アルマの幸せ、ここにあり! 3
場所を移してグレンツェン大図書館。
ハイラックスで行われるクリスタルパレス国際芸術祭の過去の作品を収めた蔵書があると聞き、ティレットさんと一緒にやってきた。
彼女は画集とは別で、クリスタルパレスを扱うための魔導書を求めてのこと。建築の知識が必要になるこの魔法は、有用であるが敷居が高いという理由で習得を後回しにしてたらしい。
アルマが興味を示し、一緒に練習すれば習熟も早まるかもと本腰を入れる気になった。
であればアルマも使えるようになるために頑張る。
頑張るのには魔法に対する興味とは別にもうひとつ理由がある。空中散歩はフラワーフェスティバルが終わったあと、デイビットさんの所属するセンダメッセ総合商社に販売する形でひとまずアルマの手から離れる。
開発者として時折相談も来るだろうけど、これ自体はここでひと区切り。
また新しい企画を立ち上げたいと思ってたところなのです。
そこで思い出したのが薔薇の塔に登る冒険者たち。彼らは危険を省みることなく、未知の冒険へ胸躍らせる。
それと同じような気持ちにさせるダンジョンないし、施設を作れないかと思いました。
調べるとそういうものはわりと多く、お化け屋敷とか体験型アトラクションとして楽しまれてる。
既存のものに参入するのもいい。アルマはここに魔法の要素を組み合わせたい。できれば、あっと驚くような、魔法だからこそできるような特別感のあるやつ。
そこでまたもやミレナさんからアイデアがフォールンダウンしてきたんだなこれが。
水晶宮。魔法で顕在させる建築物。これを使えばからくり屋敷のような自由度の高いダンジョンが作れるはず。
まだ想像どころか妄想の域を出ない代物。
だけど、試してみる価値はある。
なのでまずは先人の轍を見て勉強だ。
魔導書と資料用の蔵書は別館に置いてある。ティレットさんとはしばしのお別れ。
慣れ親しんだ東館に後ろ髪を引かれながら、アルマは西館へと歩みを進める。
分野ごとに並べられた棚がずらり。あいうえお順に仁王立ちする本の山をかき分けて、建築分野に行ってみたものの、ここではない。
ということは、芸術関連の書物の中に埋蔵されているに違いない。
同じ内容を扱っていても、その目的が違うと別ジャンルに分類されて探しまくることになるのが図書館の醍醐味。
道中で思いもよらない出会いがあるから楽しいのです。
夢中になって目的を忘れないように注意だね。
さてお目当ての画集は…………なんとも微妙なところにあるじゃないか。
背伸びすればぎりぎり届きそうな絶妙な位置。台座を持ってくれば簡単にとれる。だけど持ってこなくても届きそうな、というやつ。
袖を限界まで伸ばし、布の端っこで本の背をつんつんして前へ持ってくっ、れ……ば…………くっそぉ~~……なかなか落ちてこない。
メリアローザの図書館だったら飛行の魔法を使って楽々ゲットなのに。グレンツェン大図書館ではそうはいかない。飛行制限がかかっていて、屋外屋内問わず空を飛ぶことはできない。
歯痒い……アルマの背があと2cmでも高ければ、余裕で引っ張り出せるのに。
ギリギリ150cmに届かないこの背丈よ。
牛乳と煮干しと十分な睡眠では足りないというかっ!
遺伝子なのか。遺伝的に背が伸びない的な!?
世知辛すぎるっ!
ぐぬぬと歯ぎしりを起こしながら、憤怒憤怒と息を切らせてジャンプステップ。
顔を真っ赤にして悔しそうな表情を浮かべた少女を見かね、誰かがアルマの本を引き抜いていった。
色黒の肌。
厳格に刻まれた顔のシワ。
黒衣からはかぐわしいダンディなフレグランス。
優しそうな目元はイケおじの称号を欲しいままにする。
こんな人がおじいちゃんだったらみんなに自慢しちゃうな、って思うようなダンディが微笑みかけてアルマを見下ろした。
「驚かせてすまない。困ってたようだったからつい。君はもしかして、アルマ・クローディアン君かな? 綺麗な金髪にフリルの着いた明るい和服」
「えっ!? アルマのことをご存じなのですか?」
「ああ、ベレッタとマーリンからよく話しを聞いているよ。とても素敵な女性なんだってね。それにしても、聞いていた以上に多趣味なようだ。しゃぼん玉の次は水晶宮かい? 面白い魔法に興味を持ったものだね」
本を手渡しながら笑顔を向ける様子は、まるで孫を見るおじいちゃんのよう。
両親はおろか祖父母の記憶もないアルマにとっては、なんだかドキドキする。こういうやりとりには憧れもあってちょっと楽しい。
彼の名はエイボン。グレンツェンの中心にあるサン・セルティレア大聖堂の神父様。ベレッタさんの話しによると、世界中を飛び回っていて超多忙。
ここには個人的に収めている魔導書を一時的に取りに来たとかで立ち寄ったらしい。
ベレッタさんの育ての親と同義のお方。マーリンさんからも話しを聞いてるということはご友人か。年齢から見て師匠と弟子の関係。
神童と呼ばれるアダムにくわえ、ベルン騎士団長のシェリーさんを育てた教育者。
そのほか多数の有力者を輩出してきた修道院の長。
そんな人が今、目の前に。色々と聞きたいことが多すぎて、頭が回って言いたいことがまとまらない。
個人的に保有している魔導書の中身とは一体。
アダムやシェリーさんを育てた方法とはどんなものなのか。
今はどんな仕事をしてるのか。
どんな魔法が得意なのか。
エトセトラエトセトラ…………はわわわわわわわどうしようどうしよう。
こんな千載一遇のチャンスを逃すなんてもったいないことできっこない。
でも急すぎて言葉が出てこない。
イケおじすぎて緊張するっ!
「おっと、そろそろ行かなくては。今度、ゆっくり話しができる機会を設けよう。僕も君と話してみたいことがあるしね。それじゃあ再会の約束として、これを持っておいておくれ」
「これは…………黒い、名刺?」
奇妙な黒塗りの名刺。名刺というか、黒い紙。
名前も、所属も、肩書も、なにも入ってない。本当に真っ黒な黒い紙。
「お守り代わりに財布に入れておくといい。いつかきっと役に立つだろう。あぁそうだ。老婆心なのだが、今、グレンツェンにサンジェルマン君が帰って来ているそうだよ。クリスタルパレスのことを聞くなら彼がいい」
それじゃあ、と踵を返す彼に、アルマはひとつ呼び止めて、ずっと疑問に思ってたことを投げかけた。
魔術師として、魔法を愛していて、ふと疑問に思ったこと。
きっと誰も疑問にすら思わない。思うほうが奇妙な疑問。
『魔法って、何なのですか?』
聞かれても困る質問のトップ記事を飾れそうな一文。
普通の人だったら、魔力を込めた術式だとか、魔術回路によって発現した事象だとか、そんな答えが返ってくるに違いない。
アルマとしてはそうじゃなくて、なんで魔法が存在するのかっていうことを聞きたい。
きっとこれは個人個人が決めてしまえばいい類のもの。
だけど、どういうわけか、彼に聞いてみたくなった。
彼なら魔法の本質を捉えた究極の答えというものを、持っている気がして。
立ち止まって振り返ったエイボンさん。きょとんとした顔をして、すぐに笑って答えた。
『その答えは、既に君の心の中にあるよ』
それだけ告げて去っていく。
颯爽と、力強くも優雅に消えた。
Oh…dandy……




