもどこでも扱うことのできる魔法が見直されていった。

 そんな時、ある魔術師の日記が多くの野戦兵士を救うことになる。

 初めてクリスタルパレスを生み出した男の物語。中身は自嘲と後悔と、悲鳴で綴られたひどいものであったという。

 近代兵器の登場で魔法はすっかり立場を失った。

 自分はなんのために生きてきたのか。

 くだらない人生だった…………。


 歴史に名を連ねる英雄も、芸術家も、医者や思想家も、死して評価されることがある。当時の時代では悪逆だと罵倒されようとも、正しき行いは人の目に留まり、心に意志を刻むもの。

 後悔を抱いた彼もその1人。この世を離れ、姿こそ朽ちようとも、心の輝きは不滅であった。

 拾われた輝きは今なお世界中の人々を支える魔法のひとつとして活躍しているのだから。


「…………なんと言いますか、きっと激動の時代に翻弄された方だったのでしょうね」


 魔法は素晴らしけれど、浮かばれなかった誰かを思うと心が霞んでしまう。

 君は優しいんだなと心を照らしてくれるサンジェルマンさん。肯定して、だけどと繋げて魔法の必要性を改めた。


「そうだね。重火器は魔法と違って誰にでも簡単に扱うことができる。材料さえあれば大量生産も可能。熟達した知識や技術も必要としない。戦争をこなせるほどの魔術師の育成を待つ必要もない。当時の魔術師の立場はひどいものだったそうだ。だけど、彼らの紡いでくれた魔法は、今や生活の中になくてはならないもの。心から感謝しなくてはね。さて、クリスタルパレスが生まれた背景はこんなところだ。名もない日記ゆえに、あまり詳しく経緯が遺ってないのが残念ではあるが」


 ふぅとため息をつき、ページを2、3枚めくった先には、サンジェルマンさんが初めて実戦で作ったという建物の写真が挟んである。

 一緒に写る家族はクリスタルパレスに身を寄せた人たち。レンガ積みの小屋。屋根はレンガをドーム状に積み上げていた。

 中には人が4人、川の字になって寝られるだけの小さな一軒家。

 熟達には程遠いが、被災した人の雨風をしのぐには十分なもの。魔法を解けば消えてしまうも、入居した時に向けてもらった笑顔は今も覚えてる。

 懐かしそうに、なにより誇らしげな彼の微笑みはとても印象的で、とってもカッコいい大人の顔だと思いました。


 それからもサンジェルマンさんは世界中を飛び回りながら、津波や地震で家屋を失った人たちにクリスタルパレスを使い、とりあえずの住居を与えた。

 時には病院の建設が終わるまで、複数人で巨大な診療所を作ったりもしたらしい。


 戦場では野営地として安全なトーチカを形成。戦闘時には消えない壁としての役割も果たした。

 建築物としての性格を持つクリスタルパレス。物質の組成を知っていれば、魔力で生成したそれに本物と同じ物質としての性格を持たせることができる。

 だから魔力を引き裂く物理攻撃にも耐えられる。魔力による攻撃にも耐性を持つというハイブリッド防御壁。


 固定化も容易。作ってしまえば、維持する魔力が微量でよいので経済的。魔力量が少ない戦士でも置いておける壁を作り、魔力の維持を気にすることなく戦えるとあって、最近では魔術師以外の職業も積極的に勉強していた。


 医療術師志望のリリィもその1人。彼女は回復職(ヒーラー)を目指しており、魔法1つで傷を癒せるような司祭級の最高位術師を夢見ている。

 しかし現実を見てみるとなかなかそこまでたどり着くのは容易ではない。めまぐるしく状況の変わる戦場。魔法で傷を治すだなんて今の自分にはできっこない。

 ならば今できる最善を――――そして考えたのが、クリスタルパレスで病院の設備を完全コピーした手術室。言わば【歩く病院】。


 医療の知識と経験を学んで実践に備える。

 実践に出て自分がどれだけ動けるのか、医療術以外に味方をサポートするために何が必要なのかを洗い出す。

 戦闘が終了した後、その場で病院となり集中的かつ専門的な治療を施す。

 今はこれが精いっぱい。そもそも【歩く病院】という存在が必要なのかどうかも分からない。

 分からないからやってみる。

 実に挑戦的な試みだ。


「歩く病院とか頼もしすぎる。その場の傷より怖いのは感染症とかだしね。生存確率がめちゃくちゃ上がるのでは?」


 技術が確立されたらメリアローザの冒険者にも教えて欲しい。

 胸が熱くなる思いだ。リリィも自分が実践で活躍する姿を夢見て頬を紅潮させた。


「本当は戦闘中にリアルタイムで治療できればいいんだけど…………まだまだ練度不足で、魔法1つで傷を治すのは難しくて。訓練はしてるんだけどね」

「いやいや、医療術を扱えるだけで優秀なのに、それ以上のことをしようとする行動力は凄いよ。それにリリィのおかげで、訓練後の傷の治りが早くて助かってるよ。本当にありがとう」


 マルコに頭を撫でられて微笑む彼女は幸せそう。そんな微笑ましい光景を見て悔しそうにする取り巻きの女性たち。

 修羅場ってんなぁ……。


 と、それは置いておいて、見たところアルマとサンジェルマンさんを除き、リリィの魔力の練度が最も高い。

 尋常ならざる努力の跡が見てとれる。肉体強化(パワード)換算すれば、一般人の同程度の魔力で発動した際の倍率とは比較にならないパワーが出せるだろう。

 もっとも、彼女の筋力が低そうなのであまり意味はないかもしれないが。


 次に高いのはニャニャ・ニェレイさん。攻撃系魔法職専攻とだけあって、練度も高く魔力量も多い。おっとりとした雰囲気とは裏腹に相当な努力家と見た。

 補助が得意な光学系魔法と光と熱を主に扱う光系魔法を得意としている。と話していたが、アルマの見立てではこれらの発言は上っ面。間違いなく奥の手を隠しているに違いない。

 確証はない。が、ひしひしと感じるものがある。

 彼女の瞳の奥に燃え盛る激情にも似た感情。

 やる時は全身全霊でことに当たるというような凄み。

 この手の人は敵に回すと恐ろしい。逆に味方ならとてつもなく頼もしい。


 誰も彼も魔法に関する努力は相当なもの。そんな彼女たちも、色恋については手探りのようだ。

 誰も彼も笑顔の裏に殺気という名の刃を隠してる。いや丸見えか……。


 言い知れぬ気まずさを振り切るため、リリィの自己病院化計画について切り出した。

 予想通り、方向性はサンジェルマンさんのハイラックスでの経験が元になっている。

 被災地支援を現地で行う彼らは、クリスタルパレスで簡易病棟を建設して治療にあたっていた。それらをヒントにして、個人を病院化するという、ありそうでなかった方向性を見出している。


 ハイラックスですら医療術者と医者は希少。さらに軍という性格上、治療は安全な場所で集中的に行うのが最もリスクが少なくメリットが大きい。

 逆に小隊単位で医療術者を運用するという計画はリスクが大きいと批難され、実現されてない。

 これには戦闘力のない医療術者が率先して戦場に出たくないという理由と、マジックアイテムの発達で、簡単な傷や痛みなら治せることから、その必要無しとされてきた。

 世界規模で活躍する彼らがしてこなかった試みを実践しようとする彼女はまさに、歴史に名を残すであろう金の卵。

 彼女の理想を実現に至らしめるきっかけこそクリスタルパレス。

 名もなき日記の男のたゆまぬ努力があってこそ。

 生きているなら伝えたい。ありがとうと。

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